イントゥー・ザ・シー ・・・ 香澄
もっと、私が早く二人の幼馴染みの異変に気付いていれば、その内の一人が、その女の子にも私にとっても大切な友達だった女の子を手に掛ける事はなかったはずだわ。そして、もう一人の方の動向にもっと疑いを掛けていれば、私の大事な幼馴染み、その二人が私より先に旅立つ事もなかった。
更に、それだけじゃない、私が一度愛した人も・・・。
幼馴染みの一人、貴斗の〝宏之から別れろ宣告〟を請われてから十二日目。
貴斗の為を思ったからこそ、それを受け入れたわ。
幼馴染み二人の方の仲は問題ないと思ったから聞いていないけど、宏之の方が気になってそれを確かめに出張から帰ってきた翌日、午後の休憩の時、遊びに行ってあげたわ。
なんたって私の仕事場と彼の仕事場は歩いて十数分の所にあるから。
~ 2004年11月21日、金曜日 ~
彼の仕事場、喫茶店トマトのエントランスの扉を開け中に入ると丁度、彼が近くにいたわ。だから、こっちから挨拶を投げかけてあげていた。
「ヒロユキッ、頑張って仕事してる?客としてきてあげたわよ。こいつと一緒にね」
「柏木様、今晩はですの」
「香澄、それと瀬能さん?いらっしゃいませ」
「これから休憩なんでしょ?その間、アタシ達の話し相手になってよ」
宏之の恋人を三年間もやらしてもらったから、彼の仕事先で、何時に休み時間を貰うかを知っていた。だから、そんな事を彼に言って頼んでいたの。
すると、やっぱりそうだったらしく、私のお願いを受け入れてくれたわ。
宏之に導かれたテーブルの席に座って、ほんの少しだけ綾と仕事の会話をしていると彼は彼女と二人して注文した彼の奢りのケーキセットを持って来てくれたわ。
「奢ってやるから、それ以外に食べたくなったらいくらでも言ってくれていいぜ」
「あんがとね、ヒロユキ」
〈甘いもん、アタシにいっぱい食べさせて、太らせよォ~~~って肚?〉
お礼を言いながらも心中ではそんな皮肉を返してあげていたわ。
「あっ、そうだ。宏之、あんた春香とはうまくやってんの?」
私はコーヒーに少しだけ砂糖を入れそれを掻き混ぜながら、ここへ来た目的の言葉を宏之に口にした。
何故かそれを聞いた彼は直ぐに言葉を返してくれなかったわ。
宏之と同様に私も深く相手に聞き込まない方だけど、彼の表情は余りにもおかしかったから口に出して何を考えているか尋ねたわ・・・。そしたら宏之の奴、三年経っても余り進歩していないようね。
私の嫌いなこと言ってくるから思わず手元にあった物で彼を殴ってしまったの。
嫌いな事を言われると直ぐに手を出してしまう私・・・。
私も進歩無いみたいだわ、ハハッ。でも、その時、もっと私が深く宏之の考えていた事に突っ込んで強制的に話させていたら、これから先に起こってしまう事を未然に防げたのかもしれないの。
宏之に春香の事をはぐらかされてから、そのあとは昨日まで行っていた出張先の面白い綾の失敗談を聞かせてあげていたわ。
まあ、それの所為で綾からも私の失態談を暴露されちゃったけど。
彼の休憩時間と共に私達二人もオフィスに戻っていた。
~ 2004年11月30日、火曜日 ~
そういえば、私、貴斗に私にとって、とっても嬉しい約束事を強要していたんだわ。
言葉では受け入れてくれていたけど、ちょっと心配。
今日は休暇で暇していた。だから、退院後でまだそれ程経っていなくて大学になんて行っていなさそうだし、どうせ家でゴロゴロ暇していそうな貴斗に連絡して相手してもらう事にしたの。
そんな事をしたら詩織が怒るんじゃないかって?
それは大丈夫、彼女〝愛は奪うものじゃなくて、与えるもの〟って言っていたから・・・。しかし、その幼馴染みが口にした言葉、やっぱりそれは言葉だけに過ぎないって事に私は気付いて上げられていない。
貴斗がまだ洸大様の所へ戻ってきたって話は聞いて無いから、初めに彼に住んでいるマンションの方へ連絡してみたわ・・・。しかし、留守録が作動しただけで彼は出なかった。
だから、次に携帯電話に掛けてあげた。
『チャラララァ‐チャラララァ‐チャラララァッ‐、チャラララァ‐チャラララァッ』
「ハイ、もしもし、藤原貴斗です。どちら様でしょうか?」
「貴斗ォ~~~、ア・タ・シ、香澄よぉ。体調、もう良くなった?」
「香澄?心配してくれて有難う。それよりどうした?」
「さっき、あんたの自宅に掛けたんだけど、出なかったわね?だから、今外に出てるんでしょ?それと、しおりンとも一緒?」
「エッ・・・、あぁっ、その・・・・・・、詩織は、ほら大学に行ってる。あいつは俺と違ってずる休みしないからな」
「アハハハッ、それはいえてるわね。それじゃァ~~~、今、ヒ・ト・リ・なの?」
「・・・・・・・・・、あぇっ、えっ、ああ、そうだ独りだ」
私の問いかけに電話越しの返ってきた彼の声にかなりの時間差があった。
「今、アタシ暇してんの。だから、この前約束した、あたしの遊び相手してよぉ。お・ひ・ま・なんでしょぉ~~~」
「まだなっ、ちょっと体調、優れなくて病院に向かっている」
「エッ、たっ、貴斗、本当に大丈夫?あたしだって、しおりンだって、翔子おネェだって、みんな、みんなアンタの心配してるんだから、無理しちゃ駄目だからね」
「有難う、そんな香澄が好きだ」
「まったまたぁ~~~、そんな見え透いた嘘、言うんじゃ無いわよ。でもちょっぴり、ウレシイかなぁ~~~、なんちゃって。ホントォ~~~は、なかなか取れない、せっかくのお休みをアタシと遊んでくれなくて、すごく寂しいけど、また今度誘うわ。その時までには体調よくしてね・・・。それじゃぁ、今からさぁ、少しくらい電話の相手してくれない?」
「それくらいなら構わない。ただし、病院に着くまでの間だ。それと車で移動しているわけじゃないからそれなりに話せるはずだ」
「あんがとね」
それから約二〇分、貴斗のヤツとお喋りをさせてもらったわ。
彼の方から病院に着いた事を告げ、会話を終了させて来るような言葉を聞かせてくれていた。
「すまないな、香澄」
「いいのっ、気にしないで、それじゃしおりンにも宜しく、バイビィ~~~っ」
そう別れの言葉を告げてから、幼馴染みの一人と会話を終了。
記憶喪失の時と違って電話嫌いが直っていてホッとしたわ。しかし、そんなことよりも、もっと注意深く彼の会話を聞いていたら彼の言っていることが嘘だったって気付いてあげられたのに、私はそれが出来ていなかった。
貴斗の言葉が嘘だってわかって、今の彼の状況を知ることが出来たら、これから先に起こる悲劇を何とか出来たかもしれないわ。
毎日のように彼と隣に住む幼馴染みの詩織に気を掛けていて、二人の動向を探っていれば誰も望んでいない結末を導くことはなかったかもしれないの。
