まるで別人のような姉妹と別世界の空間
「-お飲み物はいかがですか?」
走り始めて数分、使用人の人が聞いて来た。
「ああ」
「お願いします」
「かしこまりました」
男性使用人は頷き、傍の肘掛けを引く。すると、そこは《冷蔵庫》になっていて様々なビンに入った飲料がずらりと並んでいた。 …マジでリムジンだなぁ~。
男性使用人は手早く飲料の一本を取りだし、音もなく冷蔵庫を閉め肘掛けを上に開いてグラスと栓抜きを取りだし、ビンの蓋を外して中身をグラスに注いでいった。所作の一つ一つに品があるな…。……見た目からして、炭酸系かな?
シュワシュワと泡立つ飲料の入ったグラスを見ていると、男性使用人はそれをそれぞれのソファーの右わきの穴に収めた。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
「ありがとう」
「ありがとうございます。……-」
口の中に一口含むと、品のある甘みと爽快感が口の中に広った。…うわー、これ絶対『時価』なヤツだー……。
俺は直ぐに、そっとグラスを穴に置いた。
「……。お口に合いませんでしたか?」
それを見た男性使用人は、表情を曇らせた。なので俺は首を振り、笑顔で答える。
「…ああ。いや……。
せっかくの機会ですので、味わって飲もうと思いまして……」
「……。左様ですか」
こちらが照れ笑いすると、彼はホッとした様子だった。
…多分、きつく言われてるんだろうなー。『失礼の無いように』って……。
『ブルフフ…』
と、その時。外から《馬》の声が聞こえた。
「…失礼致します」
男性使用人は断りを入れてからそっと立ち上がり、ドアの前に移動した。
着いたのか?…あ-。
窓から外を見ると、そこには見慣れた-いや、別人のような出で立ちの二人の女性が立っていた。
「…ありがとう。
…へぇ。似合っているじゃないか」
気付けばドアは開かれ、いくつもの勲章らしき物が付いた白い軍服のような姿の女性-ニーナさんが乗り込んでいて、にこやかな挨拶をして来た。
「…どういたしまして」
「…選んだのは、専任スタッフかな?」
ニーナさんは俺の右隣に座りつつ、ドミニクさんに問う。
「…それ、俺にセンスが無いって言ってますよね?」
「…そんな事は無いよ」
ニーナさんは少し遅れて、笑顔で誤魔化した。
「…はぁ。
-…選んだのはタクトですよ」
「……」
ニーナさんは、驚いた顔をこちらに向けた。
「…いや、あの……。
…最初はお任せしようと思ったんですけど、なんか『こっちの方が良い』気がしたので……」「……。…なるほど、センスとかの直感的な資質は身体が覚えていると聞いた事があるな」
頬をかきながら言うと、ニーナさんは笑みを浮かべてそう分析した。
「-…さ、シオンお嬢様」
「…ありがとう、クレア」
…と、その時。青の気品溢れるワンピースに白のボレロといった出で立ちのシオンさんが、恐縮しながらキャビンに入って来た。
「こんばんは。シオンお嬢様」
ニーナさんの横に座ったタイミングで、ドミニクさんはシオンさんに会釈をする。
「…は、はいっ!こんば-」
シオンさんは、こちらを見て固まった。…なんだ?
「…フフ」
「…では、出発致します」
何故かニーナさんは面白そうに笑い、メイドさんも微笑みながら御者台に向かった。
「…あの?」
「-っ!?ひゃ、ひゃいっ!」
俺の呼び掛けにシオンさんはビクッとして、めっちゃ緊張しながら応えた。
「……」
そして、なんでドミニクさんは『珍しいな』的な表情をした。…なんだ?
