第3話 ブラック・イーグル作戦 Take My Breath Away

 欧米連合軍の歴史に残る伝説となった「ブラック・イーグル作戦」。

 かなめとなったスワン中尉の突入劇は、友軍戦闘機編隊が展開した直後に始まり、わずか一分足らずで終わった。


 その日、作戦を監視した偵察衛星の高解像カメラは、妨害波の影響を受けない可視光線を鮮明に捉えていた。

 砂漠地帯は雲ひとつなく風向きもおあつらえ向きで、PM2.5も衛星の視界にはかかっていない。

 妨害電磁波圏外からの迎撃を避けて、高度一万メートルを保って基地に接近した有人戦闘機部隊は、四方に分かれて次々に翼をひるがえしながら、斜めに降下して行った。周辺の制空権は連合軍がとっくに掌握している。迎え撃つ敵戦闘機の姿は皆無だった。


 基地上空に接近すると同時に、地上の高射砲から激しい対空砲火が糸を引くように襲いかかった。

 戦闘機部隊は一気に編隊を崩した。妨害電磁波圏の内側で散り散りに展開する。その後を追って、束になっていた対空砲火も見る見るうちに分散して広がった。

 砲火は前後左右に目まぐるしく動き、おびただしい数の眩しい光の軌跡が、灼熱の太陽を覆い隠さんばかりに飛び交う。

 上空からの衛星画像では、まるで次々に炸裂する花火の中を、数十匹の小さな虫が上下左右にクルクルと回転しながら、目まぐるしく位置を変え舞い飛んでいるように見える。


 戦闘機部隊が降下を開始する直前、小型機がはるか上空を急接近する姿を、偵察衛星が捉えていた。高度二万メートルという、一昔前なら考えられない高度を、超音速飛行する三角翼の有人機だった。

 北米連邦に配属されたばかりの最新鋭有人ステルス機MX25である。

 小型機は基地上空に達すると、いったん減速した後、急降下に転じた。通信妨害圏の中心を目指して、左右に不規則反転を繰り返しながら急激に高度を下げた。

 速度はマッハ3に達していた。


 コックピットのビアンカ・スワン中尉は、冷ややかに澄んだハシバミ色の目を鋭く細めて、イーグルアイカメラの映像を見つめていたが、チラッと視線を逸らせて、AIの自動操縦装置のスイッチを見やった。


 そっと胸でつぶやく。

「あれを切らなきゃ、生きて帰れない。他に手はないわ!」


 高度一万メートルまで降下したところで、衛星画像に赤いフィルターがかかった。可視光線画像では見えないレーザー照射が、地上から一直線に戦闘機に向かってひらめくのが映った。

 無論、スワン中尉の目にはレーザーなど見えはしない。命中しない限り、飛来したことさえ分からないのだ。照準が合ったが最後、光速で飛来するレーザーを逃れる物体はこの世に存在しない。

 しかも、この地下要塞の高出力レーザー砲は、ミサイルや爆撃機の耐レーザー装甲までも破壊する威力を持つ。対空攻撃では無敵の存在だった。


 機体からわずか数メートル離れた空間を眩しい白光が切り裂く様子を、衛星のカメラは鮮明に捉えた。

 一瞬間をおいて二発目、さらに三発、四発、五発目がまばゆく閃いた。

 しかし、超音速で左右に不規則な弧を描きながら小刻みに位置を変える敵機に、照準がわずかにブレて、標的はレーザーをことごとくすり抜けた。

 日本の人工知能「プライム」がシミュレートした自動操縦プログラムが、完璧に機能していた。


 不気味ね。攻撃されたのもわからない!高出力レーザー砲の照射を浴びたら最後、機体に大穴が開く。自分の身体にも。それなのに、命中しない限り何の音も振動も感じないなんて・・・

 ビアンカは、頭に叩き込んだプライムのシュミレーション時系列を思い起こして、攻撃の第一波をかわしたと悟り、胸をなでおろした。


 その後も、眩しい白光を連続的にきらめかせて、九回の照射が続く様子が衛星画像に映った。

 しかし、奇跡のように数メートルから十数メートルの差でむなしく空を切り、一人乗り戦闘機機は高度約五千メートルで通信妨害圏に突入した。


 その瞬間、ビアンカは左手を伸ばし、自動操縦のスイッチを躊躇いもなく切った。

 直後に、身体全体が唐突にほのかな光に包まれる・・・

 意識がトランス状態に入ると、時間の流れが極端に遅くなる。身体の反応速度も呼応して落ちる。

 けれども、ビアンカの身体能力は元もと人間のそれではない。時間が間延びすれば、スローモーションで圧倒的に精密な動作が可能になる。


「信号弾、発射」

 もはや思考でも言葉でもなかった。身体が自動操縦で動き、意識はその動きを観察しているかのようだ。

 戦闘機の後部から紫色の狼煙のろしが吹き出して、空を鮮やかに彩った。

 それを合図に、妨害波圏の縁で四方に展開した四十機の友軍機のうち半数が、空対地ミサイルをレーザー砲に向けて発射した。

 レーザー砲周辺の高速高射砲群は、小型機が妨害電磁波圏内に入った瞬間、戦闘機編隊に向けていた照準を変更していた。

 しかし、砲撃を始める前に、画像分析で捉えたミサイル群に即座に反応した。同時に周辺部の高射砲もミサイルに照準を変えて、一斉に砲火を浴びせた。

 

