第8話 陰謀 Conspiracy

 ビアンカが去った後、しばらく間を置いて、アキラも部屋から出て食堂へ向かった。

 そこへ、昨日ナビゲーターを務めたメイスが、後から追いついた。

 

「よう、グース!昨夜はどうした?途中で消えやがって、もしかしてコレか?」

 アキラの背中をポンと叩いて、V字を作った二本指をヒョイヒョイ折り曲げる「ブーティ・コール」サインを見せながら意味ありげにウィンクした。

 アキラはバツの悪い冗談は聞き流して、固く握手をかわして言った。

「メイス、昨日は助かった!高射砲を浴びて冷や汗かいたが、おかげで無事帰還できた」

「お前のアクロバット飛行も最高だったぞ!後部座席は久々で、吐きそうだったけどな」

 メイスは豪快にガハハッと笑って、アキラの肩をどやしつけた。

 トップガン卒業生の中でも、とりわけ図太い神経の持ち主である。何があろうと一晩寝ると、翌朝にはもうケロリとしている。極めて得な性格である。


「で、昨日の夜は誰としけこんだんだ?スワンも早々に消えたからな。お前と一緒じゃないかって、意見が分かれたんだ。みんなで賭けてんだゾ!お前らがデキてなかったら、オレの五十ドルはパーだ。頼むぞ~、いったいどっちだ?」

 ビアンカは男をいなすのが上手く艦内の人気者だが、実は身持ちが固い。これまでビアンカと一夜を過ごした乗組員や上官は一人もいない。

 スワン中尉はバージンだ、という説が男たちの間でネタになっているぐらいだ。


 アキラは言葉に詰まった。

 不可解な謎がなかったとしても、昨夜の逢瀬を仲間に話す気などこれっぽちもなく、ビアンカをネタにした賭け話に付き合う気にはなれない。

 と、そこへ折よくチームリーダーを務めたクーガーが、仲間を引き連れて通りかかった。


「お~、グースチームがお揃いで!調子はどうだ?・・・こらッ、メイス、俺に触るんじゃないッ!二日酔いで頭が割れそうなんだ。歩くだけで脳天逆落としを食らうんだからな」

 クーガーが冗談を飛ばすと、一同は大笑いした。賑やかに握手をかわして、昨日のミッションの話で盛り上がる。


 と、その時だった。空母の甲板から鈍く重い金属音が響いた。軋るような音に一同は思わず顔をしかめた。

「なんだ、今の音は!?」

 パイロットたちは廊下の窓からてんでに外を眺めたが、あいにく甲板の下からでは様子がまったく見通せない。

 警報が鳴らないから緊急事態ではないが、一同は様子を見ようと通用口を昇って甲板に駆けつけた。


 甲板には人だかりができていた。

 被弾した二人乗り戦闘機F95を「フィックス・イット」に移動する作業中に、戦闘機の主翼がビジネス・ジェット機の垂直尾翼に接触して、ジェット機のフラップが損傷していた。


「あ~あ、これじゃ飛べっこない。このジェットも修理船行きだな~」

 クーガーがささやくと、パイロットたちは一様にその通り、とうなずいた。

 小型ジェット機は。戦闘機の倍はスペースが必要だ。これだけ混み合っていては、接触事故が起きても何の不思議もないと言うものだ。


 事故に遭った小型ジェットは、CIAの中東担当官トルーマンの搭乗機だった。



 一時間後、トルーマンが同乗した国防総省のステルス・ジェットは、空母リチャード・ローズから浮上して飛び立った。


「フランク、言いたいことがあるんだろう?わざわざCIAの高価な備品を傷つけてまで密談を仕組んだんだからな。アメリカ市民の血税を何だと思ってるんだ?」

 統合参謀本部副議長の補佐官エドワード・ダレスは、広々とした豪奢なキャビンで、応接セットの安楽椅子にゆったり持たれかかっている。

 向かい合って座るトルーマンは、ダレスの皮肉を無視して唐突に切り出した。

「国防高等研究計画局がNASAの量子コンピュータで、プライムのシミュレーションを解析したというのはウソだな?」


「ウソ?その言葉だけで名誉毀損ものだが、なぜそう言い切れる?」

 ダレスはいささかも動じた様子を見せない。

 上品な高級スーツを着こなし、褐色の髪を七三にきれいに撫でつけている。いかにも知能が高そうな細面の顔には、余裕の笑みが浮かんでいる。

 

 フランクと馴れ馴れしく呼びやがって、嫌な若造だ!

 トルーマンは胸の中で吐き捨てた。

 この中東の地で汚れ仕事に手を染めてきたトルーマンは、現場の末端工作員から叩き上げた出世組である。

 職業柄、地味で目立たない服装に徹している。どこにでもいそうな中年男だが、長年の謀略と血にまみれたその顔は、どこか深い疲弊の陰を滲ませていた。


「あの偵察機の垂直降下は自動操縦じゃないだろう?手動だったはずだ」

 トルーマンは攻撃的な口調で単刀直入に言った。

 お上品で育ちの良い高級官僚なんかに、使い捨てにされてたまるか!

