嫌な予兆しか感じない異世界の朝
まるでタネの分からない不思議な袋
ー翌日・騎士団寄宿舎
ー……んあ?……なんだ?
まどろみの中にいた俺は、ふと下からの物音で目を覚ました。…なんとなく気になったので、そのまま再度眠りに落ちるのをこらえ、借りているベッドから起き上がりこれまた借りた室内用の簡素な靴を履き、急遽用意して貰った空部屋から廊下に出た。そして、階下に繋がる階段に差し掛かったその時。階段手前のドアがそっと開いた。
「ー…ん?おお、確かタクトだったな。おはよう」
「あ、おはようございます。アルエさん」
「……。…っ」
出て来たのは、副隊長のドミニク=アルエさんだった。…アルエさんはまたこちらをじっと見た後、何かを思い付いた顔になる。
「俺の事は名前のドミニクで呼んでくれて良いよ。でないと、此処にいる他の弟妹達と混同しちまうからな」
…どういうつもりか分からないが、受け入れない理由はないかな。
突然の提案に少し考えるが、直ぐに頷く。
「……分かりました。…というか、ご弟妹も騎士団所属なんですね」
「ああ。…と、いけないいけない」
ニッコリと頷くドミニクさんは、ふとハッとした。どうやら、急ぎの用らしい。
「あ、引き留めてすみません」
「悪いな。じゃあ、また後で」
「はい」
俺との会話を終えたドミニクさんは、そそくさと階段を降りて行った。…なんだろう?
とりあえず、ゆっくりと階段を降りて行きやがて一階にたどり着いた。
『ー各班、状況を知らせ!』
すると、玄関の外からドミニクさんの号令が聞こえた。…もしかしてー。
確信に近い予想を立てつつ、近くの窓から建物前の広場を見た。そこには、予想通りの光景が広がっていた。
『第一班二十名、第二班二十名、担当及び遊撃三名。合計四十三名、集合完了しています!』
『第三班十九名、第四班二十名、担当及び遊撃三名。合計四十二名、集合完了しています!』
広場には大勢の兵士と《賢そうな》乳白色の中型犬二十匹、それと四羽の鳥が四つのグループに分かれておりその二グループの先頭にはアクウェルさんと同じ装備の騎士が立っていて、その隣にはやはり乳白色の大型犬と猛禽類っぽい鳥がお座りしていた。
そして、その騎士二人が報告を終えるとドミニクさんの正面に立つ、彼と似た雰囲気を持つ女性が最後の報告をする。
『午前当番八十六名、全員集合しています!』
『了解!総員、注目!』
ドミニクさんは再度号令を出して、それから横にずれた。そしてアクウェルさんが彼の立っていた場所に立つ。
『おはようございます。昨日は、本当にお疲れ様でした』
まず、挨拶と労いの言葉を掛けるアクウェルさん。…しかし、随分と丁寧なしゃべり方だな。隊長なんだし、もうちょい威厳のある口調でも問題ないと思うんだが?
『さて、本題に入りましょう。
以前より皆さんにお伝えしていましたが、本日夕方に騎士団長にしてヴェルナー州を治めるアクウェル公爵閣下が此処ルシオンに到着し、翌日より一週間視察を行います』
『……』
うわ、トップの視察とか超緊張するなー…。
『なので、本日より警戒シフトに移行します。…ですが、今回はマニュアルの一部を一時的に変更します』
『……』
その言葉で、警備隊は緊張した。恐らく、昨日の事件を受けての反応だろう。
『一つは、-不審人物や手掛かりを見つけても、報告のみに留め自己での対処や回収は絶対に控える-という事。
二つめは、-住人や《冒険者(コントラクター)》等の魔導士や旅の方にもそれをお願いする-という事です』
アクウェルさんは、強調して変更点を告げた。…ふむ、対処は俺とミリュー氏達がやる感じか?
『そして、対処や回収については昨日より我々に協力して頂いているジーン氏。それと、明後日日早朝に到着する-ブランロース-の方々が行います。あわせて、それも伝えて下さい』
『…』
すると、警備隊の面々はあからさまに安堵した。…《ブランロース》か。それが例の『特級遺物回収組織』なのかな?随分と、信用と信頼があるんだな。
『以上で、早朝ミーティングを終わります』
『では、各班見回りを開始せよ!』
『ハッ!』
ドミニクさんが最後の号令を出すと、まず二人騎士と大型犬と大型鳥が詰所を出て、その後に四つ班それぞれから中型犬と鳥含む十六名の隊員が綺麗な隊列のまま詰所の敷地を出て行き、残った人達は詰所に戻った。
もしかしたら、《異世界》ならではのマニュアルがあるのかも知れないに。…さてと、戻るか?
