四国平定

第1話 大坂改修

 伊勢国・津。

 その城の大広間に大きな図面が広げられていた。それを見ながら、大工に指摘を出しているのが城主藤堂高虎である。

「以前と同じものでは面白くない。より立派な堀にしなければな」

 淡々と指示を出したり、物資の計算をしたりしているところに、大きな足音が聞こえてくる。

「父上!」

 嫡男の藤堂高次であった。この年、14歳。

「どうしたのだ、高次?」

「父上っ! 大坂城の改修を行うというのは本当ですか!?」

 若い高次は憤然とした面持ちをしている。関ケ原後に生まれただけあって、高次は徳川家の時代を当たり前のものと思って過ごしていただけに、その敵である豊臣家の大坂城を改修するということは我慢ならないらしい。

「うむ。名誉なことであると謹んで承り、今、図面を拵えているところだ」

 高虎は純真な息子に内心で苦笑しながら、わざと相手が怒りそうな答えをする。

「な、豊臣家は徳川家の敵でございますぞ!」

 案の定、烈火のごとく高次が喚きたてた。

「馬鹿を申すな。現在は毛利のこともあるし同盟を締結しているではないか」

「そ、それは一時的なことに過ぎませぬ!」

「よいか高次。一時的と思っていたことが、そのまま長く続くということはよくあるものだ。徳川家が征夷大将軍を得たことも、大坂の豊臣家にとっては一時的なものと考えていたのだが、それが10年以上続いた。今回のことにしても、すぐに終わると誰が言える? お主、自分の腹をかけて同盟はすぐに終わると言えるのか?」

「そ、それは…」

 素直なだけに二言はないという言葉に対する思いも父親より強い。当然、即答はためらわれるところであった。

「そうであろう。大坂城は太閤秀吉公が造り上げた天下で三本の指に入る城。その城の改築をこの高虎に任せてきたのだ。これほどの名誉はあるまい」

「それはそうではございますが…」

「まだ何かあるのか?」

「父上が、この機に大坂に寝返ってしまうのではという噂も出ております」

「言いたい奴には言わせておけ。どの道、わしは七度も主を変えたのだ。否定したところで何の説得力もない。わしが『徳川家への忠節は曲げることがありません』と申せば、お主は信用するのか?」

「……」

「そういうものなのだ」

「寝返ることもありうる、と考えているのですか?」

「当然だ。寝返るつもりはないが、わしが仕えたのは徳川家康様であって、今の徳川家ではない。寝返る方がいいのであれば当然寝返る。そうして生きてきたし、そうして、この津の領地も得たのだ。そんな父や領地が嫌だと申すのであれば、どこへでも養子に出す故、遠慮なく申すがよい」

 高次は押し黙ったが、顔には不信感が現れている。

「ついでに申すと、わしらはこれから城を改築するわけであるが、城を作るものにはだ、壊す方法も分かるということもある」

「……」

「ま、物事は何でもやった方がいいということだ」

 高虎の目が妖しく輝いた。



 冬の陣の講和後、埋められたしまった大坂城の堀を再度作り直すことは大坂方の緊急の課題であったが、その実行までには時間がかかった。その理由は、大坂城のような大規模な城郭の堀の再現となると非常に手間がかかることと、それを指揮できるだけの者が大坂にいなかったからである。

 また、淀の方も、「どうせなら、太閤様が作った堀より、更に凄い堀にしたい」という曖昧な虚栄心を抱いてしまい、更に難事となった。

「ここまでのものを行うことができるのは、日ノ本広しといえども藤堂殿くらいでは」

 築城の名手といえば、かつては加藤清正、黒田孝高、藤堂高虎の三人が言われていたが、前の二人は既に故人となっている。残った藤堂高虎が第一候補となり、停戦期間もあることから藤堂家に密かに打診してみたところ、「非常に名誉なことである。謹んで承る」という返事が返ってきたのである。

 ただ、停戦期間が半年ということもあり、藤堂家も全面的に引き受けるわけにはいかない事情もあった。当初は図面と大工の派遣のみで話が進んでいたが、松平忠直が豊臣秀頼を四国に誘ったことで同盟延長がほぼ確実なものとなり、全面的に工事を行うことに踏み切ったのである。

 もちろん、藤堂高虎は江戸にいる徳川家光に承諾を得ることも忘れてはいなかったが、それは既に承諾を得ていた。


 十日前の江戸でのやりとり。

「井伊殿、藤堂高虎が大坂城の改修を行いたいと申しておる」

 伊達政宗が報告を受けて大広間へと入ってきた。

「ついに来ましたか」

 大坂方がいつまでも、堀の無いまま我慢しているはずがない。いずれは改修すると思っていたし、その要請をするならば藤堂高虎ではないかという予想も立てていた。

「現在、越前様が秀頼を連れ出している以上、反対はできません」

「うむ。それに藤堂高虎は敏い奴ゆえ、改修をしながらも攻める側に回った立場のことも忘れないだろう」

「確かにそうですね」

「もっとも、あの男はあくまで自分が最善と思った者のために尽くすわけであるから、それが我々になるのか、別の誰かになるのかは分からぬがな」

「いずれにしましても、断ることはできませんね」


 というようなやりとりの後、承諾の返事が送られてきたのであった。

「さて、それでは準備も整ったし、大坂へと向かうとするか」



 三日後、高虎の姿は大坂にあった。

「して、こういう形に堀を作る予定でございます」

 秀頼、治長不在の中で、大坂城の代表となっている大野治房に説明する。その傍らには毛利勝永の姿もあった。

「承知いたしました。先ほど縄張り図も確認いたしましたが、いやはや、さすがは藤堂殿だと感服いたしました」

「それは光栄にございます」

 高虎は頭を下げた後、付近を見渡す。

「いかがされましたか?」

「いや、先の戦いで大御所様が亡くなられたのはどのあたりかと思いまして…」

「ああ、それは確か…」

 治房の代わりに勝永が東の方に視線を向ける。

「あの少し奥まったところにある高台であると、真田殿が仰せでした。案内しましょうか?」

「そうしていただけますと助かります」

「では、参りましょう」

 勝永が馬を走らせ、高虎がそれに続いた。


 高台には戦があったことを思わせるようなものは何もなかった。

 しかし、一応の目印なのだろうか、誰かが建てた石碑のようなものが建てられていた。

「どうやらこちらのようですな」

「うむ…」

 高虎は石碑の周りを歩き、天を見上げる。

 知らず、大きな溜息が出た。

「数か月前、このようなことになるとは思いもよらなかった」

「はい。真田殿も仰せでしたが、私達にとっても、まさかの出来事でした」

「毛利殿。わしは何度も主を変えてきたが、その時々の忠節は本物でありました。そして、大御所様への忠節は、閻魔大王から肚を見せよと申し付けられれば切腹をしても構わぬくらいの本物でありました」

「…承知しております」

「このようなことを引き受けても尚、できれば、大御所様の子孫に日ノ本を統一してほしいという思いを抱いております」

「それも承知しております。であるからこそ、藤堂殿には頑張っていただきたく」

「…?」

「松平越前殿はこう申されました。秀頼公は千様と婚姻関係にあり、兄弟も同じだと。豊臣家も徳川家康公の子孫筋でございます」

「なるほど…。そういう見方もありますか」

「はい」

「うむ。頑張れねばならぬのう」

 高虎は石碑に向けて、手を合わせると再び馬にまたがり、城へと戻っていった。

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