-悪夢の始まり-


 -……あれか。…てか、これで『小規模』ってマジかよ……

 目的地の前に到着した俺は、途端に圧倒される。何故なら、そこには見るからに広大な森だったのだ。

「-ウォンッ!」

 唖然としていると、どこかから犬の鳴き声が聞こえた。…なんか、見た目はゴールデンレトリーバーっぽいな。

 そちらを見ると、近くにある小屋の前に黒い大型犬が居た。多分あの犬は《番犬》のなのだろう。



 「-…おおっ!いらっしゃいっ!」


 《魔獣》を観察していると、小屋からキャップ帽を被ったマッチョな男性が現れ、手を振って来てくれた。


 「こんにちはっ!冒険者のタクトと申しますっ!」


 「…ん?…ああ、君が……」


 …どうやら、噂はかなり広まっているみたいだな。


 「…おっと、自己紹介がまだだったな。


 俺はダン。このイスト森林の《守狩人(ガードマン)》をしている者だ」


 ダンさんは、ニカッと笑いながら右手を差し出して来た。



 「ウォッフッ!」


 ダンさんと握手を交わすと、黒い大型犬がアピールをしてきた。


 「…わーってるよ。


 コイツは俺の相棒-《ダイバードック》のシャルだ」



 「よろしく、シャル」


 膝を付き、シャルの目を覗きこみながら挨拶をした。


 「ウォッフッ!」


 「……」


 やり取りを見ていたダンさんは、俺を見てきた。



 「…あの?」


 「…いや、なんでもない。


 シャル、頼む」


 「ウォッフッ!」


 …気になるな……。……ん?



