第2話
浸水した地区があるのかも黙視ではよくわからない。本流であるダーゼル川はどうなっているのかも気にかかる。
しかし、ダーゼル川はカロサリーの部屋からはどう身を乗り出しても見えない。
気がつけば部屋を飛び出し、川が見えそうな角部屋の扉とテラスの扉を開け目を凝らしていた。
「起きていたのか」
ローレンスが声をかけてきて、適当に返事を返す。
「カロン、雨も上がったしデスネーデ川に遊びに行こうぜ」
「ね、行こう? 舟遊びしてみたいって、このあいだ言ってただろ」
「え……遊びに…?」
夜間に短時間しか降っていたなかったとしても水の色がおかしいとも思わないのかローレンスとデヴィッドは平然と誘ってきたのだ。
カロサリーは二人の兄に対してフリーズするしかなかった。
ローレンスはともかくデヴィッドはまたカロサリーを濡れ鼠にする気なのでは、と脳内を掠める。
確かに夏空が広がっていて、陽の光が肌を差すほどで舟遊びには最高の天気だ。
だがしかし、大粒の雨が領地に降ったのは確かでいつもより水嵩は増しているだろう。山から時差はあるものの川の水位が昨夜よりは少しずつでも下がっては来てはいるはずである。
だが、その甘い考えは自然の前には無力だ。
その恐ろしさをカロサリーは骨の髄まで知っている。
好奇心が過ぎれば猫でも人でも等しく死をもたらす。
デスネーデ川とダーゼル川の山間部を管理しているのは我が家ではない。どれほど雨が山に降ったのは未知数、想像はできるが正確な情報はひとつもない。そんな中で舟遊びをするだなんて自殺行為に等しいではないか。
そもそも、執事長のピーターさんが許可を出すだろうか。両親は王都に居て、情報収集も現状把握も指示出しはピーターさんだ。舟遊びを許すだなんてそんな馬鹿を言う筈がない。屋敷の敷地内で遊ぶなら、彼は渋々深く頷くだろうが。
荒くなっていた息を深く深くはいて呼吸を整える。
「人は自然の前には無力です」
前世の私が無力だったように、生き物は無力だ。人がどれほど時間を割き対策をとったとしても所詮、自然の力には勝てない。
本当に『無力』という言葉につきる。
「ローレンスお兄さまはオペラグラス、デヴィッド兄さんは双眼鏡をお持ちでしたよね。その目で川を、橋を観ても舟遊びをしたいだなんて言えますか?」
デヴィッドは慌てたようすで部屋を出ていく。ローレンスは背を向け棚からオペラグラスを探し始めた。
深く息をはきながら手摺から離れてカロサリーははたと手先も足先も裸足でテラスに出てしまった為かベタついてひどく気持ちが悪いと気がつく。
自室に戻るとすぐ浴室で不快な軽く手足を洗い、洗面台で顔をすすぎふかふかなタオルで拭き急いでネグリジェから若草色のワンピースに着替えて足に馴染んだ茶色いブーツを履き、再びローレンスの部屋へ戻った。
テラスで仲良く川を眺める兄達の顔は少し血の気がないようにも見える。
「流木でも橋に引っ掛かっていましたか? それとも土手が一部崩れていましたか?」
二人の背からゆっくり声をかけてみる。
「いや……それもだが」
なぜだかデヴィッドはいつになく歯切れの悪い、らしくもない返事をしながらこちらを向く。
「船が一艘だけど上流から流されてきたのか流木と一緒に橋に引っ掛かっているよ」
「そうですか」
さすがは長男、ローレンスお兄さま。観察と報告が自然とできている。デヴィッド兄さんとは大違いだ。
「町が水に浸っている感じも無い」
「デヴィッド兄さん、双眼鏡をお借りしてもよろしいですか?」
やっと少し本調子に戻ったらしく、無言で手渡してくれたが呆然としている。かといってデヴィッドばかりを心配してもいられない。
カロサリーは双眼鏡を押して目を凝らし始めた。
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