第2話
翌日。
決心のつかない秀頼は、誰かに相談しようと思った。
しかし、誰と相談するか。
まず、論外なのは母親である淀の方である。何を言われるか分かったものではない。
それなら大野兄弟の方が話しやすいが、淀の方と同じ時間を過ごすことの多いこの二人の考えが時勢に合っているのかというと不安である。
そうなると、真田幸村か毛利勝永のいずれかということになるが、この二人なら年齢的に自分に近い毛利勝永の方が話しやすい。
「勝永、ちょっと来てくれないか?」
かくして、朝のうちに勝永を捕まえて、宴会の間へと向かった。いつもの広間であれば、いつ母親や大野兄弟がやってくるか知れたものでないからだ。
「いかがいたしましたか?」
「うむ。実は…」
秀頼は切支丹についてのことを勝永に問う。
「ははあ、明石殿に言われましたか」
「うむ。そうなのだが、私も大坂の外のことには詳しくなくてのう」
「そうですな。それがしも切支丹に詳しいわけではございませんが、特に西国には切支丹は大勢おりますし、太閤様や徳川により禁教政策によって棄教した者の中にも未練を持つ者はいるかもしれませぬ。明石殿の言う通り、切支丹は自分の信仰のために戦うのであって、金や地位のために戦うわけではないですから、現在の我々にとって使いやすい者であることも間違いないでしょう」
「それでは、勝永は使った方がいいと思うのか?」
「いえ、秀頼様が危惧されております通り、切支丹を使った結果、大坂方が切支丹に乗っ取られてしまう可能性があることも確かです。それがしの口から、一概に使うべきとは申し上げられませぬ」
「うーむ」
勝永にどちらかの方向に押してほしい秀頼としては、一番困る返事である。
「これについては秀頼様が決められるべき問題かと思います。それがしは助言はできても、こうしてほしいと進言することはできませぬ。それは真田殿も同じかと」
「ただ、備前宰相は切支丹に極めて友好的であるから、備前の力を借りればうまくいくのではないだろうか」
「かもしれませぬ。ただ、宇喜多様は未だ八丈島におりまして、当分の間大坂にも備前にも来ることはないと思います。今後、宇喜多様を釈放するように取り計らうつもりではおりますが、それが実現するのは徳川家との交渉次第。徳川が否という可能性もございます」
「うむむ…」
結局、頼りになる返答が得られない。秀頼は顔をしかめる。
「しっかりしてくださいませ。秀頼様」
勝永が少し強めの口調になる。
「それがしの見たところ、この話はどちらであればいいというものでもありませぬ。つまり組むもよし、組まぬもよしでございます。秀頼様が、今後の日本をこうしたいという意志の下で選ぶことであれば、誰も文句を言えることではございませぬ」
「そうか…。分かった、もう少し考えてみる」
「はい。今後のことも考えて検討されるのは良いことかと思います」
「助かった。勝永」
「ははっ、それがしで良ければ何時でも話をしてくだされませ」
勝永は一礼して部屋から出て行った。
秀頼は少し考えるが、考えれば考えるほど頭がまとまらなくなってくる。しばらく頭を冷やそうと思い、遅れて宴会の間も後にした。
秀頼と別れた勝永は腕組みをして廊下を歩いていた。
(ひとまず、母君や大野殿らを交えず、一人で何かをお決めしようとしていることは良いことか)
前日の「竹千代がなろうと、忠輝がなろうと、家康・秀忠と比べると大きく役者が落ちる。彼らと秀頼公であれば、秀頼公の自覚如何で優劣が変わる」という真田幸村の言葉が蘇る。過日の戦いには勝利したとはいえ、大名の中にはまだ秀頼の真価を図りかねているものは多いだろう。
(ここで主体的に何かをなされれば)
その評価が変わる。
それならば、何かをなさせた方がいいのであるが、だからといって勝永が後押ししたことによって秀頼が決断した場合、後で自分に累が及ぶかもしれないし、自分の考えに自信がないのであれば、説得力も変わってくるであろう。
(ここは秀頼様がご自分で決めなければならない)
