第68話 優秀な後輩、適切なアドバイス

 とある日のER、ひと時の喧騒も落ち着き、深夜帯、時間分けを考えるタイミングが来た。いつものようにER当直医3人で相談し、担当時間決定。私はいつも通り、早朝のボスがいる時間帯を選択した。もちろん、重症の人が来ればすぐに起きられるように、部屋の電気はつけたままで休んでいる。


 時間分けを終えた直後、ホットラインが鳴った。30代の男性で首が痛い、との主訴だった。バイタルサインはやや血圧が高め、その他は問題なさそうだった。もう時間分けをした後なので、後輩に後を託すことにした。ただ、ふっと気になり、

 「椎骨脳底動脈の解離、鑑別診断に入れといてな」

 と後輩に伝えて、休憩室に入った。


 翌朝、総合内科の振り分けカンファレンスの時にその後輩が、

 「保谷先生、僕初めてWallenberg症候群を診ましたよ」

 と興奮して声をかけてきた。来院された患者さん、身体診察を行ない、僕のアドバイスも気になったので神経所見も丁寧に診察したそうだ。

 「片側性の小脳症状と交代性の感覚障害、教科書通りでした」

 とのこと。身体診察からWallenberg症候群を考え、頭部MRI+MRAを撮影、椎骨脳底動脈解離に起因するWallenberg症候群だったとのこと。当直医の脳神経外科の先生に入院を依頼、入院となったとのことだった。神経診察から適切にWallenberg症候群を診断できたのがすごく立派だと思った。


 また別の日のER、時間分けしようか、というときにホットラインが鳴った。40代の男性、首が痛いとのこと。バイタルはそれほどおかしくない。1年生の後輩と一緒に診察することにした。

 「心筋梗塞で首から肩に放散痛が見られることがあるから、鑑別に心筋梗塞も考えておこう。採血の時にトロポニンを提出しよう」

 と後輩に伝え、患者さんの来院を待った。残念ながらその日は心エコーができない日だったのだが、患者さんが搬送されてくると、ひどく頭を痛がっている。本人に聞いても

 「痛いのは首じゃない、頭が痛い!」

 と繰り返す。とりあえず採血メニューはそのまま、トロポニンも加えて採血。心電図は明らかな異常はなさそう。頭部CTを追加したが、頭蓋内に明らかな異常はなかった。しばらくして採血結果が出そろった。CPKの軽度上昇とトロポニンが陽性。やはり心筋梗塞が疑わしいか?と思いながら、内科当直医をcall。その日の当直医は師匠だった。師匠がERに降りてこられ、転げまわるほど頭を痛がっている患者さんを診て一言、

 「どこを見てるんだ。これはSAHだよ。頭部CTをすぐ撮ろう!」

私と後輩が

 「先生、頭部CTは撮っていますが、明らかなSAHの所見はなかったです。ただトロポニンが上昇しています。救急隊からは『首が痛い』という主訴で来られたのですが」

と師匠に伝えたが、

 「こんなに頭を痛がっているのに、MIなんてありえないよ。今日は脳外科がon callだから、今晩は塩モヒ(塩酸モルヒネ)で鎮痛と鎮静を図って、明日、もう一度CTを取るよ」

 とのこと。師匠が入院を上げられたが、念のため、翌朝の採血にCPK、CK-MBを追加、心電図の再検を指示しておいた。果たして翌日、患者さんの頭痛は落ち着いており、採血は心筋逸脱酵素の著増、心電図の虚血性変化も認め、やはり診断は心筋梗塞だった。


 とはいえ、あれだけ頭が痛いと激しくのたうち回る心筋梗塞を診たのは、あの時の患者さんだけである。今回の師匠の判断を誰も責めることはできないと思っている。



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