~ 2004年12月6日、月曜日 ~
今日はなんだか久しぶりに詩織と顔を合わせたような気がする。
それは遅くなった仕事帰り、私が温かいカップ酒を飲み歩きながら近所の公園の中を通りかかった時のことだったわ。
そこに昔からあるブランコに座っている彼女がいた。
「あれれれぇ、しおりぃ~~~ンッ、こんな時間にぃ、こんなぁ~~~、ところで何やってんのぉかなぁ・・・・・・。おねぇさんにおしえてぇ~~~」
「アッ、カスミィ・・・、珍しくビールではなくてお酒なのですね。キャッ、痛いです。何するんですかぁ」
私の質問に直ぐ答えてこなかったから持っていた物の底で彼女のおでこを軽く押してあげた。
「アンタがぁあ・たぁ・しぃのぉ~質問にぃ答えなかったからぁですよぉ」
「香澄、お酔いしています」
「アッタリ前でしょぉ~~~、飲んでるんだからぁ・・・。それより、早く答えないと」
詩織の言葉にそんな風に返して、空になっていたカップ酒を地面に落とし、彼女に抱きついて、くすぐってやったわ。
「やっ、やめてよぉ~~~、かすみぃ。へんなところさわらないでぇ」
「しおりン、話す気になった?」
少し間があってから、彼女はどうしてここへ来ていたのかその理由を聞かせてくれたけど・・・、どうしてもう、嘘ついている様だった。
長い付き合いだから、ある程度のお互いに嘘を吐いている時ってわかるの。
今、詩織が私にそうしている。
「貴斗と喧嘩でもしてんの?あのネェ、しおりン。アタシが嘘を吐いている時、アンタがそれを見抜くようにあたしだってアンタのそれ分かるのよ」
「嘘とお分かりしていますなら、それ以上お聞きしないでください。わたくしだって香澄にはお話したくないことあるのですよ。ですから、今はそっとしておいてください」
「ハァ、判ったわ。だけど毎回忠告しておくけど、貴斗に負担掛けちゃぁ駄目だかねぇ!」
「申し訳、御座いません」
「それじゃぁっ、一緒にかえろぉ。しおりン」
そんな言葉を詩織に掛け、彼女の手を引いて、一緒の帰路を歩んでいった。
全然なにも話してくれなかったけど三年前の春香が事故を起す前に私が春香と詩織に嫉妬していた時とまるで立場が逆になっていた。
その時、私が自分の気持ちを詩織に隠していたように、今、詩織が私に同じ事をしているわ。でも、嫉妬と言う意味では一緒でも状況はまるで違う。
若し、私がそれに早く気付いて上げられれば・・・、大事な幼馴染みを・・・に、大切な友達を・・・にすることも、させることもなかった。
だけど、そうなってしまった原因を作ってしまったの本当は誰?
~ 2004年12月23日、木曜日 ~
明日はクリスマス・イヴ。
社会人になって初めてその日、休暇をもらえた。
貴斗と詩織がその日一緒にいるだろうから、幼馴染みの特権を行使して、その二人のお邪魔をしてあげようと思って彼の方に電話をしてあげる。
何度か電話していたから、貴斗がバイトを再開している事は知っていたわ。だから、それが終わった頃に掛けてあげたの。
「モシモシ、カスミィ・・・、だけど。たかとぉ~~~、バイトから帰ってきたところぉ?」
「ああそうだ。疲れているからそんなに話せないぞ、香澄」
「手短に話すから大丈夫よ。アンタ明日しおりンとデート?」
「・・・あぇっ、エッ、ああ、明日、詩織は忙しいらしくて会ってくれない」
「それじゃっ、貴斗アンタ独り?だったら明日暇なんでしょぉ?アタシとデートして」
「バカいってんじゃない、俺も明日バイトだ」
「何でバイト入ってんのよぉっ、もぉしんじられなぁ~~~いっ!若しかして、しおりンと一緒できないからって分ってたから、そうしたの?」
「あっ・・・、ああ、そうだ」
「フゥ~~~ン、アタシのためにはその日空けておいてくれないンだぁ。この前だってせっかく休み取れたのに相手してくれなかったんだから明日くらい無理してくれたっていいじゃない」
「我侭言うな、香澄。明日は絶対バイト外せない。明後日なら一日中一緒にいてもいい」
「あさって、アタシが休みじゃないわよっ。貴斗のいじわるっ!」
「そっ、そんなこと言うな、香澄。俺が悪かった。次のお前の休み取れたとき、俺の方がバイト入っていても、大学の講義中でも、試験中でもそれ無視して付き合うから明日だけは勘弁してくれ」
「それじゃァ、絶対次に休みはアタシのどんな我侭でも聞いてくれるぅ?」
「ああ、わかった。二番目に大切な幼馴染みだからな」
「ハイ、ハイ、どうせ私はしおりンの次ですよォ~~~だっ!」
「すまんな、今の俺はこんなんで」
「いいわよぉ、そんな今の貴斗も好きだから・・・。疲れてんでしょ?それじゃお休み」
「ああ、お休み。それと夜更かし美容の毒」
最後、最近すごく気にしている事を男幼馴染みは警告してくれた。
向こう側の受話器を下ろした事が確認できると、私もそれをあるべき場所へと戻していた。
彼と電話で会話してくれた内容が嬉しかった。でも、それがウソだと言う事に今回もやっぱり気付いていないみたいだわ、私。だって、貴斗、私や詩織に隠し事はするけど今まで一度も嘘、ついたこと無かったもん。だから、気付いてあげる事ができない・・・。
明日は、貴斗と別の女の子が・・・するはずだった。でも、詩織がその女の子を・・・、してしまう。もし、私がその事実を知っていれば、違う未来があったのかもしれない・・・。
別の分岐の道があったのかもしれない。でも、もう・・・。
~ 2004年12月24日、金曜日 ~
本当は今日、幼馴染みの二人で過ごしてみようかなって思ってみたけど、それは現実のものと成らなかった。
宏之は春香がいるから誘えないし、同僚で同級生だった、綾を誘ってみたけど、彼女の家の都合でそれは出来なかった。
そして、私は・・・。
「ネェ~~~、シンちゃぁ~~~んっ。みんなぁ、ネェ、せっかく誘ってみたのにぃ・・・、誰も一緒にいてくれないのよぉ」
「なに言ってんだ。こうして俺が来てやっただろう」
「そうなんだけどぉ~~~」
隣に慎治がいる。どうしてなのか、彼に連絡を入れたら私の誘いに直ぐ答えてくれていたわ。それで、今、彼の行き付けのバー『アーティファクト』で飲んでいた。
「好きなだけ、愚痴聞いてやるから、言いたいこと言いな」
「シィンチャァ~ッン、やさしぃ~~~、どうして、ア・タぁ・しィ・にぃ、そんなぁに、やさしいのぉ」
「はやせっ!シンちゃんって呼ぶナッ!!」
「だめぇ~~~?」
彼の腕を掴み、それに胸を押し当て、懇願する様な瞳を慎治に向けていたわ。
すると、彼は横長に口を閉じ、鼻で溜息をしてから、
「しゃぁねぇなぁ~~~、隼瀬。俺と二人でいるときだけだからな」と条件付で許してくれた。
でも、どうして、慎治は私にこんなにも優しく接してくれるの?
