ラスト・インパクト ・・・ 翠
もっと、さらに、いっそうな位、私が春香お姉ちゃんを気に掛けていて、より早く、お姉ちゃんに謝ってわだかまりを取っ払っていちゃったら・・・、
お姉ちゃんのおバカさんな考えと行動を阻止してあげちゃえたのに・・・、
大好きな春香お姉ちゃんを、叶わないって事を理解しているけどそれでもスッゴク想っている貴斗さんを、
お姉ちゃんと同じくらい好きな詩織さんや香澄さんを、
本当は春香お姉ちゃんとくっ付くはずだった柏木さんを、そして、親友の弥生と私みたいな強情で我侭な女の子を好きになってくれちゃった将臣を・・・。
でも、いつも言いたいことを言うだけで自分からは何もしようとしない傍観者の私は泣くことしか出来ないんです。
~ 2004年11月18日、木曜日 ~
将臣から告白されて、それに応えてから約一ヶ月ちょいが過ぎていたんです。
将臣のやつッたらデートのたびに誰かさんの真似してくれちゃうから少しだけ不満だったんだけど、今日もその愚痴を言葉にして表に出さないようにしていた。
「翠、それじゃ、また明日、学校で」
「将臣、気をつけて帰ってくれちゃってね。それとここまで送ってくれてありがさん」
彼に言葉を返してあげてから家の中に入っていた。
玄関に入って靴を脱いでいるとエプロン姿の葵ママがここまで来てくれて声を掛けてくれるんです。
「翠、お帰りなさい。ご夕食まだなのでしょう?パパも先ほど帰ってきたところですから久しぶりにご一緒しましょうか」
「はい、はい、ちょっとまっててねぇ」
ママにそう言ってから自分のお部屋に行って制服から家の中でしか着ない服に着替えてからダイニングへと降りて行ったの。
「パパァ~~~、ただいまさぁ~~~んっ、それとおかえりなさい」
「おかえり、そんなところに立ってないで早く座りなさい」
「アッ、ああ、ウン、あのぇ・・・、そのぉ~、春香お姉ちゃんは?」
「宏之君、柏木宏之くんのところと違うのか?」
「あぅううん、そうだね・・・」
それ以上パパと会話が続かなかった。
いつの頃くらいからかな?
秋人パパは食事中、私に話しかけてくれなくなり始めたのは、笑ってくれなくなったのは・・・、最後にパパがこの時間に笑ってくれたのは三年前、柏木さんがここへ遊びに来てくれたときだと思う。
春香お姉ちゃんが入院して初めの頃はママと私と一緒に食事をしていて笑ってくれることなかったんですけど話は掛けてくれてんです。
でもいまは・・・。
「パパ、食事中くらいそんな顔してないでヨォ。美味しい物も美味しくなくなっちゃうじゃない」
「すまんな、翠。私のことは放っておいていいから食事を済ませてしまいなさい」
そんなパパに膨れっ面を見せてあげたら、大きな溜息を吐いてくれたんですよ。
まったく酷いもんですネェ、今の秋人パパの年頃の娘である私への対応は。
食事を終えた頃に食卓にはいなかった人物が帰宅してくれちゃいました。
玄関に置きっぱなしだった物をとりに向かったらその人物と鉢合わせ、本当はその時に春香お姉ちゃんに謝っていたら、
最近どうしてこんなに帰りが遅いのかお姉ちゃんに突っ込んで聞いていたら、仲違いしたまま別れずに済んだのに、大切な先輩に非道な行いをさせずにすんだかも知れないのに、ダイヤモンドのようにガッチガチに強固なくらいに意固地になっている私は春香お姉ちゃんの前では何も言えないで顔を背け、その場所から離れちゃったんです。
~ 2004年12月24日、金曜日 ~
春香お姉ちゃんが毎日、誰と逢ってどんな事をしているのか知らないまま、さらに一月が経っちゃったんです。
若しそれを知っていたら、お姉ちゃんとその人を絶対に引き剥がしていた。だって、その人の元恋人さんが思うくらい強く、私も春香お姉ちゃんがその男の人と一緒にいるなんって絶対許せないもん。
それは、それは大好きだった先輩を嫌いになってしまった理由と同じ事をしているからなんです。でも、本当はそれだけでも無いんですけど・・・。
それでも・・・、将来春香お姉ちゃんとご結婚してくれちゃって、わたしの本当のお義兄ちゃんなってくれてもいいかなっても思っているんです。人の心って複雑ですよネェ。
そんなことはさて置き・・・、本当はさておきできなんって出来ないんですけど・・・、
今日、将臣の態度に積りに積もったイライラが爆発しちゃって、彼を待ち合わせ場所にホッポリ出して雨が降る中、何故か傘もささないで街中を彷徨っていたら・・・、
同じ様に傘も差さないで雑踏の中をふらふらと歩いちゃっています知っている人を見かけました。
その人は尊敬する先輩。でも、どうして?今日は詩織さん、貴斗さんとデートとかしないの?
詩織さんを追いかけて近付こうとしたんですけど見失っちゃったんです。そっくりさんなだけで、人違いだったのかな?
しばらくの間、先輩を探したんですけどやっぱり何処にいっちゃったのか分からなくて、びしょ濡れのままその事を報告しようと貴斗さんの自宅にも携帯電話にも掛けてあげたんですけど、出てくれなかったんです。
その時もっと根気強く詩織さんを探していればこの先の展開をより悪い方に流すことはなかったかもしれないんです。でも、私には・・・、どうにも出来ないんですよね。
そして、そのまま、また暫く街の中を彷徨い、行き着いてしまった先は貴斗さんが住むマンションでした。
インターフォンを押しても貴斗さんが出てくることはなかったんです。ですから、玄関前、扉の脇に座り込んで彼を待つ事にしたんですよ。
どれだけまたしてくれちゃったんのかなぁ・・・。
貴斗さんは私がクシャミをした頃にその姿を見せてくれました。しかも、余計な者憑きでぇ。
「なんだ?翠ちゃんびしょ濡れじゃないか・・・、本格的に風邪を引く前に家に上がれ」
「アレェ?どうしてこんなとこにみぃちゃんが居・る・の・か・なぁ?」
「お家の中が濡れて汚れちゃいますから遠慮します」
長い間こんな所に放置してくれちゃいました貴斗さんに少しだけ皮肉を込めてそんな言葉を口にしていた。
「翠ちゃんにそんな遠慮なこと言われるとお兄さん、悲しくて泣いてしまいそうだ」
「今までお兄ちゃんの涙を見たことありませんから見てみたいです・・・。だから、ここから動きません」
再び、皮肉を込めてそんな言葉を彼に言ってしまったんです。でも、彼の泣くところを見たいだなんってそんな願い一生叶って欲しくなかった。
それは貴斗さんが心に大きな傷を負った時だけだから、本当はそんなのを見たいだなんって思っちゃ駄目だったんです。でも・・・、春香お姉ちゃんの所為でその願いが叶ってしまう。
玄関口から悪戯で動こうとしなかったら貴斗さん、私にお姫様抱っこをしてくれたんですよ。
言葉では恥ずかしい、って言っちゃっていましたけどうれしかった。
貴斗さんが家の中のどこをどんな風に歩いていたのか、彼の胸板で視界が奪われちゃっていましたからわかりませんでした。
急に私の頭を支える腕が強くなっていたんです。
「キャッ、貴斗さん、このまま私をベッドに連れ込んじゃうきですネェ。それでも私はいいですけどぉ~~~」
彼の胸に顔を埋めながらそんな事を言っていますが、彼は何も返してくれませんでした。しかし、その時の貴斗さんの気持ちを察してあげる事なんって私には出来なかったんです。
それから、行き着いた先はバスルームだった。
私をその中に放ってくれちゃいますと直ぐに扉が閉められちゃいまして、その扉越しに声を掛けてくれたんです。
