悪夢の終わり・・・、それは悪夢 ・・・ 詩織

 一度、貴斗に犯してしまいました、彼を事故にお遭いさせてしまうという過ちは・・・、お変えようの無い事柄なってしまいました。

 再び、ワタクシは過ちを犯してしまう。

 一度ならず、二度、それ以上に・・・。


~ 2004年11月11日、木曜日 ~

 貴斗からお受けいたしました一通の電子メールに記されていました場所へと向かっていました。

 今まで、ずっと見続けていました悪い夢、今日それが晴れて下さるのではないか、

貴斗と春香がお付き合いしているなどと申します、その様な縁起の宜しくない夢が終わりを告げて下さるのではないかと思いまして、気分様々でそちらに向かっていたのです。

 ですが・・・、しかし・・・、それは・・・。

 聖稜学園高等部、ワタクシが高校の水泳部に所属させていただきました頃、使わせていただきました屋内プール場の裏にあります旧校舎の更にまたその裏に見えます高台の丘に辿り着きました時、私よりも先にその場所へ足をお運びになっていました女の子が佇んでいました。

 涼崎春香、数ヶ月の間、私を苦悩させて下さいました彼女。且つ、私の親友である方。

 平静を装いまして、春香とご一緒に貴斗をお待ちいたしました。

 彼がお姿をお見せしてくださって彼の言葉から始まり、それから続きますお話の中で春香からお聞きしたくも無い事を耳に入れてしまう。

 それは・・・。

「好き、今、私が必要としているのは私が愛してしまった人は宏之君じゃない」

「エッ?」

〈春香、ご冗談ですよね?柏木君の所へお戻りになるのですよね?香澄には本当に申し訳なくお思いいたしますが・・・〉

 ですが、彼女の続ける言葉が悪い夢はまだ終わりを告げていませんことを報せてくださる。

 春香が貴斗にお掛けになる言葉、彼が彼女にお返す言葉・・・、私の想いが崩れ去ってしまうお二人の言葉を聞いてしまいました私はお叫びするように春香に訴えてしまっていました。

「止めてぇぇぇええぇぇぇっ。春香っ、私から貴斗を奪わないでぇえええぇぇぇぇぇぇええっ!!!」

 その私の訴えは大切だと思っていました親友にお届きもせず、深くお慕いしています幼馴染みにも届いてはくれませんでした。

 春香のお願いを聞き入れ様とします貴斗は私を突き放す様な事を報せ。

「一番大切な・・・、幼馴染みであるお前の気持ちに応えてやれそうにない。ゆるせ、詩織」

 貴斗の口にしてくださったお言葉をもっと、よりもっと、非常に正確にすべての彼の口から出たお声をお聞きしていたのなら・・・、彼のお気持ちをとっても多くお察し、して差し上げていたのならば、心の醜い悪女にならずにすんだのかもしれません。

 ですが・・・。

 生誕しまして此の方、貴斗に我侭を言い続けていた私は今日も彼にその我侭を押し付けようとしてしまうのです。

「嫌、いや、嫌よ、貴斗そんなことを言わないで。私、貴斗がいなかったら、これからどうすれば良いの?何を目標にして生きて行けばいいの?」

「詩織、我侭を言わないでくれ、俺の性格を知っているならこれ以上俺を困らせないで欲しい」

「たぁかとのぉばかぁあぁぁあぁあっぁあっぁぁあっぁぁっぁぁあっぁぁあっ!!」

『バシッ!』

 貴斗にまた、手をお上げしてしまいました。

 今まで幾度となく彼にそれを差し上げてきた事か・・・。

 彼はどの様な時でも私をお護りして下さいますのに・・・、一度でしたって、彼は私に暴力等をお振りしませんでしたのに・・・、それを私は渾身の力をお込めして、彼にしてしまっていたのです・・・。

 そんな、わたくしは最低なヲミナ。

 たった今ほど貴斗の平手打ちをしてしまいました時に春香がお戻りするべきでした殿方がお見えになったのです。

 その彼は困惑の表情を作りまして、おたじろぎになっていました。

 柏木君は表情をお変えし、しませんまま貴斗に今の状況の説明要求をお訴えになっていました。

 貴斗はそれの応じる事はしませんでした。ただ、お黙りしていただけなのです。

 若し、私が柏木君にそれをお伝えすれば今のこの嫌な雰囲気を変えていただけるのではと思いまして、口を動かそうとしたのですが・・・、春香の方が先にそれを教えてしまうのです。

 若しも、彼女よりも早く柏木君に言葉をおかけしていたのであればこの先の未来は変わっていたのかもしれません・・・・・・。ですが、それは無いのです。たとえ、私が先に口を動かしていましても得られます結果は一つでしかなかったのですから。

 数ヶ月前に起してしまった過ちで、お望みしてはいませんでした分岐の経路に搭乗してしまっていたのです。

 いかように頑張りしましても今の私のその経路を変える事など、出来るはずも無い。

 春香、柏木君との会話の中に私が最も気にしていまして、非常に胸を痛めています、お変え様が有りません、事実を私がお掛けしました言葉に対して、その返答として彼女が口に出して言っていたのです。

「それに・・・、それに、詩織ちゃん・・・、アナタだって、貴斗君を一度は見捨てちゃっているんだよっ!詩織ちゃんが彼を見捨てなかったらっ、貴斗君、事故にあわずにすんだのにっ!それなのに、何をいまさらそんなこと言ってるのよっ!」

「なっ・・・、そっ、それは・・・」

 私の胸を深く殺ぎ落とす様なそのお言葉、それを耳にしてしまいまして、深淵の罪悪感が私の心を捕らえると共に・・・、ある種の感情が芽生え様としてしまう。

 それは深怨。

 何かしらの負の感情にお囚われてしまっていましたのは私だけでなく柏木君もでした。

「貴斗・・・、貴斗・・・、全部・・・、お前のせえだぁぁぁぁっぁあぁっ!」

 彼はその言葉とご一緒に拳を振り上げ、愛とおしく想います貴斗を私以上持つ、そのお力で殴りつけようとしていたのです。

 貴斗をお庇いしたいと思いましたから、彼の方に身を移動させようとしましたけど、柏木君はそれをする事はしませんでした。

 それに直ぐに気付きましたから、瞼をお瞑りして、その場から動かないで小さく、私は溜息をついていたのです。

 視界を遮っていました瞼を上に上げ、貴斗と春香それぞれ、お分かりしない様に視線を向けていたのです。

 目の前の現実がもう変わりようの無いものだと認知してしまいました私はこの場にいますのが辛くなりまして・・・、逃げてしまうのです。

 柏木君はただ呆然とお立ちしているだけでした。

 その様な彼に私の今の気持ちを囁いてしまいました。

「わたくしたち・・・、哀れなクラウンですね・・・・・・・・・。ですが・・・、春香が法の裁きをお受けしましても貴斗をお恨みしないでください」

 その様に言葉に残しまして、涙を流しながら私は走り去って行くのです。

 先ほど貴斗に訴えましたお言葉、『嫌、いや、嫌よ、貴斗そんなことを言わないで、私、貴斗がいなかったらこれからどうすれば良いの、なにを目標にして生きて行けばいいの』

 貴斗が私の傍にいてくださらないのなら本当に死んでしまいたかった。

 彼が傍にいない現実など認めたくなかったのです。

 いかようにいたせば私の傍に彼がお戻りするのでしょうか?・・・、それは春香が・・・、貴斗の傍に・・・、いられないように・・・、すれば宜しいのです。

 私は最低な女の様ですね。

 その様な結論を心の中に思い浮かべてしまうなんて・・・。

 危険なくらい深い愛情がそれと同じくらいの大きさの嫉妬に変わってしまいました時、

 憎悪と云います念が私の心を支配し、

 真っ当な人が足をお踏み入れしてはいけません非道、

 外道と呼ばれます道に流されてしまう。

 それが一体どのような結末を齎してしまうかといいます事を、

 本当は香澄と同じくらい大切だったはずの親友の春香を・・・、

 その春香の事を強くお思いになります柏木君を・・・、

 そのお二人の事を大事にしていました私の幼馴染みの香澄を・・・、

 本当の貴斗のお気持ちを知らないまま、その最愛の彼をどれだけ悲しませ、追い詰め、

 皆様を鉄の鎖の枷に繋ぎましたようにヅルヅルと手繰り寄せてしまいます事に気付けはしません程の憎しみの炎が私の心を焦がしてくださる。

~ 2004年12月6日、月曜日 ~

 一月ほどの間、大学の図書館で六法のうちの四法、刑法、民法、民事訴訟法、刑事訴訟法に噛り付きまして、どの様にいたしましたら春香を法の下に裁き、貴斗を法の庇護かにお取り戻しをできますか調べていたのです。

