狂い続けた歯車

 一体何処で歯車が狂っちまったんだ?

 涼崎が貴斗に電話を掛けてしまった所為か?

 貴斗が涼崎と長電話をしてしまった所為か?

 隼瀬が悪戯で宏之の時間を止めてしまった所為か?

 宏之が優柔不断で隼瀬の願など振り切れず、涼崎との約束に遅れてしまった所為か?

 俺達、皆が出逢って、友と言う環を作っちまった所為なのだろうか?

 他にも原因があるのかもしれない。しかし、ないのかもしれない。

 誰かの所為なのかもしれない。だけど、誰の所為でのないのかもしれない。しかし、どこかで狂ってしまった歯車がそのまま、回り続けて、俺はその歯車に潰される。

 みんなの観察者、調停者の積りだった・・・、だけど、それは矢張り積りでそんな大それた役、完全に演じられるほどの才能はなかったようだな。


~ 2004年12月18日、月曜日 ~

 何も知らず、貴斗と藤宮はうまくやっていると思い込んでいた。

 もっと深くヤツを問い質し二人の関係を知っていたら貴斗の深く傷付いている心を癒し、そして、諫言してやって元の鞘に収める事だって俺には出来たはずなのに・・・、それを出来ないで約一ヶ月弱が経ってしまっていたんだな。

 そして、今日もその真実を知ることなく普通にヤツとアルバイト先で一緒に仕事をしていた。

「お前、ホントにバイトなんかして体大丈夫なのか?」

「死にはしない」

「そう言うのお前が言うと笑えない冗談なんだ。このアホがっ!」

「慎治、心配してくれて有難う。ぶっ倒れそうな時はお前に助けを請うよ」

「任しておけ、どんな場所でも飛んで逝ってやるからな」

「その時はちゃんと羽根着けて来い」

「ああ、六枚くらいどす黒い翼、生やしてトンでいってやるさ」

「フフッ、ハハハッ、それは面白い。是非そうしろ」

 馬鹿みたいな会話をしながら休憩室で二人して笑っていた。

 貴斗が退院してから、今までとは違った笑いを見せてくれていた。

 これが本当のヤツの笑いなんだ、ってのを知った。しかし、今のように笑えるのが藤宮のおかげじゃなくて、他の女の子が理由だって事を知ることはしばらく無い。

 それと、口で言ったように色なんか関係なく俺に翼があったのなら大事なものを同時に眼前で二つも失わなくて済んだのかもしれない。

「ああ、そうそう。今年も藤宮とラブラブイヴデートするのか?そして・・・、クックック」

「・・・なんだ、その変な笑いは?慎治、何も装備無しでロケット外壁に括り付けてやろうか?」

 貴斗のそんな冗談よりも、言葉の返答に間があってそして、ヤツの一瞬変化した表情の裏にある考えを敏感に感じ取っていればこの先の不幸を防いでやれたのかもしれないけど・・・、その読み取る手法を貴斗のために色々と皇女母さんに教わったのに・・・・・・、こいつの記憶が戻ったことで安心しきっていた俺にはそれが出来なかった。

「だったらソン時はお前も道連れにしてやるからな」

「それはゴメンこうむる。慎治独りだけで行ってくれ・・・・・・。香澄、香澄とはうまくやってくれているのか?」

「隼瀬の事か?貴斗なんかに言われなくても分かってるよ。お前が相手してくれない、っていつも愚痴言って来る、酒飲みながらな」

「俺にとっては命と等価なんだ、幼馴染みの香澄は。本当は誰にも渡したくないけど・・・、仮令お前でもな。しかし、それでも親友の慎治になら任せられる」

「なんだぁ、貴斗。藤宮がいんのにそんなこと言いやがって。この痴れ者メが。でも、任せて置けよ、俺が隼瀬を心身ともにケアーしてやるさ」

「すまないな」

「ハハッ、そういう言い方おかしいな・・・。デモ、なんで宏之じゃなくて俺ならいいんだ?お前とアイツが従兄弟同士だってのは知ってるけど」

「前にも言っただろう?二人の性格のもんだいだ」

「ホントにそれだけかぁ?た・か・とぉ~~~、俺には宏之に対する嫉妬心の様なものが見えるんだけどなぁ」

「フんッ」

 貴斗は鼻で笑うと目を瞼で塞ぎ、能面を作って拳を鳴らした・・・。 無表情な故、かえってそれが恐ろしく感じて、あとずさって言葉を返していた。

「ああぁアァァ、今のは冗談だ、冗談なんだ。落ち着けよな、貴斗」

「貴斗くんっ!慎治くんっ。私と休憩交代してよぉ~~~」

 そんな事を言って現れたのは井澤魅由さんだった。

 彼女は殴りかかるような体勢をとっていたヤツに抱きついていた。

「ウワッ、何するんですか、魅由さん。俺に抱き付いていいのは彼女だけだ」

「別にいいじゃない。へるもんじゃないしぃ~~~」

「減るんだよ、俺の場合はっ!」

「はっハッハッハッハ、羨ましいな、貴斗」

「慎治君にもしてあげようか?」

「おう、オウ、俺はコイツと違ってカァモンッ・プぃリーズってな!」

「それじゃぁ、はいっ!」

 そして、魅由さんはヤツと同じ事を俺にもしてくれたんだけど・・・・

「いっ、いたタタタ、痛いっすよぉっ、井澤さん」

「苗字で呼んだわネェ。もっと力いれてあげマスッ!」 彼女はその言葉と一緒に力を入れてくれたな。

 貴斗は鼻で笑って背を向け先に店内に戻ると言う合図を片手を挙げて示し、俺を捨てて仕事場に戻っていきやがった。

 今はこんな莫迦を楽しくやっている。

 これからもずっとそんな馴れ合いをしながら貴斗や他のみんなと一緒に同じ時間を過ごし、同じ道を歩んでいけると思っていた。


~ 2004年12月24日、月曜日 ~

 今日、初めて最も好きな人の傍で同じ夜を過ごしていた。

 彼女にとっては誰かさん達の代わりなのかもしれないけど、俺にとってはそれでも良かった。

「もしもし、アタシ隼瀬香澄だけど、どうせアンタ暇なんでしょう?アタシと飲みに付き合ってくんないかなぁ~~~?」

「はぁ?これでも俺、かなり女ダチ多いんだ。暇なわけ無いだろう?」

「ふぅ~~~ん、そうなんだ。じゃァ~~~いいもん。あたし独りで飲むからぁ」

「誰も嫌だ、なんて断っていないだろう?どこにいるんだ?迎えに行ってやる、その申し出あり難く受けさせてもらうな」

「さぁ~~~すがっ、慎治。話し分かるぅーーーッ」

 今日、隼瀬は休日を貰っていたらしくて家の中で暇をしていたそうだ。

 もっと早く言ってくれれば一日中一緒にいてやったのにな。

 早速、ビッシッとスーツに身を通し、ばっちり決めて彼女のところへと向かっていた。

 隼瀬のところに到着すると車から降りて彼女を呼び出す。

 その時、その隣に住んでいる彼女の幼馴染みのことが気になったがな。

 どうせ、貴斗と一緒だろうと高を括っていた。だけど、それはすべて安易な予想だと気付いた時はすべてが後の祭り。

「よう、隼瀬・・・、ふぅ。似合っているな、そのドレス」

「へへえぇんどう?私だってこういうの似合ってるでしょう?せっかくの仮にもデートだからね。相手がアンタでもちゃんとおめかしして上げたんだから感謝しなさいよ」

「ありがとうな、隼瀬。ソンじゃ、出かけるとしますか?どうぞ、こちらへ」

 言葉とともに彼女の手をとって車へと導いた。

 俺が扉を開け彼女が乗り込むと閉めてやった。

 それから、【アーティファクト】

 別名、神の芸術と言う名のパブリック・ハウスに隼瀬を招待してやった。

 姉貴の行き着けの店で、かなりグレイスで大人っぽい場所だ。

 店の中に入ると時間帯が時間帯だけに結構混んでいたな。

 テーブルに座るのは無理みたいだった。

 カウンターの方を覗くと席が三つだけ空いていた。その場所に隼瀬を通して一緒に座る。

「へぇ~~~、感じの良い店ネェ。アンタにはもったいないくらい」

「悪かったなぁ、俺には勿体無くて」

「冗談よ。そんな膨れた顔しないでね。アリガト、慎治」

 隼瀬はその言葉と同時に笑顔を見せてくれた。

 そんな彼女に同じような顔で俺も返していた。

 バーテンダーに飲み物を注文。

 ビール好きの彼女にはいつも飲んでいるやつとは違ったそれを、俺はカクテルを頼んだ。

「ワァ~~~、これおいしいぃーーーっ。これなんって名前なの?」

「セレスティナだな、確か。他にも色々と美味しいビールがあるから好きなだけ頼めな」

「うんっ、あんがとねぇ」

 アルコール度が低いのを初めに選んでやったから直ぐに酔うことはないだろう。

 俺は俺のペースで、隼瀬は余りのみ過ぎないように俺がペース配分を考えて飲むことと食べる事を進めていた。

 飲み始め結構時間が経った時、彼女はいつものように愚痴ってくる。

「ネェ~~~、シンちゃぁ~~~んっ。みんなぁ、ネェ、せっかく誘ってみたのにぃ・・・、誰も一緒にいてくれないのよぉ」

「なに言ってんだ。こうして俺が来てやっただろう」

「そうなんだけどぉ~~~」

「好きなだけ、愚痴聞いてやるから、言いたいこと言いな」

 今は一方的な愛だけど好きな隼瀬の愚痴ならいくらでも聞いてやりたい。

 それが他人の男のことでも。だから、そんな言葉を返してやっていた。

「シィンチャァ~ッン、やさしぃ~~~、どうして、ア・タぁ・しィ・にぃ、そんなぁに、やさしいのぉ」

「はやせっ!シンちゃんって呼ぶナッ!!」

 どうもなぁ、家族以外にそう呼ばれるのはコッパズカしいんだな、これが。だから、そう言って返してやっていた。

「だめぇ~~~?」

 隼瀬は酔って潤んだ目で、胸の谷間を俺に押し付け懇願してくる・・・。

 しょうがないな。条件付でそれを許してやってもいいかな、彼女なら。

 彼女のお願いを聞いてやってからまたしばらく、他愛も無い会話で華を咲かしていた。

「ねえぇ、最近、しおりンがぁ変なォ~~~。アタシにうそつくのよぉ」

〈そりゃぁ、そうだろう。たとえどんなに付き合いが長い幼馴染み同士でも言えない事の一つや二つあるさ。ずっと前のお前のようにな〉

「それにぃ、たかとぉはぁ・・・、ぜぇ~んっぜん、ア・た・しぃとのぉやくそくをぉまもってもくれないの。どうしてよぉ~~~」

「藤宮と貴斗、あいつらはあいつらでいちゃついてンだっろ?二人の邪魔スンナ。二人が落ち着くまでは我慢しろ。その代わり、それまで俺がいくらでも隼瀬のあいていてやるからな」

〈出来れば一生そうしてやりたいくらいだ〉

 いまだにその二人の状況を知らない俺は口から出る言葉でそう言い、心ではそう思っていた。

「なぁ、隼瀬・・・、そのなんだぁ。もう本当に宏之のことはいいのか?」

「えぇっ、あっ。ああ、うん。もうそのことはいいわ。貴斗としおりンが幸せになってくれるならすっぱり忘れてあげる。私の幼馴染が幸せなら、私も同じくらいにそれを感じられるから」

「ふぅ、ホントッ、ヤッパリお前は二人のことが大切なんだな。そこまで言える、そんなお前が好きだぜ、隼瀬」

「またぁ~~~、そんな冗談言ってくれちゃってぇ~~~、アタシもそんなクサイこと言ってくれる、慎治、アンタが好きだよ。それに貴坊としおりンは私の、私の大切な・・・、かけがえのない宝モノだもの・・・」

 その後、彼女は大抵仕事の面白い出張話、俺は大学内の珍騒動、莫迦話をしてやった。

 どれくらい隼瀬が飲んだ頃だろうな?