「風呂のお湯熱かったら好きな温度で入ってくれ・・・。それと流石に女性の下着の洗濯なんって恥ずかしいからそれも翠ちゃんでやってくれ。乾燥機付き全自動洗濯機だ。湯に浸かっている間に全部終わるだろう・・・。それじゃ」
そんな風に貴斗さんは言い残して私をお風呂場に捨てちゃってくれました。
貴斗さんの言い付けどおり、着ていたドレスと下着全部をその中にいれ、ボタンを押して動いたのを確認してからお風呂に入ったんです。
長い間、湯に浸かって体がちゃんと温まってからそこから出ていた。
脱衣所の籠の上には真新しい大小色違いのタオルが置いてあった。
貴斗さんが置いてくれたんだろうって思って感謝しながらそれを使わせてもらいました。
着る物は洗濯機に入れたドレスしか無かったからまたそれを着て弥生とカレがいるはずのリヴィングに向かったのでした。
移動中気になったんだけど、私が記憶している貴斗さんの家の中とだいぶ変わってしまっていたんです。
そんな疑問を持ちながらそれを本人に確かめようとしてリヴィングの周りをキョロキョロするんだけど・・・、彼は見当たらず邪魔者だけしか目に入ってこなかった。
「あれぇ?ねぇ、弥生ちゃん、貴斗さんは?」
「えっ、ああヵぁあ、えっとね。ちょっとお出かけしてくるから戻ってくるまで弥生と一緒に待っててくださいって」
「弥生ちゃんと一緒?・・・、ってそんなのどうでもいいんだけど、どうして、アンタが貴斗さんと一緒だったの?白状しないと許さないからねっ!」
「みぃちゃんには関係ないヨォ~~~だっ。それよりみぃちゃんこそ将臣お兄ちゃんとデートだったんでしょう?お兄ちゃんはどうしたの?」
「えぇっ、あぁ~~~、それはねぇ、あはははっ」
『ピンポォ~~~ンっ』
苦笑した表情を作って、次ぎなんって言葉にしようか考えた時、インターフォンの音が聞えてきたんです。
ここの主の貴斗さんがそんなのを押すはずが無い・・・。
弥生もそんなのがわかってくれちゃった様で怪訝な顔を作っていた。
弥生と一緒に玄関に向かい覗き窓から外を見ると・・・、噂をすればなんチャラって奴が来たんです。
弥生がいるから彼女を何とかうまく使って今ちょっと会いたくない彼女の血の繋がった奴を迎撃してもらう事にした。しかし、弥生はまったく役に立ってくれず、その半身を招き入れてしまう。
「翠・・・、ってその前に弥生っ!何でお前が貴斗さんのところにいるんだ」
「そんなこと将臣おにいちゃんに関係ないよぉ」
「関係ないわけ無いだろう。お前の馬鹿な行いを正すのは兄の務めだ。藤宮さんと貴斗さんの間を邪魔するなよな、弥生」
「弥生がどう思うとお兄ちゃんには関係ないよ」
「はいはい、主がいないこの場所で馬鹿らしい兄妹喧嘩はやめぇ」
まったくこの双子は毎度毎度いろんな場所でけんかしてくれちゃって困ったものですねぇ。
その二人の喧嘩が本格的になる前に貴斗さんは帰って来てくれた。
「貴斗さん、私をほったらかしにしてくれちゃって一時間もどこに行ってたんですか?」
今までどこで何をやっていたか知らなかったから不満そうな顔を作ってそんな事を言ってあげちゃいました・・・。
でも、それを知っていたらそんな顔なんって出来なかったと思う。
弥生が本当は無理して平常心を保っていたことも気付いてはあげられないんです。
貴斗さんが将臣の存在に気付いて、どうして彼がいるのか尋ねて来たんです。ですから、正直に答えてあげました。
「貴斗さん、どうしたんですか?深刻そうな顔してますよ」
すると何故か今、将臣が言っているような表情を作ってしまったんですよ。
冗談でも口にして欲しくない答えを返してくるんです。
それから、貴斗さんは双子兄妹と私を連れ、なんと将臣を置いてきちゃったところに食事を招待してくれちゃったんです。
将臣と私が喧嘩しちゃったのは貴斗さんの所為だって言っていました。
そんなことはないんですけどネェ。それは将臣がちゃんと私の気持ちに気付いてくれなかったからだから貴斗さんは全然悪く無いのに彼は将臣なんかに頭を下げて謝っていたんです。
そんな事を貴斗さんにさせてくれちゃう将臣がちょっと許せなかった。
貴斗さんの奢りって事で、高級レストランでおなかいっぱい食べさせてもらっちゃった。
弥生も私も食べる方だから普通に出る量だけじゃ満足できなかった。
だから、追加オーダーして貰ったんです。
支払いの時、将臣がその金額を見ていたようなんですけど、いったい幾ら位だったんでしょうねぇ?彼、真っ青な顔してました。でも、その金額を平気で払ってしまう貴斗さん。ヤッパリお金持ちは違うよねぇ・・・。
~ 走行中 ~
弥生たちと別れ今、貴斗さんと二人っきりで車の中にいた。
さっきは邪魔者がいたから言葉にしなかったんですけど・・・、貴斗さんどうしてなのかずっと辛そうにしていたんです。
心配だから彼に声を掛けてあげる。
「貴斗さん・・・、どうしたんですか?気分悪いんですか?顔色悪いですよ」
「心配するな、気のせいだろう?周りが暗いからそう見えるだけだ」
すっごくバレバレな嘘をついちゃってくれています。
そんな彼の言葉がよけに私を心配させてくれるんですよね。だから、彼の本当の気持ちが知りたいから、素直に私の心を伝えてあげたんです。
「貴斗さん、嘘ついてますっ!どうして、隠し事するんですか。貴斗さんにお会いして、もう三年近くも経っているのに・・・。貴斗さんにとって私はそんなに信用ない子なんですか?」
「頼む、今は何も聞かないでくれ・・・、秋人さんと葵さんに会ったら話すから・・・」
貴斗さんは本当に辛そうな表情と口調でそんな風に返してくれたんです。だから、彼の心を傷付けたくなかったから、後で話してくれると言うんでしたらそれまで待つ事にしたんです。
家の前に到着すると車のエンジン音で私の帰宅を知ったのか玄関に秋とパパが出てきました。
「秋人ぱぱぁ~~~」
間延びした呼び方でパパにそう言ってあげちゃうと・・・、とぉーーーっても冷静な顔で私の頭を両拳で挟むようにぐりぐりしてくれちゃいました。
秋人パパがそんな表情でそんな事をするのはマジで怒っているときだけ。
「はぅううぅ~~~、いたいですぅ~~~」
本当は声も出せないほど痛かったんですけど、貴斗さんとの会話が終了するまでパパのそれは続けてくれていたんです。
酷いですよね、まったく・・・。
とそんな風に思っていられるのは今のうちだけだった。
現時刻をもって、楽しかった日々が幕を下ろしてしまうんです。そして、これからただ、ひたすら嘆き悲しむ日々が幕をあげるんです。
私自身が・・・・・・、まではです。
「ハァッ、まったく。翠、お前という子は・・・。貴斗君、娘がこんな時間まで迷惑を掛けてすみませんね」
秋人パパはそう言ってから私の頭をぐりぐりさせた状態で貴斗さんに腰を折って謝っていたんです。
更に私もパパの腕の力で頭を下げさせられちゃいました。
「気にしてませんから・・・。それより秋人さんと葵さんにお話が。その時間を下さい」
貴斗さんの言葉を聞いたパパは客間に彼を通したんです。
私も一緒について行ったんですけど・・・。
「貴斗君は私とママに話しが有ると言ったんです。翠は出て行きなさい」
そういいながら秋人パパはまた両手の拳を私に見せてくれちゃいましたので不満そうに膨れた顔をパパに見せてあげて、部屋から出ることだけはしてあげました。
扉が閉まり、その部屋から明かりが外に漏れてくる事はありませんでしたが、話し声は漏れてきちゃったんですよ。だから・・・、盗み聞き。
