第6話 貿易商の正体 Patrick Dreyfuss

 ジャーディアン海軍中将がブラックイーグル作戦の遂行許可を、政府・軍・諜報部の高官から取りつける数時間前。


 スワン中尉は人気のない休憩室で、ミッチェル中佐とコーヒーを飲みながら立ち話をしていた。自動販売ロボットが管理するこじんまりした休憩室「コージーコーナー」は、艦内に十数か所設けられている。

 ひと昔前と比べるとコンパクトになったとは言え、二千人以上の乗組員が暮らすこの空母は、さしずめ小さな街といった趣きがある。


 欧米連合軍の有人機部隊が次々に到着した後、空母はインド洋からアラビア湾へ移動を開始した。司令室には中央統括軍をはじめ、明らかに政府関係者とわかる要人が慌ただしく出入りしていた。

 しかし、突然の作戦行動の詳細は、乗組員にはまだ知らされておらず、不審に思ったビアンカは、司令部の前で待ち伏せて、ミッチェル中佐から話を聞き出そうと決めたのだった。


 無類のセクハラオヤジをコージーコーナーに誘い出すぐらい、ビアンカには朝飯前の簡単なミッションだった。

 少しおだてて持ち上げてやると、自信過剰で虚栄心の塊のような中佐は、司令部での会議内容を自慢たらしくベラベラと話し始めた。


 作戦の概要を聞いたビアンカは愕然として思った。アキラとまったく同じ疑念を抱いたのである。

「計画には重大な見落としがある。無茶だわ!」

 ところが、その直後に中佐がふともらした言葉に、さらに頭をガツンと殴られたような激しいショックを受けたのだった。


「よほど重要な諜報員なんだろうな、こんな大がかりな作戦をバタバタと決めるぐらいだから。ドレフュスとか言ったな。CIAのドジめ!面倒な問題を引き起こしやがって・・・」


 ビアンカはハシバミ色をした切れ長の目を見張って、思わず中佐の話を遮った。

「失礼、中佐。今、何とおっしゃいましたッ?」

「うん?何のことだ?」

「貿易商の名前です。今、ドレフュスと?」

「ああ、そうだ。確かパトリックドレフュスだ。何だ、中尉、君の知り合いか?」

「えっ、いいえ・・・珍しい名前なのでちょっと気になって」

 言葉とは裏腹に、ビアンカは内心の動揺を必死で抑えていた。

「フランス系アメリカ人だからな。表向きは夫婦で貿易会社を経営しているらしい。まったく、とんでもない厄介ごとを引き起こしてくれたもんだ!」

 人の心の機微には鈍感な利己主義者らしく、中佐はビアンカの表情が引き攣ってもまったく気に留めなかった。


 次の瞬間、人と距離を置いて慎重に振舞う習性をかなぐり捨て、ビアンカは口走った。

「お願いがありますッ!わたしを今回のミッションに推薦していただけませんか?」

 藪から棒の願い出に、ミッチェル中佐は魂消て、ぎょろっとどんぐりまなこを剥いた。

 とんでもない無茶な話だった。

「なんだと!?正気か、中尉ッ?いくら自動操縦でも、あのレーザー砲に単独攻撃をかけるんだぞ!人工知能のヤツがちょっとでも計算ミスをしていたら、偵察機ごと木っ端みじんだ。ダメだ!絶対に認められん!」


