第2話 山内と長宗我部
紀伊湊を出発した、松平忠直と豊臣秀頼らの一行は、短い船旅を経て室津にたどりつき、そこから更に高知へと向かう。
「おお、あれが高知城か。海から眺める城というのはまた趣深いものじゃのう」
忠直も秀頼も船に乗ること自体ほとんどなかったし、そこから城を垣間見るという経験もない。子供のように町を指さして話をしている。
「越前様。何か来ますよ」
松平忠直が言う通り、西の方から二艘の小舟が近づいてきた。そこに甲冑を身に着けた武士がそれぞれ二人ずつ乗っている。港の方を見ると、百人近い兵士が控えているようで、何かあればいつでも襲撃されることも予想される展開であった。
「土佐の兵士ですか? 私達は九州と四国に派遣された徳川家の者です」
松平信綱が呼びかけると、一同の警戒が解けたようで穏やかな表情で近づいてくる。
「ようこそお越しいただきました。どうぞついてきてください」
山内家の船の先導を受け、一行は土佐の湊に入っていった。
土佐は長宗我部盛親が関ケ原で領土を失った後、山内一豊が入っていた。一豊には嗣子がいなかったため、甥の忠義を養子として迎えていた。一豊死後、忠義が土佐を治めている。この年、24歳。
「それがしがいては空気がまずくなるでしょうから、それがしは旧臣を訪ねてきたいと思っております」
長宗我部盛親が言う。確かに旧主と現在の領主が顔合わせをするのはまずい。
「それでは、二刻後にここで合流するとしよう」
と話を合わせて、盛親以外の六人が高知城へ向かう。
「ということでだ、既に伊豆守が手紙で届けた通り、わしが九州を、豊臣殿が四国の統括者となることになった」
城内に通された忠直が、忠義に説明する。
「土佐守は大坂には来ておらぬゆえ、多少は余裕もあろう。場合によっては兵の拠出も頼むことになるかもしれないが相よろしく頼む」
「ははっ。ただ、土佐は色々ともめごともありまして、恥を承知で申し上げれば、外から思われるほどの余裕はございません」
「ふむ…。長宗我部旧臣との問題であるか」
「はい。さすがに私が領主となってからは一揆のようなことは起きておりませんが、小さな問題はいたるところで起きております」
長宗我部家の兵士は一領具足制度という半農半兵集団として戦国時代を戦い抜いてきた。そうした自分達の在り方に誇りを抱いており、他の家が採用していた兵農分離制度には激しく抵抗した。そのため、山内家が土佐に入ってくると激しく抵抗し、また山内一豊も長宗我部旧臣を激しく弾圧しており、憎悪の悪循環という状態が続いていた。
山内家が土佐に入って15年。さすがに表立った反抗はなくなったし、世代交代も進んでいるが、彼らの中には「四国の王者であった長宗我部家旧臣」という強い誇りを子供にも伝えているものが多く、根本的な解決には程遠い状況であった。
「毛利があれだけ簡単に領土を広げられたのも、安芸や備後で水軍衆を解体させたことによる不満が大きかったと言うからのう」
「それならば、長宗我部殿も来ているのですし、九州に向かう軍にあててはいかがでしょうか?」
信綱が提言する。
「続けよ」
「はい。長宗我部殿は土佐に復帰したいと思っているとは思いますが、山内殿を変える理由もございません。となりますと、ここにいる長宗我部旧臣を我々の兵として預かり、後々長宗我部殿には九州か四国の別の場所を譲るということでいかがでしょうか?」
「ふむ。伊豆守がこう言っておるが、土佐守はいかがか?」
「越前様、私は伊豆守ではありませぬぞ」
と文句を言う信綱を押さえて、忠直が忠義に尋ねる。
「はい。そのように進むのであれば、願ったりかなったりでございますが」
「うむ。ということは、長宗我部殿の了解を得ればいいわけだな。よし、それはわしが話をしてこよう。皆はここに残って、豊臣殿を中心とする体制について考えておいてくれ」
