第2話 陽動作戦 Distraction

 莫大な軍事予算は、金の卵を産むガチョウである。

 「防衛」と銘を打てば、競争もなく寡占企業に税金が転がりこむ。安易な金儲けにはもってこいだ。

 けれども、他の製品と同様、在庫処分が滞れば軍需産業も衰退する。濡れ手に粟の儲けも目減りしてしまうのである。


 そのため、狡猾な軍需利権の投資家や経営者たちは、口実をもうけては政府を動かし空爆を強引に推し進め、他国での紛争戦争に武器弾薬を供給する。

 その構図は、二十世紀から何ら変わりなく続いてきた。海外の資源簒奪をも兼ねた戦争ビジネスと言っても決して過言ではない。

 陰謀論などと言う曖昧な仮説ではない。大物ロビイストが閣僚に名を連ねて行う、一国のれっきとした投資計画なのである。

 戦争依存経済が生む数々の悲劇は、「世界の警察官」「民主主義の守護者」と言う偽りのレッテルの陰で、遥か遠い地に住む無辜の人々を、戦火の生き地獄に追いやってきた。

 「聖戦」の旗印の元、領地と資源簒奪を欲しいままにした十字軍の昔から、いや有史以前から変わらぬ人間の貪欲と残虐行為の正当化は、好戦的で騒ぎ好きなチンパンジーの脳を受け継いだホモ・サピエンスの宿命なのか?


 他国への介入であっても、自国兵士に被害が及ぶとなると、世論は次第に反戦ムードに転ずる。それ故、軍需利権は狡猾に立ち回り、地上軍の派遣を極力抑えてきた 

 空爆においても同様だ。有人戦闘機や爆撃機の出番は、大幅に目減りしている。

 しかも、AIが高度に発達した昨今、人間のナビゲーターは必要ないばかりか、軽量高速の一人乗り戦闘機に到底太刀打ちできなくなった。

 そのため、二人乗り戦闘機編隊の出撃は、敵機との空中戦がない場合で、かつ妨害電磁波圏内の作戦に限られている。



「映像分析オン。後部AIスタンバイ!」

 後部座席のトム・ウェルズ大尉は、ヘルメットの無線を通して言った。

 がっちりした浅黒い顔は強張って、剃って数時間にもかかわらず、すでに薄っすらと髭に覆われていた。

 南米ラテン系の半数は、いわゆる「冒険好き遺伝子」を持つ。かたや日本人は「用心深い遺伝子」を持つ者が九割以上だ。

 実際、二人は正反対の性格だが、トムはワイルド・グースことアキラ・ミヤザキ大尉と妙に馬が合うのだ。


 メイス(*)とコードネームが付くほど血の気の多い俺が、ナビ役に回されてもムカつかないんだからな。グースの人徳ってヤツか?それとも、アジア人と同系祖先を持つインディオの血がそうさせるのか?

 おっと、こんな時に何を考えてんだ!

「さすがの俺も、今回ばかりは緊張しているようだ・・・」

 メイスは心につぶやいた。

 実戦でナビを務めるのは久しぶりだが、この緊張感はそのせいじゃない。今回の電撃作戦は異例尽くめ、いや、異常と言ってもいい!

 誰だってナーバスにもなろうと言うものだ。


「防御システムを、高射砲の発射位置と射出角度プロットに切り替えた。操作系をオーバーライドする」

 操縦席のグースは、AI主導の半自動操縦をマニュアル操縦に切り替えた。


 通常弾はAIでかわせるが、基地中央部の高射砲は高速弾である。

 妨害電磁波の影響でレーダーは使えず、映像解析のみとなると、AIはドップラー効果解析に手間取る。

 通常弾と高速弾の判定に時間がかかるため、今日の戦闘距離では、AIによる高速弾の推定回避率は50 %前後しかない。

 しかし、ナビゲーターがシミュレーター内蔵イーグルアイカメラを使えば、回避率は85 %に上がる。

 そこで、偵察衛星が特定した高速高射砲の位置を、あらかじめシミュレーション・プログラムに組みこんだのである。

 乱れ飛ぶ通常弾の軌道は、AIが瞬時に3Dプロットで描画して、戦闘機の安全圏を特定する。

 パイロットは3D画面に映る自機を安全圏に保ちつつ、ナビゲーターが伝える高速弾回避指示と合わせて、瞬時に最適な判断を下さなければならない。

 AIには不可能な人間の総合的な判断能力が物を言うのである。

 だが、パイロットもナビゲーターも、熟練の戦闘機乗りでなければ成立しない。アキラはまなじりを決して、モニターに映る自己機の姿に意識を集中していた。


 間もなく、指揮を執るビリー・コーテル大尉ことクーガーの声がヘッドフォンに響いた。緊張感がいやがうえにも高まり、全機のコックピットは緊迫した空気で張り詰めた。


「ミッション前の最後の交信だ。発光モールスで交信する余裕はない。被弾して戦線離脱しない限り使わず、任務に集中してくれ。スワンの援護に徹しろ。だが、誰も死ぬんじゃないぞ!・・・降下開始!」


 総勢四十機の北米欧州連合軍所属の有人戦闘機は、翼を翻して四方に散開しながら急降下を開始した。

 目指すは高度五千メートルを頂点に、半球状に広がる妨害電磁波圏である。

 

 妨害電磁波圏内に侵入した直後、待ち構えていたように一斉に火を噴いた高射砲群から、五月雨のように煙の尾が立ち上がった。

 メイスが叫んだ。

「来たぞ!」

 キィーン、キィーン、と耳障りな風切り音とともに、立て続けにワイルドグース機の十数メートルから数十メートル先を飛び過ぎて行く。

 場数を踏んでも、戦闘機の加速音を圧して響くあの不気味な音には慣れない!


