第4話 苦悩の天才パイロット The Shadow Of Pain
死の三角形をかいくぐった偵察機は、瞬時に三角翼を広げた。と、同時に機体底部の格納庫が開き、中から奇妙な形状のミサイルが姿を現わした。
鋭く尖った先端と、ずんぐりした基部を持つ小型のバンカーバスターである。
十分加速した後に自由落下させれば、三十メートルの硬化コンクリートも貫いて、遅延型爆薬が地下で炸裂する。
ミサイル装備が完了するや、ビアンカは即座にリリースボタンを押した。ミサイルの行方を追う間もなく、格納庫を閉じながら翼を翻して一気に右へ反転すると同時に、急制動をかけて減速にかかった。
戦闘機編隊が最後に放った空対地ミサイルが、付近の高射砲の照準を引きつけMX25-Rへの対空砲火を阻んでいた。基地のレーザー砲は、すでに離脱した偵察機ではなく、突入して来るバンカーバスターに照準を合わせていたが、立方体照射で約二秒のタイムラグが生じた。「X」型の射出口に切り替えたレーザー砲のシャッターが開ききれば、その瞬間、バンカーバスターは破壊され雲散霧消する・・・
減速を開始した時点で、偵察機の速度は秒速八百メートルを超えていたが、離脱高度はわずか千五百メートルだ。ビアンカにはバンカーバスターの着弾を確認する余裕などまったくない。
残された数秒で、無事離脱できるかどうかの瀬戸際だった。
意識は無の状態のまま保たれ、思考は完全に途切れている。瞬きもせず急速に目前に迫る路面を、イーグルアイカメラ越しに見つめていた。
超音速飛行中に逆噴射を使えばエンジンが吹き飛ぶ。したがって急制動が頼みの綱だが、三角翼やフラップの強度を超える力がかかれば、機体は損傷して制御不能に陥る。
音速を超えたまま急制動をかけたため、尾翼のフラップが今にも引きちぎれんばかりにたわんで小刻みに振動していた。機体がガタガタと激しく揺れ動き、金属がきしむ甲高い音が風を切る轟音にまじって不気味に響き渡る。三角翼は猛烈な風圧を受けて、両端が目に見えて反り返った。操縦桿を握る両手も、フラップとエンジンを操作する両足も、ぶるぶると震えていた。
偵察衛星の画像分析で割り出した離脱軌道に辛うじて乗っているが、速度は音速を超えたまま機首は水平に戻らない。
二秒後には道路に激突して粉々に吹き飛ぶと見えた瞬間、機体下部からパッと圧縮空気が噴き出し、直下の道路から砂煙が猛然と舞い上がった。
真っ白な砂塵の尾を引いてよじれんばかりに振動しながら、約一秒、距離にして六百メートルほど地上すれすれを飛行する。並みの人間なら、凄まじい勢いで通り過ぎる外景と、耳をつんざく轟音だけで完全にパニックに陥るところだ。
ただスワン中尉だけが、このような離れ業をやってのける。
とっさにホバーエンジン吹かし、機体の降下ベクトルを減殺したのである。ホバーの出力調整をわずかでも誤れば、超音速の機体は瞬時にバランスを崩して、風に吹かれるトタン板のように宙を舞い、バラバラに空中分解していただろう。
辛うじて機首を水平に引き戻し、機体を上昇させにかかったが、道路は
一瞬エンジンを全開して機首を上げ、次いで機体をくるりと左に横転させる。
路面に触れた左翼の端から盛大に火花を散らしながら、建物と高射砲の間を
仰角のついた高射砲は、路面すれすれを通過する偵察機にはなす術がない。路上の対地上戦用の重火器と中型レーザー砲は、映像分析では敵機を追い切れなかった。
離脱飛行は人工知能プライムの計算通りに事が運んだ。
上昇を続けながらさらに減速したところで、背後から爆音が追いついた。バンカーバスターがレーダーポッドを直撃してコンクリートにめりこんだ衝撃音と、その後、地下で起きたこもった爆発音が、間をおいて立て続けに響いた。
続いて爆風が追いついて、機体を大きく揺らす。
その衝撃で、ビアンカはハッと大きく目を見張った。トランス意識状態から目覚めたのである。しかし、その目はどんよりと曇っていた。
唇がわなわなと震え出したかと思うと、見る見るうちに涙が溢れ出て頬を濡らした。
「チームリーダーだ。標的を撃破した!通信とレーダーが復帰。対空砲火も途絶えた。各班は全員の安否を確認せよ。こちらは三機が被弾。負傷者なし。飛行にも支障はない。ブラックスワン、よくやった!」
陽動作戦の指揮を執ったクーガーの声が力強く響いた。アメリカ海軍航空隊チームの飛行部隊長でもある。
残る三チームからも次々に報告が入った。どの声も弾んで底抜けに明るい。