「分かりました」
「それではわしは町へと戻るとしよう」
忠直は城を出て、盛親と示し合わせていた場所で待つ。
少し早めに、盛親が戻ってきた。
「これは越前様。他の方々は?」
「うむ。城で善後策を練っておる。ちょっと茶屋でも入らぬか?」
「承知しました」
忠直と盛親は近くの茶屋に入り、奥へと入る。
その場で、先程松平信綱が提案したことを盛親に話した。盛親はしばらく黙って聞いていた後、溜息をついた。
「それしかない、でしょうな…」
「うむ。もちろん首尾よくいけばであるが、決して悪いようには扱わぬゆえ、どうにか旧臣を説得してほしい」
「その前に一つ聞いていただきたいことがございます」
「何だ?」
「実は、前の戦いの後、宴の後、それがしは悪酔いして大御所様の御首を蹴り飛ばしてしまったのでございます」
「ほう。それはまた大胆というか何というか…」
さすがの忠直も一瞬言葉を失った。
「徳川家の一族である越前様についていきます以上、一応、このことを正直に話さなければならないと思いまして」
「それだけ徳川家のことを憎んでいたということか?」
「はい」
「今もそうであるか?」
「いえ、もちろん、越前様や今の徳川家の人達には恨みはございません」
「ならばわしは気にはせん。いつになるか分からぬが、そちが死んだあと、祖父と話をつけてくれ」
「承知いたしました。それでは、越前様の役に立てますよう、励みたいと思います」
盛親はその場で忠直に平伏し、頭を深々と下げた。
茶屋を出た二人は、忠義と打ち合わせをするべく高知城へと歩を進める。
「父上!」
突然、人だかりの中から声が聞こえた。二人が声の方向を見ると、14、5歳の少年が人垣を割って出てくる。
「げっ!?」
相手を確認した盛親が思わず叫ぶ。
「父上、それがしも戦いとうございます!」
少年は長宗我部盛親に向けて叫んでいた。
「ば、馬鹿を申すな」
一方の盛親は慌てふためいた様子で少年を押し返そうとしている。
「長宗我部殿の息子か?」
「は、はぁ…。側室の子でありまして…、母親の家を継がせて商人になるようにと勧めたのですが」
「商人などやっておれませぬ! それがし、兵法や槍術を学び、年少ではありますが、ひとかどの働きはできまする。どうか、お連れください」
「ならぬ!」
「ついていきます!」
往来で親子が堂々巡りを続け、忠直も次第にじれてくる。
「のう、ここまで言うのだから連れて行ってもよいのではないか?」
「し、しかし…」
「その代わりだ。我々は小僧を守ることはできん。もし、死んだとしてもそれは自分の責めじゃ。それでも尚来たいというのならついてくるがよい」
「ははっ! 覚悟は既に出来ております!」
「よき返事じゃ。名前は何という?」
「はい。長宗我部盛澄と申します」
「違う、違う!」
盛親が激しい勢いで否定する。
「越前様、今の名前は本人の勝手な名乗りでございまして、こやつの名前は忠弥。母親は商人の丸橋家の者ですので、丸橋忠弥でございます」
「父上! それがしは長宗我部の武士でございます!」
「ああ、もう分かった。盛親、そもそもお主が父としてのことをなしたから、その子が生まれたのであろう。それで子に文句を言うのはお角違いぞ。長宗我部を名乗ることくらいは許してやれ」
「…は、はぁ…」
「名前については一旦保留じゃ。そちは見たところ、まだ若いようであるし、当分は長宗我部忠弥を名乗るがいい。そのうえで、活躍をしたのであれば改めてわしの方から、名前を授けるか使いたい名前を使うようにしてやろう」
「ははっ! ありがとうございます!」
忠弥は喜びいっぱいの顔で頭を下げた。
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