第5話 空母リチャード・ローズ USS Richard Rose
話はブラックイーグル作戦の二日前にさかのぼる。
中東に展開するアメリカ中央統合軍の司令塔、空母リチャード・ローズは護衛船団を従えてインド洋をアラビア海へ向けて航行していた。
垂直離陸機が全盛となった現代、艦載機を加速するカタパルトも、長大な滑走路ももはや必要ない。
全長百五十メートル、流線形の船体に変わった空母の航行速度は飛躍的に上がっていた。
搭載機も有人機だけで、かつての三百メートル級空母並みの百機を数える。
さらに無人攻撃機、無人電子戦機、対潜水艦用水中ドローン、耐魚雷装甲、レーザー砲、高感度通信妨害探知システムなど最先端の兵器機器を備えていた。
今回の航海には米中央統合軍の他にも欧州連合軍が参加、インド洋で各国の空母から二人乗り戦闘機が次々に飛来した。妨害電磁波圏内へのオペレーションでも、二人乗り戦闘機が参加するのは滅多にない出来事だ。
その数時間前には、小型ステルスジェット三機が相次いで空母ローズに着艦、国防省と中央情報局の高官が次々に降り立ち、あわただしく艦内の中央軍現地指令部の司令室へ消えた。
中央軍のクルーたちはただならぬ気配を察知して、艦内は緊迫した空気に包まれていた。
事の発端は、さらに一週間以上前にさかのぼる。
中東のとある王国で、アメリカ人貿易商がスパイ容疑で突然拘束されたのである。
王国政府の狙いは、数か月前に米軍捕虜となった王家出身の軍人の奪還で、両国間の捕虜交換交渉は水面下でスムーズに進んでいた。
メディアに嗅ぎつけられることもなく、アメリカ政府の関係者たちは事態を楽観視していた。
厳しい尋問は避けられないが、特定の質問に対する記憶は自動的に遮断されるよう、貿易商はあらかじめ心理操作を受けていた。たとえ薬物を投与されても、このCIAのベテラン諜報員から、重要機密事項の数々が漏れる恐れはなかったのである。
ところが、事態は思わぬ方向へ転がった。
画期的な装置が貿易商の尋問に使われるという情報が、地元の情報提供者からCIAを通じてアメリカ政府に伝わったのである。
強制的に記憶を暴き出す記憶探査装置が完成して、数日中に地下通路を通じて首都へ運ばれるという。
情報を入手したCIAは、記憶探査装置が
世界でも数少ない高出力レーザー砲と地上にひしめ高射砲群に加え、強力な通信妨害電波装置で守られてきた難攻不落の要塞に電撃攻撃をかけるべきか否か?
タイムリミットが刻々と迫る中、米政府・軍・諜報部の上層部は、困難な決断を迫られていた。
中央統合軍の副司令官で、空母ローズの艦長トマス・ジャーディアン海軍中将は、六人の政府高官と補佐官を前に、作戦計画の要となるミッションについてブリーフィングを進めていた。
サービスカーキ姿の中将は、お決まりの黒いスーツに身を固めた政府高官ら、にホログラムを指し示して言った。
「このような事態に備えて、中央軍と国防総省は以前から日本政府に協力を要請していた。手元のモニターを見てほしい。シティの人工知能プライムがはじき出した攻略シミュレーションの概要だ。地下要塞の人工知能が、レーザー砲の照射を制御しているが、プライムはその人工知能のプロトタイプとレーザー砲の仕様を解析して、高速機のAI用にオートパイロットのレーザー回避プログラムを完成させた」
中将の説明に、CIA中東担当官のフランク・トルーマンが疑問を投げかけた。
「そのプログラムで、本当にあのレーザー砲を回避できるのか?」
現地のCIAは、地下基地が誇るレーザー砲の恐るべき威力を、中央統合軍の無人機オペレーターに勝るとも劣らないほど熟知している。
妨害電磁波の圏外、高度六千メートルから空対地ミサイルで攻撃を試みた超音速無人爆撃機機十二機が、わずか一分足らずで全滅させられた苦い経験がある。CIA中東支部は、レーザー砲に関する情報収集不備を咎められ、政府から激しい非難を浴びたのである。
軍と政府の板挟みで、我われ裏方はいつだって詰め腹を切らされる!
トルーマンはいささか被害妄想の嫌いがあった。しかも人種差別主義者で、プライムの性能についても内心では疑心暗鬼だった。
落ち目のアジア人の島国に、まだそんなハイテクがあるのか?
「いくらプライムの解析でも、とうてい信じられないのだが・・・」
と、不信感をあらわにした。
ジャーディアン海軍中将が答える前に、緊急事態にも動じた様子を見せず、国防総省の統合参謀本部副議長の補佐官エドワード・ダレスが口を開いた。
「もちろん、極めて難度の高いミッションになる。だが、国防高等研究計画局がNASAの協力も得て、量子コンピュータでプライムのシミュレーションの解析を終えたところだ。それによると、超音速機の突入が成功する確率は72.6 %と十分高い」
ジャーディアン海軍中将が、ダレス補佐官の言葉を引き継いだ。
「われわれには時間がない!本艦の最先任士官ミッチェル海軍中佐が、すでにパイロットの人選を済ませている。地上の通常兵器による迎撃を攪乱する支援部隊についても同様だ」
中将は続けて言った。
「公にはされていないが、諸君はすでに承知しているはずだ。昨年、ネバダ核基地を標的にした同時テロが起きている。今回、超高速機で爆撃を遂行するパイロットは、あの無人機を迎撃して大規模テロを阻止した殊勲者だ。今回は自動操縦で突入するが、不測の事態にも十分対応できる能力の持ち主で、ミッチェル中佐ばかりでなく、北米連邦の戦闘機部隊のチームリーダーも第一候補に挙げている」
トルーマンは考えこんだ。
あの大物諜報員が記憶探査を受ければ、他の諜報員や連絡員まで一網打尽になる。これまで築いてきた中東の諜報網が崩壊するばかりでなく、中東諸国やその同盟国と欧米連合の間で、大きな火種となるのは目に見えていた。
他に選択肢がない状況だ。止むを得ない・・・
しかも、軍参謀の補佐官のお墨付きとなれば、工作員奪回に失敗しても、すべての責任を軍に転嫁できる、と狡猾に計算していた。
「急な展開で時間がなく、他に打つ手がないのは重々承知している・・・どうやら72.6 %に賭ける以外に選択肢はなさそうだ。作戦遂行は中央軍司令部に委ねて、我われは神のご加護を祈ることにしよう」
トルーマンが重い口を開くと、ジャーディアン海軍中将はうなずいた。
「では、直ちに作戦会議に入る。作戦終了まで見届ける時間があるなら、部下が諸君を貴賓室へ案内する」
高官たちが司令室の外で待機していた下士官に先導されて立ち去ると、ジャーディアン司令官はCDC(戦闘指揮所)に入り、待機していた情報士官に命じた。
「大至急、ミッチェル中佐、クーガー大尉、スワン中尉を呼んでくれ」
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