 そうしまして、今日もまたそちらの場所でそれが記されています書に目を通していました。ですが、目をお通しになればなるほど・・・、春香を擁護し、私が不利になってしまいそうな事項しか頭にお入りしてこなかった。

「藤宮さん、司法試験が合格したというのに熱心になって、その様な物をまた開いて何を探しているのですか?」

「ア・・・ッ・・・・、神無月先輩お久しゅう御座います」

 必死になって民法の文章を指なぞりいたしましてお読みしていますと、卒業論文でお忙しいはずの先輩がお顔を見せてくださいました。

「どうしたんですか?必死にやっているように見えたのですけどアナタの表情は暗いですよ?ああぁア、そうそう、藤原君が退院したって聞いたんですけど、いつ学校へは?」

 先輩のその言葉に一層の翳りを見せてしまいました、私。

「いったいどうしたって言うんですか?藤宮さん」

「そっ・・・、それは・・・」

 言葉にしますか、しませんか、悩みました挙句、神無月先輩に貴斗の事をお聞かせしました。

「まさか、その様なことが・・・、とても信じられません。あの藤原君が貴女から離れて、その涼崎さんと言う方の彼氏になるなんて信じがたい話しですねぇ」

「それは神無月先輩が貴斗の本当の性格をお知りになっていませんからその様なことがお言いになれるのです・・・。タカトは・・・たかとは・・・、必要以上にご任侠に篤く、お辞めして欲しいほど責任感・・・・・、自責の念が強過ぎるのです」

「そんな事は藤宮さんにお聞かせ願えなくても知っていますよ。だからこそ、私はあなたから藤原君が離れてしまった事に疑問を感じているのですがねぇ」

「どうしてその様なことがいえるのですか?貴斗はその様な性格のせいで春香に・・・」

「決まっているでしょう?藤原君は貴女から乙女の純潔を頂戴しているのですよ。そんな女性の大事なものを奪っておきながら、あの彼がその責務を果たさずに貴女から別れる様な事は可能性的に無いはずなんですがねぇ」

「カッ・・・、かぁっ・・・、神無月先輩、真顔で、この上なく冷静な表情で、その様なお恥ずかしい事を申さないで下さい」

 先輩のその言葉で翳っていました私の顔は紅色になってしまいました。

 ですが心の中は依然としてお変わりしてくれないようです。

 神無月先輩のその言葉で少しでも私の思いが心変わりしてくれていましたら春カを・・・。

「このような可愛らしい令嬢を・・・、まったく彼には困ったものですネェ。ハァーーーっ」

「そっ、その様な事をお言いになってくださるなら・・・、先輩のお知恵を私にお貸しくださらないでしょうか。神無月先輩の叡智を拝借させてください」

「しょうがないですネェ~~~。まあぁ、良いでしょう。これから私が向かう進路にはアナタ方円満でないと面白くないんでねぇ」

「先輩、最後なんと申したのですか?」

「いえ、何でもありませんよ。それより、少し考えさせてもらいますので数分間だけ黙っていてください」

 先輩はその様に言葉にいたしますと、フランスの彫刻家、ロダンの代表作品であります〝考える人〟の上半身と同じようなポーズを模りになりまして約三分そうしていました。

 彼からお聞かせしてくださいましたそのお言葉は・・・、耳を塞いでいた方が宜しかったのかもしれません。

「二人が同意の下でそうなってしまっていたのでは流石に涼崎さんって方を法の下に裁き、藤原君を取り戻す事は可能ではないようです。逆に彼自身を不利な立場にしてしまうでしょう」

「・・・、矢張り先輩もその様な結果をお導きしてしまいましたのね」

「すいませんね、お力になれなくて・・・。その方の存在そのモノが消滅しない限り藤原君が貴女のところに・・・」

「神無月先輩ッ!今なんと申したのですか?」

〈先輩は今〝消滅〟といいますお言葉を口にしましたね〉

「いえ、いえ、なんでもありませんよ。論文をやりながら必ず、良策を案じて差し上げますのでそれまで藤宮さん、変な気を起こしにならないように。いいですね、絶対ですよ」

「えぅっ・・・、はい・・・」

「それでは、ササッと論文を完成させて、できる限り藤宮さん、貴女と藤原君の為に尽力すると致しましょう」

 神無月先輩はその様に言ってくれますと軽く頭をお下げになり、私がいますこの図書館から去って行ってしまいました。

 若し、私が我慢といいます言葉を言葉としてではなく実行していましたのなら、神無月先輩が名案を下さるまでお待ちしていましたら・・・、私は春香をこの手で・・・。

 先輩にお会いする事で本当に少しぐらいですが気分が上向きになったのですけど、今日も図書館で無駄に過ごしましただけで、いかような結果も生み出せないまま帰路に向かっていたのです。

 物思いに耽まして、ふらふらと夜道を歩いていましたらどうしてか、いつの間にかお家近所の公園のブランコにお座りしまして、夜空を眺めていました。

 夜空には数え切れません程の星々が懸命に輝きを放っているのですけど、底なしの様に深く、無限とも思えますくらい広く、孤独な程に闇々としています宇宙を完全に明るくする事はないのです。それはまるで私の・・・、心の様に。

 その様な空を眺めていますとお仕事の帰宅途中なのでしょうか?

 お酒をお飲みになられていました幼馴染みの一人が姿を見せてくれるのです。

「あれれれぇ、しおりぃ~~~ンッ、こんな時間にぃ、こんなぁ~~~、ところで何やってんのぉかなぁ・・・。おねぇさんにおしえてぇ」

「アッ、カスミィ・・・、珍しくビールではなくてお酒なのですね」

 余り日本酒などお口にしない香澄がそれをお飲みになっていましたので、その様な事を言葉にいたしますと、彼女は既に空になっていましたカップ酒の底でお殴りしてきたのです。

「キャッ、痛いです。何するんですかぁ」

「アンタがぁあ・たぁ・しぃのぉ質問にぃ答えなかったからぁですよぉ」

「香澄、お酔いしています」

「あったり前でしょぉ~~~、飲んでるんだからぁ・・・、それより、早く答えないと」

 香澄も当たり前のように返してくれましたが・・・、私に抱きつきまして、あの様な場所やこのような場所をサワサワしてきたのです。

 他の方々には絶対お見せしたく無いような事をなさるのです・・・。でも、その様な事をされても許して差し上げますのは私の大事な幼馴染みである香澄だからです。

 春香や翠ちゃんは別としましても、若し、他の女の子お友達でしたら裁判に訴え出ていますでしょう。

「やぁっ、やめてよぉ~~~、かすみぃ。へんなところさわらないでぇ」

「しおりン、話す気になった?」

「もォ~、香澄のばかぁ~~~、貴ちゃんだってその様なこと余りしてくださらなかったのにぃ」

「ハイ、ハイ、ゴメンナサイ。ところでタカ坊とは上手くいってんの?」

 その言葉を聞いてしまった瞬間、メルト・ダウンしてしまいそうなくらい危険な状態に私の心は犯されてしまいましたが、緊急対策をいたしまして何とかそれを回避させようといたしましたけど、自己爆発させてしまいました。

「あぇ、いえ、うん・・・、香澄が心配しますことではありません。ただ、貴ちゃん、アナタの様に私の・・・、その・・・、ああぁっの、私のお体に触れてはくれませんから」

 その様に言葉にした刹那、三年間で貴斗にお抱かれしました事を思い出してしまったのです。

 指折りで数えられてしまう程しか抱かれていませんでした。

 それを思い出してしまうことにより、女性として、彼に尽くして差し上げられません事が残酷なくらい私の心を切り刻むのです。気分はどん底へと向かってしまう。でも、それは私の心に残るトラウマの所為。

 私が言葉にしたこと香澄はそれが本筋からずれていますとお見抜きになられたようです。

 流石は私とお付き合いが長い事がありまして、彼女が聞かせてくださいます言葉は事実でもありました。

 ですが、私が口にする事が嘘だとお分かりになられるなら・・・、どうかそれ以上問い詰めて欲しくありませんでした。だって・・・、貴斗と破局してしまいました事をお伝えしてしまえば、香澄はきっと彼女の所為だと思い込むからです。

 貴斗が事故にお遭いしてしまった事、それは彼女の所為だと口にしてくるでしょう。

 あの時、香澄の申した言葉など無視して、彼女の事を持てる力で振り払いしましたら、香澄にその様な罪の意識を心に刻ませる事はありませんでしたのに・・・・・・、私はそれをさせてしまったのでした。ですから、口が裂けても香澄には真実を教えたくはないのです。それに・・・、醜い心、嫉妬の心を彼女に知られたくもありませんでしたから。だから、言葉になど出来るはずありません。

 気が滅入ってしまいそうな表情を私はしていたのでしょうか?