 一斉射撃を受けたミサイルは、一秒後にはことごとく空中で破壊された。後には、基地中央のレーザー砲台を囲むように、黒煙だけが点々と虚しく漂っている。

 だが、その一秒後には、戦闘機部隊の残る半数が、レーザー砲目がけてミサイルを発射した。

 戦闘機部隊は、その後も二十発ずつ合計八十発の空対地ミサイルを、二秒おきに発射した。

 ミサイル攻撃が繰り返されたの時間は、ほんの十秒足らずだったが、地下要塞を守る高射砲群は、急降下する小型機についに照準を合わせることはなかった・・・


「あと七秒」

 ビアンカは離脱する時間も含め、残された時間を確認した。

 操縦桿とフットレバーを精密に操作する自分の動きは、スローモーションで認識している。

 思考にならない認識が心に去来する。

「わたしは百分の一秒で対応できる。操作系の反応速度は千分の一秒。十分間に合う」


 超音速で滑るように位置を変えた小型機は、無謀にもレーザー射出口の真上から垂直突入して行く。

 地下要塞の守備隊の目には、一か八かの最短時間攻撃を仕掛けたように映っているはずだ。

 ビアンカはまじろぎもせず、イーグルアイカメラの拡大映像を見つめていた。意識が「無」の状態に入りこみ、身体は自動的に動いて機体を操縦している。


 ピンポイント照射がことごとく失敗に終わり、妨害電磁波圏に侵入された時点で、地下要塞の人工知能は、ピンポイントより格段に命中確率が高い図形照射に切り替えた。

 「線」でなくレーザーの「面」が、光速で小型機を迎え撃った。


 最初に繰り出されたのは長方形だった。

 「\」型に照射口が開いてレーザーが閃いたが、まるで予知したかのように、照射寸前に小型機は右に四十五度機体回転させ、同時にわずかに外側にスライドした。

 飛来するレーザー面から一メートルほど上をすれ違い、すぐさま内側にスライドバックして急降下を続ける。


 描画照射ではレーザー砲の過熱で冷却が遅れる。

 二秒後に繰り出されたレーザーは「Z」を描いた。

 しかし、照射の一瞬前、スワン機は左向きにクルっと九十度回転するなり、左外側にへスライドした。

 右翼先端から一瞬火花が散ったが、またも鮮やかに攻撃をすり抜けた。

 やや右内側にスライドバックして、再び機体の先端中央に照射口を捉えた。


 そして、ついに「死の三角形」と呼ばれる「△」の照射口から、レーザー照射が十分の一秒も続いた。面を超え立方体のレーザーがMX25を襲った。


 だが、照射の瞬間、戦闘機の翼はすでに大部分が機体に格納されていた

 戦闘機の横幅は一気に半分に狭まり、死の三角形を内側をわずか数十センチの差で奇跡のようにすり抜けた。

 二機の空対地ミサイルは、レーザーに触れて紙きれのように切り裂かれ宙を舞った。

 しかし、両翼のミサイルは精巧な模造品だったのである。ハリボテでは爆発するはずもなく、機体はまったくダメージを受けなかった。


 自ら張り巡らした妨害電磁波のせいで可視画像しか使用できないため、地下要塞を制御する人工知能は、無謀な垂直降下をしかけたのがMX25-F戦闘機ではなく、装甲を強化して機体に改造を加えたMX25-R偵察機と見抜けなかったのである。

 他ならぬブラック・スワンがテスト飛行を担当、その提言で設計を変更した偵察機は、三角翼を収納できる。(*)


 地下要塞のAIが偵察機と察知していれば、守備隊は空対地ミサイルに備えて温存していた究極の「X」照射を使って確実に撃墜できたはずだ。

 あるいは、戦闘機部隊の陽動作戦に惑わされることなく、中央部の高射砲群から集中砲火を浴びせていただろう。高出力レーザーが高射砲の集中砲火で拡散する現象も利用すれば、「X」照射を繰り出すまでもなく易々と偵察機を撃墜できたのである。


 しかし、プライムの足元にも及ばない地下基地の人工知能は、突然の無謀な有人機襲来の意図を、最後まで見抜けなかったのである。

 地下要塞の守備部隊も、度重なる無人機の攻撃をことごとくはね返してきた実績に慢心して、人工知能にすべてを任せてしまった。



*「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」第8話「欠陥」

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