とりあえず目的は果たしたので、部屋に戻ろうとした。…が、そのタイミングでふとアクウェルさんがこちらに気付きニッコリしながら玄関に駆け寄って来た。
「やあ、おはようタクト」
「おはようございます、アクウェルさん」
「……、固いな。フレンドリーに、ニーナと呼んでくれて良いよ?あ、それと妹の事も特別に名前でしかも敬称無しで呼ぶ事を許可しよう」
アクウェル…いや、ニーナさんはドミニクさんと同じ事を言った。そして、何故か妹君…シオンさんも本人の知らない所でそういう事になった。
「(あ、この人かなりのシスコンだ。)…それは、とても名誉な事ですね。謹んでそうさせて貰いますよ、ニーナさん」
性格を察した俺は、やや仰々しい嬉しさを表現し彼女の名前を呼んだ。すると案の定、ニーナさんはより一層ニッコリした。
「…さて、実は今日はいろいろとやって貰わなきゃいけないんだけど……。…まあ、大半は日が高く昇ってからじゃなきゃ出来ないしまだ寝てても良いよ?」
「…そうですね。…いや、もしかしたら《連絡》が来るかも知れないので用事を始める時まで詰所に待機していても良いですか?」
「…っ!そりゃありがたいけど、大丈夫?」
ニーナさんは、心配そうな表情になった。…良い人だな。
ちょっと感動しつつ、笑顔で首を振るう。
「まだちょっと眠いですが、大丈夫です。それに、多分『寝れない』でしょう。
ー『こっち』での防衛のやり方が気になって」
「……変わってるね。…分かった。
ただし、民間人は作戦本部には入れられないから、応接室で待機して貰って合間をみて私が答えるよ」
「…え、忙しいようですし急がなくても良いですよ?」
さすがに申し訳ないので後でも構わないと言ったが、ニーナさんは微笑む。
「私がやりたくてやっているんだから気にしなくて良いよ。…それにこれは、『貴族の義務(ノブリスオブルージュ)』でもあるのよ」
「…『ノブリスオブルージュ』」
「この国も加盟している『ブランロース連盟』。その加盟国の全ての貴族には果たすべき義務があるの。その一つに『その家に名を連ねる者は、自身や領民そして大切な人物が恩を受けた際、その御礼を優先的に対応しなければならない』というものがあるわ」
「…なるほど(また、ブランロースの名前が…)。じゃあ、お言葉に甘えさせて貰います」
「ええ。…それじゃまずは、身だしなみを整えてきなさい。タクトに貸した部屋のタンスに、着替えが入っているから」
「(あ、服はサイズが合わないから良いとして、ブーツとローブはどうしよう?あの二つ、-普通-じゃないしな)…はい」
「…そういえば、あの剣や装備とかはタクトの私物?」
はっきりと表情に出てたのか、ニーナさんはちょっと答えにくい質問をしてきた。…どうしよー。
その時、モノクルは瞬時に『最適解』を写し出した。
「…全部、ジーンさんに貸してもらったものです」
「そうだったんだ…。…いや実はね、明日にはタクトの《装備》が届く予定なの。でね、タクトさえ良ければ使わなくなるであろう装備や武器を服と一緒に、こっちで処分しようと思ってたんだけど……。あの御仁の物だと、そうはいかないわね…」
「あ、大丈夫ですよ。『服以外は使わなくなる時が来たら、-袋-に戻してくれ』って言われてたので」
思案顔になるニーナさんに、先程浮かんだ『設定』を告げた。
「…そういえば、腰にぶら下げてわね。てっきり、ただの道具入れだと思ってたけどかなり特殊なマジックバックのようね…。…正直かなり気になるけど、彼の『制約』に関わる事だろうし我慢我慢……」
ニーナさんは、戒めるように呟いた。…よし、なんとかなったな。
「……ふう。それじゃあ、着替えたらあっちにある食堂で朝食を用意して貰ってるからそれを食べるように。そして、それが終わったら詰所の受付に声を掛けてね」
ほっとしていると、ニーナさんは右奥を指差しこの後の事を伝えてきた。
「はい」
「それじゃ、また後で」
「ありがとうございます」
詰所に向かうニーナさんを見送り、俺も部屋に戻った。
…さて、とっとと済ませよう。
部屋に戻った直後、まず部屋に置かれたカラーボックスに入れてある例の袋を右手で持ち左手でベッド脇に置かれたブーツを持ち、袋に近付ける。
「《キャンセル》」
先程のイメージと共に浮かんだ言葉を紡ぐと、ブーツは銀の粒子分解され袋に吸収された。…どういう仕組みだよ?…ホント、人目には気をつけないとな。
ため息を吐きつつ、壁に立て掛けた剣、タンスに入れたローブを次々と戻していった。…さて、後は。
その後、小さな洗面所で身だしなみを整え、タンスに入っていた恐らくおろしたての良質な白シャツに青のベスト、濃紺のデニム生地のズボンにベージュの革ブーツという昨日見掛けた町人らしい格好に着替え、袋を腰に巻いたベルトにぶら下げ部屋を出たー。
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