「ハァ、判ったわ。だけど毎回忠告しておくけど、貴斗に負担をかけちゃ駄目だかね!」

 その様な事を言葉にしてくれていました。ですが、そのお言葉は今の私には無意味なのです・・・。違うのです、その言葉を確りとお受けとめしていれば、

 最愛の人たちをわたくしの所為で喪う事はなかったのかもしれませんから。

 ですけど、・・・。


~ 2004年12月21日、火曜日 ~

 神無月先輩が口にしました『消滅』といいます単語が頭の中を占拠し、それが『死』といいます意味と同等になってしまったとき・・・、憎悪の念が善からぬ企みを思いつかせてしまうのです。

 それは人が人間である為には犯してはならないことです。

 人の死、事故死、病死、自然死、縊死、絞死、扼死、失血死、

 中毒死、凍死、溺死、墜死、圧死、爆死、煙死、焼死、震死、

 餓死、狂死、刑死、獄死、外因死、内因死、変死、怪死。

 人の命を奪うこと・・・、それは殺す事。

 自殺、他殺、誅殺、偽装事故殺、偽装自殺、偽装病殺、偽装他殺、

 轢殺、絞殺、扼殺、薬殺、電殺、毒殺、斬殺、撃殺、射殺、銃殺、

 刺殺、圧殺、暗殺、虐殺、惨殺、悩殺、必殺、笑殺、暴殺、殴殺、

 挌殺、撲殺、焚殺、爆殺、磔殺、謀殺、刑殺、故殺、兇殺・・・・・、抹殺。

 その様な語彙が私の頭には思い浮かびましては消え、思い浮かんではお消えして行ったのです。

 その様な事を考えてしまう、私は・・・、負の欲望に身を任せてしまいました堕ちた天使、堕天使、鬼女、悪魔。

 今日それになってしまう一歩を踏み出してしまうのです。

 新たな過ちの一歩を。

 春香を亡き者としてしまう計画だけが憎悪に支配されている私の身体を動かしていた。

 その様な事をしてしまいましたら、貴斗を苦しめてしまうだけだといいますのに私は・・・。

 他殺といいます悪意に駆られてしまいました私は今日まで聖稜大学医学部専用図書館で得られました知識を用います為に、ある物を入手いたしますために、ある人物に接触していたのです。

「三津ノ杜先輩、お久しぶりで御座います・・・。えっとです・・・、お一つお願いしたいことがあるのですけど、お叶えしていただけないでしょうか?」

「よおぉ、久しぶりじゃないか藤宮。ボクに頼みってなんだい?」

 三津ノ杜諒先輩、聖稜高校時代水泳部男子部長でした方です。

「はい、えぇ~~~とですね・・・」

 先輩にお頼みごとをお聞かせして差し上げました。

 三津ノ杜先輩のお返ししてくれるお言葉は予想していたものと同じようなのです。

「いくら、藤宮の頼みでもそればっかりは無理だよ。学校の管理物を勝手に持ち出せるわけ無いだろう?そんなこと才媛の君にならわかるだろう」

「そちらを何とかしてもらえないのでしょうか、先輩?」

「無理、無理、何の見返りもなしに僕はそんな事しないよ」

「それでは見返りがあればいいと申すのですか?」

「まあそこら辺はそれに見合うものを返してくれればね」

「それでは・・・、その・・・、それを用意していただければ・・・・・・、わたくしを先輩の好きにしてくださいましても構いません」

 完全に私の心は悪鬼に取り憑かれてしまったようです。

 言葉が途切れ途切れでしたけど、恥じらいをお見せすることもしませんで冷静に先輩にそう口にしていたのです。

「ばっ、ばかいうなよ。そんな事出来るわけ無いじゃないか。藤原君にそんな事したってばれたら殺されるよ。僕はそんなのは嫌だよ」

「それは大丈夫です。貴斗とは既にお別れしていますから」

「それ?本当か?嘘じゃないな?僕を騙しているんじゃないんだな?だったら30分くらい待ってて、直ぐ用意してあげるから」

 先輩は私の言葉を確かめるように聞き返し、そのお言葉に頷きをお返ししますと悦んだ様なお顔を作りになり、私の傍からは走り去ってしまいました。

 三津ノ杜先輩は貴斗のいない高校の一、二年の時、お辞めして欲しいくらい何度も告白をしてきたのです。

 その様な先輩の心を利用してしまう私は狡賢い女。

 本当に三〇分ぴったりに三津ノ杜先輩は私がお願いいたしました五つの物をご用意していただいたのです。

「持ってきてやったよ、ホラッ!取り扱いは厳重にね。その扱い方ちゃんと読めるように手書きじゃなくパソコンでやってあげたから」

「大変有難う御座いました・・・。それでどちらでその・・・」

 三津ノ杜先輩にそういいますと先輩に手を引かれ、大学の敷地内、まったく人気が無い場所で私は何度も・・・。

 そう何度も・・・・・・、されてしまいました。

 その先輩だけではなく数人に。

 最愛の人を裏切る不貞な行為を私はしてしまっていた。

 ですが、その淫らな行為を一身に受けている間、私の感性はまったくと言って良いほど働いていませんでした。

 性の快楽などといいますものに身を堕す事はなかったのです。

 彼等が、私に何をしたのかまったくと言って覚えていませんし、先輩たちがお気を遣わせて下さったのでしょうか、その行為が終わった後、私はしっかりと服を着させられた状態で医務室に寝かされていました。


~ 2004年12月24日、金曜日 ~

 今日、私は今まで生きてきました中で最も愚考な行いに身を委ねてしまうのです。

 最悪の過ちを犯してしまうのです。

 その行動が中止になることはないのです。

 いつになりましたら、私は私の手で悪夢を終わらせることが出来るのでしょう?ですが、狂気に心を包まれてしまいました私にその様なことが出来るはず無いのです。

 計画の最終段階に必要な物を購入するために朝早くからお店の前に並んでいました。

 そのお店は全国的にも有名でありました〝ガディス・ティアー〟といいます洋菓子をお作りになっていますお店でした。

 開店二時間前の午前7時、今日がクリスマス・イヴといいますことで、この日に毎年違う種類の特別なケーキを販売していますここは既に行列が出来ていました。

 この時間でも遅いのはわかっていましたけど・・・、すごい列です私が持っています整理券を見ますと九十九番でした。ですが、私はその特別なケーキを購入しに参ったのではありません。

 大切な親友の最も好きなものを手にしますためにここへ来たのです。

 なぜでしょうか?それは・・・。

「わたくしが・・・、四年目も貴斗と一緒に過ごす事は叶わないのですね・・・・・・」

 その様な事を隣に立つ人に聞えないくらいの大きさの声で呟いていたのです。

 お店も開きまして、詩音お母様に頼まれていました物と自分が必要としていました物を買い入れまして直ぐに自宅へと戻っていました。

 家に戻りましてからは私のために買ってきましたものの一つケーキを取り出しまして試食していたのです。

「これとまったく同様のお味にあの様なものを混ぜてしまいましたらお作りすることが出来るのでしょうか?」

 声を出してそう言いまして、道具と材料を取り出し、そのケーキと同じものを作り始めたのです。

 それを何度もお作りしていましたらお母様に余計な事を言われてしまう。

「あららら、まったく。詩織、アナタ、こんなに作ってどうします積り?貴斗君に美味しい手作りケーキを作って差し上げたい気持ち詩音、分かりますけどこれは・・・って、いいますかぁ、あの子、殆どこのようなもの口にしないでしょう?」

「詩音お母様、余計な事を申さなくて結構です。あちらに行っていてください」

 私の言葉を無視してくれまして、お母様はさらに鋭い突っ込みを入れてくださるのです。

「もしかしてぇ、詩織。このケーキに怪しい物をなんか混ぜてあの子をメロメロにさせて何かする積り?詩音、賛成できませんネェ~~~、その様なモノに頼らないといけませんなんって。まあ、アナタにはまだまだ大人の魅力を引き出して、貴斗君をお誘いする様なことなんて出来ないでしょうからしかたがないですね。うふふふっ・・・」

「もォ~~~ッ、お母様。変な事を変なお笑いした表情でお言いにならないで下さい」

 膨れた表情を母親に見せまして、手に持っていましたステアーを投げつけてしまいました。しかし、詩音お母様はそれを意図も簡単にお除けになってくださいまして、私を小ばかにするような笑みを向けましてから去って行ったのです。