 彼女はいつもどおり酔いが最高点になったとき回りを気にすることもなく、可愛く眠っちまいやがったな。

 その間、俺は席を立たないで携帯メールを打ってどっかでデートとかしているはずの大学の友達連中と会話の遣り取りしていた。

 少し、それをしていると嫌な人が登場してくれた。

「オオオッ、シンではないかぁ。弟がこのような場所に来ていようとは全然気が付かなかったぞ」

「気づいてくれなくて結構だよ。だから、あっちへ行ってくれ、姉貴。じゃますんな」

「ほぉ~~~、この子がお前のこれか?有無、シンにはもったいないくらい可愛い娘だな・・・、うん、この子はたしか・・・?」

「うるさいなぁ~~~、酔っ払いはあっちに行っていてください」

「キョウちゃぁ~~~ン、早く戻ってきてよぉ。翔子さみしぃいい」

「げぇっ、翔子先生も来てんのかよ」

 俺の姉の佐京と貴斗の姉の翔子さん、それと数人の男女が奥の席のほうで飲んでいたようだ。

 カウンターを離れられない理由を姉貴に伝えると物分りの良いそれは不承不承と言う表情を見せてくれながら去って行ってくれたな。

 台風が台風にならなくして去ってくれてホッとした。

 それが去ってくれてからは隼瀬の方を覗き、一人チビチビと飲んでいた。

 日付が変わるか、変わらないかそんな頃に彼女は目を覚まし、会計を済ませ店を出たときにそれは変わったようだな。

「ねえぇ、しんんちゃん・・・、そのぉ。こんな時間までつき合わせちゃって悪かったわ」

「きにすっこたぁない。一緒にいれて・・・楽しかったからな」

「あのね、あんたが嫌じゃなかったら一緒にイヴを過ごしてくれたお礼にアタシを好きにしてくれてもいいわよ。クリスマスプレゼント代わりに」

 俺の腕にもたれかかっている隼瀬はそんな事を口にするとニッコリと微笑んでくれた。

「そんなことを言ってくれるのはこれからも俺だけにして欲しいもんだな」

「それはシンちゃん次第よぉ」

「フッ、俺しだいか・・・」

 車をパブの駐車場に置いたまま隼瀬を連れてアミューズメント・ホテルへと連れ込んでいった。そして、体力が尽きるまで彼女を抱いてやっていたな、俺は。

 隼瀬を抱きながら来年も、再来年も、そのまた次の年も、ずっとずっと彼女と昨日今日と同じように一緒に過ごせたらどれだけ俺にとって幸せなことかなんって思っていた。

 完全に俺も隼瀬もよいは醒めていた。だから、すべての行為が終わると自分の車を運転して、彼女の家まで送って行ってやった。


~ 2004年12月25日、土曜日 ~

 隼瀬を送った後、友達から連絡が入ってまた呼んでくれたやつの家でドンちゃん騒ぎをしてしまっていた。

 気が付けばそいつの家で寝ていて、目が覚めたときは午後5時ちょっとすぎだった。

 慌てて家に帰ると何故か、姉貴も母さん、そして妹までも黒服に身を包んでいた。

「シン、今までどこに行っていた連絡を何回も入れたんだぞ」

「お帰りなさい、シンちゃん。お通夜の服、出してありますから早く着替えてください」

「えっ、いったい誰の通夜なんだ?」

「シンちゃん、アナタのお友達の涼崎春香さんですよ」

 その言葉を聞いたとき、俺はいったいどんな表情をしていたんだろうか?心の中ではメチャ驚いていたのは確かだな。

 ウダウダしていると姉貴にぶっ飛ばされそうだったから、さっさと着替えて三人を車に乗せ涼崎家に向かった。

 それから、その場に到着すると俺より先に隼瀬が来ていた。それと同級生だった女の子も。

「おおぉ、隼瀬に瀬能じゃないか?他の連中は?」

「アッ、こんばんは慎治のお姉さんとお母さん」

 隼瀬はそう言ってから視線を落とし不思議そうに妹の右京のほうを見ていた。

 瀬能の方は既に妹を見つけ右京の頭をなでていた。

「慎治、その子、誰?」

「えぇっ、こいつ?俺の妹さ。ホラッ、挨拶しな」

「はじめまちてぇ、おねえちゃん。やがみぃ、ウキョウっていうのぉ」

「今晩は。お姉ちゃんはこれの恋人の隼瀬香澄って言うのよ。よろしくね、右京ちゃん」

「何言ってんだか、隼瀬・・・。それより、宏之や貴斗、それと藤宮は」

 隼瀬のやつは冗談で言っている積もりなんだろうな。だから、簡単に突っ込みを入れてやってから他の友達の事を聞いていた。

 すると、彼女はまだきていないって言葉にしてくれた。

 妹の右京以外追いやり暫く隼瀬と瀬能と会話をしていた。

 程なくして涼崎の恋人であるはずの宏之が到着。

「よぉ、みんな俺より早く来ていたんだ。・・・?貴斗は?」

「貴斗のヤツ、後数分で始まるってぇのにまだ来ていないみたいだ」

「そうか、まあ、あいつの事だ。来ないって訳けないと思うぜ。こんな所に立っていてもしょうがない。中に入ろうぜ」

 宏之に促がされて俺達は涼崎家に上がって行った。

 中に入って直ぐに目に入ったのはてかり頭の坊さんと・・・、貴斗だった。

 俺達よりも早くヤツは来ていた。何故だ?そして、どうしてなのか藤宮がいない。おかしすぎる。

 その異変に気付いた隼瀬と宏之がヤツに言葉をかけていた。だが、貴斗はその二人に何の反応も返していなかった。

 その姿はまるで宏之が涼崎の入院の末、精神崩壊直前になっていたそれと似ていたな。

 隼瀬と宏之の二人が声を掛けても応じなかった貴斗だ。俺が話しかけても結果は同じだろうな。

 そんな風に思ってしまったから何もヤツに言葉をかけていなかった。しかし、モシ俺がヤツの心を癒してやり、何かを言葉に出させていたら不穏な行く末を取り払えたのかもしれない。だが、しかし、もうそれはない・・・。

 坊さんがお経を読み上げている間、早すぎる友の死を悼み、声を出すことは無かったけど涙は流していたな。

 それから、すべてが終わった儀式の間で宏之は涼崎の棺桶前で隼瀬は貴斗の前で涙を流していた。

 ヤツは涙を流す隼瀬に腕をだらけて胸を貸しているだけ、彼女が言葉にする事に返答はない。

 そんな三人をじっと俺は観察している。

 二人の男女が嗚咽を止めた頃、血の繋がった男二人が言い争いを始める。しかし、それは一方的なものでしかなかった。

「なにか答えロッ、貴斗ぉオォオォォオオオォオオオォォオオオッ!」

 宏之はその言葉と一緒に血縁に殴りかかろうとした。

 貴斗の足元にいた隼瀬は吃驚しその場を動くことはなかった。そして、俺は?

「止めロッ、ヒロユキッ!」

 そう言葉にして奴を止めようとその場から動き羽交い絞めにしようとした。しかし、決断したのは良いが刹那な時間だけ俺の動きが遅れ、宏之を捕らえた時には必殺の一撃が貴斗の胸を捉えてしまっていた。

 それ以上の宏之の猛攻が無いように奴の体を貴斗のほうから遠のけていた。だけど、それ以上奴がヤツに拳を振るうことはしなかったな。

「ごめん・・・」

 宏之は貴斗にじゃなくて俺にそんな言葉を掛けると俺を振り払いこの空間から去ってしまっていた。

 それから、殴られてしまったヤツを見て、隼瀬が心配した顔を作って声を掛けていたな。そして、貴斗の彼女に返す言葉、俺に向ける顔は酷く辛そうだった。

「・・・香澄・・・、慎治・・・、俺を・・・、ひ・・・、とりに・・・、独りにさせてくれ」

「貴斗、今はお前の言葉受けてやる。だけど、あとでちゃんと説明しろよな」

 多分だけど、隼瀬はそう簡単に引き下がらないだろう。

 幼馴染み二人だけにしてやりたくて、そんな言葉を向けてから笑ってやれる気分じゃなかったけどニッコリした表情を作って見せてから涼崎春香の家を出ていた。

 外に出てから長い時間外に待たせてしまっていた妹の右京にぼやかれちまったな。

 自宅に戻ってから妹を可愛がりながら今日、涼崎の通夜に来なかった藤宮に連絡を入れていた。

 根性入れて一時間半ぐらい電話を入れっぱなしだったけど結局、彼女が出ることはなかったな。


~ 2004年12月28日、火曜日 ~

 今日、俺は気付いてしまう。

 涼崎の通夜の時、貴斗に問い詰めなかった事を後悔する。

 三日前に続いて凶報を受けたのは昼過ぎごろだった。

 家の中で右京の相手をしながらテレビを見ていると今いる部屋にあった電話が鳴る。

「はい、八神です」

「おっとその声は慎治君だな?ひさしぶりだね」

「エッ、若しかして宏之の親父さんの・・・、確か司さんだっけ?」

「よく覚えていてくれたね。うれしいよ。それより宏之、息子のことでちょっと・・・」

 そのあとに続く言葉を聞いて動揺せずにいられなかった。

 親友と言う言葉の意味を心で理解している人間だったら動揺せずにはいられないそんな事を伝えられてしまった。

「司さん、他の友達連中には連絡入れたんですか?」

「いやねぇ、慎治君以外、いったい息子がどれだけ他の皆さんに好かれていたかわかりませんでね、学友の方には」

「それじゃ、そっちは俺に任せてくれ。かなりの人数になるはずだから」

「よろしく頼みましたよ」

 そう言われてから時間と場所を聞かされ向こうの方から電話を切ってきた。

 俺は高校の名簿を見ながら宏之と親しかった男女両方のダチに片っ端に掛けてやった。

 電話を入れてやった連中、ほぼ速攻OKしてくれた。しかし・・・、貴斗と藤宮、その二人には連絡がつかない。だから、その二人の自宅に行って見たんだが・・・・・・、ヤッパリ、捕まらなかった。

 何だか言い知れない不安を感じてしまったけど、何とか残り二人の連中に連絡しないとな。

 その二人は同じ職場で働いているから片方に連絡をすれば伝えてくれるだろう。

「ハイ・・・、モシ・・・、もし、隼瀬香澄です。慎治なんでしょう、何か用?」

 直ぐ俺だって判ってくれて嬉しいけど・・・、隼瀬の声はすごく重々しかった。

 まだ、三日前の涼崎の事を引き摺っているんだろうな。

 宏之の事をディレクトに言ってしまっては・・・、目に見える結果だな。

 少し冗談で彼女と瀬能を誘う事にするか?