「全員の無事を確認。四機が被弾したが飛行に影響はない。スワン、愛してるぜ!」
「被弾は五機。こちらも負傷者はいない。ブラボー、ブラックスワン!」
「二機が被弾。一機は右エンジンを遮断したが飛行可能。念のため救援ヘリを要請する。全員無傷だ。ところで、ブラックスワン、俺と結婚してくれッ!」
「チームリーダーだ。全員無事で何よりだ!見事なチームワークに感謝する。最高だった!」
クーガーの応答に続いて、作戦を統括した空母司令室から交信が飛びこんだ。
「USSRRよりチームイーグル。通信妨害装置の動力源の破壊を確認した。基地AIのメインフレームも機能を停止した。無人機と地上部隊が侵攻を開始した。みんな、よくやった!ブラックスワン、後縁フラップとウィング全体に亀裂シグナルを検知。脱出高度を保って帰艦せよ。ワイルドグース、ブラックスワンの援護に回れ」
「ワイルドグース、了解」
「ブラックスワン、このまま二人で駆け落ちしよう!」
「そいつはやめとけ。バイパーのいびきときたら大量破壊兵器なみだ!」
「パーティは後だ。山間の対空ミサイルと高射砲のロックオンに備えろ!帰艦まで気を抜くなッ!」
「スワン、応答せよ。大丈夫か?」
「スワン機は高度を上げている。大丈夫そうだ」
「いくらスワンでもあんな離れ業の後だ。そっとしておいてやれ!」
誰もが浮き浮きした声で交信を続ける中、ビアンカは押し黙ったまま虚ろな眼差しで力なく操縦桿を握っていた。
おぼつかない手つきで、偵察機のAIを起動した。
通信妨害圏内に入った直後、AI本体をシャットダウンして手動操縦に切り替えていた。ただ単に自動操縦を切っただけではなかったのである。
妨害波に遮られ、AIの機能停止信号は司令部に届いていないわ・・・
AIが再起動すると、自動操縦に切り替え操縦桿から手を離した。のろのろと力なく酸素マスクを外した。
凄まじい振動と風圧の轟音が嘘のように消え、滑るように静かに飛行する機体の表面には、あちこちに生々しい亀裂がうっすらと走っている。
しかし、機体の損傷も念頭になく、ビアンカはひとり悲痛な想いに耽っていた。
「民間人まで犠牲が出る任務はもう限界!いくら第三世代でも、わたし、もう耐えられないッ!!」
思わず声が漏れそうになり、ハッと我に返った。マイクもヘッドフォンも機能が戻っている。うかつに口走ろうものなら全員に丸聞こえだ。
パイロットの生体反応モニターも復活して、ビアンカのフィジカルは途切れなく司令部に送られている。
動揺しているのは過酷なミッションが原因と分析されるはず。でも、声に出てしまえば誤魔化しようがない・・・
しばらく目を閉じて深呼吸を繰り返した。
ようやく荒れ狂う心を押し静めて、司令室と支援部隊に交信を返した。冷静な声に聞こえるよう祈りながら言葉を振り絞った。持ち前のハスキーボイスが、一段とかすれて響いた。
「ブラックスワンからUSSRR。機体は安定している。離脱の衝撃でAIが停止。再起動した。低速上昇中、援護機と合流する」
「USSRRよりブラックスワン。了解。帰艦を待つ」
司令部に引き続き、支援部隊に応答した。
「チームイーグルのみんな、ありがとう!ちょっと疲れたけど、わたしは大丈夫。みんなのおかげよ。わたしも愛してるわ!いい男が揃ってるから迷っちゃう・・・だって、わたし、まだバージンだし・・・」
ヘッドフォン越しに安堵の声を上がり、どっと笑い声が巻き起った。
「良かったッ!あっ、無事でって意味だぞ。誤解すんな!」
「聞いたか?スワンはやっぱり神だ!」
「バージンの女神降臨ってか?」
「大丈夫、やさしくするから!」
「あいつがバージンだったら、俺はあの偵察機を丸ごと食ってみせる!」
「どうやって確認するんだ?」
「想像させるな、バカ!」
「ああ、おれの操縦桿が・・・」
「お前の操縦桿じゃ、スワン機は離陸だってできやしないぞ!」
過酷な任務から開放された反動も手伝い、蜂の巣をつついたように軽口が飛び交う。他に女性クルーが参加していないため、男たちは言いたい放題だった。
「バージンだけど、操縦桿の扱いなら任せて!」
ビアンカが返すと、どよめきと共に陽気な笑い声が渦巻く。賑やかな交信は着艦するまで止め処もなく続いた。
しかし、スワン機との合流地点へ向かうワイルド・グースは、ナビゲーターのメイスに交信を任せ、ひとり押し黙ってもの思いに耽っていた。
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