 それをお作りすることに没頭しまして、それが完璧に出来上がりました頃の時間を確認いたしますと午後12時半を少し回ったところでした。

 仕上がりましたものをガディス・ティアーのケーキ箱の空いている場所に置きましてはこの蓋をお閉じしました。

 貴斗の事です今日絶対春香をデートにお誘いしているはずです。

 ですから、それを取り止めて戴きます為に彼女の方へ電話を掛けさせていただきました。

 それは、残酷な殺人劇の始まり。

 醜い心の私をさらに醜くしてしまう悲劇の始まり。ですが・・・・・・、もうそれは止められません。

 いつご契約してしまいましたか分かりません悪魔が私の心を操り、春香に酷い事を申してしまう。

 それに対して、ほんの微量だけ残っています良心が訴えても来るのですが・・・。

 春香をこの手に掛けてしまうまで強大な悪心と脆弱な良心が心の葛藤を生み出し、それの所為で心が悲痛をあげてもしまうだけでした。

「ハイ、もしもし、涼崎です」

「その声は・・・・・・、春香ね?」

 電話を入れましたら直ぐに彼女が出てくれたのです。ですが、彼女は直ぐに声を返してくださりませんでした。

 その様な春香の反応に少しだけ苛々してしまい、それが言葉にも表れてしまっていたようです。

「あれっ、若しかして、もう私の声をお忘れしてしまったのですか。お忘れしてしまいましたのね。少々、残念に思います。藤宮詩織と申すものです」

「そんなぁ、忘れるって事ないよぉ。ちょっと急にで、吃驚しちゃっただけだよぉ」

「その様なら、宜しいのですけど・・・、それと私とお話をしたくないからといいます理由でお電話をお切りにならないでくださいね。春香?今日一日中、ワタクシにお付き合いしていただけないでしょうか?」

「そっ、そんなこと急に言われてもだめだよぉ、私にだって用事はあるの」

「あらっ、若しかしまして、フ・ジ・ワ・ラ・・・、タ・カ・トさんと御用事ッ?あるいは、お媾曳きと言いました方が宜しいのでしょうかねぇ?更にそのお後はご媾合でもなさるのですよね」

「こうごう、交会、もっ、もう変な事いわないでよぉ~~~。・・・それより一体何の用事で掛けてきたのぉ。私だって忙しいんだからね」

「ああぁ~~~らっ、そうでしたか?それは貴斗とのお電話待ちでぇ」

 昔と変わらない春香の声、わたくしをいまだにお友達として思ってくれていますその純粋な彼女の心が私の不純な心を余計に苛なまらせる。

 ですから、彼女に当て付けの言葉を口にしてしまったのです。

 最低ですね、私。

「用事がないんなら、本当に切っちゃうよ」

「その様な事をしたらお許ししませんわよっ!春香、アナタは私から貴斗を奪っているのっ。少しくらい話を聞きなさいっ」

〈やめてっ、春香が奪ったのではないのですよ。貴斗が選んだ道。ですから彼女にその様な事を言いますのはお止しになって下さい〉

「わかったから、そんな口調で言わないでよぉ」

「そうして頂けるなら・・・・・・、申し訳に御座いませんでしたぁ」

「それで、本当にどんな用件なの?」

「貴斗とのデートをお取り止めして、私にお付き合い願えないでしょうか」

「そんなこと出来るわけないでしょっ!貴斗君がせっかく誘ってくれたのにそれを断ったら、絶対貴斗君、悲しむもん」

「春香、アナタにその様な事をお口にする権利などありはしませんのよ」

〈私こそがその様な権利が無いのです。ですから、これ以上、春香を苦しめないで〉

「貴女が私の貴斗に電話を掛けなければ、三年間も長い間、あなたに縛られる事などありはしなかったの」

 三年前の夏、春香と柏木君が来るはずだったコンサート。

 そのコンサートに私は貴斗をお誘いしていました。

 それに対して、彼はアルバイトがありますからと拒否の意をお返ししてくださいました。ですが、私がもっと、もっと、もっと、翠ちゃんくらい強引に彼をお誘いして、春香が貴斗に電話を入れる前に彼を私の所へ呼び寄せていましたら・・・、その様な事にはなりはしなかったのかもしれなかった。しかし、それは既に過去の出来事。

 人である私に過去を塗り替えるなどと言うことは不可能。

「確かに私は彼の事を見捨ててしまいました。それは変えられない事実です、ですがっ!貴女が始めに目覚めた時、異常覚醒していなければ、私の貴斗はあの様な行動を起す事も、あの様な酷い事故にも彼はお遭いする事がなかったのですよっ!アナタのせいなのよっ!」

〈三年間もずっとお眠りして、辛い思いをしていましたのは春香なのですよ。ですから、その様な残酷なお言葉を彼女に言わないで下さい〉

「貴女がもっと早く目覚めていれば柏木君はアナタから離れる事もなかった。香澄が彼と一緒になる事もなかったはずですのにっ!」

〈その様な事も関係ないのです。すべては私が三年前の事象にもっとお深く係わりしていましたらこの様な事にはならなかったのです。ですから、彼女を苛まらせる様な事を口にしないで下さい〉

「あなたは私の貴斗にその様な事をさせて置きながら私からも奪ったのよっ!・・・ですが・・・、ですが、それだけは許せます。私にも非があるのですから。大切な彼を私のせいで事故に遭わせてしまいましたから・・・、本当はアナタを責める事など出来ないのですけど・・・、しかし」

〈今の穢れてしまいました私にその様な言葉を言う資格は無いのです。ですから、もうお止めください〉

「ハルカッ!その様な罪深き事をして置いて、わたくしの些細なお願い事をお聞きしてくれはしないのですかっ!」

〈本当に罪深いのは?その様なことお決まり申しています。私の方が・・・〉

 そして、その罪をより深くしてしまうのですよね・・・、この私は。

「・・・わかった・・・。何処で待ち合わせすればいいの?」

〈駄目ですっ、春香!私の言葉を受け入れないで下さい〉

「貴斗のマンションでお待ちしております。可能な限りお早く来て頂けますと、大変有難いです」

「直ぐ行くから・・・、貴斗君に連絡を入れてから行くから・・・、そこで待っていてね」

〈絶対きてはなりません、春香。来てしまえば本当にもう止められなくなってしまいます〉

「彼にはこの事はご内密にお願いいたします。よろしいですね、春香?」

〈お願いです。拒否の返事をお返しください!〉

 しかし、春香が返してくださいましたそれは・・・。

 答えを返してくれました彼女の方から電話をお切りになりました。

 春香と二人きりになりますにはどうしても貴斗があの場所にいては不味いのです。ですから、彼の時間をバイトといいます言葉で拘束させてしまうのでした。

 貴斗のアルバイト先にご連絡を入れましたら、そこの店長は大喜びで直ぐ彼に連絡しますという事を返してきてくれました。

 これで、彼に姦計を阻止される事は無くなりました。

 必要な物を持ちまして現在、主がお出かけしていますはずの貴斗のマンションへと向かっていました。

 そこへ到着しますと、まだ春香は到着していませんでした。

 心の中にある善と悪のそれらが争いまして、彼女がここへ来て欲しくないと願いますし、その逆も願ってしまっていました。ですが、叶ってしまいました願は・・・、春香がここへ来てしまう事の方でしたの。もう、私の行動はとめることができません、まるでどなたかに完全制御されてしまい、操られていますように・・・。

「春香、来ていただけたようですね。ご足労かけて申し訳ありません。それとせっかくの貴斗とのお約束がありましたのに、本当にお許しくださいね」

「詩織ちゃん、そんなこと、しないでよぉ。そんな事されたら、とってもネガティヴな気分になっちゃうよ」

 これから何をされるかもしれない春香は困った顔をお見せしてくれました。それはとてもあどけないくらいの表情で。

 この様な可愛らしく、いまだに清純なお心をお持ちの春香を・・・、してしまうの。

 春香が美しき月の女神セレネなら、私は醜き嫉妬の女神ヘラ。

 その様に対比して私自身を貶めてしまいます程にワタクシは悪意に満ちていたのです。

「詩織ちゃん、その箱は?」

「こちらですか?これは、春香、アナタが貴斗とのお約束をお取り止めしてくださった償いで持って参りました。貴女様が御贔屓にしています洋菓子屋さんの」

 目聡く彼女は私が持っていました今朝、彼女の為にお買いしてきましたそれを子供の様に無垢なお顔で無邪気に質問してきたのです。

 その様な春香と言葉を交わしていますと私の小さい良心が徐々に巨大な悪心に挑み、それを駆逐しようとするのです。

 でも・・・、もう間に合わない。

「アッ、若しかして【ガァディス・ティアー】のケーキ!」

「ハイ、ご名答で御座います」

 本当に嬉しそうな表情を私に見せてくださるのです。

〈お願い、ワタクシ、このような清い春香をどうか・・・、どうか・・・、しないで〉

「こちらにお立ちしていても意味ありませんので、中に入りましょう」

「エッ、だって、貴斗君、今出かけいるのよ。どうやって中に入るの?」

 春香にとってそれは当然の疑問だった。でも、それは問題ありません。いまだお返ししていませんここの合鍵がありますもの。

「こちらを使うのですよ・・・・・・・・・。ハイッ、これで、私がこれをお使いするのはこれが最後です。これからはこの合鍵は春香、貴女のものです。お受け取りくださいませ」

