第7話
出せるか、出せないか。
答えは残酷なほどシンプルだ。
カロサリーにとて、完全に出来る、と言い切る事は出来ない。
これを彼に問うことがどれほど酷かはわかっている。
しかし、聞かなければこの先へは進めない。
誰も救えないし、助けられない。
それは覚悟の持ち方とて同じことだ。
「出来る、出来ない。あなたはどちら側?」
カロサリーは再度、ピーターに二択にして問う。
どれだけ沈黙が続いただろう。
そう思えるほど間が空いて、やっとピーターは伏して游がせていた瞳を止めてカロサリーの目をしっかり射貫いて溜め息をつく。
そして、覚悟が決まった顔をして口をゆっくりと開いた。
「いままで通りの指示なら私にとて出せます。死者や行方不明者が数名、もしくは数十名ほど出るでしょう、それを踏まえての『いままで通り』の指示です。しかしながら、お嬢様が問われた指示を私の技量では出すことは出来ません」
この世界、というより国には、そもそもダムなんてモノは存在しない。水防法のような規定はあって無いような、水災の被害を極力軽くし起きた場合は国に報告しろ、なんて雑なものだ。
気象業務法なんて、そもそも根拠法すら無い。
自衛団が辛うじて消防活動と同じように水防活動の仕事をしてくれる程度ではある。が、水防団そのものを設置している訳では無いし、指示を出す筈の水防管理団体自体がバーネル領では領主の仕事である。
しかし、この世界の法についてはローレンスの受ける授業に潜り込んで聞き耳を立てていた程度の知識しかカロサリーには持ち合わせがないのだ。
ピーターの背後でアドバイスという名の知識提供をすればカロサリーが求める指示難易度なんて彼ならどうにか出来る筈だ。
「わたくしの手伝い(アドバイス)が在れば適格に指示を出すことは可能?」
いえ、とここで彼は首を横に振る。
「私にはお嬢様ほどの知識を持ち合わせておりません。以降の指示の主はお嬢様が、私が補助役として手伝いに回る方が余程、適格でしょう」
真面目に言い切るピーターにカロサリーは勢いよく立ち上がった。
なぜ指示出しの長を変えねばならないのか、と疑問しか浮かばない。
カロサリーが教育を受けたのは淑女としての知識とマナーのみだ。あとは、どれもこれも前世を含め中途半端な知識しかない。
そんな中で先頭指揮をカロサリーに求むとは。
「わたくしに全て委ねると?」
「はい、執事長でしかない私は元より領主の代理の代理でしか在りません。正当な領主代理権は本来バーネル家のご子息、ご息女にしかないのです。
話を元に戻しますが、私には全ての領民を救う事は出来ません。何処かで見切りを付け、切り捨てます。私にはそうする他の手立てが在りません」
「わたくしには本当に全ての領民を救えるか分かりませんよ?」
自信なんて欠片も無い、だからこそ出た言葉だ。
とても正気の沙汰とは思えない。
なのに、いいえ、とここでも彼は首を横に振り逆に問うた。
「しかし、お嬢様は切り捨ること自体を違うと仰るのでしょう?」
そうだ、とはたと思い返せばカロサリーは誰かを犠牲とし切り捨てる事を前提として考えてもいなかった。
ピーターに問われるまで失念していた。
「ですからお嬢様、思うままに指揮をお取りください」
そう言うと、徐に立ち上がるとカロサリーに深々と腰を折る。
「私達を、領民をお助けください」
責任は私がとります、とピーターはくの字のまま頭をあげ言い切った。
ここまで言われて、覚悟を決めない人間がこの世界に出れほどいるだろう。カロサリーには逃げ出す勇気も無かった。
「救えるように努力はします、としか言えないけれど……これであなたの求めた答えになる?」
それで十分です、とピーターはいつものように背筋はピンと伸ばし微笑んで頷いた。
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