初めの方の会話の意味全然わからなかったけど、しばらく経ってからそれが明確にわかるような話しになっていたんです。
それはととっても信じることなんって出来ないようなことでした。
「秋人さん、ごめんなさい。俺が春香とお付き合いしたばかりに・・・」
〈はぁんっ?貴斗さん今なんって言ったんですか?春香お姉ちゃんの何ですってぇえぇぇえっ?〉
「俺が春香を死なせてしまったんです。詩織が・・・、彼女に・・・」
〈えぇえっ、詩織先輩がなんだって言うんですか?〉
そこの部分は良く聞き取れなかったんですけど・・・、春香お姉ちゃんが、お姉ちゃんが死んじゃったなんって・・・。
〈そんなの嘘ぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!〉
口を押さえて、何とか声に出さず心の中だけで叫ぶことが出来た。だって若しパパに盗み聞きしていたなんってばれちゃいましたら、後が怖いですからですよ。
貴斗さんがパパに話していた言葉、途切れ途切れで良く分かんなかったけど、貴斗さんと春香お姉ちゃんが今日デートで将臣と待ち合わせした場所に同じ時間に来るみたいだったんです。
若し、二人がそこに来てくれちゃいまして、将臣と一緒にいるところを見られちゃいましたらどんな結果が生まれてくれたんでしょうね?でも、それはもうないんです。だって、春香お姉ちゃんが死んじゃった事実は変えられないんですから・・・。そして、その事を確実に知るのは明日。
その二人の会話を聞いて、客間の前の扉にいられなくなって何故か春香お姉ちゃんの部屋に勝手に入っていたんです。
お部屋は暗かったんですけど窓から夜空の明かりが差し込んでいて、何も見えないってことはなかった。
その中を見回すとお姉ちゃんのベッドの上に春香お姉ちゃんなんかにはとっても似合いそうに無い立派なドレスが、詩織さんになら似合いそうな綺麗なドレスが・・・。
ウゥウンッ、そんなこと無い今のお姉ちゃんなら十分に似合うカッコイイそれが置かれていたんです。
それを試着したのか、どうかわかんないけど、それに温もりなんって残っているか、どうか知らないけどそれを抱きしめ声を出さないで涙を流していたんです。
どのくらいそうしていたんでしょうね?パパと貴斗さんがどうなったか涙を拭いて客間に戻っていたんです。
階段を降りきる時、二階に上がってこようとしたのか?秋人パパがそこにいた。
「パパっ、貴斗さんは?」
「彼ならもうお帰りになりましたよ」
「どうして帰しちゃってくれたんですか私、話したいことがあったのにぃっ!それに別に泊まって貰っても良かったじゃない」
「私は彼にそう薦めたのですがね、丁重にお断りされてしまいましたよ」
「何でもっと強く引きとめてくれなかったの。だらしないわね、パパッたらぁ」
「その様な無茶を言っていられるのは若いからですよ。大人になれば大人の考え方というのがあるのです。まっ、翠はまだまだお子様ですからしょうがないですネェ」
「ワァ~~~、パパ、なんか私のことバカにしてるぅ。こんなに成長したのにぃーーーっ!」
「それは翠の体躯だけです。心の方は相変わらず子供と変わらないですね、フッ」
鼻で馬鹿にする様に笑いながらパパは背を向け行ってしまう。
そんなパパにスリッパを脱いで投げつけちゃいました。でも、秋人パパは背中を向けたまま、それを簡単に避けてくれちゃいました。
結局、詩織さんを街中で見かけたことを貴斗さんに伝えることは出来ませんでした。
彼の口からちゃんとした事を聴かせてくれることはなかったんです。
~ 2004年12月25日、土曜日 ~
今日は午前中から貴斗さんがお見えしていたんです。
それも喪服姿で。それを見てしまっても春香お姉ちゃんの姿を見ていなかったから信じられなかった。
それは、お姉ちゃんの亡骸が棺桶に入った状態で到着するちょっと前の出来事でした。
私は不謹慎だってわかっているけど貴斗さんにこれ以上湿っぽい顔をしてもらいたくなかったから・・・、
昨日春香お姉ちゃんが着るはずだったドレスを身に着け、その姿で貴斗さんの前に出てみたんです。
身長は断然私の方が高いのに・・・、ほんの少しだけ胸元がゆるかった。
そんなことを思っちゃうなんて不真面目だなんて重々承知。でも、こうでもして自分を明るく振舞っていないと・・・、私。
「たぁかっとさんっ。そんな湿っぽい顔してくれちゃいますと翠の方が泣いちゃいますよぉ」
背を向けている彼に陽気な声でそんな言葉を掛けていました。
「翠ちゃんか?」
「このドレス、昨日春香お姉ちゃんが貴斗さんと一緒にって・・・、姉妹だから少しくらい、お姉ちゃんと顔立ち、似ている筈なんですよ、私も。だから、私のこの姿を見てお姉ちゃんがこれ似合っていたか、どうか想像してあげてください・・・・・・」
それ以上言葉にできなかった。なんて言葉を続けていいか分からなかったんです。
こちらを振り向いてくれていますけど、貴斗さんは何も言葉を返してくれなかった。
でも・・・、彼はこちらに近付き私を強く、・・・強く、そして優しく抱き締めてくれたんです。
「翠ちゃん・・・、今はこれしか言えないが。すまん。それと有難う」
貴斗さんの顔が頬と頬が触れちゃうくらいに間近にあったんですけど、どんな表情をしていたのか判りません。
私は彼のそんな行動に驚いちゃって、そして嬉しいくらい恥ずかしくて、顔を真っ赤にしていたんです。
貴斗さん、私のそんな表情も確認しないで、それだけ言い残すと私から身を解き、こちらから言葉を出す前に姿を晦ましてしまった。
* * *
通夜が始まる前までどこに隠れていたのか想像も出来ないんですけど、貴斗さんはそれが始まる一〇分くらい前に突然姿を見せてくれちゃいまして、独り、春香お姉ちゃんの棺の最も近い前列に座っていたんです。
彼を呼びかけても何の反応も返してくれなかった。
お通夜さんが始まると、春香お姉ちゃんの事を大切に思ってくれている人々が沢山来てくれていたんです。
その中には勿論、元彼の柏木さん、春香お姉ちゃんには珍しい男の友達八神さん、そして、親友の香澄さん・・・、でも、詩織さんは見えていません。
来てくれないその理由ははっきりと判りません。でも、私がそれを知ってしまうのは辛いこと。
私には全然何を思っているのか読み取れなかった貴斗さんの表情を、彼の幼馴染みの香澄さんが何かを感じて彼に問い詰めるような事をしていたんです。
それを見て、貴斗さんが想像を絶するような辛い思いをしているんだって知ったから香澄さんにそれ以上彼に何かを言うのを止めました。
「香澄先輩・・・、貴斗さんにそんなこと、言っちゃ駄目です・・・。今はそっとして置いてあげてください」
「ごっ・・・ごめん・・・」
大勢の人が納まった中で春香お姉ちゃんのそれが始まった。
私、すっごく能天気で前向きだから・・・、その間、涙なんって流さなかった。
本当は違うんです。泣いてしまうと目の前のことが現実だってわかっちゃうからそれを信じたくなかったから春香お姉ちゃんが死んじゃったなんて信じたくなかったから、だから・・・、だから、それを無理して我慢していたんです。
みんなみんな春香お姉ちゃんのために泣いてくれていました。
だけど、どんな思いでそうしてくれちゃったんでしょうか貴斗さんだけは私と同じだったんです。でも、彼の事だから絶対何か理由があって、そうしているんだって私はちゃんと理解して上げられたんですよ。すごいでしょう?
