-牢獄-
「何が、起こってるの……」
「…さあな(…『来た』か。)。…おっと。まだ名乗ってなかったな。
俺はタクトだ」
「…あ、わ、私はイリアです」
「私はヒナよ」
内心で意識を切り替えつつ名乗る。すると、二人の少女も名乗ってくれた。
「…あ、所で二人は《ウィンドアクセル》は使えるのか?」
「アタシは大丈夫だけど…」
「…すみません」
イリアさんは、申し訳なさそうにしていた。…ふむ-。
俺は《モノクル》に意識を集中させ、《最適解》を求めた。
「(-…なるほど。)
それなら、《ウィンドギフト・アクセル》を使おう」
「…それって、《フュージョンランク》なんじゃあ……」
「…ホントに、《一ツ星》なの?」
俺の提案に二人は、ぽかんとした。
「(…うーんと-)まぁ、『覚えてた』のかもな?…さ、そんな事よりとっとと行こうっ!」
「…っ!」
「…は、はいっ!」
二人は意識を切り替え、入口の方を向いた。
「《ウィンドアクセル》っ!」
「《ウィンドアクセル》っ!《ウィンドギフト・アクセル》っ!」
次の瞬間。俺達は勢い良く駆け出した。
「大丈夫か、イリアさん」
「な、なんとかっ!」
「きつくなったら言ってくれ」
「は、はい」
「…それにしても、なんで『夜型』のモンスターが……」
…そこなんだよな。
俺も考えてみるが、答えは導けなかった。
「…急に『暗く』なったのと、関係あるんでしょうか?」
「…まさか『勘違い』したとかは、無いわよね?」
…うーん。『あれ』は来なかったはずだ…。
後ろで聞きながら、俺は思考を巡らせた。
-この世界では、元の世界と同様に『カラス』が夜の訪れを告げるのだ。…ただ、元の世界と違うのは、『それは』とても巨大であり、文字通り『夜を告げる』という点だ。…そう。異世界転移初日に出会い『協力関係』を結んだ《ミリュー氏》はその《カラス》…《夜を告げるカラス》の意味を持つ《ラニュイクロウ》の《一族》の方だったのだ。
…話しを戻そう。つまり、彼ら《ラニュイクロウ》の鳴き声が聞こえなかった時点で、『夜』になったとは考えにくいのだ。
「-…今は脱出に専念しよう」
「…そうするしか、無いか……」
「……」
…ただなぁー、なんか『おかしい』んだよなー。……ん?
ふと右方向に気配を感じ、《サーチ》を発動させた。
「-んなっ!?」
「っ!?な、何っ!?」
「ど、どうかしたんですかっ!?」
思わず出た素っ頓狂な声で、二人をビクッとさせてしまった。
「…す、すまない……。
-あまりにも『ありあえない事』が、迫ってるもんで」
「…へ?」
「…そ、それはどういう事ですか?」
「それは-」
俺が『差し迫っているトラブル』の事を話そうとした、まさにその瞬間。
「-ぅわぁぁーーーーっ!?」
右側から悲鳴が聞こえて来た。…しかも、どんどんこちらに近付いているようだった。
「『あれ』ですよ…」
「…っ…最悪……」
「……」
一方は小さな舌打ちをし、もう一方は言葉を失った。…仕方ない。《使う》か。
俺は腹を括り、再度右側を見た。
「-っ!?」
直後。高そうな冒険者風の衣服を身を包んだ、薄紫の髪の俺達と同い年くらいの青年はこちらに気付き、『しまった』という顔をした。
「…な……」
…マジかよ……。
ヒナと俺は、絶句した。
-…彼の後ろから、低い羽音を響かせる数匹の《蜂》が迫って来ていたからだ。
「-《ブラッディホーネット》…」
直径一メートル近い深紅の《それ》を見たイリアさんも、一筋の冷汗を流しながらそう呟いた。
-……。…『刺された者は、数時間で失血死する。理由は、口や鼻から出血が止まらなくから-』…って、マジかっ!?
…で、今の《星(レベル)》で出来るのは……-。
瞬時に情報を《閲覧》した俺は、打開策を求めた。
「ーす、すみませんっ!」
そして、数秒後には彼と俺達は一緒になって逃げていた。…しかし、見た目と違ってまともな性格をしているな。
「ああ、もうっ!アンタのせいで、私達も『タゲ』にされたじゃないっ!どうしてくれんのよっ!?」
すると、この理不尽な状況にカチンと来たのか、ヒナは激しい非難を返した。
「ご免なさいっ!」
「-《ブラインドカーズ》」
しょーもないやり取りが繰り広げられる中、俺は《ブラッディホーネット》の群れに右手を向け、言葉を紡いだ。
すると、《濃紺のガス》が右手から吹き出し、俺達を追っていた群れを包んだ。
『……っ!?』
するとガスの向こうで、複数の『激突音』が聞こえて来た。
「…す、凄い……」
「…《カーズスタイル》まで……」
《ブラッディホーネット》の襲撃が止まったのを見たヒナさんは、ポツリと呟いた。…あ、やっぱり同じ会場に居たんだな。
-…って、なにサラっと加わってんのよっ!?この疫病神っ!」
「…ほ、本当にご免なさい……」
『-……』
またしても、ヒナと少年がしょーもないやり取りを始めた矢先、再び低い羽音が聞こえて来た。…それも、左右から。
「…?…どうしたんですか?」
「…ああ、もうっ!?」
彼が不安がる横で、ヒナは悪態を付いた。ー…なるほど、『一度狙った標的は、全軍で追いかける』のか…。…厄介極まり無いなっ!?
