まるで想像がつかない忍び寄る大難


現場に戻るとそこにはオレンジの幌の馬車が二台ほど停車していた。その内の一台には、《彼ら》のモノとは違う《拘束》が施された賊達が次々と担ぎ込まれていっていた。…キャパは大丈夫なのか?…いや、良く考えたら旅馬車の客車も外見より明らかに広かったし、《空間拡張》でもされているんだろ。



「ーっ!アクウェル隊長!」


 すると、一人の騎士がこちらに気付き駆け寄って来て、ビシッと敬礼をした。


 ニーナさんは馬を止め、地面に降りて敬礼を返す。


「ご苦労様。…で、状況は?」


「ハッ!護送の準備は八割、救護活動は完了。乗務員への任意の事情聴取はこれから行うところです」


「なるほど。…ちょうど良いタイミングだな。では、私達も参加するとしよう」


「ハッ!話しを通しておきます!」


 話しが早いな。…それに、騎士達も直ぐに作業に戻った。普通は、俺たちの事を問い質してきそうなもんだが。力を鍛える訓練だけでなく、全体できちんと情報を共有する訓練を積んでなきゃ出来ない芸当だ。


 そんな事を考えながら、アクウェルさんの後に続いた。そして、もう一台のオレンジの幌馬車に着くと乗り口に立っていた人の良さそうな男性騎士がこちらに気付き、手を上げた。


「お疲れ様です、アクウェル隊長。…っ!良かった。シオン嬢も無事だったんだ……」


「お疲れ、ドミニク」


「…あ、お久しぶりですドミニクさん。ご心配をお掛けしました…」


 …どうやら、このドミニクさんも知り合いのようだ。


「…そして、そちらの二人がシオン嬢を含めた馬車の全員を救ってくれた方々ですね?」


 ほっとした様子のドミニクさんは、キリッとした表情になり確認してきた。


「ああ」


「…本当にありがとうございます。


 あ、申し遅れました。私は、王国騎士団上級騎士のドミニク=アルエと申します」


 敬礼しながら名乗るアルエさん。しかし、やはり目線は僅かにこちらの髪を見ていた。


「どうも、ジーンだ。こっちは、俺の仲間だ」


「どうも」


「宜しくお願いします。申し訳ありません。どうぞお入り下さい」


 しかし、アルエさんは直ぐに冷静になり乗り口を開けた。


「ありがとう。…シオンは、此処で待っていなさい」


「はい、姉さん」


 そこで一旦シオン嬢と別れて、アクウェルさんに続き中に入った。


「ーお疲れ様です。アクウェル隊長」


「お疲れ様。…そちらが乗務員さんかな?


 初めまして、私はー」


 客車の中央には、二人の女性騎士と先程の乗務員が居た。するとアクウェルさんは、お辞儀をし名を名乗った。


「ーっ!貴女が『あの』…。お会い出来て光栄です、アクウェル様。…そして、貴方は先程の……。えっとー」


「ージーンだ」


「…ジーン様、とおっしゃるのですね。ジーン様、先程は助けて頂きありがとうございました」


「どういたしまして」


「…さて、それでは事件が起こった状況を説明して貰えるかな?」


「はい-」


 乗務員は頷き、静かに話し始めた。



 -事の発端は、今から一時間前まで遡る。


 この馬車はいつものように街に向かっていたのだが、その道中、いきなり茂みから複数の賊達ーそれも近頃巷を騒がせている盗賊団のメンバーに包囲されてしまったのだ。


 彼女は直ぐに、同乗している警護の冒険者に声を掛けた。


 そして、二つある冒険者チームの片方が飛び出し応戦を始めたのだが…。…直後、客車の中に異常が発生した。この馬車は『富裕層』向けだそうで、《空間拡張》のアイテムが使われているのだが、その魔法が、突如脱出不可能の『牢獄』へと変質していった。


 しかし、完全に変質する直前でシオンさんは咄嗟にアイテムを使い、それに乗って勢い良く御者台から外に飛び出した。すると、外から怒号が聞こえ誰かが追い掛けた。彼女はシオンさんの勇気に感謝しつつ、乗客を一ヶ所に集め《結界》のアイテムを発動した。…だが直後、更なる異常事態が襲った。なんと、突如数人の乗客が賊となって襲ってきたのだ。


 しかし、中に待機していた護衛の冒険者チームに直ぐに取り押さえられた。だが、次の瞬間、最も恐ろしい事が起きた。



「ーっ!冒険者達が《操られた》だと……?」


「「……っ…」」


 聞きに徹していたアクウェルさんは思わず声を出し、二人の騎士はただ唖然とするばかりだった。


「……」


 一方ミリュー氏は、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。…この感じは、《禁忌》か?