それから、通夜の通例の流れが終わり、来てくれた人は殆ど帰っていきました。
その間、私はママの手伝いで春香お姉ちゃんが置かれているお部屋からちょこっと長い時間離れていたんです。
その時、その場所でどんな人達がどんな会話を交わし、どんな事をしていたのかなんて知ることは出来ないんです。
だいぶ時間が経ち、もう春香お姉ちゃんの部屋に誰もいないって思ってその場所に行ったら・・・、今まで見たいって思っていたけど、見たくも無いって思っていたそれを見てしまうんです。
そう、貴斗さんがお姉ちゃん以外誰も居なくなったその場所で心から慟哭していたんです、ちゃんと声を上げて。
彼の表情は他の誰かが見せてくれたそれよりも、柏木さん以上に深く悲しく、切り裂くようにせつなく、どうしてか愛しく思ってしまうそんな泣き顔でした。
ホントはそれを見て私の方まで泣き出しちゃいそうになったんですけど、その人のために我慢して・・・、我慢して言葉を掛けてあげるんですよ、私は。
「・・・貴斗さん?・・・・・・・・・、貴・・・、斗さ・ん」
そういいながら彼に近付き、その前に正座してみました。
すると後は勝手に体が動き、彼の背中を摩り、さらに彼の頭を私の膝に埋めさせ、大胆にも彼のそれを抱きしめちゃっていたんです。
更に彼の髪まで撫でちゃっていました。
「ウワァアァアァァァああぁぁーーーっ、俺の所為で春香がーーーっ、はるかがぁ~~~」
「どうして、貴斗さん春香お姉ちゃんと付き合ってくれちゃったんですか」
貴斗さんにそう問いかけると昨日は何も教えてくれなかったのに、今日はちゃんと彼は全部じゃないけど話してくれたんです。
三年経った今でも貴斗さんは春香お姉ちゃんの事故の原因が彼だと思っている事。
春香お姉ちゃんの恋人さんになってくれちゃったのはお姉ちゃんが彼を望んだから。
彼がそれを受け入れた理由は罪の償いと・・・、お姉ちゃんに惹かれていたからだって言うんです・・・、それだけは絶対信じられない言葉だった。
その二人は結婚まで考えていた様です。
昨日、貴斗さんはお姉ちゃんにエンゲー・ジリングをプレゼントしようって憎らしい演出を考えていたようです。
春香お姉ちゃんは私との仲違いをすっごく気にしていたっても口にしていました。そして・・・、どうして春香お姉ちゃんが死んでしまったのか。
それだけは耳に入れたくなかった。
尊敬する大好きな先輩がそんなことするはず無いのにって思ったけど・・・、事実今日、詩織さんは春香お姉ちゃんのお通夜には来てくれなかった。
それらを聞いて、切なくて、憎らしくて、悩ましくて、羨ましくて、悔しくて、そして、悲しかった。
彼が真実を口にする度、そんな色々の感情を表情に出していた。
貴斗さんの心をこんなにも残酷に悲しませてくれる春香お姉ちゃんが憎たらしくて許せなかった。
でも、彼のココロを惹き付け、そこまで想わせるお姉ちゃんの存在がすごいっても思えるし羨ましくもあったんです。
すべてがいい終わると彼は泣き止み私から離れちゃうんですけど・・・、とっても可愛らしい真っ赤な顔を見せてくれちゃいました。
「翠ちゃん、変なところを見せてすまなかった・・・・・・。それと有難う」
貴斗さんは背を向けて、冷静さを取り戻したのかいつもの声で・・・ではなく沈んだ声でお礼を言ってくれたんです。
もっと元気になって欲しかったから彼には見えないでしょうけど、ニッコリと無理して微笑んで陽気な声で彼のそれに返してあげるんです。
「そんなこと気にしなくていいんですぅ、ですから、元気出してくださいねぇ」
「それじゃ、俺、帰るから・・・」
貴斗さんはそっけなくそう返してくれますけど、今日、私はこの家から彼を帰したくなかった。傍にいて欲しかった。彼がいれば涙を流さずにすみそうだったから・・・。
「あのぉ、貴斗さんっ?若し、良かったらぁ・・・、お泊りして行ってください。気持ちが落ち着かないんなら私が添い寝さしてあげちゃってもいいですよぉ」
「バッ、バカ、そんなことが許される訳ないだロッ」
私の言葉で貴斗さんがどんな顔をしてくれるか見たかったので背を向けている彼の正面に素早く移動して、正面にしゃがみ込み、それを覗いて見たんです。
すると、こんどは可愛らしく視線を逸らしてくれちゃったんですよ。
いつも強面の貴斗さん、一度それが崩れるととっても可愛らしい顔をしてくれるようですね。
「私の言葉で少しは元気だしちゃってくれたようですねぇ」
「ハァ~、こんなガキに励まされるとは・・・、俺も地に落ちたな」
「貴斗さん、ひじょぉ~~~に、皮肉れちゃったこと言ってくれてませぇ~ん?」
彼はいつもの表情に戻していつもの口調でそんな事を言ってくれた。
それは彼の気分が上向きになったと勝手に思ってそんな風に返していたんです。
「ああ、言ってるよ。本当に気分も落ち着いた。だから、今度こそ帰る。しなければいけないこともあるし」
貴斗さんはそういうけど私は絶対返したくない。
あの手この手を使って彼を引きとめようとしたんですけど、彼の方が一枚上手だったんです。
「翠ちゃん、我侭言わない。放しなさい」
「いやですぅ~~~、お兄ちゃん泊まって行ってください。私の我侭聞いてくださいヨォ」
既に玄関で貴斗さんは靴を履いてしまった状態だった。
それでも懸命に我侭を言って彼の腕を強く握り、引き止めるんですけど・・・。
「駄目に決まっている。お兄さんは忙しいんだ」
「キャッ、お兄ちゃんのえっちぃ~~~、どこ触ってんですかぁ」
貴斗さんが突然私の胸を触ってきたんですよ・・・。
揉まれはしませんでしたけど、驚いちゃって、顔を紅くして握っていた彼の腕から手を放しちゃったんです。
「翠ちゃん、ガキだけど体は大人だな。それじゃお休み」
貴斗さんはそんな中傷を言ってくれちゃいまして、手を振って去ってゆく。
それが最後に私に交わしてくれた彼の言葉・・・。
何故か、どうしても不安で、貴斗さんを引き止めたくて、逃がしたくなくて、直ぐ靴をはいて彼を追いかけようとしたんですけど・・・、彼は私が近付きたくない方向へ走って行ってしまったんです。
私にとっていい思い出が無い方角へ走って行ってしまったんです。
貴斗さんに胸を触られたくらいで驚かないで彼の腕を確り掴んでいたんなら、
もっと強引なくらい貴斗さんを強く抱きしめ逃さなかったならば、
無理してでも貴斗さんを追いかけて、鎖に繋いででも連れ戻していれば、
彼も、大好きな先輩二人も・・・。でも・・・、もう遅いんです。
貴斗さんが帰ってしまった後、独り春香お姉ちゃんの棺の前で泣いてしまっていた。
「ウワァわあぁアァわあワァァァわわぁああぁ~~~、どうして、どうして、春香お姉ちゃんはいつも・・・、いつも翠を泣かせちゃってくれるんですか?どうして、こんな悲しい気持ちにさせてくれちゃうんですか」