 そんな事を考えていたら隼瀬に直ぐに言葉を返せていないのに気付いて心の中では慌てていたんだけど、何とか声は冷静に出せたな。

「アッ、ああ、そのなんだなぁ・・・、若し、今日6時半前に仕事おわんなら・・・、迎えに行くからさぁ、お・・・俺に付き合ってくれないか?」

「もしかして、デートのお誘いとかって奴、慎治?」

 何も知らない隼瀬はそんな事を聞いてくるが、素で変えそう。

「出来れば・・・、その・・・、瀬能も一緒に」

「なにぃ、私だけじゃ満足できないから綾も誘うって言うの?慎治アンタの口からそんな言葉が聞けるなんって・・・、世も末ね」

 隼瀬は無理してそんな冗談を言っているんだろうけど・・・。でも、宏之の事を知ったとき彼女は最後の言葉と同じ想いを実際体験してしまうんだろうな。隼瀬の心の傷は俺がケアーしてやるさ。

 それから、彼女の嘘のデートの誘いを了解させて、何時に仕事を上がれるか確認してからはそれ以上何も話さず電話を切った。



*   *   *


 指定の時間に隼瀬と瀬能が働く場所へ迎に上がると既にその二人は外に出ていた。

「二人とも乗れよ・・・。今から宏之・・・」

 車の窓を開けながらそこに見える二人に言葉を掛けた。

 言いたくないけど・・・、言葉にしたく無いけど・・・、声にしたく無いけど、今からの予定を二人に告げる。

「柏木宏之の通夜に行く」

「ハハッ、慎治。笑えない冗談ね・・・」

 隼瀬はから笑いして言葉を出し、瀬能は目を瞑ってしまって何も口にしなかった。

 俺は何も答えを返さず二人を乗せ、彼女らを着替えさせるために先に瀬能の住む場所に向かってから隼瀬のほうへ移動した。

 宏之の住んでいたマンションに向かうと言葉だけの了解じゃなくて、連絡を入れた連中はちゃんと参列に来てくれていた。

 その数に隼瀬は驚いた表情を見せていたな。

「隼瀬、瀬能、なに突っ立ってんだ?宏之のところへ行ってやろう」

 二人を促がし、悪いって思っているが中に入り切れないほどの友達連中や他の知らない人達を押し退け、前方へと移動させてもらった。

 中に入ると宏之の父親が声を掛けてくれた。

 多くの友達に連絡を入れた事に感謝され、頭を下げられてしまった。

 何故、奴がこんなにも早くなくなってしまったのか死の真相を聞かされた。それを知るのを許されたのは俺だけの様だったな。

 通夜に参加していた人々は宏之の死に嘆きを見せてくれていた。

〈ヒロユキッ!何でこんなにも多くの連中がお前を慕っているのに、たった一人の女のために命を捨てたんだ〉

 そんな風に既に向こうの世界に足を踏み入れちまってしまった親友に訴えていた。しかし、その心の叫びも奴にはもう届かない。

 宏之の行動を把握できないで奴を死なせてしまった事に悔やみ、己を酷く蔑み涙を流していた。

 どれだけ涙を流せば気が済むのだろう?

 俺には彼女のそれをとめることが出来ないのか?

 隼瀬はみんなが帰った後も涙を流していた。

 そんな彼女に俺が形にして声に出す言葉は無礼千万、百も承知だって分かっているけどな・・・、言わずにはいられないんだよ、隼瀬の泣き顔を見ていると。

「隼瀬・・・、もう泣くな。泣いても宏之は戻ってきてくれなんてしない。お前が泣いたら彼奴・・・、あっちに逝ってもいい顔してくれなぞ、だから泣くな。笑って見送ってやれよ。俺のこの顔みたいにな・・・。・・・、・・・、隼瀬、もし、よかったら・・・、俺の傍にいてくれないか?」

「何・・・、慎治、こんなところでアタシに告白?気でもちがっちゃった?」

「場違いだって判っているさ。でも言葉だけは伝えておくな。好きなんだ、ずっと前から。隼瀬と高校で会う前から好きだったんだな、支えてやりたいんだ。隼瀬、お前をな。答えを今すぐ返せ、なんって、要求しない。だから、冷静に考えられるようになったらその答えを聞かせてくれな」

 自分の心に正直になりその想いを言葉に乗せすべてを言い切った。

 隼瀬が直ぐに答えを返してくれないのは今まで一緒にいて分かっている。だから、最後にそう付け加えておいた。

 隼瀬との別れ際、今可能な限りのヒーリングスマイルを作ってから宏之が眠っている場所から身を外に出した。しかし、隼瀬にあんな台詞を口に出していたけど・・・、答えをせかせるべきだった。

 彼女の場から離れるべきじゃなかった。そして、その事に後悔した時は既に彼女は俺の手の内には・・・。


~ 2004年12月29日、水曜日 ~

 今までずっと貴斗に連絡を入れてやったのに一行に出る気配がなかった。しかし、今日なんとヤツの方から連絡が入ってくる。しかもバイトの休憩中に。

「もしもし、藤原貴斗と申します。八神慎治さんでしょうか?」

 電話に出てやるとこっちの気も知らないで冷静な声でそんな風に言ってきやがった。だが、それは携帯向こうのヤツの心理を声だけじゃ量れないからだろうな。だから、そんな貴斗にちょっと怒った風に答えを返してやってしまった。

「貴斗っ!いま一体お前、何処に居る?何度もお前の携帯に連絡入れたんだからなっ!何で、今まで出なかった」

「無理な頼みだとはわかっている。モヤ像の前で待っている。そこに来てくれ」

「モヤゾウ?何処なんだ、そこは?」

 ヤツ目、頼みごとって言いながらいつも通り淡々と言葉短く口にしやがって場所は直ぐに分かったけど、少しからかってやるかな?

「旧・ハチ公像前だ」

「98小僧の出前?わかんねぇよっ、一体何処にいるんだっ!」

「東京都JR山手線渋谷駅、モヤイ像前」

 ヤッパリ貴斗だった、ギャグをギャグで返してくれることはなかった。

 最後にそう正確な場所を口にすると即行で電話を切ってきやがった。

 そんなヤツの分かりきっている対応に独り大きく溜息を吐いていた。

 仕事、まだ途中だけど店長に頭下げて理由を言って早退させて貰う事にした。

 明さんは貴斗の事だって知って直ぐに了承してくれた。

 それから、車じゃなくて電車で貴斗が伝えてくれた場所に向かう。

 電車だから急ぐことは出来ないが、それ以外の移動の時は高速の速さで動いてやった。

 アイツに時間の恐怖を与えたくなかったからな。

 いくら記憶喪失がなくなっても貴斗は多くのトラウマを持っちまっている。

 どんなに医療技術が進歩してもいまだにそれだけは簡単には治せない。だから、面倒で厄介だけどなるべくそう思わせないように回りが対処してやらなければならないんだ。

 俺はヤツの親友だと思っているから、そんな思いをさせたくないから出来るだけ急いでいた。


*   *   *


 その場所に到着すると既に陽が沈んでいる時間になっていた。

 貴斗はモヤイ像の前に独り寂しくしゃがみこんでいた。

 そんなヤツを見ていると無性に悲しく思えてしまうのは何故だ?そんな感傷的になってしまう雰囲気を貴斗は漂わせていた。

 見ているこっちまで気分が沈んでしまいそうな大きな溜息、そんな溜息をヤツが吐き終わった頃にかなり近づいている筈なのに俺の存在にまだ気づいていないヤツへ言葉を掛けてやっていた。

「何、バカ面してんだ?貴斗。来てやったからな」

「慎治、すまない」

「そう思ってんなら、訳くらい聞かせてくれるんだろうな?」

「慎治には隠し事しないって約束だから・・・。詩織、春香の通夜に来なかったのお前も疑問に思っているはずだ・・・・・・」

 本当は声にするの辛いんだろうけど、目を瞑って語り始める。

 11月8日に貴斗の気持ちを知って藤宮と一緒になるって思っていたが・・・、まったく違う展開になってしまっていた。

 涼崎は貴斗を求めヤツは彼女を受け入れちまったようだ。

 何故、ヤツは彼女の言葉を受け入れた?答えを聞く必要はない。分かっている。理由は多分二つ。

 一つはヤツの中で一番大きなトラウマ、シフォニーって女性の事だな。

 もう一つはいまだに残る涼崎に対する罪の念。

 前者が藤宮を受け入れる事を恐れてしまい、後者が涼崎を受け入れる事を承諾してしまったんだろうと予想がつく。そして、藤宮の目から見たら涼崎が貴斗に奪われてしまったと映ってしまったようだ。

 彼女の過剰な貴斗に対する愛情がそれを失った事により嫉妬より膿み出た兇悪な憎悪に変わってしまい・・・、親友だった涼崎を・・・。

 若し、涼崎がそんな事を貴斗に求めなかったら今も無事に彼女は現在に存在して宏之も然り。しかし、貴斗なら、そうなるくらいある程度予想できるくらい頭は回るはず。だが、何より、それより、俺と交わした約束が破られたことに頭に来ちまってな、周りの連中を無視して大声を上げてしまう。そして、その言葉と共に一発だけ殴らせてもらう

「貴斗っ、テメぇえぇぇぇぇぇっ、藤宮の気持ちに応える、って言ったのは嘘だったのカッ!くぅをのっ、バぁっカっやロぉーーーーーーがぁああぁぁあっぁっ!」

「慎治、そんな顔しないでくれ。俺が悪いのはわかっている。お前が俺を殴って当たり前のことをしている・・・、すまない」

「貴斗、お前だったら・・・、藤宮を振って、涼崎なんかに付いたら、どうなるかくらい予想できていたんじゃないのか?そのくらいに藤宮詩織、って女を解かってたんじゃないのか?」