それをもっと早く、宏之と付き合う前よりも早く知っていれば・・・・・・、大切なみんながバラバラになる事はなかったのかもしれない。
「ねえぇ、最近、しおりンがぁ変なォ~~~。アタシにうそつくのよぉ。それにぃ、たかとぉはぁ・・・、ぜぇ~んっぜん、ア・た・しぃとのぉやくそくをぉまもってもくれないの。どうしてよぉ~~~」
「藤宮と貴斗、あいつらはあいつらでいちゃついてンだっろ?二人の邪魔スンナ。二人が落ち着くまでは我慢しろ。その代わり、それまで俺がいくらでも隼瀬のあいていてやるからな」
それからはじゃんじゃんお酒を飲んで、慎治に言いたい事口にしていた。
その間、彼はちゃんと私の話を聞いていてくれたようだったわ。
いつも通り酔いが最高に達した時、私は眠りに就いていたの。
どのくらいの時間、このバーで眠っていたのだろうか?
慎治は一度も席を立たないで私の傍にいてくれたようだった。
私の目覚めに気付いた彼は店を出ようって言ってきたから、それにしたがって外へと足を運ぶ。
時計を見たら、すでに日付が代わっていたことを理解したの。
随分の間、私の我侭に慎治を拘束していたようだったわ。だから、慎治の喜びそうな事を言葉にしていた。そして、彼はそれを受け入れたの。
~ 2004年12月25日、土曜日 ~
慎治と別れてからは直ぐに自宅に戻って、就寝していた。それから、数時間の睡眠でいつも朝、目覚める時間に起きていたわ。
自室で出勤の支度をしていると、内線が掛かってきたの。
その電話の内容は・・・、信じたくなかった。
どうして?・・・・・・、どうして、春香が・・・。
会社から直接、通夜に向かおうと思ったから喪服を持って出かけていた。
仕事場がある建物の前に着くと綾も同じくらいの時間に現れた。
綾と会話を交えながら、仕事部屋に向かっていた。その時、彼女も春香の父親から電話があって通夜の報せを受けていたようだわ。
氷室上司に親友の通夜がある事を伝え、定時帰宅する許可を戴いていたわ。
今日一日は綾も私も、あまりに突然の友の報せを受け、仕事手付かず状態だった。
そんな私達二人に氷室上司は何のお咎めもしてこなかった。
帰宅前、部下思いな上司に感謝して、深く頭を下げて別れの挨拶をして会社を出ていた。
それから、綾の自宅で着替えをしてから二人して涼崎家宅に向かったわ。
~ 涼 崎 家 ~
お通夜の始まる時間前に到着していたけど、私達より、先に結構多くの人が来ていた。
その中に見知った人はいないか探したら、数人高校の同級生がいた。でも、まだ、春香にとっても私にとっても、最も身近な宏之、貴斗、慎治はおろか詩織も見えていなかった。
少しキョロキョロしているとその中に一人が到着。
「おお、隼瀬に瀬能じゃないか?他の連中は?」
「アぁッ、こんばんは慎治のお姉さんとお母さん・・・?慎治、その子、誰?」
「えっ、こいつ?俺の妹さ。ホラッ、挨拶しな」
「はじめまちてぇ、おねえちゃん。やがみぃ、ウキョウっていうのぉ」
今の今まで慎治に妹がいたなんて知らなかったわ。その慎治の妹に私も綾も自己紹介していた。
それが終わった頃に春香の恋人、宏之が血の気の失せた様な顔色で私達の前に現れた。
その表情を見て彼がどれだけ彼女の事を思っているのか知ってしまう。
わかっていた事だったけど、どうしようもなく、切なかったわ。
通夜が始まる6時になっても幼馴染みの二人は現れなかった。
涼崎家の家に上がる前にもう一度外を見回したけど・・・、やっぱり二人は何処にもいない。
春香の死の悲しみで、胸がすごく痛かったけど、貴斗も詩織も来ない事に酷く不安を感じていた。
順番に部屋に上がらしてもらうと・・・?