「せっかく、せっかく、そろそろ、春香お姉ちゃんと仲直りし様って思ってたのに・・・、どうしてその前に・・・・・・、ほんとはね、ほんとはね、直ぐにでも仲直りしたかったのに・・・、ゴメンナサイって、ゴメンナサイって言いたかったのに・・・、どうして、翠にこんな気持ちにさせてくれちゃうの?悲しすぎるヨ、辛いヨォ。私の傍から離れちゃうなんていやだよぉ」
「大好きなのに、こんなにも、ダイダイ大好きなのに翠をおいて逝っちゃうなんて嫌だよぉ。いっぱい、一杯感謝しているのにお姉ちゃんがいなくなっちゃうなんってイヤダァ」
春香お姉ちゃんがいなかったら詩織さんとも、香澄さんとも、とっても、凄く仲良くなれなかったし・・・、何よりもお姉ちゃんとは違う意味で大好きな貴斗さんと巡り逢うこともなかったはずなんですよね。
それくらい感謝しているのに私は今までお姉ちゃんに我侭言うだけで何も返してあげられなかった。
それが悔しくて・・・、悔しくて・・・。
「春香お姉ちゃん戻ってきてよぉ。もうお姉ちゃんに我侭言わないから。もうお姉ちゃんを嫌ったりしないから・・・、翠を置いて逝かないで・・・。春香お姉ちゃんの為なら何でもするから、ねっ、ねぇっねぇえぇ・・・、だから還ってきてよぉ~、ふわあわわわぁぁわああううわーーー」
それが叶わないって知っているから余計に涙が止まらなかった。
人前で絶対泣かないはずの貴斗さんは泪を見せてくれたのに、彼に私の涕を見せることはなかった。もう、それを貴斗さんが・・・、の裡に見せてあげられることは無いんです。
~ 2004年12月28日、火曜日 ~
貴斗さんと詩織さんに何回も何回もご連絡してあげたんですけど・・・、どちらとも出てくれないんです。
二人はいったいどこへ消えてしまったんでしょうね?でも、そうなってしまったのは私が二人を捕まえることが出来なかったから・・・、本当にその二人のことが好きならもっと強く行動に出てれば、って思ってしまうんです。
その二人の行方が知れないまま、新たな悲報が届いてくれるんです。
それは春香お姉ちゃんの元彼氏、柏木宏之さんの死去。それは余りにも早過ぎる死。
たった三日前にはお姉ちゃんのお通夜に来てくれたのにこんなの酷いよ。どうして、こんな風になっちゃったのか容易に理解できるんです。
柏木さんは春香お姉ちゃんを追い掛けてしまったんですよね、きっと。
貴斗さんをあんなに悲しませ、柏木さんをそこまで追い詰めてしまう春香お姉ちゃんの魅力って一体なんなんだろう。
同じ血の繋がった姉妹なのに・・・、わかんないよ。
パパとママ、その二人と一緒に柏木さんのお通夜に向かったんです。
その場所に行ったら窮屈なくらい多くの人が参列していたんです。
その中に知っている人が多かったんですけど・・・、来ていないとおかしい人が二人ほど欠けていたんです。
それは詩織さんと貴斗さん。まだ、彼は先輩を見つけていないんでしょうか?それとも・・・、いやな事を想像しちゃった。でも・・・、そんなことには絶対なって欲しくないです。
今回も春香お姉ちゃんのときと同様に式が始まっている間、私は泣くことはなかった。でも、悲しくなくて、そうしなかったんじゃないからね。
私とは対照的に香澄さんは春香お姉ちゃんのときとおんなじに一杯泣いていました。
それ程赤の他人の事を思ってくれる香澄さんを嫌っていたなんって私って薄情な子なんだね。
そんなすっごく泣いている先輩と同じくらい泣いている先輩がいました。
それはやっぱり水泳部の先輩で今日、始めて知ったんですけど香澄さんの血縁だって言うことでした。
通夜が終わってからその先輩とお外でお話をしていたんです。
「夏美先輩、そのお久しぶりです」
「涼崎さんも来てたんですね・・・。昨日まで知らなかったけど・・・、その」
「先輩、それ以上は口にしなくていいです。悲しくなっちゃいますから」
「ごめんね、涼崎さん」
「夏美先輩・・・、こんなこと聞いちゃうの失礼だけど・・・、スッゴク泣かれていましたね」
「だって・・・、だって・・・、だって・・・、涼崎さん、ゴメンナサイ」
先輩はそう言葉にしてから嗚咽し始めちゃいました。どうして、泣いてしまっているのか判らない私はただ困惑しちゃうだけで何もして上げられないんです。
少し時間が経ってから、夏美先輩は泣くのをやめ仰天してしまいそうな事を教えてくれちゃいました。
それを聞いて今でも信じ難かった春香お姉ちゃんと貴斗さんの関係が肯定されてしまうんです。
「涼崎さんは涼崎先輩の妹さん、身近にいて知っていたと思うけど・・・、藤原貴斗先輩と涼崎先輩が・・・」
「私、お姉ちゃんと喧嘩しちゃってて、それを知ったの・・・、それを知ったの、たった三日前なんですよ。春香お姉ちゃんのそれを知っていればお姉ちゃんも柏木さんも・・・」
「涼崎さん、言っている意味がわかんないんですけど?」
「意味なんってどうでもいいんです。でも、でも・・・」
夏美先輩に真実なんか教えられるはずなかったんです。
だって先輩も詩織さんの事を尊敬していましたから、春香お姉ちゃんの死が・・・、のせいだなんていえません。
そこで会話が途切れちゃいました。
何かに引き寄せられる様にふらふらと誰もいなくなっているはずの宏之さんの安置されている部屋に足を運んじゃいました。すると、そこにはまだ香澄先輩がいたんですよ。
「かすみ・・・、先輩・・・・」
「翠、それと夏美・・・、まだ二人ともいたの?」
「ああっ、あぁあのぉ・・・、香澄先輩は・・・、香澄先輩はどうして、私にそんな風に普通に言葉を返してくれちゃうの。私、いっぱい、一杯、先輩のこと嫌ちゃっていたんですよ」
嫌っていた先輩が普通に返してくれて、どうしてだか心が疼いちゃってお通夜のとき流していなかったものが両目から溢れていたんです。
そんな私に香澄さんは近付き優しく撫でてくれました。そして、そうしてくれながら、私の言葉の答えを返してくれたんですよ。
「確かにねっ、アタシ、アンタの姉から宏之奪っちゃって、あたしと同じ理由で始めた翠の期待と希望を裏切ってしまったから嫌われてしまうのはしょうがないけど。でもね、アンタを本当の妹のように可愛く思っていたから・・・。ホントォ~~~はっ、アンタにそんな風に思われてすっご辛かったけど。それでも翠が可愛くてしょうがなかったから・・・。アンタがアタシの気持ちいつか解かってくれるんじゃないかって我慢してたのよ」
そんな風に教えてくれてから香澄さんは私を強く抱きしめてくれたんです。
その言葉とその行為が痛いくらい嬉しくて、そんな風の思ってくれていた香澄さんを嫌ってしまっていた自分が情けなくて、先輩の胸の中で泣いてしまっていた。
