第4話詮議晴れるが黒雲来る
今庫裏には俺を入れて四人がザックを囲む様にくるま座になっていた。
和尚まが俺にザックを開ける様に促す。
断ると今度は棒で殴り殺されそうで…
俺は恐恐しながらザックを開けて中身を取り出す。
「おぉ…」
三人のうちの一人、派手な着物の坊主頭が声を漏らす。
「貸せや」
棒を持った男が立ち上がり、ザックをひったくり逆さにして中身をぶち撒けた。
「お前、うたえや」
ぶち撒けた男が俺を睨みつけた。
「え…歌…を、今歌うんですか…?」
コイツ…何を言い出すんだろうか。
「そうや、うたえ」
男は語気を強くして言う。
「…」
俺は何度かテレビで流れてたアイドルグループの歌を震えながらポツポツ…歌った。
「?なんやそん言葉、お前毛唐か!」
男は床に転がしてあった棒を掴むと、それを俺目掛け振り上げる。
(ヤバ…殺される………)
自分で死ぬ時は苦しくない方法で死のうと思っていたが、ここに来て、今殴り殺されそうになる…
「根来、短気はだめや」
派手な着物の坊主頭がぽつりと、だがはっきりと言う。
今にも俺を殴り殺そうとした男がピタリ…と止まる。
「短気は損気。よう言うやろ?」
「…」
男は苦々しげに俺を睨みつけるが、ゆっくりとだが、振り上げた棒を下ろす。
「根来もんにしたら上出来や」
「…」
よくはわからないが、俺を除く三人の中でこの派手な坊主頭が一番偉いようだ。
「せいぞうさんなぁ。これはなんかな?」
派手な坊主頭がスキレットを摘んで俺に言う。
「スキレット……です」
「すきれと、言うんやね」
そう言うとスキレットを指で弾いたり逆さにしたり、そうすると振ってみたりする。
振られたスキレットがちゃぱちゃぱと音を出す。
「なんか水みたいな音するなぁ。これは附子なん?」
「ブス?」
「庵主…附子ならコイツに召させ」
棒を握り座る男がそう言った。
「根来もんもよう言うわぁ。まあ、庵主みたいなもんやなぁ。何せもうおっ立たんもんなぁ。立派な尼やよ」
そう言うと派手な着物の坊主頭は口元を抑えて、おほほほほ…と変な笑い声を出した。
「なんかな、楽しなってきたなぁ」
そう言ってスキレットの蓋を開けようとした。
「鍵掛かってるねぇ」
そう言うと少し上目遣いに俺を見る。正直気持ち悪い…
「開け方…分かる?」
派手な坊主頭が俺に言う。
「あの…その蓋を時計回りに回して下さい」
「時計回り…」
棒を持った男…根来と、和尚まが派手な坊主頭を見る。
すると坊主頭はキャップを回してスキレットの封を開けた。
「おぉ…」
和尚まと根来が感嘆の声を出した。
「むずかい鍵やねぇ。せいぞうさん…意味わこうて言いはったん?」
「え?」
「時計はね。紅毛が持って来た時測りや。その事を知らんと分からんのよ」
派手な坊主頭…庵主はそう言って和尚まと根来に顔を向けると二人は知らなかったと答えた。
「まさかこんなもんがあるなんてなぁ。せいぞうさんはすごいなぁ」
「え…?」
俺はイマイチ何が凄いのか分からなかった。
「で、この強い香のものは…なんかな?」
庵主はスキレットを揺すり、ちゃぱちゃぱ音を出す。
「ウイスキー…です…お酒です」
「おささなんか」
庵主はそう言うと。
「和尚、何か椀持ってきてくれん?」
和尚まにそう言うと、和尚まは早足で庫裏を出て行き、数分で手にぐにゃぐにゃ歪んだ器を持ってきて庵主に渡した。
「苦労やね堪忍ね」
庵主は和尚まにそう言うと、スキレットの中のウイスキーを歪んだ器に注ぐ。
コッコッコッ…スキレットが音を出す。
「鄙びた雅な音や…」
庵主はそう言うと、舌を少しだけ出して、器に口を付けた。
そして三十秒程口をむにむに動かした後に懐からハンカチみたいなものを出して口を拭った。
庫裏が静寂に包まれる。
数分庵主は目を閉じて、和尚まと根来がその顔をじっと見ている。
5分程だろうか。時間が経ってから庵主は目を開けて言った。
「せいぞうさんは…遠くから来はったんやねぇ」
庵主はさっきまで疑うような目を俺に向けていたが、今はもうそんな事は無く、なんと言うか…孫を見ているお爺さんの様な面立になっていた。
「二人共。せいぞうさんは真っ白や。信用できる。庵主が請け負うよ」
庵主は二人の顔を交互に見ながら言った。
「何故にそう言いなさる」
根来が庵主に言う。
「これが附子でなく、ぱどれの酒と似ておるからや」
「伴天連ですと!」
根来は顔を真っ赤にして。
「ならこいつは犬にでも食わすべし!」
怒鳴り俺を見る。
「根来や根来や…そんな鉄くさい事は言うたらあかんよ…」
庵主は俺を少し見てから根来に言う。
「せいぞうさん…ぱどれにきっと…攫われとったんや。ぱどれは必ず召使いつこうとる。ひどい話やで」
そう言って俺のザックの中身を見ながら。
「せいぞうさんはなぁ。逃げて来はったんや。こんなに色々なもん担いで…道々お足に替えながら…やっとむかし住んどった村に来たんや。」
そう言って根来の顔を見ながら。
「根来や。あんたも頭丸めとる身の上や…分かってやってくれ。堪忍や、堪忍やよ」
「庵主…」
根来は押し黙り…目を閉じて……静かに…泣いた。
嗚咽が聞こえる。そちらを見ると、和尚ままでも膝に置いた手を固く握りしめながら…泣いていた。
俺には訳が分からなかった。
「この苦界、火宅であると、心得よ、早くそこ出よ、迎えきよるぞ…」
庵主はそう言うと、更に二人は泣いた。
「せいぞうさん。辛かったねぇ。気付いて上げれんで堪忍やよ、堪忍やよ」
そう言って庵主は俺の前まで来て手を握って。
「生きている事…それが大事なんよ。生きててくれて…ありがとう…ありがとう」
そう言った。
俺は何だか…少しだけ…言葉が訛ってて分からない事もあるが…生きている事を褒められているのかと…それだけ思い…涙がこぼれてくる…
その奇妙な時間を引き裂く声が聞こえた。
「和尚ま!おととが柿の木から上洛下洛!銘石で頭打って、朱膳朱椀を出しとる!」
外からそんな大声が聞こえると、三人は一斉に立ち上がり庫裏を飛び出した。
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