「・・・解かっていた・・・、かもしれない・・・・・・。だが・・・」


「まったく、難儀な性格だな。過去に縛られすぎ、拘り過ぎなんだよ、お前は・・・。まあ、貴斗の過去を俺は知っているからこれ以上何も言わないけど・・・」

 今、コイツは涼崎を喪った事でまた新たなトラウマを作ってしまいそうになっている。だから、それ以上は突っ込んで口にはしなかった。

 そのトラウマがトラウマに変わらないようにするには藤宮が必要だってことも瞬時に理解してやった。

「チッ、こんな人が多い東京で藤宮をどうやって探せ、っていうんだ?」

 皮肉じゃないけど、皮肉った感じに言葉にして言ってやった。しかし、貴斗は俺の意など無視して普通に返してくる。そして、言ってくれたことは俺の事を判ってくれているような言葉だった。親友に自分の事が分かってもらえていることって嬉しいよな。

「人の心理というものをよく知っている慎治だ。俺なんかよりは上手く、彼女の行動予測できるだろう?」

「わあぁったよっ、しょうがねぇなぁ。その代わり、一つ約束しろ。藤宮が見付かったら、もう彼女から手を離すな。絶対この約束を守るなら、手伝ってやる」

「努力はする」

「努力するじゃねぇーーーよっ、絶対だ、絶対守れ!」

「了解」

「はっ、そんな簡単な言葉で返してくれやがって、まあそれでもいいか?応えを返してくれないよりはましだからな」

 まったくコイツは記憶喪失が直っても以前藤宮が言っていた性格とはまるっきり別もんだぞ。

 それ程までに貴斗の性格を変えてしまうくらいの凶事を海外で身に受けていたんだなって考えてしまった。

 いくら相手を判ってやろうと努力しても、共有出来なかった過去が存在する限り、本当にすべてを理解してやることにはヤッパリ限界が出来ちまうのか・・・。

 まあ、それから、貴斗にギャグっぽい事を言ってやったら、ヤツもそれにギャグで返してくれた。

 二人で近くにあったレストランで食事をしながら、どういう風に藤宮を探すか相談していた。

 食事中ヤツの携帯を借りある細工をしてやってから返していた。

 不思議そうな顔をしていた。そして、口に出しても聞いてきた。しかし、教えてはやらない・・・、後日のための必勝の策だからな。

 飯も食い終わって捜査の方法が決まると即行動しようとしたけど、貴斗が俺を引き連れ近くの銀行へ向かわされた。

「これで足りるか、どうか分からないが、軍資金」

「マジ?やっぱお前は根っからのボンボンなんだな」

「そうなのか?」

「ハイ、ハイ、そんなこと言っても自覚してない本人は分かるはず無いんだよな。あり難く戴く」

「足りなくなったら言ってくれ」

「これでたりないわけねぇ、だろ・・・。それじゃもう行くな、俺」

 貴斗にそう言い残してから非常に聡明なはずなんだけどな、迷想で迷走している藤宮、彼女の探索へと向かったのだった。

 先ほど渡された現金・・・、三十万円を手に少し遊んでやろうかと思ったけど無駄に使ったのがばれたら後が怖いからそんな雑念は捨てて、独り、どうするかもう一度考えていた。


~ 2004年12月31日、金曜日 ~

 色々と藤宮詩織という人物の性格を整理して、彼女の深層心理をうかがってみたが・・・、そんなことで簡単に犯人の居場所が分かるようだったら警察だって苦労しないよな。

 独り思いに耽ていると、一つだけ思い出したことがあった。

 それは藤宮が持つ携帯電話機能。

 今年の頭に彼女と貴斗、二人と一緒に新しい携帯に買い換えていた。

 藤宮と俺は同じ機種を購入していて、捻くれ者のヤツは別の物を買っていた。だから、貴斗が知らない特殊機能が俺と彼女にはある。

 それはSTS(サテライト・トレース・システム)機能って言うやつで、それはお互いの住所録に特別登録した場合、相手の位置が瞬時に分かる、ってやつ・・・。

 GPSに代わるまったく新しいおにゅぅ~~~な機能だ・・・、・・・、・・・、現在でもソン便利な機能ネェえって。・・・・・・、ここまで話し引っ張ってゴメンな、俺の性格なんで。

 四方八方の手を使って、頭使って藤宮の過去を探って母親から受け継いだ能力の一つ心理分析を行使して、すべてひっくるめて見つけ出した結論は・・・。

 それから、見出した結果の場所に来ていた。だが、しかし、今居る場所に来るまで彼女の事を色々と調べてしまった所為で、また、他人の知らなくて良い過去まで知っちまった。

 隼瀬の事もあって、藤宮の事も、少しだけど、高校に入学する前から知っていた。って言っても彼女の名前と、隼瀬と同じで水泳をやっていて隼瀬と同程度に名声があったって事くらいなんだけどな・・・。

 藤宮の事を知ったおかげで、大学二年の頃に貴斗に相談された藤宮のある事情の謎が解けた。

 その時、アイツに間違った答えを返していた事も序でに思い出してしまった。

 それはどんなことかと言うと、藤宮、彼女は積極的に貴斗に抱かれる事を望むくせに、いざその行為を始めようとすると彼女の表情に脅えが見られるし、無理している様な感じだ、とアイツに聴かされた。

 貴斗のそれに俺は〝手前が無理してそれをしようとしている時の表情が藤宮には辛そうじゃなくて、怖そうに見えているんじゃないのか。

 お前になんか睨まれたら族もやぁ~さんも泣いて逃げちまうくらいの面してっからな。純情な女の子である藤宮にとってそれはもう、例え様もないくらいに恐ろしいんだろう、多分〟と答えちまっていた。

 それで貴斗は俺の言葉に何の疑いも掛けないで納得しちまったようで・・・。

 そんな事を考えながら建物の中をうろついていると管理人らしき人間を発見。

 その人に貴斗から渡された藤宮の写真を見せてやるとその人は何も言ってくれないが顔見てビンゴ。

『貴斗警視、☆の居場所を捕捉。東京都港区六本木三丁目15‐20、RFCホールだ』

『この現場に至急こられたし、連絡以上』

 一回外に出て建物全体が見えるように動画メール声付き、そんな感じで貴斗に送ってやった。

 後はもう一回さっきの壮年紳士に問い詰めて藤宮の場所を吐かせるだけだな。


*   *   *


 巧みな口車で総合管理人に問い詰め彼女の居場所を手に入れた。

 その場所に向かうと聴いてしまうと涙を誘われてしまうようなそんなメロディーが聞えてきた。

 藤宮に結構近付いているんだけど、気付かないようだな。

 暫くの間、彼女のその演奏を鑑賞していた。

 月夜に浮かぶ藤宮の姿。

 その演奏姿はこの上なく幻想的で美しく、切なかった。

 その美しさはまるで月の女神、天女、例え様もないくらい至極、本当にこの世の存在であるか疑ってしまうくらいに幽艶に見えた。

 こんな粋な女性を振るとは愚か者だネェ、貴斗は。

 ヤツの心情を知っているから本当はそんな事を思ってはいけないんだがな。しかし、こんな世界遺産的な彼女をヤツが想う様に自分の所為で喪ったら、もうそれは・・・、打ち首獄門、火達磨市中、引き摺り回しの計所じゃすまないぜ。

 死刑?終身刑処じゃなく、死んでも償い続けろ同義だな。

 何て下らない事を思ってから藤宮がヴァイオリンの弦の動きを止めた頃に背を向けたままの彼女に声を掛けてやる。

「流石だな、藤宮の演奏はいつ聴いても感動しちまうよ、俺。神の領域ってのはまさにこのことか・・・」

 調べていたから知ってはいたけど、そんな風に口には出していた。しかし、マジですげぇよなぁ。

 本当に何でもできてしまうんだからな、藤宮は。

「どちらさまですか?」

「なんだよ、俺のこと忘れちまったって言うのか?薄情だな、藤宮」

「ハイ、ワタクシは性悪で素気のありません女ですから」

「何言ってんだか?藤宮がそんな女の子な分けないだろう。でも、勿体無いよな、その才能。ずっと続けていれば、はっきり言う、間違いなく今、藤宮を知らない人なんていなかっただろうな。今こうして友達でいられないくらい遠くの存在になっていただろうな。何で続けなかったんだ音楽。まあな、それを続けなかったから、多分こうして俺も君も友達になれたんだろうけど・・・」

「貴斗が・・・、貴斗が・・・、あまり好きではありませんでしたし・・・、これが出来ましてもお褒めしてくれた事はありませんでしたから・・・」

「予想通りの答えって奴かな?ガキだった頃のアイツにそれの凄さを理解しろ、ってのを要求するのは無理ってもんだと思うぜ・・・。今の貴斗はべた褒めらしいけどな・・・、・・・、・・、。藤宮のその強すぎる依存的性格、根っからの様だな。ああ、それに貴斗も俺も、他のヤツ等だって藤宮の事を〝性悪で素気無い〟女の子だなんて思う訳ないって」

 藤宮の依存症の原因は紛れもなく貴斗の存在があった所為。

 その為、アイツが突然、アメリカに行ってしまった時の彼女、半年間、物凄く情緒不安定だった様だ。そして、その時に一つの事件が起きてもしまっていた。

 料理をする事と機械音痴以外なら大抵の事を人並み以上に熟せてしまう彼女。

 容姿端麗、頭脳明晰、運動万能、性格人当たりよし。だが、仮令、どんなに人当たりが良くて、友達が多くても、その多才さが仇となる事だってある。

 人は他人の才能や、育ちの環境を妬む。時にそれは憎悪となり、その対象を傷つける。

 これだけ人柄のよい藤宮でさえも不運にもその対象にされてしまった過去があった。

 要するにその才能を妬む連中だって少なからず居るだろう・・・、居たからその事件が起きてしまったんだけどな。

 貴斗が日本を離れる前まで、藤宮、隼瀬、貴斗は常に行動を共にしていた。

 今と違ってお頭が相当緩かったアイツだったらしいけど身体的な強さと危険察知能力はその頃も相当あったみたいだな。

 そんな男が常に彼女達の近くに居たのでは藤宮に何かを企てようとしても成功する訳ねえよ。

 だけど、アイツがいなくなって、隼瀬が近くに居ない時を狙って妬みを持った女連中が虚脱状態になっている藤宮に男を遣って襲わせた。・・・、・・・、・・・、・・・、複数による強姦。