「香澄先輩、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ごねんなさい、私が子供っぽくて我侭だからそんな先輩の気持ちにちっとも気付いて上げられなくてごめんなさいですぅ~~~」
「ハイ、ハイ、よしよし、翠。泣かない、泣かない。アタシはアンタがそんな風に言ってくれるだけでうれしいから泣いちゃ駄目だよ」
「そんなこと言ってくれちゃったら余計に泣いちゃいますよォ~~~、ふうわぇえぇァ~~~っ」
* * *
「貴斗さん、春香お姉ちゃんと付き合っていた・・・、みたいです」
しばらく香澄さんの胸で泣いていたら、先輩に伝えなくちゃいけなかった事を言葉にしたんです。
それを声に出して形作るのは辛かったでも何とか出せたみたいです。
「はぁ?貴斗のヤツがしおりンを捨てるわけ無いでしょう?若しかして私を笑わしてくれようと思ってそんなこと言ってくれてるわけぇ?」
「ほ・・・、本当は違うんです・・・。春香お姉ちゃんが・・・、お姉ちゃんが・・・・・・、詩織先輩から貴斗さんを奪って恋人にしてくれちゃっていたんですよっ!」
「そっちの方が笑えない冗談よ!春香にそんな度胸あるわけ無いでしょう。翠、アンタの姉でしょう?アタシなんかより春香の性格、ずっとよく知っているはずよ」
「だって、だって、だって、そうでもなきゃ、貴斗さんが春香お姉ちゃんなんかの恋人になる訳ないもん。私の知っているお兄ちゃんだったら詩織先輩と別れることなんって、そんなことするわけないもん。だから・・・、だから・・・、私はそれしか、お兄ちゃんとお姉ちゃんが恋人さんになったって理由、思いつかなかったのぉ」
貴斗さんは全部言ってくれたわけじゃないから、その真実はわかんないんです。でも、春香お姉ちゃんは私の血の繋がったお姉ちゃん。
それは事実で私はいつも強引だけど、極稀だけど、泣き虫春香お姉ちゃんだって私以上にそうなる事があるのを知っていた。
それに貴斗さんがどれだけ詩織さんの事を愛していたかも知っていたんです。たとえ罪の意識がなんチャラでも記憶が完全に戻った彼が先輩と別れるはず無いんですよね。
だから、そんな風に結論を出していたんです。
若しも、将臣が私に告白してくれなかったら春香お姉ちゃんより先に・・・、かもしれないんです。だけど、私の場合は断られちゃうと思うんですけどね。
いろんな思いが頭の中に回ってくれちゃいましたら心が痛くなってさらに泣いちゃいました。
そんな私を香澄さんは抱きしめたままでいてくれるんです。
唯・・・、一つだけ香澄さんに口に出来ないことがあったんです。
それは、先輩にとって春香お姉ちゃんなんかよりも大事なはずの詩織さんのこと。
そんな事を香澄さんに伝えてしまったら・・・、想像したくないんです。
泣いている間、夏美先輩は私が知らないいろいろな事を言葉にしていました。
先輩が柏木さんの事を好きでずっとそれを想いとどめていたっていうんですよ。
その気持ちは夏美先輩が声にして言っていたように私と同じものだったんです。
みんな、似たようなことで苦しんでいるんだって知っちゃいました。でも、夏美先輩の方は私なんかと違って残酷なお話です。
若し、先輩と同じような結末なんか迎えていちゃったら一生恋をしないどころか、涙を流す前にその場で後を追っちゃいそうです。
先輩もすべてを言葉にし終えると私と一緒に香澄さんの中で泣いちゃっていたんです。
大好きな香澄さんにこんな事をしてもらえるのは、これからは春香お姉ちゃんに代わってもと香澄さんに甘えちゃおうかなって思ったのに、それも今が・・・・・・、最後。
私の本当のお姉ちゃんになってくださいって香澄さんに頼んだのなら香澄さんは・・・を・・・、ないで、傍にいてくれたんでしょうか?
それはないの・・・、だって、香澄さんにとって・・・、は・・・、と同じくらい大切だから。
~ 2005年1月1日、土曜日 ~
すっごく憂鬱な気分だったけど、弥生と恋人の将臣が初詣に行こうって言うからなんと心を繕って晴れ着を着て三人して向かった場所は八嶋神社。
何でもそこで綺麗な神楽舞が見られるって将臣の奴が言っていた。
「うわぁ~~~、まじきれぇ」
「将臣ッ!アンタ私って者がありながら何鼻の下伸ばしてくれちゃってんのよ」
「お兄ちゃん変態さんみたいな顔してみないで下さいよぉ~~~。弥生恥ずかしい」
「弥生のことなんってどうでもいいけど、翠とあれを舞っている人じゃ、比較できないだろ。なんたってお前ちびっこいからな」
「将臣、アンタネェ、いつのこと言ってんおよぉっ!」
クリスマス・イヴの一件から将臣は心を入れ替えたのか貴斗さんの真似をする様なことはしなかった・・・。
でも、昔に戻りすぎちゃってくれています。
三人で神楽舞を見終わって将臣の奢りで出店を食べ歩いていると香澄さんを発見したんです。
「みぃちゃん、どうしたの?」
「やよいちゃん、ちょっとこれ持ってて」
「翠、どこ行くんだよっ!」
弥生に焼きそばの入っていた容器を渡し、将臣の言葉を無視して、香澄さんを追いかけたんです。
先輩がいた場所を見回したけど、見付からない。
こんどは詩織さんの時よりも将臣と弥生を使って香澄さんを探してもらったんだけど・・・、それでも見付からなかった。
「翠、そんな顔するなよ。大丈夫だって、貴斗さんも藤宮さんも今探したハヤセさんだっけ?お前が心配するようなことは無いから」
「そうですよぉ、みぃちゃん。皆さんまた普通の顔をして私達の前にひょっこりしてくれますよ」
「エッ、アッ、ウン、二人とも心配してくれて有難う」
アタシが香澄さんを普通の顔で見られるのは今日で最後だった。
もっと結城兄妹を酷使して、もっと私に鞭打って香澄さんを探していたら・・・、未来はもう少し変わったものだったかもしれないんです。でも・・・。
~ 2005年1月3日、月曜日 ~
私は何も知らないまま新年を迎えてから二日もたってしまっていたんです。
弥生たちといった神社で引いたおみくじの結果の最も悪いものよりもっと悪い最凶の報せを柏木さんのお通夜以来の八神さんから受けるんです。
それは・・・。
「八神慎治です。涼崎さんのお宅でしょうか?」
「はいそうですよぉ。八神さんですネェ?パパ、ママ、それとも私に用事?」
なぜか今日は葵ママも秋人パパもお仕事に出ないみたいです。だから、八神さんにはそう言って答えていました。
「翠ちゃんでいい」
「ハイ、ハイ、何でしょうかぁ?」
口から出る言葉は何とか明るくしていたんですけど、私の気分と顔は優れてはいなかったんです。
でも、どうせ、相手に見えること無いからそんなこと気にする必要はないんですよね。
