第12話 一石四鳥 Four Birds With One Stone

(地下要塞のレーザー砲回避プログラムには、致命的な欠陥があったわ)

 ビアンカはテレパシーを使った。

 この場所は、夜間の赤外線監視カメラのない一角で、盗聴ドローンなどのデバイスもチェックしたが、静まり返った夜の公園は話し声が遠くまで通る。それ相応の用心が必要だった。


(通信妨害圏内に入ったが最後、高度を下げると電磁波はどんどん強まる。機体の位置センサーは、降下するにつれて機能が急激に落ちた。プライムの回避プログラムは、妨害波圏内に入る前に機体位置の変動をシミュレートしていたけれど、リアルタイムの位置情報がストップしたら、回避プログラムの調整もできなくなるの)

 メンターの手を握って精神感応で話し続けた。接触型テレパシーなら、仮にテレパスが近くに潜んでいても感知できないので安心だった。


(いくらプライムでも、降下中の風圧や気圧や気温の変化までシミュレートするのはムリだわ。機体の位置の微妙なズレまでは予測できない。レーザー照射も同じよ。予測できない誤差が必ず生じる。ほんの十万分の一秒のズレでも、光速で飛ぶレーザーは三キロ以上先まで届いてしまう。だから、自動操縦で突入するのはギャンブルと言うより、完全な自殺行為だったの)


(そこで、AIをシャットダウンして、手動に切り替えたのね?そして、イーグルアイカメラで真正面にレーザー照射口を捉えるため、真上に機体を合わせたのね?)

 少女の言葉に、ビアンカはうなずいて続けた。

(オーブを起動して、トランス状態に入ったの。量子場に意識を移して、イーグルアイで拡大した照射口にフォーカスした。意識を絞ると時間軸が間延びするから、スローモーションで動きを追えた) (*)


(照射口の真上に機体を保てば、相手の照準もより正確になるから、逆にレーザーを避けやすくなるのね、誤差が少なくなって?)

 ビアンカは少女の言葉に再度うなずいた。

 この少女はパイロットの経験こそないが、ひと通り体系的な知識を備え、何より直感に優れているため、話がスムースに流れる。

 人類の第六感とは比較にならない。正確無比かつ極めて安定した直感の持ち主なのである。


(出撃前にプライムのシミュレーションで、照射口の動きと照射のタイミング、描画照射の形状と順番を確認したの。照射口はカメラのシャッターのように動く。開き始めたら、レーザーの照準は変更できない。開き出してから開き終わるまでの間に、照射された立方体をかわせる位置に移動すれば良いとわかった。

(オーブを纏えば、わたしの脳と身体は百分の一秒で反応できるし、偵察機の操縦系統は千分の一秒で反応するから、余裕で間に合ったわ。時間軸が伸びてスローモーションになるから、精密に操縦できた。離脱の方が難しかったわ。機体は耐えられるとプライムは計算していたけれど、風圧や気圧までは精密に計算できないから・・・)


(トランス意識と新人類の反射神経を使った手動操作は、ネバダのミッションと同じね。あの時は、ミサイルの手動迎撃を隠すために、あなたは通信妨害装置を早めに起動した。迎撃後にAIを壊して、操作記録を抹消して故障に見せかけたわね) (**)

 少女が問いかけた。

(そうなの。あのミサイル迎撃の後、能力が上がってトランス状態に深く入れたから、今回はさらに時間の進み方が遅くなったわ)

 ビアンカの判断は的確だった、と少女は感心して聞いていた。

 ビアンカは二度の作戦を自力で切り抜けた。第三世代には情緒が安定しないという欠点がある一方で、命懸けの体験を積むことによって能力も高まる。


 その時、公園を抜ける石畳を若いカップルが通りかかったのを見て、ビアンカはテレパシーを切り、そそくさと少女の手を離した。

 英語で会話する分には、レッスンを受けていると映るだろうが、女子高校生と女性教師が手を握り合って黙ってお互いを見つめているのは・・・と、あらぬ疑いを抱くかどどうかはともかく、ここはブラウドの支配下にある。

 尾行をまかれたラガマフィンたちは、今頃血眼で探しているはずだ。注意を惹く行動は避けるに越したことはなかった。


 ビアンカは声を潜めた。

「問題はミッション以前なの。なぜ、あのミッションが認められたのかわからない。専門家ならわたしが気づいた誤差を見落とすはずがないもの。大がかりな軍事行動だから、いくら短期間で決まったからって、専門家チームが検証しないはずはないわ」

「その通りよ。あなたははめられたの」

 少女がビアンカを見つめて優しく言った。

「やっぱりそうなのね!」

 ビアンカはささやき返した。

 この子、なぜこんなに冷静なの?とむしろそのことにビックリしてしまう。


「それだけじゃないわ。カミの父親の拘束も、何者かが味方を欺いて仕組んだの。つまり・・・」

 少女は淡々と、しかしきっぱり言い切った。

「貴美の父親を敵国に売って、長年の懸案だった地下要塞を破壊して、記憶探査装置を手に入れ、その上、新人類のあなたをあぶりだそうとした。一石四鳥を狙ったとてつもない切れ者がいるわ。あなたが手動で攻撃するとプライムが予測していたとしたら、その人物はプライムとも通じているかもしれない。どちらにしても、あのミッションを検証させずにゴーサインを出せる人物だわ。アメリカ政府上層部の一員ね」


 薄々感じていたはいたものの、メンターに疑惑の核心をズバリ突かれたビアンカは、顔から血の気が引くのを感じた。

 合衆国政府の強大な軍事力と、諜報網を動かす正体不明の敵を相手取って、どう戦えって言うの?