勝永はそう思っていた。
ただし、勝永もそれで完全に任せてしまうわけにもいかない。
(より詳しい質問をされた場合に答えられるようにしなければならない)
そのためには切支丹についての情報を集めておく必要もあるが、といって、誰から集めればいいのか、その見当がつかない。
(真田殿に聞いてみるか…)
と安易に幸村のことを考えた時、廊下の反対側から長宗我部盛親が歩いてきた。これはいいと声をかける。
「長宗我部殿、お急ぎの用件かな?」
「これは毛利殿。ちょうど今用件が終わったところでござる」
「それはちょうどよかった。ちょっと聞いていただけぬか?」
「何でござろう?」
「長宗我部殿は、切支丹のことをどう思われる?」
「切支丹?」
盛親は怪訝な顔をする。
「どう思われると聞かれても、中々微妙でござるな。それがしは切支丹ではないが、そうは言っても土佐にも結構な人数の切支丹はおったし、仮に土佐に復帰するとして、全く考えないわけにもいかぬ」
「とすると、認める方向になりますか?」
「分からぬなぁ。それがしの一存で決められることではないからな。秀頼様なり朝廷なりが決めたことであれば、それに従うしかない、くらいの気持ちでござる。しかし、突然どうされた?」
「うむ…、ちょっと考えてしまって」
「明石あたりに何か言われたか?」
盛親の言葉に、勝永が苦笑する。
「どうやら図星のようでござるな」
「まことにその通りでござる」
実際には、自分ではなく秀頼が言われたことであるが、それほど大きな変わりはないので勝永も認める。
「少なくとも大坂方には切支丹に好意的な者が多かったのではないか。何せ徳川家は切支丹を一人もおらぬようにするべく動いておったからのう。明石が筆頭ではあるが、仮に秀頼公が切支丹を保護すると仰せになった場合、喜ぶ者はおるだろうが、怒る者はおらぬはずだ」
「なるほど…」
勝永は少しまずいことをしたという思いになった。先ほど秀頼に半々くらいと伝えたが、盛親は切支丹を認めた方がいいと考えている。
「一人もおらぬか」
「一人もおらぬは言い過ぎかもしれぬが、な。ただ、仏教僧などはほとんど見なかったし。あ、待てよ」
「誰かいたのでござるか?」
「佐野殿は切支丹が相当に嫌いなようであったな」
「…佐野!?」
勝永は思わず叫んだ。
あの勝利の日の宴会に参加せずに、不意に姿を消したという「佐野」という男。半ば忘れかけていたが、長宗我部盛親は知っているという。
「長宗我部殿、佐野殿というのはどういう人か覚えているか?」
「…どういう人? いや、何度か話をしたし、貴殿と真田殿が徳川父子を討ち果たした際も大坂城で話をしておった。ただ、友というわけでもなかったのでどういう人かと言われると何とも言い難いのう」
「あの日以降、佐野殿を見かけたか?」
勝永の問いに、盛親は「そういえば」と首を傾げる。
「見ておらぬ、な…。宴会にもおらぬようであったし」
「実はそれがし、その宴会の時に、城の見張りから佐野殿が城を出て行ったという話を聞いていたのだ。それがしは佐野殿についてよく分からなかったのでずっと不思議に思っていたのだが」
「当日に城から出て行った?」
「不思議であろう。苦難の末にようやく勝利したというのに、その宴会に出ずに外に出て、行方をくらましたとなると」
「確かに解せぬ話ではあるな」
盛親はもう一度首を捻る。
「ああ、ただ、こういうことかもしれぬぞ。実は佐野殿というのは、どこかの豊臣家に恩を感じていた大名が密かに送った者で、戦いが終わったので本国の主に伝えに戻ったのかもしれぬ」
「…!」
「佐野殿の口ぶりに特におかしなことはなかったが、そういえば安芸や周防のことを話していることが多かったようには思うのう」
「安芸に周防…」
勝永は盛親の言葉を繰り返した。
その言葉から連想される人物は一人しかいない。
「…毛利、輝元……」
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