第3話
その間、大坂にも西国の状況が次々と届いていた。
毛利の状況もさることながら、西国で切支丹が大規模な蜂起を起こしたということが衝撃的であった。
「…西国がここまで動くことになるとは」
これは真田幸村にとっては大誤算であった。
「関ヶ原以降、多くの大名が移転して支配体制が緩んでおりましたし、代替わりも起きておりました。予想以上に揺らいでいたのでありましょう」
毛利勝永の顔も浮かない。
「とはいえ、ここまで大事になったのであれば」
幸村は気を取り直す。
「逆に徳川方に伝えて、協力する代わりに譲歩を引き出すこともできるであろう」
「逆に毛利家と組んで、畿内を掌握してしまうという考えもございますが」
勝永も提案を返す。長宗我部盛親も頷いた。
「それがしも、この際毛利と組んでしまった方がよいのではないかと。少なくとも摂津や大和などは早期に取れましょう」
「お二方の考えも分かるが、それがしは二つの理由から毛利と組むのは好ましくないと考える」
幸村も引き下がらない。
「確かに毛利と組めば摂津や山城などは取れるだろう。しかし、それは毛利と組まず、徳川と組んだ場合でも同じでござる。むしろ、戦わずして割譲してもらえる分、こちらにとっては実入りのいい話でござる。また、仮にうまく行かなければその場で決裂してから毛利家と組むこともできる。これはそれがしの落ち度でもあるが、半年間の不戦協定を締結してしまっているのでな」
「なるほど。確かに、こちらが毛利と組めば、停戦協定を一方的に大坂方が破棄したことになり、信望という点で問題がありますな。もう一つの理由は?」
「秀頼様はおそらく宇喜多様を戻したいと考えていると思います。宇喜多様といえば備前。毛利と組んだ場合、備前は毛利のものとなってしまいます」
勝永と盛親が唸った。
「確かにその通りでございますな。毛利と組む考えは秀頼様がお許しにならないでしょう」
「それでは、大野殿や秀頼様の了承を得て、それがしが駿府に向かう必要がある」
「今回は私と長宗我部殿も行った方がいいのでは? 軍事同盟の締結ともなると、決め事も増えてまいりましょうし」
「いや、お二人には城の守りをしてもらいたい。大野殿と向かいたいと思っている」
「承知いたした」
その日のうちに、三人は大野治長に会い、話を伝えた。
もちろん、大野治長も秀頼も、淀の方も西国の状況は聞いており、どうしたものかと頭を悩ませていたところである。そこに幸村の提案が来たのであるから、大野にとっても心強いものであった。
「そうか。確かに現状では徳川と共に西国を収めた方がよいか」
治長は話自体にはすぐに納得する。
「しからば、すぐに駿府に向かい、徳川家と話をまとめてきたいと考えております。今回は修理様にもお越しいただきたく」
「あいや、しばし待たれい」
大野治長は渋い顔になる。
「…何でございましょう?」
「それがしは真田殿の考えで良いと思うのだが、淀様がどのように思われるか…」
「……」
それは幸村らにとっても頭の痛い話である。
「それがしが停戦協定を結んできた後、話が色々変わってきていますからなぁ」
「左様。事態を理解できないということで、淀様が猛反対する可能性が」
幸村の脳裏にも「何故についこの前まで相争っていた徳川家と共闘などせねばならぬのじゃ!」と淀の方が甲高く叫ぶ声がまざまざと浮かぶ。
「とはいえ、真田殿の提案が最も良い策であることも確か。何とか淀様を説得するよう、頑張ってみたいと思う」
「お願いいたします」
幸村達は大野治長に頭を下げるしかなかった。
早速、大野治長は奥にいる淀の方を尋ねた。
「実は…、昨今の状況でございますが…」
治長は慎重に現在の状況を説明し、そのうえで徳川と組む利点、毛利と組む利点も説明する。
「…でありまして、我々は一回徳川家と組み、毛利や島津、切支丹を討伐すべき。真田殿はこのように考えておりまして、それがしも真田殿の言う通りであると考えております」
治長は言い終わると、平伏して淀の方の言葉を待つ。
しばらくの沈黙が一刻にも感じられるようであった。
「…分かりました。それでは、修理と左衛門佐でよろしく計らってください」
「…え?」
治長は一瞬、自分の聞き間違いかと思った。