 まあ、その時、可愛そうだけど、藤宮と一緒に巻き添えを食らってしまった彼女の友達が二人も居たと言うことか・・・。

 どこまでが真実か、当事者じゃない俺には分からないけど、その事件があってから、彼女は俺の母親に診て貰うようになっていた。

 その事件をきっかけに藤宮は大きく変わり始めた様だった。

 言葉遣い、幼馴染である隼瀬以外の友達との接し方、彼女の不得意とする物すべての克服。より強くなってしまった貴斗への依存性。

 藤宮自身が頑張れば、いつか、貴斗が彼女の物になると言う強い想い。

 中学三年になった頃には彼女を良く知る人物から言わせたら別人になってしまったようにも思えたらしい。

 それと、未遂だけど、藤宮は中学三年、受験真っ只中で再びレイプされそうになった様だった。

 その時はなんと隼瀬も一緒で彼女まで襲われそうになったみたいだ。でも、なんと驚くことにその時二人を救ったのは・・・、あの宏之だったとは・・・。

 人の繋がりの因果って不思議だよな、まったく。まあぁ、その時は宏之以外に奴の部活仲間が数名いたらしいけど・・・。

 これはあくまでも俺の憶測。

 記憶喪失だった頃の貴斗に抱かれる事を強く望んだ彼女。

 それは愛している相手に抱かれれば、アイツの温盛で満たされれば心身を癒してくれるだろうと、その嫌な過去の出来事も消し去ることが出来るだろうと、彼女は思っていたんだろうな。だが、実際、貴斗も藤宮も互いにその行為に対するトラウマがあって結局、二人が一緒に過ごしていた間、体を交えることが出来た回数は両手の指を折って数えられる程しかなかった。

 確かにセックスは快楽の一つだけど、ヤッパリ当人同士、本当に愛し合っているなら、それはお互いの心を繋ぐ、大事な手段の一つだと思う・・・・・・。

 そんな過去を持った藤宮。

 今、俺の目の前に居る彼女はかなり捻くれちまっている。

 貴斗に振られた事が、彼女の想いがかなわなかった事が・・・、裏切られた事が相当ショックか、それとも親友を自身の手で殺めちまった所為で心を壊してしまったか、冷たい言葉を声にしてくれやがるな。だが、本当の彼女の本心を知っているから優しく言葉を掛けてやった。

 貴斗が来るまで出来るだけ彼女の心の傷を癒してやろう。

「それは八神君が知らないからです、私がどのような過ちを犯してしまいましたか」

「ふぅ、そんなことか。知ってるよ、涼崎のことだろ?貴斗がな藤宮が涼崎にしてしまったこと、ヤツが藤宮の気持ちを裏切ってしまったからだって言っててな、ヤツはすごくその事に責任を感じているんだ。貴斗のヤツの事を本当に好きだって言うんなら、さあ、ヤツのところへ戻ろう」

 しばらく長い間、色々な手法で藤宮詩織という女性を説得していた。だけどな、中々どうして今の彼女は強固なほど強情で折れてくれない。

 多分、若しこれから貴斗と藤宮が縁りを戻してもヤツは絶対彼女には隠し続けるだろう事がある。

 勿論、それは彼女にも言えることなんだけどな。

 それじゃいずれまたどこかで彼女の心に歪ができてしまうと睨んだから即行決断を下しそれを教えてやる事にした。

「駄目なのです・・・。私が貴斗の傍にいていいはず無いのです。ワタクシは私自身の手で皆様から慕われていました春香を・・・、春香を・・・、春香を殺めてしまったのですよ。この様な咎人が彼の傍にいていいはず無いのです」

「藤宮、本当にアイツのこと解かってんのか?わかってんならそんなこと言えないはずだな」

「お分かりしていますからこそ、彼の傍にいられませんの」

「いぃ~~~~~~やっ、わかっちゃいねぇよっ!」

「八神君にそのよう事と言われる様な筋合いありはしません、私の方が断然、貴斗とお付き合いが長いのですよ。あなた以上に彼を知っています」

「それもないっ!俺の方が藤宮なんかより絶対多く知っているさ。貴斗のヤツが記憶喪失になった理由もなっ!聞けっ、藤宮!何でアイツがお前を選ばなかったか教えてやるよ」

「どうしてその様な事を言えるのですか、何を知っているというのですか?」

「決まってるだろ、俺が貴斗の今は一番のダチだからな・・・、彼奴が居なくなっちまったから。貴斗、藤宮には絶対話さないと思うから俺が教えてやる。外の世界で体験したヤツの悲劇をな。アイツの君に対する本当の気持ちをなっ」

 それから、しばらくその事を彼女に聞かせてやった。それを耳にしてかなり心を痛めてくれた様だ。

 ボロボロ、ワンワンと泣いて可愛らしく涙を流して俺の語りを聴いていた。

 そのクライマックス、貴斗には藤宮の前に恋人がいて、それが彼女とどれだけ似ていたのかを言ってやった。

 どんな女性なのか聞かせてやった。どういう末路を歩んでしまったか教えてやった。

 それの所為で貴斗がどんな傷を心に負ったのか、どうして藤宮に一線を置くのか聞かせてやった。

 どれほどまでに彼女を大切に本当に大事に想っているのかをすべて隠さず口に出してやった。

 それが藤宮の心にどれだけ浸透したか、分からないが効果的面のような気がした。

 説得の後一歩は俺がやるのじゃなくて貴斗がやらないと駄目なのを計算に入れておいてヤツがここへ辿り着くまで話のテンポも算段に入れていた。

「耳を塞がず最後まできけっ!それ程ヤツはお前の事を想ってたんだ。どうして、気付いてやれなかった。どうして、もっとヤツのすることすべてを受け入れら様な広い心を持たなかった。なぜ、貴斗に取り巻く不幸を藤宮の持つ、強靭な信念で取り払ってやらなかった。そんなこと俺が知っている藤宮なら出来たはずだ。どうしてだ」

 俺が知っている藤宮、彼女が持っている強念があれば貴斗のそれを取り払えると信じていたから二人の中をずっと見守り続けていたんだ。だから、そんな言葉を彼女に向けていた。

「そんなこと俺が知っている藤宮なら出来たはずだ。どうしてなんだ」

「だって、だって、だって、貴斗は私にその様なこと一切教えてくださらなかった。多くを語ってくれなかったのです」

「そんなの関係ねえぇよっ!そんなこと知らなくても別にいいんだ。ただ、貴斗のする事を信じてやっていればよかったんだ。それに、藤宮、君だって貴斗のヤツに隠し事してんだろう?それと一緒じゃねぇかっ!貴斗がその事を知ってりゃぁっ、絶対に藤宮の事を離したりなんかしなかったはずだっ!何のことだか、俺の口から藤宮にはっきりと伝えて上げられないけど、君が昔受けてしまった心と体の痛みをヤツに話していれば・・・」

「それを彼に伝えるなどと、卑怯なことです。私は哀れみで貴斗に好かれたいのではありません。そのような事で彼の心を繋ぎ止めても嬉しいはず等ありません。そのような形でなんか愛されたくありませんっ!」

「貴斗がそれを知ったからって、アイツは哀れみなんかで君を好きになんかなりはしないさっ!それに・・・・・・、そんな事よりもっ!もうヤツの命も長くないらしい。その間くらい精いっぱい貴斗の傍にいてやれよ、藤宮。な?」

「・・・八神君?今なんと申されたのですか?」

 その事くらいは話していると思っていけど・・・、そうじゃなかったみたいだな。

 馬鹿貴斗メ、それを言っていればここまで事態は深刻化しなかったはずなのに・・・。

 でも、実際こんなことが起きてしまった原因は・・・、俺の知っている奴等の誰が所為、って訳じゃないんだけど三年前なんだろうな。

「もう一度言ってやるからな、確り聞けよ。貴斗の命、長く持って数ヶ月らしい」

 俺だって正確な月日は知らない。

 言ったより早く、若しくは長くかもしれないけど・・・、彼女を貴斗側に引き寄せるには十分な月日だろうって思ってそう嘘の結論を口にしてあげた。

「そんなの嘘ヨぉおっぉおぉぉっぉおぉぉぉぉぉおおおおおぉぉおぉぉぉぉぉっ!」

「それが嘘か、どうか、誰の所為でそうなったか知らないけどな、事実だ。4ヶ月前の事故でヤツはそうなってしまったんだな・・・」

「誰の所為?その様なこと決まりきっています・・・・・・・・・、わたくしの・・・、せい」

「それはちがうだろっ!藤宮の所為だ?そんなこと有ってたまるカッ!それを言うなら俺だって同罪なんだ」

 言い方が不味かった。彼女はさっきよりも深く悲痛の表情になり、叫びながらそんな言葉を出してきた。

 しかし、あのことは藤宮の所為ばかりじゃない。

 俺だってそうなんだ。

 それで散々皇女母さんに責められるは、佐京姉貴には殺されかけるは、調川愁先生にはだらだらと説教をたれられてしまった。

 まあ、それのお陰で俺はまた色々と成長できたんだけどな。

「だから、なあ?そんなことは言わないで、アイツのところへ戻ってやれよ」

 藤宮にそう言葉を掛けた時、彼女を最終説得させることの出来るヤツ登場。

 どうして、解かったかって?それはヤツの携帯電話にあるものを仕掛けたからだ。

「そろそろ貴斗もここへ来るところだから・・・、なぁっ!そこにいるんだろ、貴斗・・・、貴斗っ、そんなところに隠れていないでこっちに来いやぁ!」

 後ろを向くとそこには・・・、振り返ればヤッパリ貴斗のヤツがいた。

 貴斗がこっちに歩み寄ってくる。もう、俺の役目はここで終わりバトン・タッチだな。だから、ヤツの方に近づき擦れ違いざま、

「後は、お前次第だからな。しくじるなよな」って強く囁いてやった。

 ヤツの言葉を聞かなくても答えは判っている。

〝努力する〟って答えてくるだろう。だから、何も聞かずそのまま、その空間を二人にしてやったんだ。しかし・・・・・・・・、それは間違いだった。

 二人っきりにするって決断は良しだ。でも、この場を遠く、離れてしまってはいけなかったんだ。

 屋上から下りてRFCホール建物内をぐるぐると探索しようと思っていたが、どうしても貴斗と藤宮のことが気になって屋上に戻っていた。もっと早くそうしていれば・・・。

 屋上を出て周囲を見ると二人の姿が見えなかった。

 出入り口から四方に伸びている場所だった。どちらに向かうか判断を誤れば即アウトだ。

 勘と即決に身を委ね。そちらの方向に向かうと・・・、って言うかそちらの方角から叫び声が聞えてきた。

「だれか、誰か、来てくれぇーーーーーーッ、慎治ぃーーーーーーーーーーーーッッ」

「タカトぉーーーーーーっ!ふじみやぁーーーーーーッ!!いまいくぜぇーーーーーーーーっ!!!」

 全力で走って、向かった先、俺の視界に移ったものは・・・、非常にやばい体勢の二人がいた。

 大声を叫び、心臓が張り裂けんばかりの勢いでそこに向かって手を伸ばした。しかし・・・、何度目かの大きな判断ミスをしてしまった。

 手を伸ばした時に掴んでいた物は貴斗の体でも、ましてやヤツが掴んでいる藤宮でもなかった。

 そう、俺が掴んでいた物は虚空だった。

 フェンスから身を乗り出し落ち行く二人に手を伸ばしていた・・・・・・。

 藤宮がこちらを向いている。そして、彼女の顔・・・、哀しそうな涙を流しているのにこんな表現したくないけど、女神の微笑みのようだった。

「フジミやぁああぁあぁぁっぁぁああッ!

たかとォオォッォォッォォオオオォオオォォッ!!」

 落下する二人に叫んでいるだけで何も出来やしなかった。己のバカさを呪うだけだった。

 神殺しとあだ名されても其の力を奪い、奪ったその全能な力で二人を助けたかった。

 悪魔に契約してでも翼を手に入れ、飛び降りて二人を救出してやりたかった。

 俺の命を遣って助けられるのならそんなもの呉れてやってもよかった。しかし、それはすべて無理な願いだな。

 階段を駆け降り、二人が重力に惹かれてしまった場所に向かった。

 その場に到着して藤宮と貴斗を見ると・・・、地上33mから堕ちてきたはずなのに傷一つ負っていなかった。そして、藤宮が貴斗を包むような感じでその場に落ちていた。

 二人に近付き生と死を確認してみると・・・・・・、やっぱり大丈夫なのは見た目だけだった。

 藤宮と貴斗、二人の顔を良く覗き込む、とても幸せそうだった。

 今の状況を例えるなら鴛鴦のように。そして・・・、しかし、俺の見ているのはただの幻想、似非リアル・・・、俺の精神防衛本能が見せた淡い幻。

 現実は眼を向けられるような状況じゃなかった・・・、

 それはThe Worst Tragedy・・・。

『ゴぉーーーんっ、ごォ~~~ンッ、ゴォーーーーーーンッ!』

 鐘が響いてくる。除夜の鐘、それはまるで二人の訃音の報せのような感じだった。

 貴斗が事故を起した時と同じ・・・、またヤツを見捨てちまった。愚か過ぎる。

 悔やんでも、悔やんでも、悔やんでも、悔やみきれないとは、この事なんだな?だが、しかし、俺の後悔はここに留まらずに直ぐ先にもあった。

 即急にこの二人の事を知らせるため翔子先生に連絡を取った。

 それを入れてから約一時間と少し、電話した相手と藤宮の両親、何故か家の姉が一緒に来ていた。

 佐京姉貴に殺されるのを覚悟でどうしてこうなってしまったかを伝える。その間、俺は泣かない様にしていたけど・・・、泣いてしまっていたようだな。

 すべてを話し終わると姉貴の胸の中で抱きしめられていた。

「シン、辛かったであろう。お前にとって大事なご親友がシンの目の前で・・・、悔いているのであろう?二人を追いたいくらい」

「姉貴ぃーーーーーーっ!おれはぁあぁぁあっ・・・、ううぅっ、ううわぁぁ、ううぅわぁ」

 嗚咽しちまった。俺よりちょとばかり長身の佐京姉貴の服を掴み泣いちまっていた。

「泣きたい時は泣け・・・・・・。だが、死のうなどと思うな。二人のためにも精一杯生きろ。二人を救えなかったと己を呪うなら、懸命に生きる事がシン、お前の藤宮殿と貴斗殿の報いだ、良いな、シン?」

 佐京姉貴は俺の心を判っていたようだ。そして、前向きになる様に諭してくれていた。

 涼崎、宏之に次いで同時に貴斗と藤宮が逝ってしまった。

 どれもが俺の過失で起こってしまった事だと思い込んだ瞬間、死にたくなってしまった。だけど、今の姉貴のその言葉で貴斗に頼まれた事を思い出した・・・。

 それは隼瀬香澄の事。

 彼女がこの事を知れば心に深く大きな傷を負うことは明白だ。だから、おれが支えてやらないといけないってそう思ったんだ。しかし、それも、もうすでに・・・・・・。


~ 2005年1月1日、土曜日 ~

 逝ってしまった二人の事後処理をしてから東京都文京区に借りている佐京姉貴の部屋で一緒に一夜を明かさせてもらった。

 だが、もしも、東京に留まらず地元の三戸に戻っていればある人から受ける凶報を朗報に変えられたかもしれないけど・・・、それはもうできない。

 それは昼を過ぎてから自宅へ戻った時だった。新たな訃報が俺の携帯に報されて来た。

 電話の液晶画面を見ると今すぐにでも逢いたい女の子からだった。だから、即電話に出て対応すると彼女の方から声を掛けて来てくれた。

「アッ、シンちゃぁ~~~ん、もしもシィ、ア・タ・シィ~、カスみよぉ~~~。どうしてぇ、なんかいもぉ、いままでぇ、電話かけたのぃでてくんなかったのぉ~~~」

 隼瀬の声は妙に明るく、少しだけ呂律がずれていた。その口調にただならぬ不安を感じてしまって、心の中が荒波となってしまっていた。だけど、できるだけ冷静に彼女に呼びかけた積りだったけど・・・。

「オイッ、ハヤセッ!今一体何処にいる?」

「さぁあぁ~~~、どこでしょぉ~~~かっ?」

「おまえ、酔っているだろう?迎えに行ってやるから場所を教えろよ、なっ?」

 そう言葉にしてやってから次に隼瀬が俺に口にしてくれた言葉は・・・、耳を疑いたくなるような事だった。

「しんちゃぁ~んっ、しってたぁ?しおりんとぉ、タカぼぉがねぇ。私をおいてネェ、先に逝チャッタんだよぉ。ひどいよねぇ。アたし、アだじ、二人の幼馴染み何にっ!世界でぇ、世界で一番大事な二人なのにッ!二人は先にアタシをおいって逝っちゃったの!何で、何で、何でぇっ!」

 涙声になりながら隼瀬は関係者以外知らないはずの貴斗と藤宮の死の事を口に出していってきた。

「何で、隼瀬がそのこと知ってんだ?新聞には載らない様に手は回っているはずなんだぞ?なんでそんな事知ってんだよ、お前はっ!」

 地上数十メートルのとこから落下して、無傷なのに死んでしまったという珍事件。

 世界的に有名な両親を持つ藤宮、財閥に近いくらいの巨大企業群を治める藤原家の跡取りである貴斗。

 ゴシップ記事になりそうな物だけにそれを恐れた翔子先生が権力を使ってそれが表に出ないように手を打っていた。だから、あの場にいた者達以外知らないはずなんだ。

 それから隼瀬は電話越しに大きな泣き声を伝えてきた。

 彼女の心理が手に捕るように分かってしまった。

 隼瀬を失いたくない。これ以上大切な人たちを喪いたくない。だから、懸命に説得して彼女をこちらの世界にとどめようと頑張っていた。

「かえようがないんだ。だから自殺しようなんって思うな。俺がお前の居場を所探してやるから、そこ動くなよなっ!」

 そんな風に口に出していた時は車に乗り、それを発進させて、既に彼女を探すために移動を開始していた。

「もう、あたし、嫌だよぉ。私の所為で誰かが傷付くなんてもう耐えられない。貴斗もしおりンも宏之も春香もいないのにみんな、みんなあたしの所為なのに。みんながいない世界なんって生きてなんかいけないワッ!」

 今は嫌なことが立て続けに起きすぎて、絶望的だと思えても仕方がない。だからと言って自殺だなんて・・・。

 確かに今は苦しいかもしれない、辛いかもしれない。

 それは数年先までそれは続くかもしれない。

 昨今では集団自殺なんかする馬鹿な連中まで居る。

 でも自殺なんかしちまったら何にもならねぇだろうっ!

 死んだからって楽になれる訳が無い。

 余計に苦しむだけだ。

 本人だけでなく、その人物を大切に思っていた仲間までも。

 楽観論かもしれないけど、生きて居りゃぁ、そのうち光明だって射すだろう。

 生まれてから、自然に死ぬまでの間、ずっと不幸な奴何って居やしないさ。

 だから、俺は彼女へ、

「その中には俺は含まれていないのかよっ!俺だけじゃ駄目なのか?隼瀬。お前の事を凄く慕ってくれている翠ちゃんだって居るだろう?」

「うれしいけど・・・、嬉しいけど・・・、もう、駄目なの、アタシ」

「違うだロッ!奴等のためにも、残った俺達があいつ等のために精一杯生きて、あいつ等がこの世界に存在したって証を立ててやるのが義理ってもんだよな?違うのか?」

 姉貴から聞かされた言葉を隼瀬にも伝えてやった。そして、彼女の返してくる言葉は・・・。

『プツッ。ツゥー、ツゥー、ツゥー』

 声じゃなく会話終了を知らせる音だった。

 それが俺の心を焦燥とさせる。

 隼瀬の知っていること頭ン中で整理して、考察して、推理して、予測して、推測して、予想して、導き出した答えの場所に車をかっ飛ばして行った。

 おれ自身、全然気付いていなかったけど運転中考えていたから何度も事故りそうになっていたな。

 結論の場所が見出せた時は信号など無視、対向車線関係なしパトカーに追われ様が振り払って行き着いた先は?

 海岸に車を乗り捨て、人足で走って隼瀬のいるはずの場所に向かっていた。


~ 瀬 逢・常 世 岬 ~

 今いる岬に到着した時、もう、何もかも間に合わなかったって事に気付いてしまう。

 岬の先端に走って行くと、その先端の足元には結局、片思いのままだった女の携帯電話だけが転がっていた。

 隼瀬の姿はそこにはなかった。

 そこから、海面を覗いてみた・・・、荒れ狂いすぎていて、彼女が浮き上がってきそうな気配はなかったな。

 無数の渦が出来ていたから俺が飛び込んだところで彼女を助けられる事は無いだろうな。

 独り涙を流しながら、彼女の携帯を眺めていた。

 レディーの秘密が詰まったそれの中身を覗いてしまうのは俺のポリシーに反していた。でも・・・、どうしても、知りたかった。だから・・・。

「隼瀬・・・、中見せてもらうな」

 そう呟いて、彼女の携帯電話を開いてみた。

 色々、弄繰り回していて気が付いた事に彼女のアドレス帳にはたった十数人しか名前が登録されていなかった。

 グループ別に分けてあったすべてを見ても登録されていたのは親友と大切な人達と表記されたところだけだった。

 高校では男女関係なしに友達、多かったはずなのに・・・、社会人になってからの彼女・・・、俺の知っている連中しか友達としてみていなかったようだな。

 さらに操作していると、パスワードが掛かったメモが一つだけあった。

 鍵開けは結構得意なんでな一発で当ててやったよ。

 ロックキーは『887543』だ。

 一つだけ、かなり強引な当て字があっけど、そこは彼女の正確から読んで割り当ててやった。そして、解除されたメモの中を読んでみた・・・。

 それを読み終えて、誰もいないのを知っていたから思いっきり声を上げて泣いていたな、俺。

『宏之が進みたかった未来を変えてしまった』

『春香が望む将来を壊してしまった』

『本当は宏之以上に大好きだった貴斗の人生をめちゃくちゃにしてしまった』

『私の半身と思えるくらい大事な詩織が願った夢を潰してしまった』

『私に倣って努力し続け、懸命に頑張っていた翠を裏切ってしまった』

『一番、私を大切に思っていてくれた人の想いを踏みにじってしまっていた』

『それは私の三年前に起した罪の所為』

『どんなに私が切望しても三年前に戻ることは出来ない』

『でも・・・、若し、もしもあの頃に戻れるなら・・・、もう間違った選択はしないわ』

『・・・、これをみてくれるのが誰だかわからないけど』

『若し、もし、モシ、モし、もシそれが慎治だったら・・・、伝えておくね』

『こんな蓮っ葉な私、隼瀬香澄を・・・、優しく支えてくれて・・・、そして、好きになってくれて・・・・・・・・、有難う。それと、ゴメンナサイ』

『シンちゃんの気持ちに答えて上げられなかったけど・・・、若しも、もう一度やり直せるなら』

『もう一度やり直して、みんなに・・・、出逢えるならば、今度は私から貴方に・・・・・・、大好きって告白してあげる。シンちゃんと生涯一緒に、生きて、逝きたい、って言って上げる』

『はやせかすみより』

「隼瀬の馬鹿やろぉーーーーーーーーーーーーーーーっ、

こんなのってありかヨォォオォォォォオオォォッォオオォッォォオッ!!」

 彼女の携帯電話を握り締めながら、俺は喉が潰れてしまいそうなくらい大声を張り上げていたな。

 その場所で、涙が血の色に変わるまで泣き続けていた。

 声が潰れて二度と喋れないくらい大声を上げて慟哭してから、どのくらい経ったのだろうな?冷静さを取り戻してからは直ぐにこの事を隼瀬の親に知らせていた。

 電話を掛けた時出てくれたのは母親の方だった。

 隼瀬香澄の自殺を言葉にして伝えるとその母親から声が帰ってくることはなかった。

 切ってしまおうかと思ったとき別の声が聞えてきたそれは隼瀬の祖母でその人から初めに対応してくれた人が卒倒してしまった事を教えてくれた。

 隼瀬の祖母から今いる場所でしばらく待っていて呉と頼まれた。だから、それに従うように誰が来るのかしらないけど待つ事にしたな。

 そこで待つこと一時間と少し。あと一時間も経ってしまえば陽が沈んでしまうという時間だった。

 俺がいる場所に現れたのは初めて会う隼瀬の父親と何故か翔子先生。

 海岸の方を見ると異常な数の舟艇が群がっていた。

「始めまして、隼瀬剣、香澄の父です。連絡していただき有難う御座います。今から娘の海中探索を行うんですけどね・・・。若しよければ香澄が見付かるまで・・・」

 頭を下げるだけで、俺は何も答えられなかった・・・。声がもう出なかった。

 国の偉い役員の隼瀬の父親はその権力を私的のために使って娘の探索体を集め、翔子先生は金の力を使ってダイヴァーを集めたようだった。

 集まっていた数は警察なんかがやるそれとは比じゃなかったな。

 俺が愛してしまった彼女は太陽が水平せんに半分くらい沈んだ時に見付かった。

 水揚げされた隼瀬の所に駆け寄ってそれを見つけてくれた潜水士に頭を下ろし彼女を抱きしめ、痛めていた喉の事など忘れ、また声を出して泣き叫んでいた。

「隼瀬ぇーーーーーーーーーッ、香澄ぃ、カスミィ、かすみぃーーーーーーーーーッ!何で俺をおいて逝って、しまったんだぁーーーーーーっ、辛すぎるよ・・・・・・」

 しばらく隼瀬を抱きとめている事を彼女の父親は許してくれていた。

 サーチ・ライトに照らされていて、周囲は明るかった。隼瀬の顔を覗いてしまったら・・・、その表情は貴斗と藤宮の時と一緒で微笑んでいた。

 そんな隼瀬の顔を見てしまったから余計に辛かった。

 俺の傍より、やつらの傍に逝ける事の方が彼女にとって幸せなんだって知ってしまって、どうしようもないくらいに哀しく、悲しく、甚く、痛いくらいに心が泣いていた。しかし、そんな彼女の表情も、俺の心が見せた儚い幻影だった。

 俺自身生きていくのが辛酸なくらい心が腐りかけていた。


~ 2005年1月3日、月曜日 ~

 貴斗と藤宮が死んで、それを隼瀬が追ってその二日目。

 翔子先生から昨日、通夜をしないで直接葬儀だけ執り行うこと報せを受けた。

 親族だけしか呼ばないようだけど、俺の家、八神家は藤宮家と何らかの縁があるらしくお呼ばれされる事になった。

「いったい俺の家と藤宮の家がどんな関係があるって言うんだ。教えてくれよ、母さん」

「皇女はなぁ~~~んにも知りませぇ~~~ん。ネェ、サッちゃん」

「シン、うるさい。少しは黙っていなさい。お前が御三家の事を思うなら何も聞くな」

「そうかよっ、どぉ~~~せっ、いつも俺だけ仲間はずれだな」

 不貞腐れた顔を作って葬式が始まるまで時間を潰そうと自室へと足を運んだ。

 部屋に戻ってからふっと一つの事に思い当たる。

 それは、親族限定だって言われていたけど、一人ぐらい増えてもいいかなって思って参列させてあげたら三人が喜んでくれるかもしれない人物のことだった。

 その子に連絡を入れてやったけど・・・、俺の心はその貴斗達が逝ってしまった事を伝えるのが辛かったようで簡潔の言葉を送ると相手が返して来る間も与えず電話を切っていた。

 車なんって運転したい気分じゃなかったけど家族が我侭を言ってくれやがって結局それで一度は門を潜って見たいと思った藤原家のその中に侵入する。しかし、こんな嫌な事でその門を潜る事になるとは最悪な因果だな。

 藤原家の屋敷を車のまま移動して敷地内の駐車場にそれを止めて外に出ると現代とはかけ離れたような空間に足を踏み入れた気分だった。

 小さい右京を抱っこして他女二人を連れ葬儀場に向かった。

 親族限定って言ってもそれなりの人達が顔を出すであろうと思っていたけどな・・・、そんなことなかった。その数を数えたら・・・、いや、そんなことする必要ない。

 式が始まると、とっくに枯れていると思っていた涙のやつがまた溢れるように流れ出ていた。だが、声をあげて嗚咽することはしなかった。我慢した。だから、心の中では大叫びしていたな、俺。