「…時にタクト。私達の格好について何か感想は無いのかな?」
「…っ」
「(唐突だな…。)うーん…-」
急に振られたが、直ぐに二人の装いを少しの間見つめた。
「…えっと。ニーナさんは、今朝以上にとても凛々しいと思います。…-」
あまりそういう表現が得意では無いので、一言で纏めた後、今度はシオンさんの感想に移る。
「……」
「…一瞬、誰か分からなかったですよ。それくらい、とても似合って-。
-とても似合っておいでですよ?シオンお嬢様」
ふとシオンさんに視線を向け、微笑みながら敬語で感想を述べた。
「…っ!?」
「……っ」
「…だろうね」
シオンさんは再度固まり、ドミニクさんは唖然とし、ニーナさんはどや顔をした。
「…間もなく、到着致します」
そんななんとも言えない空気の中、馬車は目的地に着いた-。
-…デカッ。さすが『公爵』の邸宅だなぁ。
大きな屋敷が建ち並ぶ、『貴族街』の中央にその屋敷はあった。その第一印象は、『美しい芸術品』だった。ただ大きいだけではなく、細部のディティールが凝っており、庭園は絢爛豪華と言うより気高い印象を与える品格のある物だった。
「…お嬢様、お手を」
馬車はゆっくりと止まり、外からドアが開かれた。すると、男性使用人がスッと立ち上がり、シオンさんに右手を差し出した。
「…ありがとう」
恐縮しながら手を掴んでシオンさんは席を立ち、ゆっくりと降りて行った。…するとそこには-。
「「-お帰りなさいませ。ニーナお嬢様。シオンお嬢様」」
玄関の前には、メイドさんと男性使用人数人が深々と礼をしていた。
「ああ。ただいま」
「ただいま、皆っ!」
そして二人の使用人の手によってに扉は開かれ-。
『お帰りなさいませ。ニーナお嬢様、シオンお嬢様』
玄関前で使用人達が左右に分かれ、一斉にお辞儀をして出迎えてくれた。
『そして、ようこそお越しくださいました。ドミニク様。タクト様』
一度頭を上げた使用人達は、再度深いお辞儀をしてきた。…すっげー。
「ただいま。皆」
「…ただいまっ!」
ニーナさんは優雅に応じ、シオンさんは涙を浮かべて手を振った。余程、再会出来たのが嬉しいのだろう。
「…久しぶり」
「…宜しくお願いします」
ドミニクさんに続いて、俺も軽く頭を下げた。
「…それでは、ご案内致します」
そしてクレアさんが前を向き、静かに歩き出した。…中も綺麗だなぁ~。…けど、大貴族の邸宅って言う割には高価な置物は絵画ぐらいだし、絨毯はどちらかというと地味な色合いだ。…それに、殆どの部屋に『名前』が入っている。
-そんな事を考えながら、突き当たりの見えない長い廊下を歩くこと数十分。
大きな玄関のドアより少し小さな、これまた優雅な装飾が施された両開きのドアの前に辿り着いた。
「こちらが食堂となります。
…旦那様、奥方様。お嬢様方とお客様をお連れいたしました」
『ああ』
『入って貰って』
彼女がドアを脇に向かって話すと、声が帰って来た。…インターフォンか。
「…どうぞ、お入り下さい」
そして彼女は、その扉をゆっくり開けた。…うわー。
その中からは、とてつもなく美しい《シャンデリア》の白い光が溢れだし、俺達を包み込んだ。
「-お帰りなさい。愛する娘達よ」
「ただいま帰りました。お父様」
「…ただいま帰りましたっ!お父様っ!」
その言葉に、ニーナさんは一礼してから応え、シオンさんは元気に応えた。
「そして、ドミニクにタクト君。よく来てくれましたね」
その人物-恰幅のいい出で立ちに白髪混じり、年期の入った軍服を着た壮年は立ち上がり、やや早足でこちらに向かって来た。
「お招き頂き、誠にありがとうございます。アクウェル団長」
「…誠にありがとうございます。『公爵閣下』」
ドミニクさんと俺は、速攻で深いお辞儀をした。
「はは、どういたしまし……っ」
…なんか、めっちゃ見られているんだが……。
アクウェル公爵は、何故か俺に視線を注いだ。
「…ゲイル。そんなに凝視したら、タクトさんが余計に緊張してしまうわ」
と、その時。ケイト夫人が近付いて来て、助け船を出してくれた。
「…おっと……。すまないね、昔の友人に似ていたものだから」
「…そうでしたか(そんな感じにには見えなかったな…。…なんというか、『二度と会えないと思っていた人』を見たような……)」
「…さて、立ち話もなんだから席に移動しよう。ドミニクとタクト君は私について来て下さい」
「貴女達は、こっちですよ」
『はい』
…あ、席が決まってるんだ。…って-。
テーブルには、それぞれの名前が書かれた横長のネームプレートが有った。だが、直ぐにそこがとんでもない席だと気付いた。
「…さ、掛けてくれ」
テーブルの端の、ワンランク高そうな椅子に腰掛けたアクウェル公爵は、丁寧な所作で促した。
「…はい(なんで、右側なんだ…)」
「どうぞ、タクト様」
冷汗を流しながら頷くと、先程の男性使用人が現れ席を引いてくれた。
「ありがとうございます…」
「「……」」
ドミニクさんとシオンさんは、同情の目を向けて来た。
「…タクト君」
「…はい?…っ」
席に着くと、アクウェル公爵が頭を下げた。
「…娘を助けてくれて、本当にありがとう」
「そんな、とんでもない…。それに、私は『手伝った』だけですので…」
俺は焦りながら、首と手を振った。
「…それでもだ。
-さ、それでは夕食の時間にするとしよう」
アクウェル公爵は感心した表情になり、それから笑顔で手元のスイッチを押した。
「-失礼致します」
するとドアが大きく開かれ、複数のカートが入って来た。うわー、美味そう~。
漂う匂いに、いつのまにか緊張が薄れ涎が出そうになる俺だった-
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