 中佐が声を張り上げたため、廊下を通り過ぎた士官が、チラッとコージーコーナーの二人に目をくれた。


「ちょっとお耳を・・・」

 ビアンカは声をひそめて、中佐のそばに身を寄せた。

「何だ、耳寄りな話なんだろうな?フフッ!」

 つまらないジョークにひとり悦にいった中佐は、ビアンカが耳元に顔を寄せると、ここぞとばかりに張りつめた形の良いヒップに手を回してさりげなく撫で回す。

 しかし、ビアンカは中佐が触るに任せて、何ごとかささやきかけながら、人目につかないよう片手を伸ばした。

 そっとミッチェル中佐の後頭部に当てがったその手は、ほんのりと淡い光に包まれていた・・・


 中佐のにんまりした表情が、唐突に消え失せた。

 ビアンカがささやき終えて身体を離すと、焦点の合わない虚ろな目で深くうなずいた。

「いいだろう。ネバダの同時テロを阻止したのが君と明かせば、志願が認められるかもしれん。やってみよう」

「お願いします、中佐。感謝します」

 ビアンカは神妙に言った。

 ミッチェル中佐は再度うなずくと、妙に真剣な面持ちでその場をそそくさと立ち去った。


 残されたビアンカは、唇を噛みしめて一瞬天を仰いだ。

 何てこと!・・・ミッションを成功させないと、とんでもない大事に!

 パトリックドレフュスは、貴美の実の父親よ!貴美は両親がCIAとは気づいていない。でも、二人は娘がCIAの諜報員と知っている。( *)

 それだけならまだしも、二人は貴美が新人類第二世代と知っているわ!

 強制的に記憶を探り出す探査装置が地下要塞から運び出されたら、新人類の存在までが暴き出されてしまう!


 絶対に阻止しなければ!

 中佐の話を聞いたビアンカは、即座に決断したのだった。

 たとえ中佐の脳心理鑑定で、強力な催眠暗示の痕跡が見つかるリスクを冒してでも、記憶探査装置は破壊しなければならなかったのである。


 数時間後、ビアンカの軍用IDに、司令部から緊急メールが着信した。

 「ただちにCDCへ出頭せよ」


 こうして首尾よく志願を認めさせたビアンカだったが、作戦の詳細を知らされた瞬間、顔面から血の気が引くのを感じた。

 任務の難度が過去に例がないほど高く、司令部内で密かに囁かれていた別名「ミッション・インポッシブル」だからではない。

 バンカーバスターを使用するとは、思いもよらなかったからだ。

 レーザー砲さえ破壊すれば、掃討作戦には有人爆撃機と機動歩兵部隊を投入するものと思いこんでいた。


 ところが、冷徹な政府と軍上層部は、戦闘機部隊以外に有人兵器は使用せず、国際法の「非人道的武器」を投下、妨害電磁波装置の電力源も含めて手っ取り早く片を付ける作戦を立てていたのである。


 地下で爆発して標的を選ばない。その場に居合わせた全員を巻き添えにする無差別大量破壊兵器を、この手で投下しなければならない。 

 その罪悪感にビアンカはうちひしがれた。


 だが、作戦はすでに動き出していた。

 流線形の船体に変わった空母の航行速度は、ひと昔前とは比べ物にならない。空母ローズはあと半日で現地に到着する。

 短時間でバタバタと事態が動いたために、ビアンカには新人類のメンターに指示を仰ぐ時間も手段もなかった。

 メールや電話は言うまでもなく、科学技術の粋を尽くした最新鋭空母の中で、テレパシーを使うのは危険だった。異能力を悟られては元も子もない。


 その時、ショックで頭が真っ白になり立ちすくんだビアンカの脳裏に、メンターの言葉が蘇ったのだった。

「最後は自分で決断するの。そして、結果をすべて引き受けて。その覚悟がなければ、成長できないわ」

 

 囚われの身になったドレフュスが、画期的な記憶探査装置で尋問を受ければ、中東の諜報員のリストが漏れる。深刻な外交問題を引き起こして、さらなる紛争や戦争の悲劇を招くに違いない。

 それだけじゃすまない!貴美がCIAと知れるどころか、新人類の存在までが公になりかねない。

 そうなったら最後、過去千年を費やして育んできた計画が崩壊する。下手をすれば、全人類を敵に回して新人類は粛清の危地に立たされるだろう。


 地下要塞が誇るレーザー砲の挙動は、プライムのシミュレーション通りに違いない、とビアンカは確信していた。

 でも、レーザー砲回避プログラムには、致命的な見落としがあるわ!

 こうなったら、ミッションインポッシブルを成功させられるのは自分しかいない。無差別殺人の十字架を背負う以外に選択肢はない・・・


 ビアンカは悲痛な決意を固めたのだった。



* 「青い月の王宮」第20話「カミーユ・ドレフュス」


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