来ていないのって疑問に思ったうちの一人が前列の方に一人静かに座っていた。
「貴斗・・・、どうしてアンタがそんなに前に?」
そんな風に幼馴染みの一人に後ろから言葉を掛けていた。しかし、言葉も返してくれないし、振り返ってもくれなかったわ。だから、そんな彼の前に回ってもう一度呼びかけてみたけど・・・、やっぱり反応してくれなかったの・・・。
貴斗の顔を覗くと目を瞑っているだけで、ただのお友達程度だったらその表情から彼の気持ちを察する事はけして出来ないわ。
でも、私は・・・。
「貴斗っ!どうしたっていうのなんでそんな辛そうな顔してんのよっ!」
「香澄先輩・・・、貴斗さんにそんなこと、言っちゃ駄目です・・・。今は・・・」
少し怒鳴り声を上げてしまった私を哀しそうな表情の翠に咎められてしまったわ。
「ごっ・・・ごめん・・・」
春香の棺桶が置かれている部屋が一杯になると彼女の父親、秋人さんの言葉でお坊さんがお経を読み始めた。
そのお経が私の耳に届いてくると・・・、春香の死が嘘じゃなくて、変えることの出来ない現実だって理解してしまった。
お経が続く間、私は嗚咽し続けたわ。
声を押し殺すため、流れる涙で顔がぐしゃぐしゃになるくらいそれを流していた。
そんな私の顔を誰にも見られたくなかったから、ハンカチを広げその中に顔を埋めそうしていたの。だけど、そんな布切れ一枚では私の泣き声を抑えることなんて出来なかったようね。
すべての儀式が終わり、殆どの人たちは帰っていた。
私はその間、ずっと泣いていたから、誰がどんな風に泣いていたのか、誰が途中で抜けていったのか、来客していたかなんって知る由もなかった。でも・・・、詩織は来ていないようだった。
「ネェ、貴斗、どうしてしおりン来てないの?アンタ昨日しおりンと一緒じゃなかったって知っているけど・・・、何で今日も一緒じゃないのよっ!何で彼女を誘ってこなかったの?あんたしおりンの彼氏でしょ?恋人でしょっ!何でしおりン来てないのよっ!」
立ったまま黙っている幼馴染みを睨み見上げ、強く問いただす様に彼に尋ねていた。だけど、貴斗は視線を逸らしただけで、何も答えてはくれなかった。
「答えなさいよっ!貴斗っ!何か言いなさいよォ~~~。どうして、しおりン来ないの?どうして、春香は・・・、春香はコンになっちゃったの。どうしてアンタはあたし達より先にここに来てたのよ。何か言ってよぅ、ぅうぅうぅぅわあぁぁアあぁぁぁぁああうわぁーーーーーーーーーっ」
貴斗の上着を掴み彼の胸に顔を埋め、悲しくて、辛くて、不安でまた、泣き出してしまっていた。どうして、私はこれほどまでに大きく嗚咽するの?
春香の死を知った瞬間、私は思い知ってしまった。
それは詩織や貴斗の次に付き合いの長かった春香、彼女との思い出に楽しい事も、そうじゃない事も有ったけど彼女が掛け替えのない友達だってことを身に沁みて知ったから。でも、どうして、こんなに早く春香は私達の元を去って逝ってしまったのよ?・・・そんなの、判りきっているわ。
私の・・・、所為。
春香の死因なんてわからないけど、若し、あの事故が原因で今まで見えなかった疾病が現れて、彼女がそうなってしまっていたのなら、春香を死なせてしまったのは私の所為なの。だって・・・、だって、そうでしょう?
あの時、宏之を呼び止めなかったら・・・、こんな風にならなかったもん。
心の中に現れるさまざまな思いがしばらくの間、私を嗚咽させていた。
泣き疲れた頃、その場に立っていることが出来なかった私は貴斗の前で座り込んでしまっていた。
私が彼の胸で泣いている間、ずっと宏之も春香の入っている棺の前で泣き叫んでいたわ。
でも、自分の事で頭がいっぱいだったから彼がどんなことを言葉にしていたか知る事は出来なかった。そして、私が泣き止んだ頃に彼もそれを止め、どうしてなんだろうか、宏之は憤怒の表情で私の男幼馴染みの貴斗に罵声を浴びせ、殴りかかろうとしていた。
宏之が作っていた顔、やっぱり彼は貴斗と血が繋がっているんだってわかったの。
そう、貴斗が本当に激怒した時にだけ見せるそれと一緒だった。
宏之を止めようって思ったけど、彼のその表情を見てしまって怯えてしまった私は恐怖に顔を強張らせ、声を出す事も、貴斗の前に立って彼をかばう事も出来なかったわ。
慎治が殴りかかろうとする宏之を取り押さえようと動き出したけど、間に合わなくて貴斗は宏之のそれを貰ってしまったわ。
でも、おかしいの。貴斗、宏之のそれを避け様とも防ごうともしていなかったわ。ただ、じっと耐えているだけだった。
宏之は何故かそれをした後、悲痛の顔を浮かべ逃げるように立ち去ってしまっていたわ。
そんな彼を追いかけることも私は出来なかった・・・。
若し、宏之の後を追っていれば・・・、彼が春香の後を追う事もなかったのかもしれない。でも、もう、それも・・・、遅いみたい。
「貴斗、大丈夫?痛くなかったの?」
「・・・香澄・・・、慎治・・・、俺を・・・、ひ・・・、とりに・・・、独りにさせてくれ」
「貴斗、今はお前の言葉、受けてやる。だけど、あとでちゃんと説明しろよな」
慎治はそう言うと私と貴斗に笑みを向けてから、手を軽く上げ外に出て行ってしまった。
だけど、私は貴斗の出す言葉を受け入れたくなかった。
彼を一人にしてしまうと、彼も、もう手の届かないところに逝ってしまいそうで・・・。
「香澄・・・、俺の一生に一度のお願いだ・・・。聞いてくれ」
座っていたままの私を強く抱きしめ、顔を寄せ、私と彼の頬と頬が触れ合うそんな状態で貴斗はそう囁いてきた。
生まれて初めて彼に髪を撫でてもらっていたわ。
今まで、それを詩織にはたくさん・・・沢山していたくせに、私には全然、今の今まで一度だってしてくれなかった、それをしてくれていたの、彼のその暖かく大きな手で私を労ってくれる様に、慈しんで呉れるように・・・。
それの所為で貴斗の願を聞き入れてしまった。
だけど・・・・・・、それを聞き入れない方が良かったのを気付くのは・・・、彼が・・・・・・・・・、からだった。
~ 2004年12月26日、日曜日 ~
かなり憂鬱な気分だけど会社を休むわけに行かなかった。だから・・・、そこへ向かう。
玄関を出た時、詩織の事を思い出した。
何故、彼女は春香のお通夜に出なかったのか疑問でしょうがなかった。
私のところに連絡が来たんだから、詩織の所にあってもおかしくないはずなのに。
若しかして、昨日もどこかに出かけていたの?