 シャルは俺の匂いを覚えようとしたのか、とてとてと近付いて来るが…-。


 「-……」


 何故か、脚ではなく足元に頭を落とした。


 -……。へぇ。


 気になったので《モノクル》で見ると、面白い情報が載っていた。



 「ウォッフッ!」


 …面白い《能力》だなぁ。


 「…なんだ、知ってたのか」


 …何故か、ダンさんは残念そうだった。



 「…いえ、『見た事』はないので是非見てみたいです」


 「……。


 …それじゃあ、是非見て貰おうか」


 俺の好奇心に、ダンさんはまた少しだけこちらを見て、ニカッと笑った。



 「そうだな……。


 -お前さん、《ウィンドアクセル》は使えるか?」


 「…?ええ」


 俺が頷くと、ダンさんは右の方向を指差した。



 「…そんじゃあ、《アクセル》で向こうまで行ってみてくれ」


 「分かりました。


 -《アクセル》っ!」


 俺は言われた通り、一気に駆け出した。



 「-ウォンッ!」


 …っ。気配が消え-。


 直後。シャルは鳴き声と共にその場から消えたようだ。


 -…おお。…ホントに《潜って》るんだ~。


 ふと、足元にシャルの気配を感じそちらに意識を向けた。



 「-ウォンッ!」


 すると、足元の影から黒い《縄》が飛び出し、瞬時に犬へと変わっていった。そして、少し先の地点に降り立った。


 「…《ブレーキ》」


 俺はスピードを落とし、シャルの前で止まった。



 …すっげーな。


 「-凄いだろう?」


 「-っ。…ええ」


 いつの間にか隣に立っていたダンさんに若干驚きつつ、俺はシャルを見た。



 「ウォッフッ!」


 どことなく誇らしげに、シャルは吠えた。


 「…さて、それじゃあ《クエストペーパー》を見せてくれるかな?」


 「分かりました…-」


 俺は、財布から《クエストペーパー》を取り出し、ダンさんに渡した。



 「-…ふむ。…えーっと……-」


 ダンさんは内容をさっと見た後、胸ポケットやらズボンのポケットに手を突っ込み始めた。


 「…ウォッフ」


 それを見たシャルは、どことなく呆れながら自分の足元の影に口を突っ込んだ。



 すると、ダンさんの被っている帽子の右側の小さなポケットが、カパッと開いた。


 「…ああ、そうだ……。


 いっつも『ここ』に入れているんだった…」


 ダンさんは気まずそうに苦笑いしながら帽子を取り、そのポケットに手を突っ込み、中から《印鑑》を取り出した。



 …しっかりした《相棒》-と言うか、保護者だな。


 「-…良し。


 はい。これで森に入れるよ」


 ダンさんは《印鑑》を捺し、《クエストペーパー》をこちらに返した。


 「…しっかりした《システム》ですね」


 「ああ。…これのおかげで、今まで起きていた『不慮の事故』や無くなったからな」


 ダンさんは、物悲しい目で語った。



 「……」


 「-っと。いけないいけない。


 …さ、頑張って来な。『入口』は、そこだ」


 「…はいっ!」


 俺は力強く頷き、ダンさんの指差す方に向かってまっすぐ歩き出した。



 …いい人だったな。…っと。


『入口』の目の前まで来たので、意識を切り替えた。


 -…うっし。


 意を決し、イスト森林に足を踏み入れた。




 -…あれ?そんなに薄暗くは無いな……。


 森の中は大木が大量に生えている割には、周囲がしっかりと見渡せた。


 …あ。…『あれ』か。


 上を見ていると、直ぐに答えが見つかった。薄山吹の光を放つキノコが、まるで照明のように上から大量にぶら下がっていたのだ。


 …面白い生態のキノコだなぁ。-…《ライトマッシュルーム》って言うのか。


『-ウォンッ!』


 森の奥にどんどん進んでいると、シャルの鳴き声が微かに聞こえて来た。おそらく、他の冒険者が来たのだろう。



 -そしてそこから、更に進む事数分。奥から漂う僅かな《魔力》を、肌に感じ始めた。


 …あそこか。


 周囲を確認しながら、そこに近付くいて行く。


 ……っと。…おお。


 身体の半分程ある草を掻き分け、中心部分に入った。…そこは、木漏れ日が差し込む緑の広場だった。



 「(…さて。)《ノーマルサーチ》」


 俺は早速、《探索》を始めた。


 -…見っけ。…さて、問題はこの後『何』が起きるかだ……。


 一抹の不安を抱きながら、俺は薬草の採取を始めるのだった-。




 -それから


 「(-…これでよし。)


 《キャンセル》」


 指定された数を集めたので、俺は《サーチ》を切って立ち上がった。


 …さて、さっさと戻る-。



 「-あ、ここがそうみたいね…っ」


 「……」


 振り返えると、金の髪の気の強そうな少女と水色の髪の賢こそうな少女の二人が、こちらをじっと見ていた。


 …ひょっとして、さっきのギャラリーに居たのかな?…まぁ、とりあえず-。



 「「……」」


 軽く会釈をするが、二人の表情は固った。


 「(…気まずい。…はぁ。)


 …俺はもう終わったんで、失礼しますね?」


 俺は肩を落とし、なるべくゆっくりと少女達の方に向かった。



 「「……」」


 二人の少女は、何故か呆気に取られていた。


 …どういう風に見られていたんだ?


 ますます気が重なっていると、ふと足元の影が揺れた。


 …あれ?これって-。



 「…な、なに?」


 「…これって、あの《シャル》君の……。…でも、これの説明は無かったよね?」


 二人は、突然の現象に不安を覚えた。


 -っ!?


 …と、そんな中不意に視界の縁がクリーム色に染まり、辺りの景色が薄暗くなった。



 …これは、《幻昴予視(ファントムビジョン)》…だったな。…にしても-


 昨日見た本の知識を思い出しつつ、俺は周囲を見渡す。


 「……?」


 「……-」


 俺の行動に、金の髪の少女は訝しげにし、水色の髪の少女は《サーチ》を始めた。



 …あ。よくよく考えたら、ちょっと不自然だったな……。…って、おいおい……。


 「…っ!?」


 「…空が……」


『しまった』と思った直後。差し込んでいた太陽の光は一瞬で消え、代わりに月明かりが差し込み始めた。


 …まずいぞ。『夜』になっ-。



 焦り始めた矢先、俺は二人の少女に向かって走り出す。


 「「…え?」」


 少女達は突然の事に唖然としてしまうが、俺はお構いなしに《風聖粒子(ウィンドオーラ)》を手に収束させ、言葉を紡ぐ。


 「《ウィンドバレット》っ!」


 そのまま二人-の背後に向けて、風の《弾丸》を撃ち出した





 「-キシャーッ!?」


 《弾丸》は二人の間をすり抜け、その背後に忍び寄っていた大きな《ムカデ》に命中した。


 「…なっ!?」


 「嘘…」


 二人は、即座に後ろを振り返り驚愕した。



 -……。…なるほど、ここのモンスターって《サイレントタイプ》が多めなんだな……。


 「っ!ありがとうございます…」


 直後に来た《モノクル》の情報に引いていると、水色の髪の少女が頭を下げて来た。


 「…なんで、『分かった』の?」


 …一方、金の髪の少女は答えに困る質問をぶつけて来た。



 「…ちょ、ヒナ…」


 「…さあな。…多分『記憶を失う前』からそういう『スキル』を持っていたんだろう」

「…え?」

「……嘘。……あ、ごめんなさい」

 水色の髪の少女は驚き、金の髪の少女は非常に申し訳なさそうにした。

「気にしなくて良いよ。…それより、直ぐに此処を出よう」

「…あ。どうもありがとう」

「あ、ありがとうございました-」

『-うわー-っ!?』

 直後、入り口から木霊する絶叫によって掻き消された。


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