第95話 餅は餅屋(拒食症と向き合って)

 現在、私は内科に軸足を置きつつ、とりあえず何でも屋さんとして仕事をしている。小児科専門医ではないけど、1歳ぐらいからは、診察して、どんな状態なら専門医に診せるべきか、などを責任をもって判断できるほどには経験を積んだと思っている。外科、整形外科領域なら、美容をあまり気にしない部分の縫合処置、骨折やねん挫などは専門医に診てもらうまでの間の簡易的な固定、緊急を要する状態か、少し待てる状態かを評価することなどは対応できる。


 ある種、便利屋的な医者(プライマリ・ケア医、というか、Hospitalistというか)ではあるのだが、プライマリ・ケアを行なううえで、重要な技能である、精神科、心療内科的な治療については、恥ずかしいことに全く役に立たない。


 これは私見だが、脳神経外科、心臓血管外科、産科、精神科は、医者を選ぶ診療科だと思っている。他の診療科は努力で技術を身に着けることができるが、前述の診療科は努力だけでなく、それぞれの診療科にあった特性を持った人でないと務まらない。残念ながら、精神科については私は適性がないと感じている。


 原則として、身体科の医師は基本的に「患者さんに寄り添う姿勢」が求められている。しかし、精神科では「患者さんに寄り添いつつ、寄り添ってはいけない」のである。そのスタンスを普通に保てなければ、医師自身が心を病んでしまう。そんなわけで、ごく簡単な心理背景を持つもの(一過性の適応障害など)は対応できるのだが、家族を含めた人間関係の動力学的なものから問題点を見つめ、その解決を行なう(実際には、このレベルは精神科専門医や心身症など、mental面の専門医の仕事だと思うが)なんてことはできない。


 患者さんは初診時、17歳の女性だった。身長は155cmくらい、体重は30kgに届かない程度だった。どうして当院に受診するようになったのか、初期対応をしたのは私だったのだが、あまり詳細を覚えていない。ただ、ご飯を食べず、どんどん衰弱していること、2週間後に、某高度医療提供病院の児童・青年精神科に予約が取れており、その間、点滴などで管理してほしい、との救急隊からの依頼で受け入れたのは覚えている。彼女はあまり話しかけても答えを返してくれることはなく、表情も硬く心の闇の深さを感じたことを覚えている。

 「拒食症は、緩慢な自殺行為であり、『生きる』ということに対する患者さんの『無言の抵抗』である」

 と何かの書物で読んだ気がするが、確かにその通りだと感じた。ご両親にも病状をお話しし、「拒食」という問題は、非常に根の深い心理的な病巣があり、それを解決しない限り寛解、治癒はないこと、身体疾患としてとらえても、生命予後の悪い(致死率の高い)疾患であること。児童・青年精神科は治療に最もふさわしい診療科であり、そちらに転院後は、絶対に、絶対に主治医から離れず、治療を継続してくださいと繰り返し、繰り返しお話しした。


 2週間後、彼女は入院中特に大きな問題なく退院され、その後、児童・青年精神科から、入院加療を行ないます、と返信が届き、ほっとした。何とかよくなってくれるといいな、と思っていた。


 その1か月後、風の噂(とはいえ、信頼できる情報)で、彼女が、ご両親の強い希望で自己退院となったと聞いた。

 「馬鹿じゃないか!」

 と、ご両親に本当に怒りがわいた。あれほど

 「絶対に主治医から離れてはいけない」

 「この病気は致死率の高い病気だ」

 と繰り返し説明したじゃないか。何を聞いていたんだ!とがっくりとした。


 そして、その話を聞いてから2週間ほどたったある日、恐れていたことが起きた。彼女が心肺停止状態でERに搬送されたのであった。CPRには良好に反応、すぐに心拍再開したとのことだが、搬送時の血液検査で血糖値は5mg/dl(正常値は100mg/dl前後)と、明らかに餓死寸前の状態だった。


 気管内挿管、CV lineを挿入され、ICUで管理となった。ER当直医はTPNを繋いでいたが、高度の低栄養状態でいきなり高エネルギーを急激に投与するとrefeeding syndromeを起こすので危険なのである。翌朝からは私が主治医になり、一旦TPNを中止、教科書を見ながら、1日200kcalから数日かけ、徐々にエネルギー量を増やし、またrefeeding syndromeの病態のカギとなる、血清リン値もfollow、院内にリン補充用の静注薬がなかったので、薬局にお願いし、薬剤を取り寄せてもらった。


 翌日には意識は改善。発語ができないので、高次脳機能障害の有無はわからなかったが、指示にて四肢の運動は問題なかった。喀痰量が挿管の刺激で増えているのか、痰の量は多かったが、入院第4病日に挿管チューブを抜管した。抜管後、こまめに吸痰処置は行ったのだが、あまりにも喀痰量が多く、経鼻、あるいは経口での吸痰では追い付かない状態だった。


 在宅の患者さんなどで、こまめな気管内吸痰が必要な患者さんには、吸痰のためにミニトラック(本来は輪状甲状軟骨部に穿刺して、緊急で気道を確保するキット)を挿入し、そこから直接気管内にアプローチして吸痰を行なうことが多かった。なので、彼女にもミニトラックを挿入、吸痰を行なったが、それから1時間後に喀痰による気道閉塞で呼吸停止となったため、ミニトラックを抜去し再度気管内挿管。自発呼吸はあるので、T-チューブで酸素投与の継続と、吸痰処置を行ない、外科の先生にお願いして、気管切開をしてもらった。カニュラはスピーチカニュラを用意し、お話ししたいときは声が出せるようにして管理した。


