第17話 岡山包囲②
夜。
岡山城の東門から坂崎直盛が討って出る準備をしていた。
「本当によろしいのでしょうか?」
息子・重行は不安そうである。
「敵の策略ということは…」
「分かっておる。わしを誰だと思っておるのじゃ。任せておけ」
直盛は意に介せず、味方を引き連れて外に出た。
「良いか。相手の策略である可能性はある。疑わしいことがあれば、すぐわしに伝えよ」
「ははっ」
「行けっ!」
直盛は銃を構えていた。
敵との距離が近づいてくると、その銃を一発撃ち、敵陣に近づく。
「敵だ!」
「構えるな。ここは守るのだ!」
豊臣方の指示が直盛の耳に届く。すぐに両横を確認したが、近づいてくる素振りはない。
(ふむ。どうやら相手は本当に守ることしかせぬらしい)
「よし、引き上げよ!」
直盛はすぐに引き上げた。迎えに出た重行に笑いかける。
「見たか。わしの申した通りであっただろう」
「は、はい…」
翌朝、直盛は相手陣の様子を確認した。
「昨日よりも少し下がっておるように見えぬか?」
「そう言われてみれば…」
「やはり秀頼は病気なのだろう。考えてもみよ、元々大坂でも一度も敵陣に来なかったような男だぞ。そんな男が今回は3万もの兵を率いているのだ。戦の重圧に耐えられなくなったのだろう」
「となると、本日も夜襲を仕掛けるのですか?」
「馬鹿を申すな。それは下策というものよ」
「下策?」
「良いか。こういう場合に上・中・下策がある。まず、下策は今の状況に安易に飛びつくこと。つまり、お主が申したような夜襲をするというようなことじゃ」
「はぁ…」
重行がふくれっ面をした。自分の考えを下策と言われたのであるから、面白いはずがない。
直盛は構わずに続ける。
「上策というのは、完璧に策を練ってこの状況を変える起死回生の一手を打つことじゃ。つまり、秀頼を確実に暗殺するなどの手よ。これが取れれば最高であるが、さすがに今の状況であれば情報も不完全だ。わしらの意思疎通がきちんとなるのは岡山城内のみ。この状況でそこまでの手をとることは難しい」
「残る中策は?」
「わしらの目的を達成するために、この状況を利用することよ。わしらの目的は何だ?」
「岡山城を取られないこと」
「そうだ。そのためには、何をすべきだ?」
「秀頼の病気を皆に伝えて、兵の士気をあげること」
「その通りだ。わしは過酷な戦にも参戦してきたからな、こういう時は経験がものを言うものよ」
直盛は愉快気に笑った。
直盛の方針に従い、岡山城内には秀頼は病気らしいという話が伝わった。
直盛の見込通り、兵の士気は上がり、城外からの罵声に対して、「お前たちの大将は何をしているんだ?」などと言い返すような状況も続いた。
城外の攻撃も数日間にわたって止まる。
「この間に、赤碕なり長門なりの状況が伝わればよいのであるがな」
坂崎直盛は備前国外の状況も確認したいと、内藤直盛宛の使者を立てて、密かに城外に向かわせた。
その夜は月もない。完全なる暗闇に覆われた日であった。
走るには躊躇いが生じるほどの視界であるが、密使はそうした状況には慣れている。北の街道の状況も把握しており、ただ、記憶通りに早めに歩いていくだけであった。
歩くことほぼ一刻。
密使は足を止めた。前方に数十人の者がいることに気づいたからである。
(こんなところに敵兵が?)
密使は物陰に隠れ、姿を現さないように近づいていった。しばらくするとかがり火に旗が照らされる。
(あれは森家の旗)
美作の前領主であり、現在は内藤直盛の指示下で働いている森忠政の旗印であった。
(ということは、森家が援軍にかけつけてくれたのか?)
密使は多少の期待を抱いて近づいていく。
「どうした? おまえは何者だ?」
森家の見張りが声をかけてきた。言葉は津山地方のもので森家の者だと分かる。
「俺は岡山から来た」
「何? 岡山は包囲されているのではないのか?」
「そうだ。ただ、現在、敵軍総大将の豊臣秀頼が病気のようで、包囲軍が少し手を緩めている。その隙をついて逃げてきた」
「そうだったのか。それなら殿にも伝えてくれ」
「うむ。ありがたい」
密使は見張りとともに通されていく。
篝火をたどるようにして、向かっていくと、奥に甲冑姿の男がいた。その男を見て、密使がぎょっとなる。
(森殿ではない!)
慌てて動こうとした瞬間、「捕らえよ!」の声。周りの者が飛び掛かり、密使は一瞬にして取り押さえられてしまった。
「さすがに森忠政の真似はできんかったか」
「殿、そもそも森殿のことを知っているのですか?」
「いや、全然知らん」
森に扮した男が近づいてくると、懐に手を伸ばし、書状を奪い取った。それをサッと流し読む。
「単なる状況確認か。しかし、秀頼様を仮病に仕立て上げればすぐに飛びついてくるかと思ったが、坂崎も中々に冷静よのう」
「おまえは一体?」
密使の言葉に、相手は笑う。
「おまえと来たものか。密使風情におまえ呼ばわりとは、50万石の大名も落ちぶれたものよのう」
更に豪快に笑って、顔を近づける。
「よく覚えておけ。これが福島正則の顔よ」
岡山城の南で、豊臣秀頼は蜂須賀至鎮と談笑をしていた。
「坂崎め、もっと簡単に釣れるかと思いましたが、釣れませんでしたな」
と蜂須賀は笑う。
「ただ、わしがおらぬものと思って、城の中で余裕を見せてしまったのはいかんのう」
「真でございます。豊臣家の得意技というものをご存じないようで」
「仕方あるまい。わしも、お主もおらんかったであろう」
「左様でございますな」
二人は笑う。
「明日の朝、岡山城がどうなるか、楽しみじゃのう」
その翌朝。
「ち、父上!」
岡山城の廊下を坂崎重行が走る。
「何じゃ、朝から」
「大変でございます! 南側に、南に…」
「南に、何じゃ? 豊臣の援軍でも来たのか?」
四国から更なる援軍が来ることは容易に想像できる。秀頼が病気であるとなればなおの事であった。
「とにかく、ご覧ください」
らちが明かないと考えたか、重行は無理矢理父を南側の方に連れていく。
目をこすっていた直盛であったが、いざ実際にそれを確認すると。
「な、何じゃ…。あれは?」
「城でございましょう…か?」
岡山城の南に城のようなものが出来ていた。
正しくは、大きな櫓を組み合わせたものであろうか。岡山城の城門を遥かに超える高さの櫓である。そこに100人ほどの豊臣兵がいる。
「おー、よく見えるのう。岡山城の中が丸見えじゃわい!」
「ここからだと攻撃するも自在じゃわい!」
風に乗ったのか、豊臣兵の声が聞こえてくる。
「父上、どうやら、豊臣側は我々が余裕をもっている間に一夜城を築き上げたようにございます」
重行が城を見上げて、嘆息した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます