第3話
「…こうしてはおれぬ」
勝永が歩き出し、盛親がついてくる。
「どこへ行かれる?」
「真田殿に話をしておかなければ…」
「そこまで急がれることだろうか?」
盛親は合点が行かない様子であるが、勝永は気にせず進んでいく。
「おや、どうされた?」
そこに声がかけられ、振り返ると明石全登の姿があった。首からは堂々と十字架を下げている。
「おお、明石殿。実はこの前の件でござるが」
勝永は佐野何某が毛利家の者である可能性が高いことを説明した。
全登も「そうであったか」とだけ答えて、勝永の焦りには合点が行かないようである。
「確かに毛利殿は確かに切支丹が嫌いであったのう」
「左様でござるか」
「ただ、毛利…前中納言殿は徳川家には恨みがあるだろうし、密かに豊臣家に家の者を送ることは不思議ではないのではないか?」
「そうでござるな」
全登の言葉に盛親も頷く。
毛利輝元は関ケ原では西軍総大将として大坂城にあった。合戦には直接参加しなかったが、その立場故に戦後、大幅に所領を削られている。
「そうではないのでござる」
勝永は苛立った口調になる。
「前中納言が豊臣家のために家人を送った。それは問題ではないのでござる。問題は、家人を送ったのに、何故それを主張せぬまま、こっそり帰しているのかでござる!」
「…むっ」
盛親は相変わらず合点がいかないようであるが、全登はさすがに気づいたらしく表情が険しくなった。
「通常であれば、我々は秀頼様のために家人を送りましたと、恩賞を求めるのが当然でござろう。それを言わないということは、考えられる理由は二つ。一つは、遺恨は徳川家康・秀忠の両名のみであり、今後も徳川家には忠誠を尽くすつもりであるということ」
「もう一つは?」
盛親の言葉とほぼ同じく、入口の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。思わず視線を移すと、伝令が息を切らしながら走ってきている。
「大野様! 大野様!」
伝令が大野治長を呼ぶ。そのあわただしさに治長が奥の方から「どうしたのだ?」という顔で現れた。
「申し上げます! 周防の毛利家が、安芸の福島家の領土に侵攻し、広島城を包囲しているとのこと!」
三人の足も止まった。
勝永が振り絞るように言う。
「豊臣家の威光に頼らず、自ら動き出す、ということじゃ…」
伝令の言葉を聞いた大野治長は一瞬固まったものの、すぐに笑い声をあげた。
「そんなはずはないだろう。何かの間違いではないのか?」
「し、しかし、それがしは確かに…」
「考えてもみよ。毛利家は徳川方として軍も出しているのだぞ。それでいきなり東軍同士で内輪もめをすることなど…」
「大野殿、そうでもないようなのです」
勝永が治長に近寄り、話しかける。
「どうやら、毛利家はここ大坂に手の者を送ってきていたらしい」
「何?」
「それでいて、我々が勝つとさっさと長門へ帰っていったとのことです。どういうことかお分かりでしょうか?」
「…どういうことなのだ?」
治長の表情もやはり「合点が行かぬ」であった。
「真田殿の策は、徳川家と豊臣家を関ケ原以降の状態にしようというものでありました。それがしもそうなるだろうと思っておりました。しかし、毛利家は、関ケ原以前の戦国時代にまで時を戻そうとしているのではないでしょうか?」
大野治長は無言のまま、城の外に視線を向けてしばらく凝視した。程なく視線を戻して、溜息をつく。
「毛利が天下を狙おうというのか?」
「そうかもしれません。少なくとも、中国地方は自分のものとしようとするでしょう」
「真田殿を探さねば」
「はい」
治長と勝永の意見が一致した。
真田幸村は別段どこかに隠れていたというわけでもなく、堺の方に出かけていた。焼き討ちによって焼失した堺の街の復興の様子を確認していたのである。
午後になり大坂への帰途につき、戻ったのは申の刻頃であった。
戻るなり、勝永と治長がかけつけてきて、その光景に一瞬唖然となる。
「どうされた?」
余裕をもって話していた幸村であるが、その後の話を聞き、自然と表情が険しくなった。
「それがしの見通しは甘かったのか…」
幸村は知らず天を仰いだ。
「…考えてみれば、先の戦に勝利できたのも前田家の寝返りによるところも大きかった。前田家にしても豊臣に忠誠を尽くすつもりで寝返ったわけではなく、天下を見据えてのものであったろう。天下を狙うは豊臣と徳川のみにあらずということを完全に失念しておった」
「どうすればよいのだ?」
「まずは毛利が福島に勝つかどうかであるが…」
という言葉には、勝永が浮かない顔をする。
「福島家は当主が江戸にいる。当主抜きで勝てるかどうか…」
「うむ、そうよのう」
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