第5話 同盟延長

 高知に戻った忠直は、山内忠義に委細を告げる。

「長宗我部殿の集まり具合はどうであろうか?」

「既に百名ほどは集まっておりますが。連れていきますか?」

「百名か…。どうであろう?」

「微妙な数ですな」

 幸村が答える。

「正直申しますと、この数であれば、加藤家に対して警戒していることを示すだけであり、かえって相手が硬化することも予想できます」

「うむ。確かに、このくらいの人数を連れていくのであれば、逆に少ない方が良さそうじゃのう。しかし、どうしたものか」

「それでしたら、高知から船を出して、西に向かって豊後に向かうのがよろしいのでは?」

 山内忠義の提案に一同も頷く。

「確かに、それが一番いいかもしれぬ。加藤家の水軍が豊後水道のあたりをうろついているということもないだろうし」

「それはないでしょう。それがあるならば、何らかの報告があるはずです」

「よし。ならば安全な方法で行こう。高知から西に向かう」

「あいや、越前殿、しばしお待ちを」

 立ち上がり、すぐに出ようとした忠直を、豊臣秀頼が止めた。

「この前は皆、失念しておりましたが、もう九月になろうとしておるし、十一月も間もなくとなる。同盟関係の延長をこの場で作るのはいかがであろうか?」

「なるほど。言われてみれば…」

「この場には伊達殿はおらぬが、幸村と治長という同盟文を締結した者がおるゆえ、その文を筆記させ、越前殿と山内殿に確認していただいてはいかがだろうか?」

「そうじゃのう。わしは九州のことは任されておるから、わしの独断で同盟を延長したとしても、文句を言われることはないだろうしな」

 忠直は信綱を見た。

「私も、今のうちに延長しておくのが良いと思います。問題は期間ですな」

「さしあたり一年でどうだろうか。あまり長くすると、直孝や伊達殿が文句を言うかもしれぬからのう」

「承知した」

 幸村と治長は前回の内容をほぼ記憶している。それを山内家の祐筆に伝えて、期限を一年延長する旨を設ける。

「これでよいな。では、わしが徳川家のさしあたりの担当者として、秀頼公とともに締結して、江戸、大坂と金沢に送るとするか」



 かくして、その日のうちに同盟更新の書状を携え、使節が三方へと向かっていった。

 大坂では、大野治房と毛利勝永らが淡々とした様子で受け止める。

「秀頼公が越前殿と一緒に向かった時からほぼ既定路線であったからのう」



 二日後。飛脚が金沢にも到着した。

 その時、前田利常はちょうど会見中であった。書状を呼んでいた利常が眼前の青年に小さく頭を下げる。

「わざわざ兵をも派遣していただき、城井殿の協力、非常に感謝する」

「はい。城井様からはそれがしが指揮をとるようにと直々に申し伝えられております」

「左様であるか」

 利常の青年を見る様子にはいぶかしげなものも含まれておる。

「確かに、見知らぬ者の指揮を受けることには抵抗があるかもしれぬが、三百人という数では不安ではないか?」

「前田様、我々を侮っていただいては困ります。三百であっても全員一騎当千の強者。そこらの木端武者など簡単に蹴散らしてみせましょう」

「ふむ。そこまで言うのならば任せてみようか」

 と答えたところで、廊下から本多政重の声がする。

「殿、よろしいでしょうか?」

「むっ?」

 利常は青年に視線を向けた。青年も心得たものでその場で平伏する。

「では、それがしは一旦失礼いたします」

「うむ。政重、入って構わぬぞ」

 入ってきた政重は出て行った青年をちらりと見て、首を傾げる。

「見ない者ですが、どなたでしょうか?」

「うむ。何と言ったかな…仁左衛門とか言ったような」

「…随分いい加減ですな」

「うむ。まあ、わしの目論見が外れてしまったところがあるのでな。それはいい。何の用じゃ?」

「はい。先ほど、豊臣家の使いが同盟延長の書状を持ってまいりました」

「同盟延長か…」

 松平忠直が豊臣秀頼を四国に連れ出したという情報は加賀にも入ってきている。そうである以上、同盟延長は既定路線とも言えた。前田家は一応豊臣家の勢力に属していることになるので、延長期間の間、攻撃をすることはできないことになる。