「そ、それは、つまり、私と真田殿が動いて構わないということですか?」
「毛利や島津よりは、徳川の方がよいと申すのでありましょう? 私も同感です」
「あ、はあ…」
説明した理由とは少し違うが、淀の方は、西国の大名よりは徳川家の方がいいと考えているらしい。
「今の豊臣家に徳川家を潰す力がないということは分かっております。徳川家と協力をしたうえで、秀頼殿になるべくよい地位をつけることが優先。修理に任せます」
「は、ははっ。必ず成し遂げてみせます」
治長は半ば拍子抜けしたように再度平伏した。
その足で、秀頼も尋ねて、幸村の提案を伝え、淀の方の了承を得たことも伝える。
淀の方の了承を得れば、秀頼が反対することはないだろうと思っていたし、事実、秀頼はあっさりと了承する。しかし、その後。
「のう、修理、切支丹というのは、たいしたものなのだな」
ぼそっと呟くように言った。
「…と申しますと?」
「父が禁止し、徳川家康も禁教令を出して、それで激しく弾圧されていたと聞く。それにも関わらず、天草・島原では大きな反乱が起きているというではないか」
「左様でございます。彼らの信仰の強さは並々ならぬものがございますれば」
「修理、我々は切支丹とどう対するべきであろうか?」
「…と申されますと?」
「これだけ弾圧しても、大規模な反乱を起こす力がある。仮に豊臣家が今より大きな勢力となったとしても、果たして彼らを抑えきることができるのか。わしにはさっぱり分からん」
「…それはまあ、簡単な話ではないでしょうが」
関ヶ原の後は、豊臣家の存続のことを考えるのに必死で、およそ日本の為政について考えたことはなかった。そのため、いざ秀頼から「切支丹をどう扱ったものか」と聞かれても、治長にはその考えがなかったのである。
「ただ、切支丹は外国とも関係するものでございます。切支丹に寛容すぎる場合、この日本が外国に攻めこまれる心配があるとも聞いておりますので、やはり何とか押さえつけるしかないかと思います」
「そうか。いや、すまないな。どうでもいい話をしてしまった。それでは左衛門佐とうまく話をつけてきてくれ」
「ははっ、お任せを」
治長は秀頼のところを辞し、幸村達の待つ広間へと歩く。
その途中、秀頼が言っていたことを考えた。
(確かに切支丹をどうするかというのは、今後大きな問題になるかもしれんな。仮にこの件の認識が違ったばあい、徳川家との交渉が難しくなる可能性もある。真田にも聞いておく必要がありそうだ)
およそ一刻ほど、幸村、勝永、盛親の三人は広間で待っていた。
ようやく戻ってきた治長の表情を見て、三人は説得が首尾よくいったことを悟り安堵の息をつく。
「いやはや、予想外に淀様は好意的じゃった」
「それはようございました」
「秀頼様からも了承を得たが、一つ気になる話をされてのう」
「気になる話?」
「うむ、今後、豊臣家は切支丹とどう当たるべきかということじゃ。今、九州で反乱を起こしておるが、彼らとまともに敵対するのは望ましいこととはいえん。反面、その制御を間違えると大変なことになるので全面的に受け入れるわけにもいかぬ」
「確かにそうですな」
「切支丹に対して、徳川家は強い態度で臨んでおるから、わしらが徳川と同盟を結ぶ場合、豊臣としてどう当たるか確認される可能性がある」
「そうですなぁ。弾圧で形のうえで棄教している者も含めれば、この日ノ本には多くの切支丹がおりましょうし」
長宗我部盛親が「土佐では増えていなければいいのだが」と付け加えて溜息をついた。
「国内だけではござらぬぞ。関ヶ原の後、多くの者がルソンに向かっております。切支丹がそうした者まで呼び戻してくる可能性は否定できません」
「そうか。そうすると、切支丹は尚も恐ろしいことになるかもしれぬのう」
「とはいえ」
幸村が話を切る。
「確かに考えなければならぬことではございますが、今はひとまず駿府に急ぐことが肝要かと思います」
「うむ、その通りじゃ」
大野治長も頷いた。二人は馬を用意し、すぐに出る準備を行う。その間、幸村は腹心の穴山安治に先に駿府に向かい、自分達が来るつもりだと伝えるようにと指示を出した。
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