 ひとまず全身状態は安定したが、状態が安定すると、CV lineをご自身で抜去してしまった。あなたの命の維持のために必要な処置なので、再度挿入していいか、と尋ねると、本人は首を横に振って拒否。残念だが、無理強いや強制的な挿入はできない。末梢点滴についても当初は首を横に振っていたが、最終的にはそれに同意してくれた。


 全身状態については、気管切開はされているものの、命の危険については乗り切った状態となり、ご両親を呼んで、病状説明。彼女が抱えてる心の闇を改善しない限りは同じことを繰り返す、とお話。実際に、理由はわからないが、大事な治療を中断する、という決定を安易にしてしまうご両親なので、問題点はそのあたりにあるのだろうとは思ったが、なかなかそこにどう切り込んでいいのかわからない。それと、やはり彼女には精神科的治療を受けてもらい、その心の闇を解いていかなければならない。


 そんなわけで、当初治療を受けていた、某高次医療提供病院の児童・青年精神科に、再度受診のお願いを病診連携室からしていただいたが、

 「当初診てくださっていた先生が、転勤されてしまいました。主治医が変わるのは適切ではないので、受け入れはできないです」

との返事だった。

 「診察を受ける病院が変わったら、当然医師も変わるやろ!そちらが『医者が変わるのは適切ではない』と言って断るなら、病院が変わるのだから医者は当然変わるじゃないか。思い切り矛盾してるやん!どんな理由やねん!」

 とがっくり来たが、おそらく、自己退院は受け入れ拒否に大きく影響しているのだろうとは思った。


 近隣の精神科病院にも依頼をかけたが、

 「摂食障害は重症であり、当院では対応できない」

との返事であった。それはそうだろうと思った。生命予後もあまりよくない疾患であり、受け入れたくない気持ちもわからないではない。


 近隣の大学病院精神科に摂食障害の大家がおられる、とのことで、一縷の望みをかけて、その先生のもとに紹介することにした。内科的管理は当院で行なうので、精神科的なアプローチをお願いしたい、ということで紹介状を書き、受診してもらったのだが、比較的あっさりと診察から戻ってこられた。


 医学部時代、精神科のポリクリでは、初診の患者さんには非常に時間をかけて問診を行ない、成育歴や家族構成、家庭環境、学歴などなど、根掘り葉掘り聞いて、心理学的検査も行って、ということで、初診の方は非常に時間がかかる、という記憶があるので、

 「あれ~~??」

と不思議に思った。返信を確認すると

 「本人に治療する気がないので、治療はできません。今後の通院は不要です」

と木で鼻をくくったような返信。

 「がっくりした」

という気持ちと

 「あなた、それでも医者?」

という怒りの気持ちが心の中でぐちゃぐちゃになった。摂食障害の治療で、

 「本人が治療したい」

と望むようになったら、摂食障害の治療は半分以上終了しているのである。治療の根幹は、

 「摂食障害の方が、その心の闇を認識、問題点を見つめて、解決したい」

 と思うようにすることである。結局、この大学病院の先生は、摂食障害の大家、と言いながら、

 「ほぼ治療の山場を越えた人たち」

 を診ていたのに過ぎない。以前に某がんセンターで、末期の癌患者さんは自院から転院させることで(本来は治療のための病院なので、それは悪くないと思っているが)、数字上、各種がんの治療成績が上がる、という話をしたが、まさしくこの摂食障害の大家も同じロジックである。


 そんなわけで、精神科の助けが得られないまま、彼女と向き合うことになった。内科的な治療はひとまず終了しており、平均入院日数の問題もあるため、在宅でfollowすることとなった。


 訪問診療は続けたが、彼女の心の闇には触れることもできないまま、訪問して、身体診察をして、気切チューブを交換して、という、表層的な訪問診療を続けていた。少なくとも私にはそれが限界だった。


 1年ほどそのような状態で訪問診療を続けていたが、ふと、院内のスタッフを見ると、小児科の医長先生が、小児の心身症などを専門にされていることに気づいた。先生は、心身症の方や、起立性調節障害の患者さんなどで非常にお忙しかったのだが、無理を承知でお願いをして、彼女の相談をした。先生はお話を聞いてくださり、一度診察枠を開けてくださり、ご本人、ご両親の診察をしてくださることとなった。


 診察後、先生は、

 「やはり家族関係に大きな問題があると思います。私がその患者さんを引き継いでみていきます。保谷先生、お疲れさまでした」

と言ってくださった。本当に先生が神様に思えた。


 さすが、心身症などの治療を専門とされている先生。家族への介入も適切で、彼女の心の闇も少しずつ溶けて行っているようである。少しご飯も食べられるようになってきた、ということも耳にした。。


 改めて、専門医の力に感動した次第である。


 ちなみにではあるが、私自身の生まれ育った家庭環境が少しややこしく(ありがたいことに周りの人たちからは、たくさんの愛情をいただいたが)、精神病理学的に「適切な家族関係」というものがどのようなものなのかは、まだ自分自身は理解できていない。

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