 先ほどのカップルが遠ざかったのを確かめて、ビアンカは少女の手を握りテレパシーに戻した。

(それじゃ、わたしの正体を政府や軍や諜報部に知られたのね!?)


 少女はわずかに首を傾げて感応した。

(イエスともノーとも言えるわ。知っているのは多くても一握りの者だけ。影で動いて権力者を操るのが得策と心得ている連中ね。今回の出来事の流れを見れば分かるわ。あなたも感じたでしょう、話が出来過ぎているって?)

 ビアンカが小さくうなずくと少女は続けた。

(影で動く者たち特有の行動パターンなの。自分たちだけが知る秘密は大きな武器になるから、時がくるまでは大統領にも国務長官にも知らせない。政府要人たちは知らず知らずのうちに操られている。これからあなたを泳がせて、新人類の全体像をつかもうとする。人数や組織や居場所や目的をね)


 強大な巨大利権の真の支配者たちを描写して見せてから、少女はあっけらかんと付け加えた。

(だから、さしあたりあなたに危険はないわ。時間は十分あるから相手の出方も探れる)

 巨大利権の冷酷非情な権力を、まるで歯牙にもかけていないようだった。

 しかし、ビアンカはそうも冷静ではいられなかった。

(なんてこと!わたしったら、まんまと罠にはまってしまったのね!選択肢もなかったけど・・・)

 ふと、貴美の身が心配になって言葉を切った。

(カミも狙われるわ!父親を拘束させたのは、カミが第二世代と知っていたからでしょう?)

 ところが、少女はわずかに微笑みながら、事も無げに答えた。

(貴美なら大丈夫よ。もともとおとりとしてCIAにシティに潜入させられたの。プライムを探るための使い捨て工作員として。それに、貴美が囮に選ばれたのも、新人類と疑われていたからかも知れないわ) (***)


「ちょっと待って!今の話のどこがどう大丈夫なの?だって、貴美は両親がCIAってことも知らないし、自分がプライムを探るための囮だって気づいてないんでしょう?」

 ビアンカは思わず声に出して、少女に食ってかかった。

 いくらメンターでも言い過ぎよッ!


 けれども、少女は眉ひとつ動かさない。

 握っていた手を放すと、白魚のような人差し指を形の良い小さな口に当てて、声を潜めるよう合図した。

 静かな声でささやいた。

「今にわかるわ。それに何よりの収穫は、あなたが大統領執務室に招待されたことよ。これで米軍に入隊した目的は達成よ、ビアンカ。よくやったわ」


 よくやったって言われても・・・それにまた例の「今にわかる」なの!?

 ビアンカは少しばかりむくれた。

 もっとも、軍を離れる潮時なのは、自分でもわかっていたのである。

 アキラとの出来事がなかったら、サマエルとの再会だけを夢見て喜んで離れるのだけれど・・・


「いくらあなたでも、今回のミッションは耐え難いほど苦しかったでしょう?目的も果たせたことだし、時機を見て軍を離れる計画を立てるわ」

 ふっと憂いの表情を浮かべた少女は、ビアンカの胸の内を読んだようにつけ加える。

「不思議ね。このタイミングでアキラが過去生を思い出すなんて・・・あなたの支えになってくれているのね。アキラの謎はまだわからないけれど、とりあえず、二人でよく話し合ってほしい。すべてを打ち明けるかどうかはあなたに任せるわ」


 ビアンカは黙りこくったままハシバミ色の目を見開いて、遠くを見つめるように視線を宙にさ迷わせた。

 少女はつり上がったエキゾチックな目を細めて、その姿を見つめた。

 ビアンカの心境は痛いほど理解できた。

 口にこそ出さないけれど、彼女も私もよくわかっている・・・非戦闘員の無差別殺害は、魂の傷となって残るわ。

 少数を犠牲にして多数を救うか?というトロッコ問題は、心理鑑定のひとつの目安に過ぎない。それでも、少数を見捨てないという建前までもかなぐり捨てて、地位と金のため公然と開き直る権力者たちの中には、確実に反社会性パーソナリティ障害者が潜んでいる。

 でも、私が探しているのは、ソシオパスでもサイコパスでもない。新人類を目の敵にする異種だ。

 預言書通りね。ついに彼らが動き出した。

 ビアンカの視線を追って、少女は濃密な闇に眼を凝らした。新たな謎をはらんだミレニアム計画のカオスを、はるか虚空に見据えるかのように・・・


 しんしんと冷えた静澄な空気に包まれた公園を、春を待つ緑の萌える匂いと、咲き誇る梅の花の香りをかすかに漂わせながら、一陣の微風が吹き抜けてゆく。

 この夜、アメリカ海軍戦闘機兵器学校「トップガン」の卒業生、海軍航空隊の天才パイロット、コードネーム「ブラックスワン」は、ついに軍を去る決意を固めたのだった。

 謎を秘めたソウルメイトと、新人類の未来を担う運命の相手。二人の男性の間で、揺れ動く心を抱えて。



* 「ニュークリア・オプション」第25話「虎の穴」

**「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」第8話「欠陥」

***「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」第10話「CIA長官」


「青い月の王宮」プレリュード編2「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」(完)


🌈読んでくださってありがとうございます🌈









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブラック・スワン~黒鳥の要塞~ 深山 驚 @miharumiyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