「…はい。あの時は流石に絶望し掛けました。けれども、勇敢なお嬢さんの思いを無駄にしない為にも、何とか《結界》の維持に務めました。…それから、なんとか一時間耐えたその時ー」


「ー俺が現れたって訳だ」


「…なるほど。ここからは、貴方に聞いた方が良さそうだ」


「分かった。……そうだな。あんたの妹御を助けた辺りから話そうー」


 アクウェルさんの要請に、ミリュー氏は一瞬間を置きそれから話し始めた。…あー、なるほど。あれも《仮面》の能力だな。…しかし、何で使い方を知っているんだろうね?


「ー…っ!《空間系統》のアイテムが三つも…。しかも、得体の知れない笛……。現物は?」


「あ、『これ』です」


 女性騎士は、小さな水晶の玉を取り出して幌に向けた。すると、クリーム色の光が水晶から放たれ《枠》を形成していった。それから少しして、鮮明な《写真》が写し出された。…便利だな。


「……これは、《召魔の笛》っ!?」


 《写真》に写る、例の悪趣味なデザインの笛を見たアクウェルさんは仰天した。…あー、あの時頑丈た《嫌な予感》の正体ってそういう事だったのか?


「《召魔の笛》?聞いた感じだと、魔物を召還出来る笛のようだが……。…どうも、違うらしいな?」


 ふと、ミリュー氏は彼女に尋ねた。…多分知っているんだろうけど、俺の為に聞いてくれたのかな?


「……ええ。この笛は、吹く事でその地域に出現するモンスターを『上のランク』から、それも《属性粒子(エレメントオーラ)》が枯渇するまで出現させ続ける、《災害遺失物(ハザードレリック)》に指定されている危険な魔法具の一つなのです」


 …《レリック》、つまりは過去に滅んだ文明や国の代物って訳か。しかし、そんな危険なモノー。


「ー…そんな危険なアイテムが、何で盗賊の手に?こういうのは、国か『然るべき組織』が厳重に保管しているものではないのか?」


「…確かに、そういう品や人の手に余る代物を回収、管理する組織はあります。


 ですが『あの方々』の封印殿は場所も秘匿されていて、尚且つ厳重な警備と結界があります。


 ですから、そこから盗まれたとは考えられません」


 …『あの方々』。騎士を纏める立場の、それも結構良い所の出のこの人が最大の敬意を払う組織があるのか。…っと、それよりもなんだか雲行きが怪しくなってきたな。だってさ-。


「ー…て事は、同一時代の《遺跡(ロストダンジョン)》にあった品を『その人達』よりも先に回収した何者かが、魔法武器や特殊アイテムと共にそれを横流ししたって訳か。


 …どう考えても『嵐の前触れ』、だなぁ……。」


「…貴方も、そう思いますか。…本当は、あの娘の恩人であると同時に、『相当な訳がある』の貴方達にこんな事をお願いしたくはないのですが…ー」


「「ー良いよ(ですよ)」」


『こちら』の考えを聞いたアクウェルさんは、直後に土下座でもしそうな真剣な表情で『依頼』をしようするが、俺は先んじて返事をした。


「……はい?」


「「……」」


「良いよって言ったんだよ。俺もこいつも、急ぎの旅でも無いしなー」


 あっさりと即答された事に、関係者は当然だが乗務員までぽかんとしていた。だから、『俺』はもう一度告げた。そして、先程から聞こえていた外の騒がしさが収まったような気がしたのでミリュー氏に動作を頼もうとするが、流石…いや『やはり』というべきか、彼は自然な動作で乗り口のほうを向いた。


すると、近くに吊られているベルが鳴りアルエさんが中を覗いて来た。


「…どうした?」


「隊長、賊の護送終わりました」


「…そうか。では、これよりルシオンへ帰還する。それと、誰かに私の乗って来た馬を連れ帰るのを頼んでくれ」


「了解!全員、注目ー」


 アルエさんは敬礼し、外にいる騎士達に指示を出した。


「…では、ご協力ありがとうございました」


「あ、はい。失礼します。…本日は、本当にありがとうございました」


 乗務員は深々と頭を下げ、自分の運転する馬車に戻って行った。


「…では、続きは道中で。…さてと」


 アクウェルさんはそう言って、一旦乗り口に向かいシオンさんに乗るように声を掛けた。


 それから数分後、今居る馬車の馬が高らかに鳴き、ゆっくりと動き始めた。 

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