第18話 悪意と傷

スイに案内され家の中へ入ったシャルルは扉が閉まる音を聞いて服を脱ぎ始めた

スイはシャルルの行動の意味を予測することが出来ずただ見守ることしか出来なかった

豪華なあつらえの上着を床へ落とし 下着を脱いだとき スイの目に写ったのはシャルルの背中一面に無数につけられた傷痕

刃物で切ったようで火傷にも見えるそれは古いものから ごく最近つけられたようなものまである

そのままシャルルは下の服も脱ぎ捨て 振り返った

背中と同じ様な無数の傷痕

しかしそれすらも霞むほど酷く目を覆いたくなる傷があった

それは下腹部

本来ある筈の器官が切り落とされている

そこはすでにどれくらい年月が経ったのか分からないくらい古い傷痕だった

スイが眉間に皺を寄せ 視線を外すと シャルルは両腕を広げ笑った

「はははっ 醜いだろ?」

スイは目を伏せながら問う

「シャルル様 これは一体」

シャルルは体の傷を撫でながら言う

「この傷は全て 父上から受けた傷だ」

「わたしの家は代々引き継がれてきた古参の貴族だ だが先代に男児が産まれなかった」

「今の領主は母上の婿 養子なんだ」

スイはシャルルの話を聞きながら 少しずつ視線を上げた

「婿である父上は それはもう肩身の狭い思いをしたんだろうことは容易に想像が出来る」

「それでも わたしが産まれて母上と父上と三人で本当に幸せに暮らしていた」

「しかしそれは 唐突に壊れた」

「元々体の弱かった母上が倒れたんだ」

「一命は取り留めたが そのときの父上の取り乱しかたは今でも忘れられない」

「母上の身を案じているというよりも 自分の立場が崩れることを恐れているようだった」

「なぜだか 貴様にわかるか?」

問われたスイは頷く

「正当な血を引く男児が シャルル様がいたから でしょうか」

「その通りだ それから父上はわたしが周りから評価される度に わたしに傷をつけた」

「父上の私室の地下で 赤くなるまで熱した剣の切っ先で ゆっくりと切るんだ 焼ける自身の肉の匂いと焦げる血の匂い それすらも感じられなくなるほどの激痛」

「どんなに泣いても 叫んでも 止めてはくれなかった おかしいのは父上も涙を流していたことだ」

シャルルは顔に手を当て笑った

そして下腹部をさすりながら言う

「ある日お爺様がわたしに 早く結婚し子を作れと言った晩 わたしは子を作る能力を奪われた」

「スイ 貴様に想像出来るか?体の至るところを傷つけられ 寝返りする度に体がバラバラになるのではないかと恐怖する瞬間 肉がな ずれるのが分かるんだ」

「わたしは 極力周りから評価されずに生きようと努めた 自分が痛みを受けるくらいなら他人を傷付けるのに躊躇なんてなかった」

「体を傷付けられ 心までも壊れていくのが分かった」

「それでも母上の存在がわたしを首の皮一枚繋ぎ止めてくれていた」

「母上はわたしが泣いているといつも優しく撫でてくれた 心配かけまいと強がって見せても笑って抱き寄せてくれた」

「わたしには 母上が全てだ」

シャルルは脱いだ服を一枚一枚着直した

「しかし そんな母上も居なくなった」

スイは

「亡くなってしまわれたのですか?」

と聞くとシャルルは首を横に振った

「まだ 生きているよ」

「言葉で聞かせるより 見た方が良い」

シャルルは家を出ると屋敷へ歩いた

「貴様もこい」


暫く何も会話をせず歩き続ける

途中咲いていた小さな花を摘み 屋敷へ到着した

シャルルは門番に「客人だ」と一言告げ中へ入った

何人もの使用人が深々と頭を下げる

屋敷の奥へ進み階段を上がった先 突き当たりの薄暗い部屋の前

その部屋を警護している兵に席を外すよう目配せをし その部屋へ入った

部屋の中央には大きなベッドがあり その中心に女性が一人眠っていた

しかし 寝室と言うには程遠い

どちらかというと手術室を連想させるように数多くの医療用具が置いてあった

シャルルはその女性の首もとへ摘んだ花を置き

「母様 今日は友人をお招きしました」

と 優しく囁いた

そしておもむろにその布団をめくり スイにその中身を見せつける

スイはそこにあるものを目を丸くして眺めた

「シャルル様 これは一体」

スイの目に写るそれは女性の下半身とはかけ離れた異形

大きくブヨブヨと膨れ上がり なん本にも枝分かれしたそれはビクンッビクンッと脈動している

「むごい延命措置の末の母上の成の果てだ」

「薬も魔法も医療でも限界がきたその後行った延命は 魔物の血液の輸血」

「夜な夜な聞こえるんだ 今まで聞いたことのない母上の叫び声が」

シャルルの声は震えている

シャルルは静かに布団を戻した

「なあ 貴様 わたしを助けるんだろ?剣にもなるんだろ?」

シャルルはスイにすがり泣き崩れる

「助けてくれ」

「わたしをこの地獄から 救ってみせてくれ」

スイの服を握り 泣き崩れるシャルル その向こうで安らかに眠り続ける女性を見て

スイは両の手を力強く握り締めた

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