《追加情報》を見ながら、俺は両手を右と左に向ける。
「《ワイドブラインドカーズ》」
両手から吹き出した《濃紺のガス》は、俺達の両側に拡散した。
「凄い…。とても、同じ《一ツ星》とは-」
《ブラッディホーネット》達が見当違いの方向にぶつかって行くのを見た彼は、ぽつりと呟き-。
『-……』
「-な……」
右前方・左前方と上空から迫る三つの『大群』を見て、言葉を失った。
「…誰か……」
「…ああ」
「……ぁ…」
今までのは、『囮』か…。…仕方ない、《これ》の出番だな。
三人が絶望に染まる中、俺は即座に《袋》へ手を突っ込んだ。
『-……』
「(-…来た。…これは、《グレネード》か?…まぁ良い)
《ウィンドブレーキ》っ!」
「「「-っ!?」」」
「《ノーマルパワー》。
-せいっ!」
《減速》させられた事に三人が驚く中、俺は手にした《それら》を大群に向かって《力一杯》投げつけた。
当然だが、《大群》はお構いなしに突撃し、それをいとも容易く破壊し-。
「-大きく息を吸い、目を閉じ十カウント息を止めろっ!」
そのタイミングで、俺は大声で指示を出した。
「「「っ!?……-」」」
三人は一瞬戸惑うが、すぐに言う通りにした。
直後、砕かれた『大きなボール』から大量の《青い煙》が漏れ出し、俺達と大群を包み込んだ。
-十、九、八、七、六、五、四、三、二、一。
そしてちょうど十秒で《煙》は消え、俺は目を開けた。…おお。
「-…へ?」
「…嘘……」
「……な」
三人も、目の前の光景に唖然としていた。…それもそのはず。
俺達達に迫っていた《大群》は、一斉に墜落して行ったのだ。…良い効果だ。
俺はその光景を、ニヤリとしながら見ていた。
「…スリープタイプの《カーズボム》」
「…ああ。
ー『備えあれば、オールオッケー』とは、この事だね」
「…良く、持ってたわね?」
ヒナさんの言葉には、疑惑が含まれていた…まぁ、そうなるよな。
「…でも、おかげで助かりました」
「…そうですね」
…助かった。…あ、だけど-。
「-って、元々はアンタのせいでしょうがっ!?」
我慢の限界を迎えたヒナは、彼の頭を思いっ切り叩いた。
「-あだっ!?す、すみませんっ!」
頭を押さえた彼は、ヒナを睨み付けた。…やれやれ。……あれ?
飽きれながらそれを見ていた俺は、入口付近に『あるもの』が出来ている事に気付いた。
「-タクトさん?」
「…?どうし…えっ!?」
「-…もしかして、僕達はかなり厄介な事に巻き込まれているんじゃないですか?」
ヒナは混乱するが、彼は一旦間を置いてから納得した。…あれ?ヒナは予想通りだが、彼も意外と判断力があるな……。…いや、さっきまでパニックになってたからか?
「…どうなってるの?」
彼の評価を改めていると、ヒナが困惑した様子で聞いて来た。
「…さてな。
-なぁ、なんでこんな所に立ち止まっているんだ?」
俺はとりあえず、入口付近に出来ていた『人だかり』の一人に声を掛けた。
「-…あれを見ろ」
「「「…っ!?」」」
すると声を掛けた少年は、入口の方を指差した。…そこには、数人の冒険者が倒れていた。…っ。…まさか-。
即座に入口を凝視すると、《モノクル》には灰色の《鉄格子》が表示されるだけだった。…名前が表示されないって事は……。…《これ》は普通の《檻》じゃ無いって事だ。
「…なにか特殊な《結界》があるせいで、出られないんだ……」
どうやら彼等も、その事に気付いていたようだ。
「…つまり、あそこで倒れているのは《それ》に触れた人達って事か……。…ってか、彼等は大丈夫なのか?」
俺の問いに、少年は頷く。
「…今の所は」
…これは、どう考えても俺の手に余る事態だ。…どうする?
『-う、うわーーっ!?』
頭を抱えたその時。不意に前方から、複数人の悲鳴が聞こえた来た。
「…な……」
「「「……ぁ……」」」
…まずいな。
俺達は、そこで起き始めた光景に愕然とするのだった-。
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