 その叫びを言葉にして表さない、辛苦だからな。

 葬儀も終わり隼瀬達の躯が納められた箱が運ばれる時、散々彼女たちに我侭を言っていたくせに今回も翠ちゃんはそれを言葉に出していた。

 その口にしていたこと出きるならそう願いたい・・・。でも、無理なこと。

 どんなに望んでも死んだ人間は甦らないんだ。

 貴斗が一度不死鳥の如く舞い戻って来られたのは多分、棺桶に足を突っ込むか、そうじゃないかの寸前だったからだろう・・・。しかし、今度はどんなに、どう願っても無理。

 藤宮たちの身体が無傷だった事だけが奇蹟でそれ以上はない。

 隼瀬が見付かってくれた事が兆に一つくらいの偶然。

 涼崎、宏之に続いて三人が旅立ってしまったことはもう変えられない事実なんだ。

 翠ちゃんが参列客に『大嫌い』と言葉を残してしばらく経つ、これだけ広い家だ、足で走ったくらいじゃ到底外には出られないだろう。

 翔子先生に車で敷地内探索許可を貰って家族を乗せて彼女を探していた。

 皇女母さんの心理分析と、佐京姉さんの推理と、なんとまだ五歳の右京の直感で翠ちゃんが見付かってしまった。

 家族の中で何の特殊能力も持たされていない自分を蔑んでしまいそうになった瞬間だった。

 姉貴に俺が説得するよう強制され車から降りて翠ちゃんのところへと向かった。

 で、今、彼女に話しかけている途中だった。

「みどりちゃん、辛いのは君だけじゃないんだ。だから、みんなの所、隼瀬、貴斗、藤宮のところへ行ってさっき言ったこと謝って来い」

「私、みどりチャンなんて子じゃありません。それに私が謝ったところで大好きな貴斗さんも香澄先輩も詩織先輩も言葉なんか返してくれないもん」

 まったく可愛く捻くれてくれやがって・・・、この子は、涼崎、藤宮、そして隼瀬の性格的影響を大きく受けている。

 その性格心理を上手く理解してやらないと彼女に大きな心の傷を負わしてしまうだろう。それを考慮に入れた結果出た言葉は・・・。

「いい加減にしろよっ!だから翠ちゃんはガキだって言われるんだ。そんな姿の君を見たら三人とも泣いてしまうかもな。心残りになって旅立っていかれないかもな」

「そっちの方が・・・、いいです。こっちに残っていてくれた方がいいです」

〈俺だって、みんなが戻ってくるならいくらだってそうしてやる・・・、だがな・・・、だがな〉

「そんなんじゃ、三人とも浮かばれネェよ。本当に翠ちゃんが隼瀬のことも、藤宮のことも、そして貴斗の事も大好きなら・・・、そんなひねくれてないで素直になってやれな」

「ゴメンナサイです・・・。ごめんなさいです、八神さんゴメンナサイデスゥ」

 口に出した言葉、何とか彼女を説得できた。

 それから、俺にしがみつき泣きながらそう答えを返してくれるけど・・・、それは違う。だから、優しく諭してやるんだな、俺は。

「謝る人物、間違ってるな。さぁみんなの所へ戻ろう」

 言葉と同時にしがみ付いていた翠ちゃんと距離を置いて、泣いている彼女に一緒に行こう、って感じで手を差し伸べた。

 彼女はそれを返してくれる様に手を握ってくれた。

 翠ちゃんを乗せ、向かうは三人が運ばれた先のクリメーィトリーだった。

 その場所に着くと俺たちの事を待っていてくれたのか火葬される前だった。

 三人のヒツギを確認した翠ちゃんはそのどれかに駆け寄って別れの言葉を捧げていた。

 その言葉の中に彼女の最後の我侭があった。しかし、それは許されるものだった。

 追悼の句が終わると翠ちゃんはエンジェル・スマイル、天使の微笑を彼女にとっても、俺にとっても大切な者達に贈っていたな。


*   *   *


 ここには来ていなかった翠ちゃんの両親に代わって彼女を送り返すために待っていたのだけど、その帰り際に聞かれたくないこと、教えたくないことを尋ねられた。

「やがみさん・・・・・・・・・・・・。ひとつ、その、一つ聞きたいことがあるんですけど、答えてくれますか?」

「答えられることだったらな。言ってみな」

「その・・・、あので、すね・・・、どうして、たか・・・」

「それ以上言うな、翠ちゃんが何を聴きたいか、なにを知りたいか、わかったよ・・・。でも、教えてやれないな、そればっかりは」

「どうしてですかっ!」

 その事実を知れば翠ちゃん、彼女がいくら我侭なくらい精神的に強くても、知ってしまえば普通でいられるはずが無いな。

 俺だってこんな風に表面では平静って仮面をかぶっているけど・・・、それを取っ払ってしまえば・・・。だから、教えられない。

 冷静な仮面を身に着けたまま陳腐なセリフを翠に聞かせてやった。

「世の中にはな、知らなくたって良い事と、そうじゃない事ってのがあるんだ。言い換えれば知らない方が平穏無事に生きられるってやつかな?」

「意味が分かりません。私がわかるようにちゃんと説明してクダサいっ!」

「翠ちゃんはそんなことを知る必要が無い。ただ、それだけだ」

「八神さんがそれを教えてくれなくちゃ・・・。私、非行に走っちゃいますよ」

「そっ、それはちょっと困るな、色々な意味でな・・・。聞いても、自分を確りもてるか?」

 そんな事をされたら逝ってしまった五人の魂が浮かばれない。それだけは避けたかった。

 言葉にはしたく無いけど、一度確認を取る様にそんな風に言ってやった。

「聞いてみなくちゃそんなこと、分かりません」

 返ってきた言葉はそんな簡単なものだった。しかし、俺が思っているほど翠ちゃんは強い女の子なのかもしれない、そんな風に感じたから渋々とそれを伝える。

 全てを聞き終えた翠ちゃん、彼女は愕然とした表情を見せてくれた。

 耳に入れればショックを受けないはずが無い。だから、それを軽減させてやる様に姉から俺に伝えてくれた言葉を翠ちゃんに言ってやるのさ。

「先に逝っちまったみんなのために精一杯生、俺達が未来を歩んでいこうな。あいつ等のこと大好きなんだから、懸命にあいつ等が望んだ世界を作っていこうな?それが俺達生き残った使命だ。そうだろう、翠ちゃん?」

「八神さん。良くそんな、くさくさぁ~~~な、セリフをはいてくれちゃいますネェ。でも、私、それに賛成です。私に何が出来るかわかんないけど・・・、皆さんの事いっぱい、一杯好きですから」

「本当のお姉ちゃん、春香お姉ちゃんの夢」

「とっても優しくて詩織先輩と香澄先輩が手にしたかった未来の勝利」

「お姉ちゃんを心から愛してくれた柏木さんの希望」

「とっても、すごく、いっぱい甘えさせてくれちゃいました愛しちゃった貴斗さんの将来」

「それがなんなのかわかんないけど・・・、私、翠は精一杯みんなのために生きちゃいますよ。八神さんも一緒についてきてくださいね?」

「アッタリめぇ~~~だろうっ!」

 俺がそう言ってやると翠ちゃんは可愛らしい笑顔で返してくれた。

 彼女を涼崎家へ送り届け、自宅へ戻ってからは独り、リヴィングのソファーに寝そべって考え事をしていた。

 それは友の死。

 先に逝っちまった五人の中で一番交友関係が広いのは多分、俺なんだろうな。

 大学に上がってその幅は更に広くなったけど、それだけ広くてもアイツら以上の友達と呼べる友達はいない。

 貴斗が心を苦しめていた大切な人々の死。

 それがどれだけ、耐え難いことなのか、こんな形で俺が分かってしまったのは最悪な事だな。

 これ以上、何か悪い知らせを受ければ俺自身、宏之と同じ様に自己崩壊しかねないそんな状態だった。だけど、その苦痛にも耐え、姉の言葉を守り、翠ちゃんと約束した事を通そうとしたのに・・・。


~ 2005年1月12日、水曜日 ~

「翠ちゃぁーーーんっ!」

 そう叫んで彼女がいる病室に駆け込んでいた。

「静かにしてくれ、二人が休めませんから」

「あぅっ、すまないな」

 そこに一人の椅子に座った男の子と病室のベッドに寝かされている二人の女の子がいた。

 男の方の名前は結城将臣。

 翠ちゃんの恋人らしい人。

 それと彼女の隣のベッドに寝ているのはなんとその彼の妹だという。

 以前、一度会った事のある二人なのに余りにも気が動転していたために直ぐに気付いてやれなかった。

 将臣君の表情は昔、涼崎春香、翠ちゃんの姉が事故を起し数週間たった後の宏之と酷似していた。

 酷い精神疲労を催しているそんな感じの表情だった。

 どうして、翠ちゃんがこうなったのかを彼に聞こうとしたがそれは即、取り止め。

 今の将臣君の状態を見ても教えてくれそうも無いし、聞けば彼の心を傷付けてしまいかねないそんな感じだった。

 毎度の如く俺と関係している調川愁先生が二人の担当医師だった。

 その先生に事情徴収してみた・・・。

 どの様な内容か・・・、知りたいやつは自分で調べろ、って感じに返されてしまった。

 今日この日から俺は三年前に貴斗がしていた同じ事を翠ちゃんにする様になった。

 いつ目覚めるか、わからない彼女を見守り続ける日々を送る事になってしまった。それから・・・。


~ 2010年XX月XX日 ~

 チッ、俺だけが残っちまったのかよ。

 ハァーっ、これからどう生きてくんだろうな、俺。

 大学卒業後、普通に就職して、何の希望も無く、翠ちゃんの見舞いをして、だらだらと毎日を送っていた。

 仕事も与えられた内容をただ、機械的にこなす日々。

 マジメにやっていた積りじゃないけど会社の方は高く評価していたみたいだな。

 それの所為で海外出張のオハコが回ってきちまったよ。

 栄転って奴かな?若しくは俺の評価を妬んだ奴の姦計で左遷って奴かもな。

 まぁ、どっちでもいいや。

 その出張は急を要する事で直ぐに出発できる準備を整えろ、と言うことだった。

 特に必要なものはなかった。だから、着替えだけ用意して買ったばかりのスーツケースに入れ、その日を待った。

 出発の日を迎えた朝、家を出る前にぼんやりしていたら机に乗っていた昔の写真が目に入った。

 それは親友達が写っている写真。それを何気に手にして・・・、重い気分になっちまった。

 そんなかの男一人は何かのヤバイ薬の実験台にされ急性廃人死?それともショック死?

 もう一人のヤツは俺の目の前で死にやがった。そいつの恋人と一緒にな。

 はぁ、そして、写真の中の女、俺が好きだったやつは自暴自棄になり自殺しやがった。

 もっと早くあの場所に行っていれば・・・。

 最後まで何の彼女の心の手助けもできなかった。そして、この中の別の女は三人写っている一人の女に・・・、殺されちまいやがった。

 馬鹿だよな、よりによって彼女の彼氏を奪うんだからそういう目に遭うんだ。

 相手を選べ、っチゅーのなぁ、まったく。

 最後にこの写真に写ってなくて、殺されちまった女の子の妹は姉と同じ運命をたどり今も眠ったままだ・・・。

 それは俺の所為なのかもしれないな。

 真実を教えなかったら、彼女はそうならなかったかもしれないんだ。

 その写真を今日の手荷物の中にしまい込み、ぼんやりとそんな考え事をしていたら妹の右京が部屋にやって来た。

「おにいちゃぁ~~~ん、朝ごはんの用意できたんだよぉ。早く一緒に食べよぉ~~~っ」

「ああぁ、今いく、姉貴も起きてるのか?」

「早く、降りてこないと、またシンお兄ちゃん、サッちゃんお姉ちゃんにいじめられちゃうよぉ」

「怖いこと朝っぱらから言うな!」

 そんな事を言う妹の頭をぽんぽんと軽く叩きながら台所へと向かった。

 朝食を食べ、総ての準備を終えると東京第三空港へと向かった・・・?何故、姉が見送りに?

 仕事はと思ったが口に出さずに同行させてやった。そして、空港のロビーで。

「シン、仕事は出来ているようだがここ数年のお前は変だ!」

「別にいいだろそんな事・・・、姉貴にはかんけぇーねぇ」

「これでもお前の姉だぞ。頼れ・・・・・・。ハァッ、まだあの方達の事で悩んでいるのか?」

「だからっ、かんけーーーねぇ~って言ってんだロッ!」

「シン・・・、姉失格だな、私は。シンの気持ちを理解できていないんだな、わたしは。でもいいか?お前のためを思って言っておくぞ。まっとうな精神なら亡くなった方々への悼む心は持って当然だ。だが、それを何時までも引きずるな。その方々の事を思うなら残ったお前は精一杯生きろ。これが私から言える、シン、旅立つお前えの手向けの言葉だ」

「・・・、アリガト姉貴・・・。いつも心配かけさせちまって、そしてごめん」

 最後の言葉、姉の佐京には聞えないように言っていた。

 聞えてしまえばまた何を言われるか分からないからな。

 出来るだけの作り笑いを姉貴に向けて入出管理室へと向かった。

 飛行機へ搭乗すると窓側だった俺は外の風景を眺めていた。

 見えるのは滑走路とそこで働く人々、縦横無尽に行きかう物品搬入車や燃料輸送車。

 遠くには海が見える。やがて俺が乗る飛行機も滑走路を滑り出し上空へと飛び立った。

 俺が乗るそれが平行飛行するまでずっと窓の外を眺めやる。そしてそれを見るのも飽きちまったから持ってきたEDP2(エンハンスド・デジタル・ポータブル・プレーヤー)を聞きながら眠る事にしたのさ。

 それが、最後の俺の行動・・・。

 それから数時間後、日本の夕方のニュースで

「本日、14時22分発NJL19便クアリー着、日本人129名、他21名を乗せた飛行機は・・・・・・」

 そして、俺も去って逝く。

 狂い続けた歯車の間に潰されるように飲み込まれながら・・・。

 この結末は心底大切だと思っていた友を理解している積りで接していた筈なのに、よりよき道に導けなかった事に対する罰なんだろうな、俺の。しかし、次という機会が再び用意されるのなら、今度こそ間違わないで俺の命を懸けてもみんなの環を繋ぎとめてやろう。

 更に、やっぱり好きな人には俺の方から・・・。だが、誰も知らない、また因果の環は繰り返される。

 因果の鎖は始まりと終わりを繋ぎ、メビウスの環を創って、運命と言う名の残酷を・・・。

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