 積年の鬱屈した感情が、こうして折に触れてはけ口を求めて蠢くのである。


「面白い。すると、君はあのパイロットが光速のレーザー照射を手動でかわしたと言うのか?」

 ダレスはトルーマンの言葉を受け流した。年かさのCIA支局長を歯牙にもかけていない。


「ダレス補佐官。CIAはあの基地の妨害電磁波の威力を誰よりもよく知っている。基地の連中は地上に出る時は、重装電磁波防護服を着ていたんだ。レーダー波や通信波だけじゃない。人体にも深刻な悪影響が出るからだ。それぐらいあの基地の電磁波は異常に強かった!わざわざ二人乗り有人機を派遣したのはそのためだろう?」

 トルーマンはダレスの傲岸な態度に怒りをつのらせた。

 畳みかけるように迫ったが、ダレスはのらりくらりとした態度を崩さない。年季の入った年かさの高級官僚も顔負けの厚顔無恥さだ。

「何が言いたいんだ、フランク?妨害電磁波圏内に有人機を派遣するのは常識だろう?」


「ああ、一人乗りなら確かにその通りだ。だが、今回に限ってナビゲーターを乗せた。機外赤外線センサーの防磁機能を超えた電磁波を警戒したんだろう?高射砲の赤外線捜索が効かないと予想したんだ」

 こちらの言い分には理がある。この若造に一泡吹かせてやる。

 トルーマンは勢いこんで言いつのった。

「同じことがあの偵察機にも当てはまる!偵察機の位置情報も外部センサーが機能しなければAIに伝わらない。位置情報のリアルタイム変動のデータなくして、正確な自動操縦は不可能だろう?」


 ダレスはわずかに肩をすくめたが、官僚特有のレトリックで論点を逸らせて煙に巻いた。

「考え過ぎだ、フランク。二人乗りにしたのは万全を期すためだ。偵察機が手動で突入したと考える方がどうかしている。機体の位置情報が得られなくとも、プライムの回避プログラムはインプット済みで影響はなかった。事実ミッションは成功した・・・」


 今度は口調は穏やかだったが、ダレスが畳みかける。巧みに相手の弱点を突く話題にすり替えた。

「国防総省はCIAの中東支局を守り、中東諸国と同盟関係にある中国とロシアとの関係悪化を回避した。感謝されこそすれ、あらぬ疑いをかけられる言われはないだろう?」

「そうか?では、プライムの回避プログラムを評価した国防高等研究計画局とNASAの解析結果を見せてもらえないか?CIAが独自に入手しても構わないが・・・」


 フランクの言葉にダレスはフッと苦笑いを浮かべ、もたれていた安楽椅子から身を乗り出した。

「それは脅しか、フランク?いいか、ひとつだけ言っておく。ドレフュスは数日中に捕虜交換で釈放される予定だ」


 なんだと!CIAはまだ情報を掴んでいないが・・・

 トルーマンが驚いて目を見張ると、ダレスは顔を寄せて続けた。

「地下要塞を破壊されたにもかかわらず、あの国は我が国に譲歩するだろう。それが白紙撤回になってもいいのか?記憶探査装置は破壊されたが、大物工作員を捕虜に取られたまま、枕を高くして眠れるか?フーバー長官は何と言うだろうな?」


 穏やかだが凄みの効いた言葉に、トルーマンは一瞬ダレスを睨みつけたが、すぐに目を逸らせてほぞを噛んだ。

「フランク、ジェット機の損傷事故はCIAならではの演出だった。交渉力もなかなかのものだ。だが、細かいことに気を取られて、国家の大義を見失っていないか?今回は国防総省もCIAも見事に目的を達成したんだ。それで良しとしないか?」

 理路整然としたダレスの言い分に、返す言葉が見つからないトルーマンは小さくため息をついてうつむいた。

 ようやく気づいたのである。

 作戦ははなからお偉方の政治取引絡みだったか・・・この若造は権力中枢にコネがあるのだ。


「君はスコッチ派だろう、フランク?」

 黙りこんだトルーマンを横目に、ダレスは目が覚めるほどゴージャスなキャビンアテンダントを呼びつけた。その間も、素知らぬ顔でトルーマンを値踏みしていた。


 思ったより鋭い奴だ。こっちの弱みを探ってきたが狙いは何だ?

 凡庸な野心で動く男なら、手なづけて利用できそうだ。今のやりとりで、CIAは今回のオペレーションのそもそもの発端には、まだ気づいていないとわかった。

 それも、ダレスには収穫のひとつだった。

 概ね満足のいく成果を挙げることができたようだ、と胸でつぶやいた。


「ブラックイーグル作戦の目的は全部で四つあったが、記憶探査装置だけは手に入らなかったから75点か。存在しないプライムの評価72.6 %とほぼ一致したな!」


 ダレスは確信していた。

 長期的視点に立てば、今回のオペレーション最大の収穫は、あの女性パイロットだ!となると、いずれCIAとも手を組んで対処しなければならなくなる。トルーマンを懐柔して、使える手駒を増やしておくに越したことはない。

 その冷徹な頭脳で、早くも三歩先を計算していた。

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