「一回しかいわない・・・。貴斗、藤宮、隼瀬。その三人の葬儀を藤原家でやる」
「えっ、やがみさぁ~~~ん。なっ、なんって言ったんですカッ!」
『プツッ、ツゥーーーッ、ツゥーーーッ、ツゥーーーッ』
驚いて聞き返して来たとき返ってきたのは八神さんの声じゃなくて通話終了を報せる音だったんです。
その人のその行為がその人の言った言葉が嘘じゃないって事を証明してくれた。そして、私は真っ青な顔をして受話器を床に落としちゃうんです。
信じたくない、信じたくない、信じたくない。
震えながら、両腕を掴みその場に座り込んじゃったんです。
異変に気付いた秋人パパが私のところへ駆け寄ってきた。
二の腕を掴み無理やり立ち上がらせるんですよ。
「翠、どうしたのかね?その様に震えてしまって、いったい何の連絡を受けたんだい」
「貴斗さんが・・・、先輩達が・・・・・・」
それ以上は言葉にならなかった。そして、パパはそれ以上聞き返してこなかったんです。
「・・・?パパ、パパッ、若しかして、知っていたんですかっ!」
聞き返しても口をつぐんだままだパパは何も答えてくれない。
葵ママも秋人パパもお仕事に行かない理由・・・、それは葬儀に出席するからなんじゃないかって思い当たってしまったんです。
「パパッ、答えてよっ!何かいってください。話してくれなくちゃ、私泣いちゃうからねぇっ!」
「それを翠に教えたところで何になる?」
「そんな言い方酷いよっ!何で黙っていたの、教えてくれなかったの?隠していたんですカッ!」
「話した所でどうなる?翠が悲しい思いをするだけではないか?春香だけではなく、お前にとって大切なその方たちのその報せをお前に伝えれば翠、お前が辛い思いをするのはパパの私には容易にわかります」
「だからってっ!・・・、秋人パパのお馬鹿ぁぁぁぁああぁぁっぁぁぁっ!」
パパの腕を払いのけ突き放すと、電話傍から私のお部屋に走り去っていたんです。
自室でベッドの上の飛び込み、そこにあった大きな抱きつき枕を抱えるとそれに顔を押して、泣こうとしたんです・・・。でも、泣けない。だって、信じたくないんだもん。
三人が亡くなってしまったんだっていう事実を知らされてしまう葬儀が始まる前までずっとその枕にそんな格好で現実逃避をしていたんです。
& 三 家の葬 儀 &
秋人パパの車に乗せられてママと一緒に向かったのは藤原貴斗さんの実家。
詩織さんや香澄さんのお家には何度かお邪魔していたことがあったんですけど、その二人の先輩の正面にある貴斗さんのそれの門を潜るのは初めてなんですよ。
平屋だけど、とっても広いお屋敷。参列してくれている人が・・・、多くなかった。それの所為でとっても寂しく思えてしまったんです。
「涼崎翠さん、弟のご葬儀に参られてくれまして、誠に有難う御座います。貴斗ちゃん、きっとお喜びになりますよ。それに香澄ちゃんも、詩織ちゃんも・・・」
「翔子せっんっ・・・さん」
先生はニッコリとした顔で穏やかにそんな風に言っているけど・・・、涙を流していました。
「翔子さん、何でこんなに人が少ないんですか?わたし、私・・・、悲しいです」
「翠さん、そう言っていただけて有難う御座います。それはですね・・・」
翔子先生はどうして三人の葬儀の参加者が少ないのかを教えてくれたんです。
それは親族だけだからなんですって。
それ以外でお呼ばれされているのは私のところの涼崎家と八神さん、それと柏木さんの所だけだそうです。
そんな限定された中にお呼ばれされたことは有難く喜ばしいことなんだろうけど・・・。
そんなの、そんなの、そんなの、ちっとも有難くも嬉しくなんかも無いよォーーーッ!
午前10時30分から三人の葬儀が始まったんです。
そんな儀式の中、春香お姉ちゃんのときも、柏木さんの時も泣かないで我慢していたけど・・・、今回も何とか、そうしようとしたんですけど・・・、体中にあるすべての水分を流し、私が干乾びてしまうくらい一杯それを流していたんです、翔子先生に抱かれながら。葬儀の終わりを告げる最終の儀が行われようとしていた。
それは大好きな三人がお入りになっている柩が運ばれ私の元を去ってしまおうとするんです。
「嫌ですぅーーーーーーーーーッ!それを持っていかないでクダサいっ!三人を連れて行かないで下さいっ!私から奪わないでくださいっ!」
「翠ちゃん、やめろよ。あいつ等はこれから天国に昇ってくんだからな。笑って見送ってやれよ、いつもの涼崎翠ちゃんのようにな」
「そんなこと出来ないよォ~~~、やだヤダやダヤだ嫌だぁーーーっ、こんなのいやだよぉ。大好きな春香お姉ちゃんだけじゃなく。お姉ちゃんと同じくらいだい好きなのに、詩織さんも香澄さんも私を置いて逝っちゃうなんってそんなの嫌ぁーーーーーーッ!叶わないって分かっちゃってるけど、それでも、それでも大好きなのに・・・、貴斗さんっ!お兄ちゃん・・・・・・、おにいちゃぁーーーんっ」
「翠を独りにしないでぇええぇぇえぇっぇぇぇぇぇぇぇぇええええぇーーーッ!!」
運ばれてしまう柩の一つに飛びつき、それが運ばれないように押さえ、悲しくて、辛くて、寂しくて、
そんな思いの時に流すものを流して心の中に溜めていた思慕を声にして出していたんです。
『バァシュッ!』
「翠、やめなさい。それ以上わがままを言ってはいけません」
「パパァ?パパ、秋人パパ、私をぶったぁっ!フウゥウングッ、パパ・・・、パパッ!全部全部春香お姉ちゃんがいけないんですぅ。お姉ちゃんが詩織先輩から貴斗さんを奪っちゃうから、お姉ちゃんがそん・・・」
『パァシンッ!』
「翠、いい加減にしなさい。他の方々に迷惑をおかけしてはいけません」
秋人パパは二回も冷静な表情でビンタをしてきたんです。そして、皆さんの方に向かって頭を下げてもいたんですよ。
「パパなんって嫌い・・・、春香お姉ちゃんなんってだいっ嫌い、・・・、私を置いて逝っちゃう香澄さんも詩織さんも貴斗さんも・・・、みんなみんなだい大ダイだいダいっ嫌いですぅーーーっ」
激しく慟哭しながらその場にいるすべての人達にそんな風にはき捨てると本当は大嫌いじゃない私を置いて逝ってしまわれた人のお家を飛び出してしまったんです。
口からはあんな言葉が出ていたけど嫌いなはず無いんです。
嫌いだったらこんなにも胸が苦しくなるほど悲しい想いも、辛い思いも、寂しい思いもするはずないんですから。
広すぎる貴斗さんのお屋敷、葬儀があった場所からかなり走ったんですけど・・・・・・、まだその敷地内で出口は見えていません。
走り疲れた私はその場に座り込み、膝を抱えその中に顔を埋めまた泣き出してしまったんです。
何で大好きな人たちは私を置いて先に逝ってくれちゃったんでしょうね?
それは今までみんなにたくさん我侭を言っていちゃったから?
それともみんなを大好きになっちゃったから?もし、前の方なら私の所為だけど・・・、後に思った方でこんな風になってしまっていたなら、そんなの悲しすぎるよ。もし、そうなら神様を恨まずには居られなかった。
しばらく今いる場所で独りぼっちに泣いているとパパとは違う男の人が現れ、現在捻くれ進行中の私に声を掛けてきたんです。
「みどりちゃん、辛いのは君だけじゃないんだ。だから、みんなの所、隼瀬、貴斗、藤宮のところへ行ってさっき言ったこと謝って来い」
「私、みどりチャンなんて子じゃありません。それに私が謝ったところで大好きな貴斗さんも香澄先輩も詩織先輩も言葉なんか返してくれないもん」
「いい加減にしろよっ!だから翠ちゃんはガキだって言われるんだ。そんな姿の君を見たら三人とも泣いてしまうかもな。心残りになって旅立っていかれないかもな」
「そっちの方がいいです。こっちに残っていてくれた方がいいです」
「そんなんじゃ、三人とも浮かばれネェよ。本当に翠ちゃんが隼瀬のことも、藤宮のことも、そして貴斗の事も大好きなら・・・、そんなひねくれてないで素直になってやれな」
その人に言われた言葉で止まりかけていた涙が再び流れ始めちゃいました。
「ゴメンナサイです・・・、ごめんなさいです、八神さんゴメンナサイデスゥ」
「謝る人物、間違ってるな。さぁみんなの所へ戻ろう」
八神さんに手を引かれ、私は彼の車に乗せられ焼かれてしまう前の皆さんの柩が運ばれた火葬場へと連れて行ってもらいました。
* * *
「春香お姉ちゃんとおんなじくらい大好きな詩織せんぱいっ、香澄先輩っ。それとやっぱり今でも愛しちゃってます貴斗お兄ちゃん。さっきはすっごく我侭な事をってごめんしてね。もう我侭言わないから・・・、言わないから・・・、みんな笑って天国逝ってくれないと・・・、泣いちゃいますからね。それと、お姉ちゃんと一緒に私のこと見護ってくれなくちゃ嫌ですからね」
そう最後に二つ我侭を言わせてもらって涙を拭いて、今できる最高の微笑を作って、親愛なるその三人にそれを向けてあげたんですよ。
それから、しばらく経って少しだけ気分が上向きになっていた私は八神さんにどうして大好きな三人が同じ日の葬式になったのかを聞いていたんです。
「教えてやれないな、そればっかりは」
「どうしてですかっ!」
「世の中にはな、知らなくたって良い事とそうじゃない事ってのがあるんだ。言い換えれば知らない方が平穏無事に生きられるってやつかな?」
「意味が分かりません。私がわかるようにちゃんと説明してクダサいっ!」
「翠ちゃんはそんなこと知る必要が無い。それだけだ」
「八神さんがそれを教えてくれなくちゃ・・・、私、非行に走っちゃいますよ」
「そっ、それはちょっと困るな、色々な意味でな・・・。聞いても自分を確りもてるか?」
「聞いてみなくちゃそんなこと分かりません」
「耳にする前の心構えってやつだよ・・・ハァ~~~俺自身あんまし口にしたく無いんだけどね」
八神さんは溜息をつくと渋々と口をあけそれを聞かせてくれたんです。でも・・・、その人が言った様に知らなかった方が良かったのかもしれないんですよ。
すべてを知ってしまったとき愕然としてしまって少しの間、硬直してしまっていたんです。
「その表情だと相当ショックだったようだな・・・・・・。だから言ったんだ、聞かない方がいいってな。さぁ、帰るぞ。送ってってやるな」
八神さんにそう言われ再び、その人の車に乗せられ帰宅したんです。
~ 2005年1月11日、火曜日 ~
八神さんに教えてもらったことが頭から離れなくて、辛い気分のまま数日を過ごしていたんです。
私を置いて逝ってしまった春香お姉ちゃん、詩織さん、香澄さん、そして、貴斗さんの為にも精一杯生きようって思って頑張っているんですけど私の気持ちは全然立ち直ってくれないんです。
高校最後の三学期も始まり、いつもの様に私の恋人さんの将臣と親友の弥生と一緒に下校していたんです。
学校が始まってから亡くなった事を知らない弥生、貴斗さんのことでやけに絡んでくるんですけど、何とか適当にごまかして話をはぐらかして今日まで隠し通してきたんです。でも・・・。
「みぃっちゃん、おかしいですよぉ、絶対弥生に何か隠してます」
「やめろよ、弥生。お前、翠の親友っていうんなら少しぐらい分別をつけろよな」
「お兄ちゃんは黙ってて、こんな下向きのみぃちゃん、みぃちゃんじゃないのぉ。弥生、みぃちゃんに元気出して欲しいの。嫌なことがあったら弥生に言って欲しいの。心の負担くらい分けてくれたっていいの。それが深友でしょうっ、みぃちゃん?だからねぇ?みぃちゃんそんな一人で暗くなってないで弥生に話してよ」
「うっさいわねぇ、弥生ちゃん。世の中には知らなくたって良いことだってアンの。そんくらい頭の良い弥生ちゃんならわかってくれちゃうでしょ?」
八神さんが言ってくれた言葉とおんなじことを親友に口にしていたんです。弥生が真実を知れば普通でいられなくなっちゃうくらい分かるもん。だから、教えてはあげないんです。
「どんなに辛いことでも弥生は平気だよ。弥生はそんな心の弱い子じゃないの。何を聞いても大丈夫だから。ね?みぃちゃん」
「弥生ちゃんがそこまで意地張って言うんなら・・・」
親友の頑固さにまけ、ついにその真実を彼女にいってしまった。でも・・・、弥生自身が言った言葉と裏腹に彼女は酷く動揺してしまっていたんです。
ヤッパリ、教えない方が良かった。それを口にしてしまった所為で・・・。
「みぃちゃん?嘘よね?貴斗さんが?詩織先輩と香澄先輩が?・・・、うそよね?」
弥生は知ってしまったことの恐怖に顔を強張らせ・・・、歩道から車道の方へとあとずさってしまうんです。それが・・・。
「弥生ちゃん、アぶないっ!」
親友は踵に何かを引っ掛けそのまま後ろに倒れこんでしまうんです。そして、それを狙ったかのように大きな車が急接近。
私はその場を直ぐに蹴って、弥生に飛びついて彼女を助けようとしたんですが・・・。
「やよいぃぃいいいっぃいいぃぃいーーーッ!
ミドリぃいいぃいいいぃっいいいぃいぃいーーーーーーッ!!」
それが私に聞えた最後の将臣の声だった。
~ 永遠とも思える月日 ~
「何で二人してこんな風になってくれた?早く目を開けてくれ、弥生、翠。ボクはいつまで耐えられるか分からないんだ。こんなに歳をとってもお前のことが好きなのに。いつになったら本当に俺の気持ちに答えてくれるんだ?弥生、早くお兄ちゃんを安心させてくれよ。早くボクに弥生の彼氏を紹介してくれよ。僕なんかよりすごいんだって自慢してくれよ・・・。うぅうぅ」
弥生と私は同じ病室で眠り続けているようだった。
眠り続けている私には弥生が隣にいる事も、将臣が泣いてくれている事も分かりません。
そして、どれだけの月日が経ってしまったのかなんって分かるはずも無いんです。
春香お姉ちゃんと直ぐに仲直りしていて、お姉ちゃんが貴斗さんとお付き合いしていた事を知っていて、
八神さんのような行動力や天賦の決断力が有って、
嫌われても、恨まれても二人の中を裂いて貴斗さんを詩織さんに返していたのなら・・・、若しかするとこんな風になってくれちゃわなかったかもしれません。でも・・・・・・、もう・・・、遅い、手遅れ、何も変えられない、変わらないんです。
どんなに将臣が私の事を好きでも、愛していてくれても。
みんながいない場所に還る意味なんって無いもん。私の帰る場所はない。だから、永遠に・・・、永劫に・・・・・・、です。
還らざる時の終わりに身を置いてしまうのでした。
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