それの真相を確かめようと思って彼女の家に向かったわ・・・。
直ぐ隣だけどね。
「あらっ、香澄ちゃん、おはよう御座います」
「おはよっ、詩音おばさま。ネェ、ところでしおりン、今家にいんの?」
顔を努めて明るく装って、玄関先を掃除していた彼女の母親に挨拶をして、詩織の所在を確かめていたわ。
「詩織?〝貴斗君の所からこちらへ向かっています〟って先ほど、顔を見せてくださったその貴斗君から教えていただいたのですけど」
「えっ、何?さっき、タカ坊がここへきたっていうの。どっ、どのくらいまえ?」
「四、五分前でしたけど・・・、それがどうかしたのですか」
詩音おばさまの言葉を聞いて貴斗を追いかけようか、それとも会社に出ないで詩織が帰ってくるのを待とうか迷ったけど・・・、そのどちらでもなく選んだのは仕事に行くことだった。しかし、そのどの選択を歩んだとしても私が行き着く先の結果は同じでしかない。
~ 2004年12月28日、火曜日 ~
連日、私の気分が平常に戻る事はなかった。
その気分は一通の報せによってさらに下を向いてしまうの。
表向きは普通を装って何とか今日も仕事場の椅子に座って、両手をパソコンのキー・ボードの上に置き、ディスプレイを見ながら文章を考えていた。
考えてはキーを叩き、考えてはキーを叩きの繰り返し・・・、正しい文法で書かれているのか、いないのかなんって気に掛けている心の余裕はなかったわ。
ただ、それを繰り返しているだけだったの。
私の隣に座っている綾はマウスをクリックしていた様だけど・・・、彼女の顔は画面を向いていなかった。
綾と二人して同じような気分で遅くなった昼食を摂っている時、一通の連絡が携帯電話に入ってきたの。
その連絡主は液晶画面を見てわかっていた。
「ハイ・・・、モシ・・・、もし、隼瀬香澄です。慎治なんでしょう、何か用?」
重い気分で彼に声を掛けた。
その気分が声に乗って伝わってしまった所為なのか彼の返ってくる返事がかなり遅かったけど、用件を聞かせてくれる。
「アッ、ああ、そのなんだなぁ・・・、若し、今日6時半前に仕事おわんなら・・・、迎えに行くからさぁ、お・・・俺に付き合ってくれないか?」
「もしかして、デートのお誘いとかって奴、慎治?」
「出来れば・・・、その・・・、瀬能も一緒に」
「なにぃ、私だけじゃ満足できないから綾も誘うって言うの?慎治アンタの口からそんな言葉が聞けるなんって・・・、世も末ね」
慎治が本当はどんな用を話すために電話をよこして来たのかを知らない私は、彼にとって冗談を冗談として聞き取ってもらえない事を口にしていた。
だけど、慎治は普通に冷静にそれを返してきていたの。
「そのデート・・・、オーケーしてくれるのか?」
それを答えるために綾にも確認を取ってから慎治に肯定の返事を口にしていた。
それを聞いた彼は何時くらいにここへ迎えに来るのかを教えてくれてから、電話を切って来た。
* * *
仕事も終わり、外で慎治が迎えに来るのを綾と一緒に待っていた。
綾も私もお互いに言葉を掛け合う事無く、街路を行き交う人々や道路を走る車をぼけぇ~~~ッと眺めているだけだった。
その行為も慎治の乗る車からならされたクラクションによって中断させられた。
路肩に移動してきたその車はそこで止まり、運転席の窓が下に降りる動作と一緒に慎治が声を掛けてきた。
「二人とも乗れよ・・・・・・。今から宏之、柏木宏之の・・・・・・・・・、通夜に行く」
「ハハッ、慎治。笑えない冗談ね・・・」
それ以上言葉が続けられなかった。
なんって口にして良いのか分らなかった。嘘だって信じたかった。だけど、慎治は否定してくれる言葉を返してはくれなかったわ。
綾の家に向かって、彼女が着替えてから、私の住むところへ移動し、私もスーツから昨日、一昨日、羽織ったばかりの喪服を身に纏い・・・・・・、数ヶ月まで何度も泊まらせてもらった事もあったし、幾度となく足を運んだ事のあった宏之の居るマンションへと進路をとっていた。
その場所に到着すると黒服を着た男女が多く姿を見せていた・・・。
私はそれを見た瞬間、卒倒してしまいそうになったわ。
それを隣に立っていた慎治が支えてくれる。
「隼瀬・・・、辛いのわかっている。俺だって・・・、信じたくない。だけど・・・、これは変えようの無い現実なんだな、これが」
声を震わし、彼はそう私に伝えてきた。
受け入れたくない、受け入れたくない現実だけど・・・、慎治の言った事に嘘はなかった。悲しくて、辛くて、押し潰されそうな気分ちだったけど、何とか持ちこたえ、誰が宏之の通夜に来てくれたのか確認をしていたわ。
知っている人、知らない人、宏之の家には入りきれないくらいの人たちが来てくれていた。
私の知っている中で最も身近な、洸大様、翔子お姉さん、翠とその両親・・・、そして、なんと私の従姉妹の知美さんとその妹の夏美、それと真緒叔母様達が、それと慎治の処の母親らもが来ていた・・・。
当然よね。宏之のアルバイト先は叔母様の経営しているところだから。
『ぽぉくっ、ポォくッ、ぽぉクッ、ぽぉくっ、ポォクッ、ぽォくッ、チィ~~~~~~んっ』
木魚と鈴が鳴る音と一緒にお坊さんがお経を読み上げていた。
その音が空間を伝わり、私のところに届くたびに、宏之が死んでしまったのが否定できるものじゃないのを知ってしまう。
辛くて、心が狂ってしまうくらい苦しくて、どうしようもなく我慢できなくて、宏之が春香を死んでも追いかけたいくらい愛していたっていうのを認知してしまい、隣に座る翔子お姉さんの膝に顔を埋めながら、大きく嗚咽していたわ。
春香のお通夜の時もいっぱいそれを流したのに、枯渇という言葉を知らない私の涙は宏之の前でも激しく流れ落ちていた。それから、宏之の通夜が終わっても、しばらく長い間、彼の棺に頭を押し当て泣いていた。そして、木で造られたそれは私の涙をすべて受け止めてくれていた。
「隼瀬・・・、もう泣くな。泣いても宏之は戻ってきてくれなんてしない。お前が泣いたら彼奴・・・、あっちに逝ってもいい顔してくれなぞ、だから泣くな。笑って見送ってやれよ。俺のこの顔みたいにな」
慎治は言い終えて口をとじてから無理しているような表情で笑顔を作って見せてくれた。
そんな彼の心意気が痛く嬉しくて・・・、違う意味で泣きそうになってしまったけど、どれだけ上手く返せたのか私自身わからないけどニッコリと微笑を返していたわ。
笑顔のまま棺の方にそれを向け、宏之にも見せてあげていたの。
「隼瀬、もし、よかったら・・・、俺の傍にいてくれないか?」
「何・・・、慎治、こんなところでアタシに告白?気でもちがっちゃった?」
「場違いだって判っているさ。でも、言葉だけは伝えておくな。好きなんだ、ずっと前から。隼瀬と高校で会う前から好きだったんだな、支えてやりたいんだ。隼瀬、お前をな。答えを今すぐ返せ、なんって、要求しない。だから、冷静に考えられるようになったらその答えを聞かせてくれな」
慎治の言った事が私の心まで届いてくると、どうして、今まで彼が私に優しくしてくれていたのかを知ってしまった。だけど、今この場で彼に答えを返して上げることはできなかったわ。どうして、直ぐに返事をしてあげられないの?その理由は・・・。
沈黙して何も答えない私を見た慎治は小さく溜息を漏らし、最後もう一度笑ってくれてから宏之の棺がある空間から出て行った。
そこに私独りだけが取り残されてしまっていた。
独り、その場所でじっとしていてどれくらいの時間が流れたのかしら無いけど、まだ帰っていなかったのか知った年下の子二人がこの場所に姿を見せた。
「かすみ・・・、先輩・・・・」
二人の女の子がほぼ同時に呼びかけていた。
その二人の声は私とは違った悲しみが潜んでいるような感じだった。しばらく、ここで時を過ごしていたから少しくらい冷静になっていたの。だから、その二人に顔を向け、言葉を返してあげられたわ。
「翠、それと夏美・・・。まだ二人ともいたの?」
「ああっ、あぁあのぉ・・・、香澄先輩は・・・、香澄先輩はどうして、私にそんな風に普通に言葉を返してくれちゃうの。私、いっぱい、一杯、先輩のこと嫌ちゃっていたんですよ」
翠は涙を流しながら、そんな事を聞かせてくれてきたわ。だから、彼女に近付き、少しくらい私より身長が高くなっていた彼女の頭を撫でてやってから、その答えを返してあげたの。
確かに翠は私を嫌っていた。
その理由も知っていたわ。
彼女の姉、春香からその恋人であった私の背の後ろに入っている彼を奪ってしまい、翠の私に対する水泳選手としての期待を裏切ってしまっていたからよ。
翠が私を嫌っていても私は彼女を嫌っているわけじゃなかった。だって、どんなに一方的な仲たがいでも兄弟、姉妹のいない私にとって翠は本当の妹の思えるくらい可愛かったから・・・。
幼馴染みの詩織にも弟の響がいたし、もちろん春香にはその翠が居た。
そんな二人が羨ましくて、響に比べて特に接する機会が多かった翠を姉の様な気持ちで接していた。だから、いくら翠に嫌われていても私から彼女を嫌うことはなかったのよ。
翠がいつか私のことを許してくれるそんな日を願って今まで過ごしてきた。
そん気持ちを翠に隠さず伝えてあげると、彼女は私の着物の襟の辺りを掴みながら、何回も謝罪の言葉を口にしていた。
そんな翠の姿が愛しくて私は強く抱きしめていたわ。
彼女の頬に手が触れたとき、ひんやりした感触を私の皮膚は感じていたの。
翠も私がさっき一杯流していたそれを顔に出していたみたいね。
一体、夏美は何のために翠とここに来たのか知らないけど、黙って私と翠を見ていたようね。
翠が泣き止むと、今まで気になっていた春香の死と貴斗の事を彼女は聞かしてくれたわ。
それを聞いて、余りにも信じがたい事に恐怖して、自分の髪の毛を強く掴んでいた。
翠は言葉にして伝えるのは苦痛です、って感じで口を動かす。
「貴斗さん、春香お姉ちゃんと付き合っていた・・・、みたいです」
「はぁ?貴斗のヤツがしおりンを捨てるわけ無いでしょう?若しかして私を笑わしてくれようと思ってそんなこと言ってくれてるわけぇ?」
そんな風に返してあげるけど、翠の顔を見たらそれが偽り無いって事がわかってしまう。
「ほ・・・、本当は違うんです・・・。春香お姉ちゃんが・・・、お姉ちゃんが・・・・・・、詩織先輩から貴斗さんを奪って恋人にしてくれちゃっていたんですよっ!」
「そっちの方が笑えない冗談よ!春香にそんな度胸あるわけ無いでしょう。翠、アンタの姉でしょう?アタシなんかより春香の性格、ずっとよく知っているはずよ」
「だって、だって、だって、そうでもなきゃ、貴斗さんが春香お姉ちゃんなんかの恋人になる訳ないもん。私の知っているお兄ちゃんだったら詩織先輩と別れることなんって、そんなことするわけないもん。だから・・・、だから・・・、私はそれしか、お兄ちゃんとお姉ちゃんが恋人さんになったって理由、思いつかなかったのぉ」
翠はまた泣きじゃくりながらそう言ってきていた。
その状態のままの翠をよそに、その事実を完全肯定するように夏美が私に口を向ける。
「香澄先輩、涼崎さんの言っている事は本当なんです」
「二人してお姉さんをからかっちゃってくれてさぁ、まったくこの子達は」
「香澄おねえちゃん、ちゃんと聞いてくださいっ!」
夏美が私の事を〝おねえちゃん〟って言葉を使うのは私が中学校の時以来だわ。その言葉遣いの変化に何かしらの不安を感じてしまっていた。
「私、おねえちゃんが柏木さんの恋人だったの知っていたから、柏木さんが私のお店にウェーターとして入ってくれた時、本当に嬉しかった。でも、それ以上に辛かったの。だって・・・、だってね。私、柏木さんのこと好きだったから・・・、二年間ずっと涼崎さんと同じような気持ちで柏木さんと接してきた。涼崎先輩が目を覚まして、柏木さんがお姉ちゃんを離れて行こうとしていたのも噂でしっていたんです」
「アンタの噂好きは変わんないわネェ~~~、ほんとっ」
「余計なこと言わないでいいです・・・。柏木さんと涼崎先輩の破局の噂が流れてきた時、お姉ちゃんも私に柏木さんと別れるかもしれないって話したの覚えていますよね」
「・・・・・・確かにそんな事をアンタにこぼしてしまっていたわ・・・。それがどうしたって言うの夏美?」
「私、それを知って柏木さんに告白したんです。私みたいな年下興味ないって言っていたのに・・・、言っていたくせに・・・、四日前、柏木さんはうれしい事いってくれたんですよ。せっかく願が叶ったのに、好きだった人にイヴの日にキスしてもらったんですよ・・・。それがラスト・キスだなんて酷いと思いませんか?どうして・・・、どうして、こんな事になってしまったんですカッ!香澄おねえちゃん、どうしてぇーーーーーーーーーーーーっ!」
夏美は最後まで言い終えるとその場で泣き出してしまっていた。
それに誘発されるよう泣き止んでいた翠もそれを始めていた・・・。
私もそうなってしまいそうだったけど・・・、年上のお姉さんなんだから、それを死んでしまいそうなほど我慢して、二人を抱き寄せ泣き止むまで二人の頭を抱いていた。
そんな、嗚咽していた所為なのか、それとも、それ以上の事実を聞かせるのは酷だと思ってくれたのか翠は私にもう一つ重要なことがあったのを教えてはくれなかった。
それは春香がこんなにも早く現実から去って逝ってしまった真相。
そんな私達三人の姿を宏之の両親とその母親の姪にあたる翔子お姉さんが遠くの影から見守っていてくれたのを知る由もなかった。
翔子お姉さん、それと洸大様の従者が運転してきた車に乗せられて一緒に帰宅する事になったわ。
その車での移動中、二人に貴斗の事を尋ねたんだけど、辛そうな顔を返してくれるだけで、何も答えてくれなかったわ。
だけど、強引にでも二人に貴斗の事を聞かせてもって、彼の事を探しに行っていれば・・・、詩織の事を捕まえる事もできたし、私の手でその二人を助けることも可能だったかもしれない。
それに、これ以上の悲しみの波動が拡大して行くことがなかったかもしれないけど、その可能性を私の手で掴むことは・・・・・・・・・、でき・・・、ない。
~ 2005年1月1日、土曜日 ~
今日、この日まで私は何度も詩織と貴斗、それと慎治に電話を掛けていた。だけど、誰も出てくれることは無かったわ。その間、私自身の存在の意味を顧みてもいたの。
春香が死んで・・・・・・、それを追う様に宏之が私達の前から居なくってしまった。でも・・・、そういう風に二人をさせてしまったのは誰の所為?
