Episode1-1 昼行灯 左遷される


会議から一週間後

北海道某広大な演習場


 戦闘車両を使った大規模な訓練を行えるこの演習場では、今まさに戦闘団演習が行われていた。

 戦闘態勢が整い、防御陣形で配置に着いた戦闘車両の陣容には視察に来た連隊長も満足していた。


 その陣地の後方に、1台の支援車両が待機していた。巧妙に偽装網を貼り周囲に溶け込んでいるその偽装網の下では、車両の横に貼られたターピーシートの下で、3人の隊員の真ん中にジンギスカン鍋が据えられ、ガスバーナーで熱せられていた。


 ジンギスカンは、まず羊の脂身を熱し、程よく溶けたところに野菜を載せ、その上に羊肉を置いていく・・・こうすることで焦げないで旨い羊肉が焼ける・・・先人の知恵が詰まったこの料理は、羊肉の独特な匂いと行者にんにくが野菜に入っているのもあって、道民フレーバーをあたりに撒き散らしていた・・・

 


 前方の陣地は風下であった。



 連隊長は道民なら誰もが知っているその肉とにんにくの匂いに気付くと風上に目を向けた。目視では確認できないが、手元の作戦図にはその方向に支援車両の位置が記されていた。


「またあいつか・・・」

 連隊長の頭には、作戦前のブリーフィングで居眠りしていた支援部隊の車長が浮かんでいた。

 連隊長は気が短い。が、この日はなぜかいつものようにブチ切れることもなく、にやりと笑った。


「そのツラはもう見ないで済みそうだな・・・」


 連隊長は独り言ちに呟くと、ジープに乗り込み指揮所に戻って行った。





 演習が終わった翌日に、ジンギスカンを囲んだ3名の隊員は、中隊長室に呼ばれていた。


「貴様等がなんで呼ばれたか解るか?」


 地獄から捻り出したような低い声で中隊長は云った。額には青筋が浮かんでいる。


「えー・・・なんのことでしょうか・・・」

「惚けるなこのクソったれ共が!」


中隊長は怒声を浴びせた。


「連隊長から直々に、俺に苦情の電話が来たぞ!特に小島!貴様作戦前にブリーフィングで居眠りこいて、陣地では状況中にジンギスカンを食い、無線の調子が悪いとほざいて支援要請をほったらかして後退しやがって!」


中隊長は机をバンバン叩きながら捲したてた。


「はあ・・・」


 小島と呼ばれたその男は、頭をかきながらぼんやりとした口調で応えた。 


「昼行灯」と中隊で陰口を叩かれるこの男は、いつもこんな薄ぼんやりとした態度だ。これで仕事が出来なければ処分なりどうにかしようもあるのに・・・運がいいのか支援要請をほったらかした直後に防御陣地は攻撃を受け、結果だけ見れば損害回避と見えなくもないし、その後の損害車両の回収は出来ているのでそこだけ評価すれば及第点である。

 中隊長が他の2人を見ると、バツが悪そうな表情をさているのに、小島だけは表情も変えずに居るのを見て、中隊長は半ば諦めた表情で言った。


「小島ァ・・・」

「・・・はい」


中隊長は小島の薄ぼんやりとした態度にため息をつきながら言った。


「お前だけ残れ、他は帰って良し」




 中隊長は残り2人を帰らせると真顔になり、静かに口を開いた。


「連隊長殿はな、お前のその態度に前々から呆れていたらしく、演習前からお前を飛ばす気だったんだぞ?」


「はぁ・・・」


「先週電話でお前を名指しで異動させたいと言ってきた・・・左遷だよ・・・日曜だったから多分何某かの伝手で異動枠が来たんだろうがな」


「あー・・・それは冗談ではなさそうですね・・・」


 中隊長は振り返って窓から外を眺めながら話を続けた。


「俺はお前が少し態度を改めればうちの中堅クラスとしてもう少し活躍してほしかったんだが・・・これではもう庇うのも難しい。今日の仕事が終わったら代休取れ。不定期異動だし準備が必要だろう?」


 小島は目を丸くした。不定期異動なんてよほどのことがなければされないのに・・・だがこの状況では受け入れる他はない。


「・・・わかりました・・・それで異動先はどちらになるのですか?」


 中隊長は振り返って答えた


「富士の実験団だ。自宅に帰れないくらい忙しいそうなので無料官舎を充てがってくれるそうだ。細かい事は人事に聞け」


「・・・わかりました・・・」


 小島が中隊長室を出ると、中隊長は連隊長に電話をかけた。異動を了承した旨を報告し、電話を切ると机上のパソコンに業務連絡が来ていることに気が付くいた。


 メールを見た中隊長は眉を顰めた。


「次期配属の新隊員の増員について」


 中隊の次期配属予定の新隊員が3倍になるという異例の通達だった・・・


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