「これでまだまだ加賀や越中を整備することになりますな…」

「フフフ」

「殿?」

「いや、もちろんじゃ。前田家の方から同盟破棄をするようなことはない。これで後顧の憂いを断つことになるし、東国の兵士が毛利領を狙うことになるであろうな」

「おお、確かに。そうなりますと、豊臣は中国に領土を得るかもしれませんが、前田は身動きが取れませんな」

「そうじゃのう。政重、お主九州にでも行ってみるか?」

 利常が笑いながら尋ねる。

「とんでもございません。同盟延長とはいえども、加賀に何があるか分かりませんからな」

「もっともなことだ。ご苦労だったな」

 政重を下がらせると、利常はしばらく思案していたが、ややあって部屋を出て、妻の部屋へと向かった。

「珠、体調はどうじゃ?」

「これは殿…。はい、順調でございます」

「そうか。楽しみじゃのう」

「また、上総殿への書状でも?」

 珠の指摘に利常は笑う。

「ははは、見透かされてしまっておったか。うむ、徳川と豊臣の同盟が延長になっての。めでたいことゆえ、一応高田にも知らせてほしいのではないかと思ったのだ」

「分かりました。しかし、殿…」

「何だ?」

「殿はこのままでよろしいのでしょうか?」

「どういうことだ?」

「いえ、加賀・越中は全て徳川家の大名に囲まれておりますから、同盟が続くとなるといつまでもこのままではないかと思いまして…」

「ははは、珠に心配されるようになってしまったか。だが、わしがそれで難儀しているような顔に見えるか? うん?」

 利常が自らの顔を珠に近づける。

「見えませぬ」

「そうであろう。物事にはいい面もあれば悪い面もある。一見して良くないように見えても、その裏にいい部分があるし、一々悲観することはない。全て予想通りというわけではないし、むしろ予想外のことが多すぎるが、前田にとって悪い知らせは一つもない」

「安心いたしました」

「では、急ぎではないので高田の上総介に同盟延長について知らせてやってくれ」

「かしこまりました」

 珠はいそいそと文の準備をし、利常もまたそれを手伝うのであった。



 使いは更に二日後。江戸にも届いた。

「豊臣家との同盟を一年延長することにしたようです」

「豊臣秀頼が四国にいる以上は当然であろうな」

 井伊直孝の言葉に伊達政宗も了承する。

「ということは、さしあたり前田も豊臣も戦争はないと見ていいだろう。この機会に摂津から播磨方面へと攻め入るべきだろうか」

「確かに、東国の大名もそろそろ負担を負うべきでございますな」

 伊達政宗の意見に井伊直孝も賛同した。

「よし。譜代大名への連絡は井伊殿がとってもらえるか? それがしは蒲生、最上あたりに書状を出すことにする」

「承知いたしました」

「問題は上総介だ。どうしたものか」

「直江殿の書状の後、誰かを派遣しているのですか?」

「派遣してはいるが、全員五郎八に追い払われて戻ってきておる。あれはわしの子の中では一番出来が良くてのう、非常に有能なのだが、それゆえに難儀しておる」

「参りましたね。一体どういうつもりなのでしょう?」

「近くにおる附家老らの話によると、領内で特に何かしておるということはないらしいから、謀反を企てているとかいうことはなさそうだ。高田城の中で何かをしているということとなると、考えられることとしては前田との連携などではあるが…」

「ただ、領内から伝わる情報では、加賀も何か準備しているということはないようです」

「上総介はともかく、前田は自ら前将軍を討ち取る動きをしただけに、何もしないということはなさそうではあるがのう…」

 二人で思案するが、妙案は浮かばない。

 さしあたり、関東諸国の大名らへの動員を要請する書状が送られることとなった。

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