すべての原因の鍵が落ちているのは数ヶ月前?三年前?それとも、それよりも前?もっと昔?・・・、うぅうん、そんなの解かり切っているわ。
また、新たな事実を知る事によって私は、私を追い詰めてしまうの。
それを教えてくれるのは慎治でも、幼馴染み二人でも、私、貴斗、詩織、春香、宏之それと慎治の家族でも、ましてや、もう言葉さえ交わすことのできない春香や宏之の訳ないわよね。
はっきり言って体を動かせる様な気分じゃなかったけど〝今年くらいは綾が住んでいる神社にお参りに来てくださいな〟なぁ~~~んってお願いされたいたわ。
それを承諾していたから約束を破りたくなかった。
普段だったら、参拝に着物をまとって行くけど、会社勤めで余り着なくなっていた洋服でそこに向かっていた。
そこに向かいながら貴斗や詩織も誘ってあげようと思って何回も連絡を入れたけどどうしてなのか繋がる事は無かった・・・。
繋がるはずないの。
そこに独りで行く事は御神籤の吉凶の種類の中の大凶、それ以上と同義だった。
八嶋神社について巫女さんをやっているはずの綾のやつを探してあげた。
その神社はそれほど大きくも、広くも、無いけど結構たくさんの人が参拝に足を運んでいた。
よく耳を澄ますと和琴、大和笛、笏、拍子、篳篥、太鼓それらが奏でる囃子が聞えてきたの。
その演奏に導かれる様に私の足は動いていた。
辿り着いた神楽殿で、香れるほどの表情を作っていた綾が神秘的な巫女服をまとって神楽を舞い踊っていたわ。
綾は神楽鈴を鳴らしながら一心不乱にそれに専念しているようだった。
彼女の舞のすごさに圧倒され、しばらく、それを他の人の間を掻き分け、前列の方で眺めていた。
綾と私の顔が向かい合った時に彼女はニッコリと私に笑みを向けていた。でも・・・、綾、私の顔を見た瞬間、どうしてなのか涙を流していたわ。
綾はその表情を私から隠すように舞を続け、他の場所へと移動して行った。
それから、数分も経たない内に神楽も終わり、綾はその姿のまま私の所に近寄ってきたわ。
「綾、アンタのそれ、初めて見るけど・・・。なんって言っていいのかな?ウン、とりあえず、すごかったわよ」
「香澄様・・・、お褒め頂、有難う・・・・・・・・・、御座いますの」
彼女はそう言葉を返してくれると何故かまた涙を流し始める、微笑みながら。
さっきの神楽の時も感じたんだけど、綾、微笑んでいるのにその涙はどうしても嬉し泣きのような感じに私は受け止められなかった。
「綾?アンタどうして笑ってるくせに・・・、その・・・、悲しそうな涙流してる訳?」
「香澄様。綾、貴女様が何を言っているのか全然、全然わかりませんの?綾は全然、泣いてなんかいませんの」
「うそ、おっしゃい!そんな顔されたら心配しちゃうじゃないの、綾」
「香澄様、綾のこと心配してくださって有難う御座いますの・・・。でも・・・、でも、わたくしは全然へいきですの」
「そんな減らず口を言うのはこの口カッ!アンタ隠し事してるでしょ?いいなさい」
言葉と一緒に綾の両方のホッペタを引っ張ってやったわ。力加減は・・・。
「いはいへふほぉ~~~、おはねへふははいはぁ、はふひははぁ~~~~~~、これられわ、ういああええお、いいあへんおぉ(痛いですのォ~~~、おやめくださいな、香澄さまぁ~~~~~~。これだけはお口が裂けましてもいえませんのぉ)」
「言わないと本当に口裂けさえちゃうわよォ~~~」
そうは口を動かしているけど、手は彼女から離してあげていた。
しくしく泣いている綾に謝罪の意味も込めて、頭を撫でなでしていた。
「ホントォーーーニっ痛かったですのぉ、香澄さまぁ。それでも、ですが・・・、貴女様にお伝えする訳にはいきま・・・・・・、痛いですのぉ、グゥ~~~で殴るのはいけませんのぉ」
「早く教えてくんないと、みんなの前で引っぺがすわよ」
そこまで綾に酷いことまで言って、聞かせて貰わない方が良かったことだった。
今まで何回、こんな選択ミスをしてきたんだろう?