「あっ、有難う・・・。でも・・・」

「どうして、その様なお顔をするのですか?今の貴斗の恋人は貴女、春香よ。そちらの正当な所有者になったのです。嬉しいお顔をして欲しいものですね」

 春香は本当に嬉しそうな顔をしてくれませんでした。

 それについて・・・、一つの答えが容易に理解してしまうのでした・・・。

 それは・・・、彼の部屋に入ってみれば分かることでした。

「どうかなさいましたか?」

「エッ、あっ、うん、うん、なんでもないから気にしないで。ハハッ、貴斗君、私にちっともここへ連れて着てくれないから・・・、中に入るの緊張しちゃって・・・」

「貴斗、まめにお掃除をします方ですから、ずっと以前、お話してくださいました柏木君の所の様にはお散らかりしていませんよ。どうぞ」

 そういいまして彼女より先に中に入っていくのでした。

 観察しながらリヴィングまで到着しますと矢張り、予想は的中してしまいました様です。

「アレェ?貴斗君の部屋ってこんなに殺風景だったかなぁ?私、ここへ入るの三年ぶりだから、前のこと良く覚えていないんだけどね」

「ハァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ・・・」

 彼女が言います通り、私の目に入り込んできましたこの部屋の風景は貴斗とお付き合いを始めて、間もない頃と同じになっていたのです。

 この空間にもう彼との思い出を感じられる物は殆どありませんでした。

 ワタクシと貴斗の関係が終わりを告げてしまったのを感じてしまいました。

 その所為で再び悪心が良心に勝って、私は突き動かされてしまうのです、人あらざる方向へ。

 若し、本当に貴斗の心をお理解していましたのなら、キッチンにお向かいする前に、あの部屋を確認しておいたならば・・・、心のバランスがリバースしてくださいまして、彼も彼女も私も傷付くこと、傷付ける事はなかったのかもしれないのですけど・・・。

「詩織ちゃん、どうしたの。そんな大きな意味ありげな溜息をついて?」

「何でもありませんわ。お気に召さないでくださいませ。私、こちらを召し上がれますご準備をしてまいりますので、しばらくそちらのテーブルの前でお待ちくださいね」

 春香にその様に言い残し、錠が下り閉ざされた部屋とは逆方向のキッチンへと足を運んでしまいました。

 少なからず残っているキッチン用品、キッチンでお湯を沸かしています間、ケーキを買いましたお店で一緒に購入しました最高級の紅茶をティーポットの中に適量のリーフを入れたのでした。

 それから、持ってきましたキューブ・シュガーにアンモニウム・ナイトレイトといいます液体をお砂糖の四角い形が崩れませんように染み込ませました。

 沸騰しましたお湯を一度83℃までお冷まし、それを先ほど紅茶の葉を入れましたポットに注ぎ込む。

 最後に円を描くように左右間を置いてゆっくりと一分三十秒程度ティーポットを揺らすのでした。

 そうしますと、注ぎ口からとてもよい香りが鼻腔をくすぐるのです。

 清涼感あるその芳香が一時的だけ、私の気分を和らげてくださった。

 その気分のまま春香の元へと戻っていました。

「春香・・・、おまちどお様です。こちらをどうぞ」

「えぇっ、これって」

「ハイ、貴女様が一番お好きな、ナポレオンで御座いますよ」

「若しかして、態々、私のために朝から並んでくれたの?」

「ええ、そうさせて頂きましたよ」

「詩織ちゃん、有難う!本当に有難う」

 春香は真摯に私の行為に喜んでくれたようでした。

 その様な清らかな彼女をワタクシは愚かしくも穢してしまう。

「何を申しているのですか?私と貴女は親友なのですよ。当然のことです」

〈お願い、その言葉が本心なのです。ですから、愚考はお止めください〉

「どうなさってしまったのですか?泪がお流れのようですよ?」

「これはうれし泣き、ずっと、詩織ちゃんには嫌われちゃっていると思ったから・・・。だから、嬉しいから、うれし泣きなの」

「フフッ、ありがたき幸せでございます、春香。お紅茶もお冷めしませんうちにお召し上がりくださいませ」

〈ああ、このような子にいったいワタクシは何をしてしまうというのでしょう〉

「ウン、それじゃ、戴くね、詩織ちゃん」

 春香はそういいまと嬉し泣きの表情のまま、フォークを手に取りまして、それでケーキをお切りになりました。

 それを私もするのです。

 春香は美味しそうにそれを味わっているようでした。

 私も同じようにそれを口に運びその味を確かめるのです。

 それはとても美味しく懐かしい味でした。

 洋菓子店、女神の泪は春香が私にお教えしてくださいましたところで、その時初めて食べましたのがナポレオンと呼ばれますこちらのお品でした。

 その時ご一緒に彼女にそれが一番好きだとお聞かせしてくれたのです。

 その様な事を思っていますと春香はキューブ・シュガーを紅茶にいれ掻き回していました。

 気が付いていませんでしたが私も同じような事をしていたようです。

 私の方は普通の角砂糖、ですが春香のものは・・・。

 完全に砂糖が溶け切ったそれを彼女が口に運ぶのです。

〈お願いっ!春香それをお口にしないで下さいっ!〉

 心の中ではその様に訴えるのですが・・・、体を動かしになって彼女のそれを止めればよいのですが動いてはくれませんでした。

「詩織ちゃん、この紅茶美味しいっ!一体どうやって淹れたの?私にもできるかなぁ?」

 彼女はそれを口にして、その様な事を言ってくださったのです。

 まだ・・・、ここで、次の段階の愚考をお停めする事が出来ましたならば・・・。

「もちろんですよ。プライム・ダージリンといいます紅茶の葉をお使いしいたしました。それと、レミーマルタン・ルイ十三世といいますコニャックを少々。今度ご一緒に入れてみましょうね」

「うん、そうしようね、詩織ちゃん」

 春香はその様に言葉にしながらもう一つ別のケーキを食べ始めようとした。

「アッ、春香それは・・・」

「これネェ、これって詩織ちゃんが好きな、フィレンツェでしょ?これも美味しいようネェ~」

「ぁはっ、はい、そうですね」

〈お願いです、それを口に運んでは駄目です!〉

 先ほどと同じ様に良心は彼女に訴えるのですが悪心がそれを声に出すことも、食べやめさせることも出来ませんでした。

 それから、春香とおおよそ三〇分、高校時代のお喋りで華を咲かせていたのです。

 それが、彼女との最後の・・・。

 紅茶から発せられました亜酸化窒素といいますガス、わたくしが作りましたお店で売られていますのとソックリのフィレンツェといいますケーキに眠気を催しますものと持続性催眠作用がありました二つのそれらが春香の体に変調をきたしたようで・・・。

