第4話 襲撃

 半刻後、忠直が長宗我部盛親を連れて戻ってきた。

「長宗我部盛親でござる」

「山内忠義でござる。こうやって、直接顔を合わせるのは初めてかもしれませぬな」

「確かに…」

 長宗我部盛親が関ケ原の後、土佐を追い出された時には山内家の当主は一豊であったし、忠義はまだ子供であった。その後、浪人の身で土佐を訪ねたことが数度あったが、当然城主でやる山内忠義に面会することなどはない。

 忠義との面識という点では、むしろ大坂にいる毛利勝永の方が多い。ただし、毛利勝永の場合、大坂入りする際に忠義との衆道関係の話を表ざたにしたこともあって、忠義の個人的憎しみは盛親の比ではないのであるが。

「先ほど、長宗我部殿と話をして、長宗我部旧臣については引き取ったうえで九州に連れていくこととした。改めて確認するが、それでよいな? 土佐守」

「はい。願ったりかなったりでございます。長宗我部殿」

「うん?」

「…父からの統治方針であったが、貴殿の配下に対して酷い扱いをしてしまったことは一度や二度ではない。お許しいただきたいとは言えないが、この通りである」

 忠義が頭を下げる。

「山内殿。それはお互い同じでござるよ。仮に関ケ原で西軍が勝ち、土佐以外の領土を得た場合や、わしが大坂の勝利で山内殿の代わりに土佐に入ったとしても同じことをしたであろう。やむなきことでござる。家臣が辛き思いをしたのは、一重にわしが至らぬゆえ…」

「では、とにかく手打ちということで、長宗我部旧臣にはまずまずの場所を用意できるよう、わしも努力する」

「それですが越前様」

「うむ?」

 松平信綱の言葉に忠直が反応する。

「真田殿も、九州まで来てくれるということでして」

「何と?」

「より戦いが激しいのは九州でござる。それがしは戦場でこそ役に立つ男。どうか九州まで連れていただきたい」

 幸村が頭を下げた。

「そうすると、秀頼公はいかがする?」

「越前殿、気にせずともよい。正則と蓬庵、それに治長がついておるのでな」

「うむ、なるほど…」

 いつの間にか増えている蜂須賀家政も忠直に頭を下げる。


 翌日。

 忠直ら一行は、長宗我部盛親を残して北へと向かった。盛親は旧臣を説得して全員を引き連れてくるため、一旦土佐に残ることとなった。

「して、お主は父に従わんのか?」

 長宗我部忠弥に声をかける。

「おまえは長宗我部の嫡子ではないゆえ、こういうところに顔を出すものではない。越前様の近侍としてついておれと言われました」

「なるほど。それは長宗我部殿らしいというか…。確か長宗我部殿の嫡子らはまだ大坂に残っていたと思うが、彼らとはどうするのだ?」

「昔、母に聞いたところ、それがしが長宗我部を名乗るにしても別家を立てることになるだろうと言われました。なので、越前様の近侍になるのは私にとっても都合良きことにございます」

「そうか。まあ、いて困るものではないので構わぬが」

「で、越前様、これからどちらに向かいますか?」

 幸村の問いかけに信綱が答える。

「伊予・松山に向かいます」

「松山?」

「はい。松山から四国の先端へと向かい、豊後水道を渡って九州入りいたします」

「加藤殿も連れてくれば良かったな」

 と加藤嘉明の話題を出しながら、山地を歩いていく。

「む?」

 土佐から伊予に入り、松山へと向かう山道に入ったあたりで忠弥が足を止めた。

「どうした?」

「何者か潜んでおります」

「潜んでいる?」

 忠弥が道の外れの茂みあたりを指さした。

「試してみよう」

 真田幸村が火縄銃を構えて、忠弥が指さしたあたりの木を目掛けて撃つ。大きな音と、木にさく裂する音に驚いたか、数人の男たちが慌てて街道へと姿を現した。

「真でございましたな」

「何だ、賊か?」

 忠直と信綱が刀を抜いた。

「相手は八人。こちらは四人。ちと分が悪うござるな」

 幸村の弱音が聞こえたのか、八人の男が一斉に刀を抜いて向かってくる。

「武士を相手にしようとは、中々いい根性よ。うん?」

 応戦しようとする忠直の脇を、忠弥が駆けていく。

「こら、待たぬか。一人で突き進むな」

 忠直の制止も聞かず突き進んだ忠弥であるが、槍を一回ししたかと思うと、二人の刀を持つ手を相次いで痛撃する。

「うわっ」、「ぐわっ!」

 更に槍を突き立てて、正面にいた一人を倒す。

「とうっ!」

 続けてもう一突きで更に一人を倒したかと思うと、頭上で振り回して少し離れた男の頭部を柄で叩く。

「これはすごい…」

 幸村が感嘆の声を漏らした。

 この時点で八人いた相手は三人にまで減っている。ましてや、一瞬といっていいくらいの短時間で五人も減ったという事実は、残り三人の戦意を喪失させるに十分であった。

「くっ…」

 三人は踵を返して松山方面へと逃走していった。最初に刀をもつ手を叩かれて無力化された二人も腕をおさえながら逃げていく。

「お見事でござった」

 幸村の賞賛に忠弥が照れ笑いを浮かべた。

「いやはや、本当にたいしたものじゃ。長宗我部殿より強いのではないか?」

「はい。三歳の時より、宝蔵院流の槍術の鍛錬を積んでまいりましたゆえ」

「槍を回して、二人の手を連続して叩けるものなのですね。越前様にはできますか?」

「できるわけなかろう。伊豆守はできるのか?」

「もちろんできませんよ。しかも改めて見ると私より体格がしっかりしております。いや、これはとんだ拾い物…というと失礼ですが、頼もしい戦力でしたね」

「全くだ。忠弥よ、今の働きは見事であった。ただ、いかに強かろうと一人で向かうのはいかん。相手が刀のみであったから良いが、銃を隠し持っている可能性もあるのだからな」

「は、はい」

「越前様も十分猪突猛進だったとお伺いしましたが」

「あれは直孝とやったことだから、わしだけが殊更というわけではない」

「そうですか」

 信綱の言葉を一旦無視し、忠直は忠弥の肩に手をおく。

「その一人駆けの部分は改善したほうがよいが、その方のおかげで我々はたやすく襲撃をかいくぐることができた。礼を申す」

「とんでもございません」

「褒美として、そなたが名乗りたいと言っていた名を名乗ることを、この松平忠直が許そう」

「真でございますか?」

「うむ。長宗我部殿にはわしの方から伝えておく。伊豆守と真田殿が証人じゃ」

「確かに、この働きは武士に取り上げるに十分なものでござるな…。しかし」

 幸村が倒れている男を見て、首を傾げる。

「どうした?」

「いや、この男達の服装と装備、賊というにはしっかりとしすぎている」

「真田殿も気づいておられましたか。行き掛かりの襲撃者にしては、刀もきちんと手入れされていますし不可解です」

「どういうことだ?」

「あまり考えたくないことではありますが、松山から来た刺客なのかもしれません」

「刺客だと?」

「松山からすぐ北にいけば毛利領です。加藤明成が毛利と通じて、越前様を狙うという話は考えられないではありません」

「ふむ…。それはまずいな」

「どうします? 一度高知に戻りますか?」

「どうしたものか…」

 忠直は幸村を見た。少し思案して。

「戻った方がよろしいかと思います。松山まで行くのは問題ないかとは思いますが、九州に渡るまでの間は、少数だと危険でございますゆえ」

「分かった。やむをえまい」

 一行は街道を引き返して、一旦高知へと舞い戻った。

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