第6話

「お嬢様はいまレディテ地区がどうなっているかご存知ですか?」

 カロサリーは首をふるふると左右に振る。

 レディテ地区はいわば逆流の恐れがある氾濫危険地域。朝一番気になったのはこの地区だ。

「確認が取れているだけで五世帯は床下まで川の水が入ってきたそうです」

 絵の上から被せるように地図を置きぐるぐると指先で円をかきながら丁度この辺りですね、と言う。

「死者と怪我人、行方不明者の数はどれくらい?」

「死者は出ておりません、行方不明者もです。水に浮いた家具等にぶつけたり足をとられたりして負傷した者もおりますが皆、軽症です」

 そう、と安堵からカロサリーは胸を撫で下ろした。

「自衛団に協力要請は出したの? 仮にでも避難所の設置は? 家から出せる救援物資の纏めは? 配布場所の仮でも目処は立っているの?」

「まだです。使用人を数人屋敷に残して他は現状の確認に走らせている状態で、こちらに報告後厨房での食事と仮眠にまわしております」

 ピーターは所々で額の汗を拭って報告書に目を泳がせる。

 たぶんだが、ピーターが確認を取っていないだけだ自衛団は独自に動いているだろう。騎士団がバーネル領には無いので、自衛団が昨夜時点で火の用心よろしく見回りをしていた可能性もなくはない。

「デスネーデ川とダーゼル川の上流の様子は?」

「デスネーデ川はウチと同様で雨は止んでいるそうですが空はまだ荒れ模様らしく、ダーゼル川は大雨が続いているそうで」

 早くしないとどんどん後手へと回ってしまう。

 ウチで雨は降っていなくても本流であるダーゼル川の上流からはバンバン水が流れてくる。デスネーデ川の上流では降っていなくても山から沁み出た水はやがて川へと連なる。現在進行形なら、ダーゼル川の水位が上がる可能だってある。

 内水か外水か、あるいは両方か。

 最悪デスネーデ川が逆流してレディテ地区が全部、水に浸るかもしれない。

「王都から連絡はあった?」

「いえ、朝方に鷹便を使い手紙を出しましたがなにも…」

 そうだろうとは思っていても、やはり言葉は詰まってしまった。

 カロサリー実の両親、肉親なのかも疑いたくなる彼らは基本王都に居てバーネル領に居ても根気強くピーターたち家臣が粘って視察をする程度で書類仕事も重要なモノに印を押すだけの最低限しかしない。ユア(仮)の両親とは違う意味での毒となりえる存在。領地経営も子供らも放任主義のおかしな人たちだ。

 鷹便すらも鬱陶しくて手紙に直ぐ様、目を通さないだろう事は容易に想像がついてしまう。

 こんな大雨が降ってしかも家が浸水するのも道が冠水することも予測なんてしているだろうか。

 損な筈はない、と手紙を読んでもたかをくくったままだろう。

 結論、彼らがバーネルの為に動くかと問うたら即答できる。否。彼らにはできないと。

 そうなると決断をしなければ。この現状で最も有効な英断を。

 執事長と言いかけて、ピーターと名前を呼び直し問う。

「あなたは今後も指示を出せますか?」

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