 彼女はそれを取り払うように頭を振ったり、目をこすったりしている。

「春香、お眠いのですか?」

「あぅえっ、あぁぁええぇ、あっ、そんなことないよ、詩織ちゃん」

「お体の調子でもお悪いのですか?無理しなくてよいのですよ。少しお休みになったらどうです」

「あっえぇああぁ、うぅうん、大丈夫だから・・・・」

春香はその様にいつつも倒れこんでしまいました。ですか、これだけで彼女は・・・、ないのです。

 それに追い打ちをかけます様な行動をワタクシは行ってしまう。

 ハンドバックの中からMHCNIと呼ばれます注射器を取り出しましてその管の中に一酸化炭素と呼ばれますガスを吸引させるのです。

 その注射器の針は髪の毛程の細さでありまして、剛性と軟性の両方の特性を持ちました特殊な物だったのです。

 これは患者に痛みを与えることもなく、見た目でお分かりする様な痕跡を残す事はありません。

 それを彼女の動脈が通ります首筋に挿し一定の間隔をお開けしながら・・・。

〈お願い、これ以上もうやめてぇえぇぇええぇっ、春香に手をかけないでぇーーーーーーっ!〉

 ただ、心の中で叫んでいますだけで私の手はその動きを止めてくれはしませんでした。

 それがすべて彼女の身体の中に注入されてしまった時に私から出た言葉はとても残酷なものでした。

「春香、お休みなさい・・・・・・・・・、永遠に」

 そう言い残しますと、彼女を床に寝せまして、恐ろしい程冷静に後片付けをしていました。それが終わりますと気に掛けていましたお部屋に足を運んでいたのです。

 ノブを回しますと鍵が掛かっているようでした。

 この部屋のすべての合鍵を持っていましたので無論、私にはそれらをすべてお開きする事は可能です。

 貴斗と私の寝室の鍵を開けその中を確認しました・・・・・・。

 中の様子を拝見しました時、頬から一筋の涙がつたわっていたのです。

 他の部屋は殆どといっていい程、整理されていましたが寝室だけは・・・、数ヶ月前のまま。

 貴斗と私の思い出のままになっていたのです。

 お部屋の中を見回していました時、一通の封筒を発見したのです。

 それの裏には貴斗の手書きで、『最愛の詩織へ』と書かれていました。

 日常の中でほとんどといっていい程、彼はペンを執って字を書くのが少なかったのです。

 大学の授業などはノートに字をお書きになるのではなくラップトップをお使いになり講義内容を記録していました。

 それほど貴重な彼の手書きで私宛にその封筒はこの部屋に残されていたのです。

 慎重にその中から便箋を取り出しまして、そこに書かれていますものに目を通していました。

『誰よりも、誰よりも、世界中の誰よりも大切な、そして愛する詩織へ』

『これをお前が見つけるか、見つけないか、わからないが、藤原貴斗、俺の気持ちを書きとめる』

『俺がお前を裏切り、春香の下へ行ってしまう事を許して欲しい』

『これだけは言える、詩織を嫌いになった訳じゃない、お前に愛想が尽きたのでもない』

『本当に詩織を心の中から愛しいからお前の傍にいてやれない』

『いつも多くの事を詩織に語ってやれないですまん』

『だが、どんなことがあっても春香の事を怨まないで欲しい、彼女が俺を選んでくれた事を根に持たないで欲しい』

『幾許の命もない俺の頼みを、願を聞いて欲しい』

『2004年11月12日、金曜日・記す』

 この部屋に残されてありますものを瞳の中に映しました時、手書きでありましたその私宛の文章を読みました時、貴斗の私に向けてくださる想いの様なモノが心の中に深く入り込んできたのです。

 その手紙の内容が、私にかけられていた憎悪といいます呪いを・・・、解いてくださったのです。

 先ほど以上にどうしてか私の頬に多くの涙がつたわっていたのです。

 良心が悪心を覆し、大きな過ちを犯してしまった事にやっと気付いたのでした。

 まだ、間に合うかもしれませんと、病院で手当てを受けてくだされば、そう思いましたので急ぎ、春香の所に戻っていた。ですが・・・、もう手遅れなのです。

 春香は呼吸も、脈も、心臓の鼓動もすべて止まってしまっていました。

 本当に私の手で彼女を殺してしまったのです。

「ハルカッ、はるかっ、春香ッ、お願い、目を覚まして。お願よっ!目を覚ましてください。春香が私の命を差し出せといいますなら、それを受け入れますから、どうか目をお開けになってください。私にこのような愚かしい行いでアナタが死んでいいはずがありません」

「ですから、目をお開きになって!貴斗のために、彼を悲しませないために、今一度、今一度目をお覚ましになってください。春香ッこんなの・・・、嫌ぁあぁぁぁっぁあっぁぁっぁぁあっぁあっぁぁっぁっ!」

 完全に彼女の死を悟ってしまったワタクシはそう叫びながら頭に爪を立てていたのです。

 もう、訳が判らなくなってしまいまして、貴斗のマンションを飛び出していました。

 外に出ますと夜空は私の心のようにお曇りし、目尻から流れでるのと同じようなものが降り注いでいた。

 雨の中傘も差さず、重い気分のままどこかを彷徨っていたのです。

 私は犯罪者、殺人犯で確信犯。

 その様な事をしてしまう私が貴斗をお慕いしていいはずが無かったのです。

 私の様な重罪人が彼の傍に、近くに、同じ街に存在していいはずが無いのです。だから・・・、この街を去るのです。もう、彼に顔向けできませんから。


~ 2004年12月29日、水曜日 ~

 彷徨いを続けて辿り着きました場所は東京でした。

 最初に渋谷に足を運んでいたようでした。

 その場所は幼い頃、駅の中で迷子になっていました私を貴斗と香澄、幼馴染みのその二人がご一緒にお探しになって見つけてくださった所でした。

 寒い中更に彷徨いを続け、最終的に辿り着きましたのは律お父様が所有しています港区中央にあります大きな建物でした。

 今そこの玄関前に立っております。

 しばらくその建物まで立っていましたら誰かが声をおかけになってくださる。

「もしや、詩織お嬢様では?いったい、どうなさったのですかその様なお姿で?風邪を引いてしまいます前に今すぐ、こちらへお越しくださいませ」

「ワタクシはお嬢様などと御呼ばれしますような、詩織と呼ばれますような者では御座いません」

「お嬢様、この肆矢をからかいになるのおよしください。何か理由があるのでしょう。旦那様にも奥様にも連絡をしませんから、本格的にお風邪を引く前に中へ」

「嫌です・・・、クチュン、クシュン、ぐちゅん」

「本当に手の掛かるお嬢様ですね、詩織様は・・・」

 初老のその方はその様に言いますと私の意思など無視して、手を掴み強引にその建物の一室に私を連れ込んだのです。

 卯月肆矢様、今、居ります建物の総合管理者であらせます方。

 私が生まれる以前からここの管理をお父様から任され、ここへ遊びに参ります時はいつも相手をしてくださいました、白い立派な御髭を持ちます老紳士。

 肆矢に医者を呼ばれ風邪の治療を施されますとそのまま寝付かされてしまいました。


~ 2004年12月31日、金曜日 ~

 昨日今日とこの建物内で催されていましたイベントのショーとショーの合間に肆矢様のお頼みで来客してくださいました方々にソロ演奏をさせて頂きました。

 昨日はピアノ、今日はヴァイオリン。

「詩織お嬢様、とても素晴らしかったですよ。しかし、これ程のご才能がありながら・・・、しかと身に付けてくださったのならば、今頃は律様、詩音様と同じ様にご高名になられていたものを・・・、ご競泳など、くだりもしません物にお興じなされまして、まったく・・・」

「肆矢さまっ!それ以上は申さないでください。不愉快です」

「お嬢様、失礼いたしました。はぁ・・・、演奏はとても素晴らしいものでした。皆様のご反応をお耳にしましても哀愁が満ちていましたが非常に心に沁みてきましたと申しておりました・・・、が肆矢には何故か貴女様が奏でる調べ、詩織様の御心がお嘆きになり、慟哭していますよう感じていたのは気のせいなのでしょうか?」

「・・・・・・、楽器の音律といいます物はその演奏者の気持ちを乗せるといいましてね、詩織お嬢様、何かお悩みがあるのでしたら、この肆矢メにご相談願えないでしょうかね?」

「その様なこと・・・、そのような事、肆矢様にご心配おかけすることでは有りません。放っておいて下さいッ!」

 吐き捨てますよう肆矢様にそう声を出しますと手に持ちますヴァイオリンを携えたまま階段を駆け上りまして建物の屋上へと出てしまっていたのです。


~ 10時39分 PM ~

 月明かりに照らされながらまた独り、屋上の中央でヴァイオリンを奏でていました。

 それから発せられますメロディー・・・、私にもその旋律が悲しんでいます事を理解しておりました・・・。

 どうして、その様にしか弾くことが出来ないのでしょう。

 その様な事はわかりきっているのですよね。

 今まで私がしてきた彼への想いは、ただ、ただ、彼にご迷惑をおかけしていましただけで、彼を不幸に追いやっています事に気付いてしまい・・・。

 ご自分で仕出かしてしまいました事に悔やんでいるからなのでしょう・・・。ですが・・・・・・、ですが、もう、やり直しをしたくとも戻れないのです。

 しばらくの間一心不乱になりまして演奏を続けていました。フォーリン・ガディス(堕ちた女神)といいます自作の曲を。すると・・・。

「流石だな、藤宮の演奏はいつ聴いても感動しちまうよ、俺」

「どちらさまですか?」

「なんだよ、俺のこと、忘れちまったって言うのか?薄情だな、藤宮」

「ハイ、ワタクシは性悪で素気などありません女ですから」

「何言ってんだか?藤宮がそんな女の子な分けないだろう。でも、勿体無いよな、その才能。ずっと続けていれば、はっきり言う、間違いなく今、藤宮を知らない人なんていなかっただろうな。何で続けなかったんだ音楽」

「貴斗が・・・、貴斗が・・・、あまり好きではありませんでしたし・・・、これが出来ましてもお褒めしてくれた事はありませんでしたから・・・」

「ガキだった頃のアイツにそれを要求するのは無理ってもんだと思うぜ・・・。藤宮のその強すぎる依存的性格、根っからの様だな。ああ、それに貴斗も俺も、他のヤツ等だって藤宮の事を〝性悪で素気無い〟女の子だなんて思わないよ」

「それは八神君が知らないからです、私がどのような過ちを犯してしまいましたか」

 どの様にして、知ったのでしょうか八神君は私がいますこの場所へ、そのお姿を現してくれたのでした。

「ふぅ、そんなことか。知ってるよ、涼崎のことだろ?貴斗がな藤宮が涼崎にしてしまったこと、ヤツが藤宮の気持ちを裏切ってしまったからだって言っててな、ヤツはすごくその事に責任を感じているんだ。貴斗のヤツの事を本当に好きだって言うんなら、さあ、ヤツのところへ戻ろう」