「左旋回!」

 高速弾の発射を確認したメイスの切羽詰まった声と同時に、アキラは急激に加速をかけて左旋回した。

 視界が垂直に傾き、エンジンの轟音が響いて強烈な振動が襲う。

 高速弾が一際甲高い唸りを上げて、機体の数メートル上を火の粉の尾を散らして通過した。

「ヒーハー!!今のは近かった!」

 メースが歓声とも悲鳴ともつかない声で叫んだ。

 その間も、戦闘機は軽々と急反転して、すぐさまクルっと180度翼を返す。糸を引いて辺り一面を飛び交う高射砲の軌跡の中を、ひらりひらりと舞った。


「スワンが突入開始!妨害電磁波圏へ急降下中・・・すげえッ!マッハ3まで行きそうだ!レーザー砲はまだ撃って来ない」

 レーザー可視化映像をチェックしたメイスが言った。

 操縦桿とフットペダルを目まぐるしく操作しながら、アキラが答えた。

「ミサイル、スタンバイ。合図を待つ」


 言い終わる前にメイスが叫んだ。

「真正面だ!」

 戦闘機は急制動をかけて高速弾をやり過ごし、一転、急加速するなり弾幕を縫ってきりもみ降下にかかる。

 吐きそうだッ!

 メイスは手に汗を握った。

 安定して見えるのは、モニターの映像だけである。コックピットの外に目を向けようものなら、目が眩んでめまいがして正気を失いかねない。

 なにしろ、一瞬後に機体がどう動くか、ナビゲーターには見当もつかないのである。

 心の準備もなく、突然、視界がぐらぐら上下左右に、時には一気に360℃回転する。

 たまったもんじゃない!


 と、その時だった。後部座席の映像モニターの上方画面に、青空を背景に鮮やかな紫色の狼煙のろしが点々と縦に伸びた。

「合図だ!」

 メイスが叫ぶと同時に、アキラは降下中の機体を一気に引き戻した。

 地下要塞の中央部に機首を向け、レーザー砲が潜む基地中央部に大まかに照準を合わせ、即座にリリースボタンを押した。

 陽動作戦のため、空対地ミサイル攻撃に正確な照準は必要ないが、その約0.5秒間は、機体を安定させなければならない。半秒あれば、映像分析でも各高射砲のAIは、楽々と戦闘機に照準を合わせることができる。

 飛来する高射砲の集中砲火を浴びる前に回避できるか、きわどい賭けになる。ナビによる回避確率が、85 %から推定25~37 %に落ちるのだ。


 ミサイル発射とほぼ同時に、グース機はくいッと機首を上げた。翼を振って右上方へ大きくらせん状を描いた。

 迫り来る砲火を逃れて、3Dモニターに映るセーフゾーンへ飛びこんだ。


 その刹那、ビシッ、ビシッと立て続けに鈍い音が響いて、機体に鈍い衝撃が走った。


「被弾!二発とも最後部」

 機体装甲の状況をモニターで確認したメイスが叫んだ。

 機体装甲の下に張り巡らされたセンサーは、妨害電磁波の影響を受けないため、正確な被弾位置を戦闘機のAIが捕捉していた。


「エンジン、油圧、燃料、気圧、フラップに異常なし!」

 慌ただしく機を操作しながらも、アキラが冷静に言った。


「ふぇー、きわどいぜッ!」

 メイスは冷や汗が身体から噴き出るのを感じたが、息をつく間などなかった。

 数秒で二発目のミサイル発射だ!

 あと十数秒ですべて片が付くか、スワンがあのレーザー砲の餌食になるかだ・・・

 スワンがやられたら、その後は俺たちも狙われる!


 戦闘機は高度を上げ、不気味な唸りを上げながら、煙の尾を曳いて立て続けに襲い来る砲弾をかいくぐり、すぐさま反転して再び降下に転じた。


 メイスは心に祈った。

「スワン、頼むぞ!俺たちが高射砲を惹きつけるからな!」

 電力温存のためレーザー砲を撃って来ないのは、世界最高峰の人工知能プライムの読み通りか?あれを撃たれたら、俺たちはひとたまりもない。まず、大きな賭けに勝ったわけだ。

 だが、スワンは最短距離から直撃を食らう・・・

 本当にプライムのプログラムで、スワン機はレーザー砲をかわせるせるのか?


 メイスは心の中でひたすら聖母マリアに祈った。

 「スワンが無事に帰艦できますように!俺たちも!」



* 鎚矛つちほこまたは戦棍せんこん

「鎧を打ち破るため使われた、先端に突起のついた頭があるこん棒」

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