第10話 依頼達成と錬金術

夕刻

日が沈みかけ 空が青とオレンジと紺 綺麗なグラデーションを作る頃

ようやく依頼者の住むであろう建物が見えてきた

依頼された薬草の量が量なだけに なにか製薬会社のような組織的なものを想像していたスイは ポツンと佇む一軒の小屋を目にして驚きを隠せずにいた

「すっかり当てが外れたな どこか空き部屋にでも泊まらせて貰えたらと思ったのに」

取り敢えずカイにはいまだ眠っているハナの護衛と野営の準備を頼んで スイが一人で依頼者のもとへ歩いた


トントン

と戸を叩き

「すいません!依頼の薬草届けに来た者です」

と声をかけると

「今はちと手が空かぬ!勝手に上がるがいい 鍵はしておらん!」

と 凛とハッキリした女性の声が聞こえた

「失礼します」

と一声かけ ゆっくり扉を空けると

そこにはグチャグチャに雑然と置かれた無数の本と色々なメモが書かれた紙

植物の植わった鉢に標本 液体の入った瓶

色々な物が所狭しと溢れていた

その傍ら 唯一物の無い一角で 白衣を羽織った依頼者と思われる人物がガラス瓶で液体を混ぜ真剣な目でその反応を確認している

「どれ そこにでも座るがいい」

そう言うと女性はスッと指を床に指し示す

「あ はい 失礼します」

スイはそう言い 木箱を床に置き自身もその場に座り込んだ

「ほぉ そうきたか」

そう呟いた女性は瓶を凝視したまま器用にガリガリとメモをとっている

「おい!助手!薬草を持ってこい!」

女性はそう言ってスッと手を伸ばす

助手の姿はない

スイが呆気にとられていると

「お主だよ!早くしろ!」

とスイの方を指差す

「はい!」

スイは慌てて薬草を一束掴み 女性のもとへ駆け寄った

開かれた女性の手に薬草を乗せると

「よし 主もそこで見ていろ」

と言い 瓶に薬草を放り込んだ

その薬草は液体と反応し合い ブクブクと泡立ち始めた

「今 何が起きておるか分かるか?」

女性からの急な質問に焦りながらも スイはサーチを使いその現象を実況した

「これは 薬草の持つ水分 それと炭素が気化している?のかな 液体に薬草の成分が移っている?溶け出しているのか 液体自体の性質には変化がないから」

「ほほぉ」

女性はスイの言葉に少し嬉しそうにし

「続けろ」

と実況の続きを促した

「はい」

瓶の中では泡立ちが落ち着き色の変化した液体があるだけだった

「えっと 薬草の形は消え 液体の中に成分いや 性質といった方がいいかその性質だけが溶け出て液体と薬草の二つの物質が体積を変えることなく一つに纏まっているのかな」

スイは自分で言う言葉の意味が自分の理解を越えているけど事象として起こっている現実に胸の高鳴りを感じた

「合格だ 凄い観察眼ではないか助手よ」

女性に乱暴に頭を撫でられ 少し誇らしさを覚えた

女性はスッと背筋を伸ばし 物で溢れたソファにドッカと腰を掛けた

「名はなんという?」

女性はタバコに火を付けながらスイに名を訪ねた

「スイといいます」

スイもガラス瓶の場所をあとにして 女性の前に座り込んだ

ふぅーっと煙を吐き

「して スイよ 主はなに用でここへ来た?」

「あの 先ほども申しましたように ギルドから依頼を受け 薬草を採取してきました」

スイが木箱を指差すと女性は「ふむ」と木箱を一瞥し

「一杯になっておらぬではないか」

と言った

スイは戸惑いながら説明した

「先ほどガラス瓶に放り込んだ分が隙間になっているだけで さっきまでは一杯に積めてありました」

「でも今は一杯ではないな?」

「、、、はい」

「して?先程まで一杯だったとどう証明する?」

「それは その」

「無理 じゃな?」

「、、、はい」

「くっくっく 主は素直なよい子じゃ」

「しかし 少し時間を頂ければ荷馬車に余分に採取した薬草があるので一杯に出来ます」

「ほぉ 主 スイといったか」

「はい」

「賢いではないか しかしまだまだ頭が堅いな ワシなら今すぐにそれを一杯に出来る」

ふぅーっと煙を吐きながら 女性は無造作にそこにある植物を鷲掴み 木箱へ放り投げた

スイが呆気にとられているのを見て女性は言う

「それはナシじゃと言いたいか?」

「常識的に考えてそれは無理じゃって?」

「では問うぞスイよ 常識とはなんぞや?」

スイは何も言えずただただ女性の言葉に耳を傾けた

「先程主も見たじゃろ?理解を越えた現実 だが確かに起こった現象 それを常識と言わずしてなんという?」

「この世の事象を小指の先ほども理解しておらん者共が軽く常識という言葉を用いる」

ふぅーっと煙を吐き 女性は笑った

「すまぬ 少し意地悪が過ぎたな」

「スイよ 主の先ほどの観察 ワシの意地悪に対する対処 見事じゃったぞ」

「どれ 依頼書にサインを書こう 寄越すがいい」

スイが依頼書の紐を解こうと指を掛けた時

バンッ!と勢いよく小屋の扉が開きぐったりしたハナを抱えたカイが入ってきた

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