「駄目なのです・・・。私が貴斗の傍にいていいはず無いのです。ワタクシは私自身の手で皆様から慕われていました春香を・・・、春香を・・・、春香を殺めてしまったのですよ。この様な咎人が彼の傍にいていいはず無いのです」

「藤宮、本当にアイツのこと解かってんのか?わかってんならそんなこと言えないはずだな」

「お分かりしていますからこそ、彼の傍にいられませんの」

「いぃ~~~~~~やっ、わかっちゃいねぇよっ!」

「八神君にそのよう事と言われる様な筋合いありはしません、私の方が断然、貴斗とお付き合いが長いのですよ。あなた以上に彼を知っています」

「それもないっ!俺の方が藤宮なんかより絶対多く知っているさ。貴斗のヤツが記憶喪失になった理由もなっ!聞けっ、藤宮!何でアイツがお前を選ばなかったか教えてやるよ」

「どうしてその様な事を言えるのですか、何を知っているというのですか?」

「決まってるだろ、俺が貴斗の今は一番のダチだからな・・・、彼奴が居なくなっちまったから」

〈あいつ?八神君、いったいどなたのことを申しているのですか?〉

 親しい方に私を見付けられてしまいまして平常心ではなかったのですが、しばらく、八神君に貴斗の事を聞かされました。

 そして・・・、私がこの上なく愚か者で、今の今まで確りと彼の心を理解して差し上げられませんでしたことを知るのです。

「いヤァーーーーーーーーーーーーーっ、それ以上もう何も言わないで下さい、八神君。もう何も聞きたくありません」

「耳を塞がず最後まできけっ!それ程ヤツはお前の事を想ってたんだ。どうして、気付いてやれなかった。どうして、もっとヤツのすることすべてを受け入れら様な広い心を持たなかった。なぜ、貴斗に取り巻く不幸を藤宮の持つ、強靭な信念で取り払ってやらなかった。そんなこと俺が知っている藤宮なら出来たはずだ。どうしてだ」

「だって、だって、だって、貴斗は私にその様なこと一切教えてくださらなかった。多くを語ってくれなかったのです」

「そんなの関係ねえぇよっ!そんなこと知らなくても別にいいんだ。ただ、貴斗のする事を信じてやっていればよかったんだ。それに、藤宮、君だって貴斗のヤツに隠し事してんだろう?それと一緒じゃねぇかっ!貴斗がその事を知ってりゃぁっ、絶対に藤宮の事を離したりなんかしなかったはずだっ!何のことだか、俺の口から藤宮にはっきりと伝えて上げられないけど、君が昔、受けてしまった心と体の痛みをヤツに話していれば・・・」

 私は八神君のその言葉で、どのような事を彼が私に伝えようとしていますのか理解できました時、表情を強張らせてしまっていました。

 思い出したくもない、私が陵辱されてしまいました過去。

 八神君が先ほど聞かせてくれました、私の知らない空白の貴斗の三年間。

 彼には私の前に恋人が居たようでした・・・、私にそっくりな。

 その方、私はこうして今も生きていますが、私と同じ事をされ、最後には・・・、されてしまったようです。

 心が張り裂けそうなほどにその方と共感を覚えてしまう。

「それを彼に伝えるなどと、卑怯なことです。私は哀れみで貴斗に好かれたいのではありません。そのような事で彼の心を繋ぎ止めても嬉しいはず等ありません。そのような形でなんか愛されたくありませんっ!」

 八神君は私の様子を伺いながら、続けて言葉をくださる。

「貴斗がそれを知ったからって、アイツは哀れみなんかで君を好きになんかなりはしないさっ!それに・・・・・・、そんな事よりもっ!もうヤツの命も長くないらしい。その間くらい精いっぱい貴斗の傍にいてやれよ、藤宮。な?」

「・・・八神君?今なんと申されたのですか?」

 彼が口にしたましたお言葉、聞き返さなくとも一度で私の脳裏に刻まれてしまいました。ですが、訝しげな表情を作りまして再び、彼にそれをお尋ねしてしまったのです。

「もう一度言ってやるからな、確り聞けよ。貴斗の命、長く持って数ヶ月らしい」

 この度、はその月日までお言葉にしてくれました。

 今、やっとあの手紙に書いてありました本当の意味がわかりました。

 八神君が聞かせてくださいましたすべてのことが理解できてしまったのです。

 どれだけ、貴斗が私を想ってくださっていたのかを・・・。

 それを聞いて、すべてを理解してしまいまして、だらけますように持っていましたヴァイオリンを手から離してしまったのです。

「そんなの嘘ヨぉおっぉおぉぉっぉおぉぉぉぉぉおおおおおぉぉおぉぉぉぉぉっ!」

「それが嘘か、どうか、誰の所為でそうなったか知らないけどな、事実だ。4ヶ月前の事故でヤツはそうなってしまったんだな・・・」

「誰の所為?その様なこと決まりきっています・・・・・・・・・、わたくしの・・・、せい」

「それはちがうだろっ!藤宮の所為だ?そんなこと有ってたまるカッ!それを言うなら俺だって同罪なんだ。だから、なあ?そんなことは言わないで、アイツのところへ戻ってやれよ。そろそろ貴斗もここへ来るところだから・・・、なぁっ!そこにいるんだろ、貴斗・・・、貴斗っ、そんなところに隠れていないでこっちに来いやぁ!」

 どうしてなのか八神君がその様にお叫びしますと・・・、貴斗が・・・、私の方へと歩み寄ってきたのでした。

 八神君は私に背を向け、貴斗の方へと歩き出したのです。

 それから、八神君は彼に何かを囁くとそのまま奥の方へと向かいまして、貴斗と私、二人だけにしてしてしまったのです。

「御願ッ、貴斗、こっちに来ないで、こんな私を見ないで、お願いです、近付かないでください」

 とうとう、彼に見付かってしまいました。

 最愛の人ですのに、今一番お会いしたくない人。

 罪で汚れ切ってしまいました私のこの姿をお見せしてたくないのに貴斗はここへ来てしまったのです。

「詩織・・・、俺がすべて悪かった。お前のことを解かっていたはずなのに・・・、お前の気持ちを踏みにじってしまった。春香を選んでしまった」

〈違うのです、違うのです。貴斗は何も悪くはないのです。アナタの真意をお分かりして差し上げられませんでした私のせい〉

「いやぁーーーーーーっ、それ以上何も言わないで。こんな私を見ないで・・・、お願い・・・。貴斗がどのような言葉を掛けてくれたも・・・・・・、わたくしが・・・、春香を・・・・・・・・・、ころし・・・て・・・・・・、しまった・・・事実を変える事は・・・、出来ないのです。ワタクシが春香を殺してしまった事実は変えられません」

「そうか・・・、やっぱりそうなんだな。でも・・・、もう春香が戻ってこない事は事実だ。だが、まだ、詩織、お前はまだ存在している。もうこれ以上、俺を悲しませないでくれ。だから、詩織まで俺の前から消えようなど、しないでくれ。だから、さあ一緒に帰ろう」

「今更・・・、その様な事を言われましても・・・ワタクシが、私の手で大切な親友を殺めてしまったのですよ。私は殺人者なのですよ。そんな穢れがあります・・・、私がアナタの傍にいてよい・・・、はずが・・・・・・ない・・・、のです」

〈ワタクシはアナタをお裏切りして、春香を殺めてしまう物を手にしますために貴方以外の人に抱かれるような不貞をしてしまいましたのよ。貴斗以外の人に穢され、このような汚れてしまいました体と心。私の様な浅ましい女が貴方の傍に居ていいはずが無いのです。それに私のこの身は一番初めに貴斗へ貰っていただきたかった物、あなたに抱かれる前に無理やり奪われてしまっていたのっ、そのような穢れた身の私が貴女を好きになるなどと言うことは烏滸がましい・・・〉


「こんな事で春香が亡くなってしまった事・・・、死んでしまいたいくらい辛い。だが、今はそれでも詩織に傍にいて欲しいんだ。こんなの手前勝手な我儘だって重々承知だ。それに・・・、お前が自分を殺人者などというのなら〝俺は大量虐殺者〟だっ!」

 貴斗は『大量虐殺者』と彼自身を貶めてしまいます事を言葉にしました。ですが、それは事実ではありません。

 八神君がお聞かせしてくださったお話、貴斗の周りでは余りのも多くの数の方々が彼の目の前で亡くなってしまったと教えてくださいました。

 貴斗の性格上、それを自己責任だと感じてしまっているのでしょう。

 私は本当に人をこの手に掛けてしまいました犯罪者なのです。

 その様な私が・・・。

「この事は刑事事件になっていない。それでも、若し、詩織、お前が、もし出頭するなら、その償いが終わるまで待ち続ける。そうしないのならずっと傍にいてくれ」

「もうだめなのです。このようなワタクシを・・・、貴斗から愛されていいはずないのです。こんな私が、あなたを愛していい筈ないのです・・・・・・。許されるはずないのです・・・。その様な資格、わたくしには・・・ございませんから」

