第5話 エライサ式
本を読むのに集中しすぎたようだ。1人の上級生らしき男性が突然声を掛けてくるまで全く見られているのに気が付かなかった。俺は慌てて本を閉じ、棚に戻そうとする。
「ごめん。邪魔したかな?」
「い、いえ。ちょっとどんなものか見てみただけで……」
サラサラとした金髪を綺麗にツーブロックに仕立てた青年は、その整った顔を申し訳無さそうにこちらに向けた。キツめに並んだ本棚に、読んでいた書籍を戻すのにもたつきながら俺は必死に言い訳をする。
「へえ、エライサ式の基礎理論と応用理論か……難しいのを読むね」
本を戻すのに苦戦していた俺に、その上級生は本の隙間を少し広げるのを手伝ってくれながらも、あくまでも穏やかに聞いてくる。つくづく俺は馬鹿だ。こんな所でこんなマニアックな本を読んでいるのを見られるなんて……。
「あ、ありがとうございます。あの、それじゃあ……」
「君……前に会ったことがある? 中等院でゴレ班だったりするのかな?」
「え? いえ、中等院では班活はやっていなかったので」
「うーん。気のせいかな。……ああ、ごめん僕は3年のケーニヒって言うんだ。ゴーレム班に所属している。君は?」
流石に3年に名前を聞かれて答えないわけには行かないか……。俺はしぶしぶと答える。
「僕は……1年のリュート・ハヤカワです」
「リュート? リュート……ふむ」
名前を聞いたケーニヒ先輩は少し考え込む様な素振りをする。確かに7年ほど前にゴーコンの初等院での全国制覇をしたので、少しだけ名前が広まったことはあったが、あれから引っ越しもしているし家名も違う。年月だって経っている。余程のマニアでないと思い当たることは無いと思うのだが……。
その反応に少しドキッとする。
「あのう……もう行っても?」
「ああ、ごめんごめん。なんとなく聞いたことがあるような名前の気がしてね」
「まあ、珍しい名前じゃないので、それでは僕はこれで――」
俺はその場を立ち去ろうとするが、ケーニヒは言葉を続けてきた。
「エライサ式はアンドリュー次式を発展させて、第5世代の開発のキッカケになった重要な術式法だけど……高等院でのゴーコンではあまりの難解さで使われるようなことは殆どないと思うんだよ」
「え?」
……この人、知ってるのか? エライサ式を。いや。ゴレ班の人間なら知っていてもおかしくないんだが。弱小と言われているゴレ班の班員がそれを知っているとは思いもしなかった。
「2年ほど前の話だけどね、当時のゴレ班の召喚師が第3世代までの召喚しか出来なくてね、地方予選ならまだ第3世代でもなんとか戦えたんだけど。さすがに全国クラスとなると第4世代まで使えないと勝てないと言う事でね。どうにかエライサ式を乗せられないかと研究したことがあったんだよ」
「でも、第3世代の枕術式じゃ、エライサ式に食われちゃいますよね?」
突然の無茶苦茶な話に思わず反応してしまう。言った後に「しまった」と後悔するが、ケーニヒは嬉しそうにこっちを見る。
「ふふふ。やっぱり君は分かってるんだね」
「あ。いえ……」
「どうだい? 一緒にゴレ班でやらないか?」
まずい。突然のゴーレム技術の話に思わず食いついてしまった。俺はすぐに我に返り、答える。
「いや、僕はゴレ班は考えていないです……」
「ん? そうか。それじゃあ君も飛行班に?」
「いえ、飛行班も考えてないんです。ゴーレムはやるつもりは……」
「ふうん。しかし残念だな。君はゴーレムが好きなんだろ?」
「………」
くそっ。なんて答えていいかわからない。
「うん。まあまだ時間はある。考えてみてくれよ」
「たぶん。僕は入らないと思いますよ」
ちゃんと、断るなら断ったほうが良い。だがケーニヒは意に介さず話を変えてくる。
「……かなり苦労はしたけどね、僕らはとうとう、第3世代にエライサ式を乗せることに成功したんだよ」
「え? まさか。ありえないっ!」
「そう? ゴーレムに関する術式は日進月歩で進化している。ありえななんてことはあるのかな?」
「だけど……。やっぱり信じられません。本当ですか?」
「ふふふ。一応これは我がゴレ班の大事な秘術だからね。班員外にはちょっと教えられないんだ。もし興味があったらゴレ班に来てくれ。入班してくれたらその時にはちゃんと教えてあげよう」
「………」
「それじゃあ、僕は行くね」
そう言うと、ケーニヒはムカつくほど爽やかな笑顔を見せ、図書室から出ていった。
帰宅後、俺は必死にテレスペースを彷徨っていた。テレスペースは魔法によるネットワークで世界中の人達と情報を共有できる。研究論文や個人の趣味のスペースなど様々な情報を得ることが見れる為、こういった物を探すには最適だった。
だがテレスペース上で必死に検索をかけるが……どうしても、第3世代の枕にエライサ式を乗せる実例が出てこない。
……本当にあの人は成功させたのか? 悔しいが本当なら凄いことだが。いや、だが現実的にコレはありえない。
くそっ。ダメだ。気になって寝れない。
結局俺はただ時間を浪費して、目的の情報がスペース上に無いことだけを確認した。
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