その間違えた選択の結末が綾の口から伝えられる。
「香澄様・・・、香澄様・・・・・・、香澄さまぁ~~~~~~」
三回、私の名前を呼ぶと綾はいつものオヨヨ泣きじゃなくて、私がするような子供じみた嗚咽を見せてくれた。
それを見てしまった所為でただ事じゃないって勘付いてしまっていたわ。
「ハイ、ハイっ、私が悪かった。ワァ~~~、ヨチヨチ、綾ァ・・・」
綾の髪に差っていた神楽簪を取っ払い、百七十以上ある長身の彼女の頭を撫でていた。
彼女は泣きながら、知りたくもなかった事を言葉にしてくれる。
「うゆゅうくっ、香澄さまぁ・・・。貴斗様と・・・、詩織さママガァ~~~。お二人様が・・・、お二人がおそろいで天に召されてしまったのですのぉ」
「アハハハハハハッハハハッハアッハアハ・・・、綾?言ってる意味がわかんないんだけど。私の分かるいい方で言いなさいよ」
二度も同じことなんって口にしてくれなくても良かった。
一回で判ってしまったいたのに空笑いをしながらそう聞き返してしまっていた。
それに従順に綾は言葉をくれる。
「うぅうくっ、ひくっ、香澄様、酷いですぅのぉ~。綾だってこんなこと何度も口にしたくないですのぉ~~~。貴斗様と詩織様がお亡くなりになられてしまったなんて、言いたくも、信じたくもないですの」
「アハハッ、あや、今なんかいった?私、何も聞えなかったわ」
もう何も考えたくなかった。死んでしまいたかった。
空笑いをしながら・・・、また泣いていた。
この涙が止まってくれるのはいつ?
* * *
いつの間にか綾の事を忘れ、八嶋神社を出ていた。
物思いに耽ながら、道端に止まっていたタクシーに乗せてもらい、ある場所に向かってもらった。
その近くの場所の酒屋さんでビール三缶を買って、よろめくように歩きながら・・・、私にとって思い出の深い場所へと足を運んでいた。
『さざざざざざぁーーー、ざぷぅ~~~~~~んっ、ささささざぁーーー』
潮騒の繰り返す音が聴こえて来る。
誰もいない浜辺に独りぼっちに座りながらさっき買ってきた缶ビールを開けそれを飲んでいた。
それを飲みながら携帯電話の画面を覗いたいたの。
酔っ払い始めて、少し震える手で携帯電話のボタンを押し、文字を打っていた。
私が自分で打っている文字のはずなのに、ちっともどんな文章を入力しているのか認識できていなかった。
三缶全部のみ終えたころ指の動きも止まっていた。
それが終わると座っていた場所から立ち上がり千鳥足である方角に向かっていた。
岬の先端に到着すると一番先に洋風の椅子に座るように腰を下ろし、足をぶらつかせていたわ。
そんな状態で、もう一度携帯の画面を見て操作する。
『プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、トゥルルッルルッ、トゥルルッルルッ、トゥルルッ♪』
「アッ、シンちゃぁ~~~ん、もしもシィ、ア・タ・シィ~、カスみよぉ~~~。どうしてぇ、なんかいもぉ、いままでぇ、電話かけたのぃでてくんなかったのぉ~~~」
「オイッ、ハヤセッ!今一体何処にいる?」
「さぁあぁ~~~、どこでしょぉ~~~かっ?」
「おまえ、酔っているだろう?迎えに行ってやるから場所を教えろよ、なっ?」
「しんちゃぁ~んっ、しってたぁ?しおりんとぉ、タカぼぉがねぇ。私をおいてネェ、先に逝チャッタんだよぉ。ひどいよねぇ。アたし、アだじ、二人の幼馴染み何にっ!世界でぇ、世界で一番大事な二人なのにッ!二人は先にアタシをおいって逝っちゃったの!何で、何で、何でぇっ!!」
「何で、隼瀬がそのこと知ってんだ?新聞には載らない様に手は回っているはずなんだぞ?なんでそんな事知ってんだよ、お前はっ!」
「うわぁぁあわワァああワァああぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ、全部、アタシがいけなかったの。アタシが全部いけなかったのぉおぉぉっ」
「おちつけ、隼瀬。お前が何を言っているのか俺には判る。だけど、もうしょうがないんだ。かえようがないんだ。だから、自殺しようなんて思うな。俺がお前の居場所探してやるから、そこ動くなよなっ!」
「もう、あたし、嫌だよぉ。私の所為で誰かが傷付くなんてもう耐えられない。貴斗もしおりンも宏之も春香もいないのにみんな、みんなあたしの所為なのに。みんながいない世界なんって生きてなんかいけないワッ!」
「違うだロッ!奴等のためにも、残った俺達があいつ等のために精一杯生きて、あいつ等がこの世界に存在したって証を立ててやるのが義理ってもんだよな?違うのか?」
「アタシには・・・、そんな資格は無いわよ・・・。もう、駄目・・・、アタシがみんなと同じ場所に逝けなくても・・・・・・・・・、ごめんね、シンちゃん」
『プツッ』
これ以上、慎治と話していると彼の心に私を余計に残してしまう。
そんな風に思ったから、こっちから電話を切って彼との会話を終了させてあげた。
手に持っていた物を折りたたむと、着信音が鳴り出した。
出なくても相手は分かるの・・・・・・、だから、それに応答はしなかった。
折りたたんだそれを地面に置くと、私は下方にみえる海面を覗き込んだ。
冬の海、とても荒れ狂っていた。
私のいる岬は自殺の名所でもあり、恋愛成就の名所でもあり、幼馴染み二人と私の思い出が一杯詰まっているそんな場所だった。
この岬の名前は・・・。
かなり呂律が回っていた状態で慎治と電話越しに言葉を交わしていたのに今いる場所から立ってみたら、足はガクガク震えていて、思い通りに私の体は海面の方に向かって倒れこんで行った。
荒波に飲まれ・・・、私は・・・・・・、海の・・・・・・・・・、藻くずになる。
春香の死、それを追う宏之。
理由は知らない幼馴染み二人の死。
貴斗と詩織の死を私自身の目で確認してなんかいないけど、綾の泣き姿と言葉の重み、慎治との会話でそれが変えようの無い事実だって感じてしまった。
慎治が私に言ってくれた言葉、理解できるし、私を救ってくれるような感じの言葉が凄く嬉しかった。
でも・・・、やっぱりその四人が欠けてしまった現実、それを忘れないで思いに留めておくなんって、そんな事出来るほど隼瀬香澄、私の心は強くないわ。
思えば、この一連の悲劇も私の所為なんだよね、多分?
三年前の8月26日、私の誕生日に宏之に悪戯に近付いて、アンナお願いをしてしまったことがそもそもの選択ミスだったのかもしれない。
それさえしなければ・・・。
それとも宏之を好きになってしまったことが選択ミス?
それとも他に・・・。
それが第三者による作為的に仕組まれたことなんて・・・・・・、知る由もない。
海の中に沈み逝く私は・・・、そんな事を思いながら沈んでいたのかもしれないわ。
本当の私の気持ちは、飛び降りる前まで思っていた私の本心は・・・、あの中に・・・・・・、秘め残しておいた。
誰がそれを見てくれるのか・・・、見てくれるか、どうかさえ判らないけど・・・、その結果を知ることは私にはもう出来ないの。
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