 彼の言葉がとっても、とっても、とても嬉しいことでして。

 彼がその様な言葉をおかけしてくださいますのは・・・、春香が居なくなってしまったから・・・、彼女を私が殺してしまいましたから・・・、貴斗は私の所へと戻って来てくれたのです。でも・・・、このような卑怯で汚れてしまった女に彼は相応しくありません・・・。

「許す、赦さない、資格がある?ない?もうそんなもの関係ないっ!だから、俺の傍にいてくれよッ!詩織ぃーーーッ!」

 尚も、貴斗は私の心を彼に惹き寄せて下さいます様な事を口にしてくださっていました。

 そのお言葉と共にこちらへと歩み寄ってくれるのです。

 その様な彼に直様でも飛びつき、涙を流しまして、お謝りしたかった。でも、心ではその様に思いましても体が彼を拒絶していまい、それが声となり、足は彼とは逆の方向へ移動してしまうのです・・・。それは・・・、私と貴斗を・・・、に導いてしまいます愚かな最後の愚行。

「だっ、駄目ぇ、貴斗、私に近寄らないでっ、いやぁあぁぁっぁぁっ!ハっ?」

 後ずさりしていました私の踵に何かが引っ掛かりまして、それに足を捕られてしまい後方へと倒れこんでしまうのです。

 私の背の後ろは・・・。

「シオリィィィイィッィイイィーーーっ!!」

 貴斗はその様に私の名前を大きな声で呼んでくださりながら屋上から落ちそうになります私の手を握り締め助けてくれるようにするのです。

 貴斗の体勢が余りにも良いとは呼べるものではありませんでしたのでこのまま私を支えていましたら彼も一緒に落ちてしまいそうでした。

 私の所為で彼を死なせたくなんってありませんでした。

 手を握り返しさえしなければ・・・、彼はお助かりするはず・・・。

 もう、これ以上彼にご迷惑をおかけしたくない。

 私は彼にお救いされていい程の価値がある女ではないのです。

 でも・・・、でも・・・、でも、どの様に私がその様に思いましても貴斗は私の事を必要としてくれます言葉を掛けてくださるのでした。

「しおり、もうこれ以上、これ以上、俺に誰かを喪う辛い思いを味合わせないでくれ。だから、俺の手を確り握り返してくれ、たのむヨぉーーーーーーーーーッ!」

 貴斗のその叫び声が暗く後ろ向きでした私の心に覆うどす黒い霧を完全に取り祓うってくださったのです。

「タカト・・・・・・・・・、タカト・・・、貴斗、ごめんなさい・・・。いっぱい、一杯、ごめんなさい。もっとアナタの事知ってあげられていましたら、このような事にはならなかったのに・・・、ごめんなさい」

 頬に幾筋もの涙をつたわせ、貴斗に心から謝罪しまして・・・、

 矢張り彼の事を愛しておりますから、

 これからも貴斗が生き続ける限り彼のお傍に居たいですから、

 言葉の最後に手を強く握り返していたのです。ですが、私の犯した過ちの附けがこの様な時に回ってきてしまうのです。

 私だけがお裁かれしますなら、いか様にも悔いはありません。でも・・・、最愛の人までも巻き込もうとしているのです。そして、それをもうお停めすることは出来・・・・・・、ない。

「ウグッ、痛っ・・・、なぜ・・・・・、いまごろになって・・・・・・、俺が・・・、をウ・・・ら・・・っ・・・・・・た・・・から・・・か?」

 手を握り返しました瞬間、貴斗は苦痛の表情をお浮かべになりまして、苦しそうな声でその様に口に出してきたのです。脂汗?

 それとも涙?

 その様なものが貴斗の方から私の方へ落ちて来たのです。

 本当に苦しそうだった。

 自力で這い上がろうとしましても、変な動きをとってしまえば貴斗ごと、堕ちてしまいそうなその様な体勢でした。ですから・・・。

「お願いっ!貴斗ぉ、私の手をお放しになって下さい。そうすれば貴方は助かります。矢張り私のような女は・・・、ですから、もういいのです」

 貴斗は苦しそうな表情をするだけで何もお言葉を返してはくれません。

「お願いです、お願いですから、この手を放して。私、わたし、わたくし、ワタシの所為で貴斗まで死んじゃうなんって絶対嫌っ!嫌ですから、もう、この手をお放しください。貴斗だけでも・・・、ですから・・・」

「フザケルナっ!もう、俺はこの手を絶対放さないって決めた。詩織から手を放さないって決めたんだっ!お前を俺の傍から離さないって決めたんだっ。だから絶対放さない。本当に、本当に心の底からお前を愛しているし、お前が俺にとっては必要なんだっ!こんな状態になって気づくのも馬鹿なくらい俺はお前を愛している」

「うぅううぅうう、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ワタシがおバカさんだったから、貴斗に、貴ちゃんに貴方にいつもご迷惑を」

 あるだけすべての涙を流しまして、溢れんばかりの泪を流しまして、枯れてしまいます程にそれを零しまして、貴斗にその様に口にしていました。

「それ以上何も言わなくていい。そんなの打ち消していい程、俺はお前を愛している。だから・・・、だから、だれか、誰か、来てくれぇっぇぇっぇぇぇぇえッ、

しんっじぃぃいぃぃーーーッッ」

「タカトぉーーーーーーっふじみやぁーーーッ!」

 私達の最良の理解者であります八神慎治君が貴斗の魂の叫びの様なモノに呼応しましてこの場に駆けつけてくださったのです。

 八神君の手が貴斗のあと少しで掛かろうとします瞬間、それは間に合わなく・・・、貴斗と私は下へ重力に引かれまして堕ちてゆくのです。


 助けられなかった私達を見下ろしていました八神君は驚愕の表情を浮かべていました。

 その様な彼にお泣きした顔のまま微笑を返したのです。

『ありがとう、そしてゴメンナサイ』とその様な感情を込めましてね。

 下に落ちてゆく最中、貴斗が私の手を握る力は感じられませんでした。

 そうです、既に彼は生きを引き取っていたのです。ですが、その様な彼の手を力強く握りまして、私の方へ引き寄せまして、もう二度とお離れしません様に彼の体を力強く暖かく抱きしめ、この様な死の間際、不謹慎極まりない行いを彼にしたのです・・・。

 彼に口付けを交わしていました。

〈八神君、今まで迷惑をおかけして申し訳に御座いません。このような才女とは名ばかりの浅ましい女のお友達をしてくださいまして有難う御座います〉

〈それと本当はアナタが香澄をどのように想っていましたのか知っていたのです。ですから大事な幼馴染み最後に残してしまう香澄、彼女を宜しくお頼みしました〉

〈春香、今からそちらに向かいます。貴女と違いまして私の向かう先は奈落ですが若し貴女がそこにいますならアナタが受けます苦しみ、私にお分けください〉

〈香澄へ、香澄のことですから、色々と思い詰めまして、私達を追ってこちらに来ようとお思いになるでしょうけど、絶対その様な事をしないですください。私達の分まで懸命に生きてください。それが私の貴女に伝えます最初で最期の我侭〉

〈この想いは届かないでしょうけど、翠ちゃん。私があなたの姉に手を掛けてしまいました事を怨んでくださってもお許ししてくださらなくても良いです。ですが、謝らせてくださいね。ゴメンナサイ・・・、そして、貴女の未来に幸福あります事をお祈りします〉

 タカトとワタクシが地面に接触するか、しないか、したその瞬間、今日の別れを告げ、明日を迎えたと報せます鐘の音が聞えてきたのです。

 それはまるで私のすべての煩悩を取り払ってくれますような音でした。

 これからワタシは冥府の途へと旅立つのです。

 その先にあります門をくぐってしまえばタカトとは絶対お離れしたくありませんけどお別れです。だって、彼が私と同じ地獄に導かれるはずありませんもの。

 それでもですが、若し彼が私と共にそこに堕ちて下さるのなら、そこで彼も受けますすべての罰の苦しみを私が身代わりして差し上げたく思います。

 その場所ですべての罪を償いまして再び、転生しまして彼と廻り逢うことが出来ますのならば・・・、再び、彼を愛したいです。私の想いは永遠に変わることは・・・ですから。

 また春香にも巡り会えますならば、今度は本当の友として、心友として接す事を誓います。

 たとえ、次に最愛の人をとられてしまいましても、それを怨んでしまう事が無いように・・・。 しかし、私は、真実を知らない。

 このような結末をお迎えしてしまいましたのは、私たちの生誕前から生まれました、深き、縁の悲しみの連鎖から続いていたものだと・・・。

 恨みを、恨みで晴らすといいます・・・。

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