第97話 冷や汗かいた!!(外科医のありがたさ)

 ある日、ERから

 「保谷!80代女性の急性胆嚢炎、入院よろしく」

 とボスからの電話。ERに降りていき、患者さんを診察する。発熱はなく、意識は清明、右季肋部に強い痛みを訴えており、Murphy兆候は陽性。腹部CTでは拡張した胆嚢と胆嚢壁の腫脹、周囲の脂肪織混濁を認めた。血液検査では炎症反応高値。


 今では初発の急性胆嚢炎で発症から数日程度であれば、外科で緊急に腹腔鏡下胆嚢摘出術を行なうのがおそらくfirst choiceであり、治癒までにかかる時間も短くて済む。かつては絶食、抗生剤点滴で加療が一般的で、炎症の鎮静化に1週間くらいかかっていた。まるでH2 blockerの開発で、胃潰瘍、十二指腸潰瘍が外科疾患から内科疾患に変わったのとは逆に、腹腔鏡下胆嚢摘出術の普及で、急性胆嚢炎は多くが内科疾患から外科疾患に変わっている。ただ、このころはまだ急性胆嚢炎は抗生剤で闘うのが一般的であった。病歴を確認し、入院、絶食と抗生剤を開始した。


 翌日も右季肋部痛はあまり改善ないとのことであった。

 「薬が効くのを待ちましょうね」

と説明し、適宜鎮痛剤を使用して経過を見た。


 入院第三病日、この日は私の外来日だったのだが、朝回診に回ると、

 「痛みが悪くなっています」

とのこと。腹部触診を行なうと、右季肋部に、前日まではなかった筋性防御が見られた。

 「あっ!これ、外科腹だ!」

と直感した。適切な医学用語を使うならば、

 「外科的手術の必要性が極めて高い急性腹症」

 とでもいうべきか。午前の外来が始まるまで、ごくわずかしか時間がないが、外科の先生に緊急でコンサルト。

 「すいません、保谷ですが、ご相談したい患者さんがおられます。80代女性の方で急性胆嚢炎の診断で入院、抗生剤加療中の方です。今日で入院3日目ですが、今朝から腹痛が激しくなり、右季肋部に昨日まではなかった筋性防御が認められます。Surgical abdomenだと思います。採血やCTを指示しておくので、急ぎで診察してもらえますか?」

 と電話連絡。外科の先生からは

 「了解!すぐ診察に行くから、ほーちゃんは外来をしておいて」

とありがたいお言葉をいただいた。


 午前の診察が終わった午後2時ころ、病棟に上がると、患者さんは外科に転科しており、緊急胆嚢摘出術を受けたとのこと。診断は胆嚢捻転。2回転ねじれていたとのこと。

 「ふつうはCTで捻転がわかることが多いんやけど、この人はCTを見直しても、わからないよね」

 と言っていただき、大変助かった。術後の経過は良好で、1週間ほどで退院された。


 朝回診の時点では腹膜炎も来していたSurgical abdomenであったことを考えると、外科の先生が速やかに対応してくださったおかげで本当に助かったと感謝している。


 近年、訴訟などの問題や勤務のハードさから、外科医を志望する医師が減少していると問題になっている。これは由々しき問題で、患者さんの病態によっては、手術をしなければ救命できない、逆に手術をすることで救命率がぐんと上がる、という場面は多々存在している。


 例えば、一般的に軽く考えられている急性虫垂炎、うまく抗生剤で炎症を鎮静化させられることもあるが、必要であれば速やかに手術が必要である。適切なタイミングで手術ができれば、2泊3日程度の入院期間で退院できる(病院によってはもっと入院期間が短いこともある)が、虫垂炎は約12時間ほどで虫垂が破れ、炎症物質が腹腔内にばらまかれてしまうので、穿孔してしまった虫垂炎は切開範囲も大きく、治療期間も2週間程度かかることが多い。場合によっては命にかかわることもある。なので、ここ一番の時の外科医の先生の存在感はとても大きく、外科の先生がおられたから助けられた、ということは多いのである。なので、そのような外科医が減少するのは、逆に日本の医療の安全性を減らすことになってしまう。


 とてもハードな仕事、トレーニングも厳しいけど、外科系の先生の存在はありがたいものである。どうか、貴重な外科系の先生方が、時に理不尽ともいうような裁判で消耗されないことを願っている。


 医療に100%の安全性はなく、以前に書いたように、推理小説を逆から呼んでいくと何が伏線なのかよく分かるが、前から読むと謎解きまで難しい、ということを経験しているように、医療も、振り返って考えると、患者さんの命を守るためのターニングポイントというのはよく分かるのであるが、その時点では何が正しい選択なのか、判断がつかないことが多い。なので、結果を持ってきて医療裁判、となると非常に医師としてはつらいものがある。


 裁判官は医療の専門家ではないので、そのような医療の不確実性を骨の髄まで痛感しているわけではない。という点で、我々は常におびえながら仕事をしているのである。特にメスをもって、自ら患者さんの身体に傷をつけて治療する外科系の医師であればなおさらである。ごくわずかではあるが、とんでもない医師がいることは確かであるが、多くの医師は誠意をもって、自分の全力で常に医療を行なっているのである。人の命を助けるために欠かすことのできない、外科系の医師の負担が少しでも楽になれば、と思う次第である(もちろん内科医も含め)。


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