第4話 図書室

「母さん……班活なんだけどさ」

「あら? もう入る班決めたの?」

「そうじゃなくて、その……親の同意書と理由が有れば班に入らなくても良いみたいなんだけど……」

「駄目よ」

「え? いや。だけどさ、別に班なんて入らなくても――」

「リュート」


 母親が少し厳しめな顔で俺を見つめてくる。


「確かに家は母子家庭だから、家事とかバイトとか理由を書けば通ると思うけど。でも駄目よ。あなたは家でゴロゴロするだけでしょ? ズルはいけません」

「ズル……では無いと思うけど」

「皆と同じ学院生活を送ってほしいの。昨日は色々言ったけど、別にゴーレムにこだわらなくても良いのよ。ゆっくり考えて自分が楽しめそうな班を見つけなさい」

「うん……」



 夕飯が終わり、母親が食器を洗い始めるのをみて俺は自分の部屋に戻った。



 部屋に戻ると、机の引き出しから召喚石と簡易補助式の魔道具を取り出す。簡易補助式の魔道具は玩具用などとして商店で売られているものだ。1人でもゴーレムを召喚できるように、起動式に連動して組み込まれた補助式を発動してくれる。それを慣れた手順で配置していく。


 ふう……結局俺は未だにゴーレムから離れられないでいる。きっと俺は初等院の頃に魅入られたまま、永遠にこの束縛から逃げれないでいるんだ。


 そして起動式を展開し、机の上に10cm程の小型のゴーレムを召喚した。


 音楽プレイヤーから流行りの曲を流すと、ゴーレムが机の上で曲に合わせ踊り始める。しばらくその様子を眺めていたが、俺はベッドに横になり端末を開き起動させた。


 本当は紙の書籍で読みたいんだけどな。


 そうは思っても、こんな雑誌を部屋に置いてあるのを母親に見られたくない。マジックブックのアプリを起動させ、定期購読している『月刊 ゴーレムFAN』のページを開いた。


 ――特集! 夢の第8世代の展望


 最近第8世代の枕術式の開発が現実を帯び始めているらしい。ただ、1年くらい前から第8世代がまもなく出来るといった記事がちょこちょこ出てきてはいるが、実際まだ先の話じゃないのかな……。第8世代は、自立思考の魔術知能をさらに発達させ、より人間に近いゴーレムになると言うが。そもそもそんな複雑な枕術式を使える人が居るのだろうか。

 おそらく起動ユニットも相当な規模のものになるのだろう。


 第8世代の開発を指揮する国立ゴーレム研究所の主任のインタビュー記事を俺は無感動に見つめた。


 ……相変わらずこの人は研究ばかりだな。



 ゴーレムの起動には召喚石と言われる触媒を使い術式を発動させる。

 起動する術式には、まず枕術式と呼ばれるゴーレムのコアとなる術式があり、そこに数行の補助式でゴーレムの行動の基本指標を決めたり足りない部分を補強していく。そしてゴーレムの基本性能は枕術式の世代が高くなるほど高度に成っていく。


 その枕術式は使用にゴーレム召喚の為の特定の属性の魔力が必要となる。そのため通常第3世代以降の物になると召喚師と呼ばれる適正のある者にしか使いこなす事は出来ない。一方、補助式の方はそこまでの適性を必要としない。机の上で起動させたゴーレムのように簡単な魔術回路を組み込んだ補助式の魔道具でもなりたつ。

 ただ、例外的に例えばアンドリュー次式と言われる、召喚師でないと使うことが出来ないような、枕をブーストさせるような補助式もあるにはあるのだが……。



 やがて端末を閉じ、机の上を見る。ゴーレムは、すでに魔力を消費させ消えていた。


 召喚石は父親が家から出ていく日に、大型のダンボールにぎっしり詰まった練習用の小さめの石を父親が俺に渡してくれた。ゴーレムの事ばっかり考えていた父親らしい物だったが、それは俺にゴーレムを辞めるなという意味で渡したのか、謝罪の意味で渡したのか……分からなかった。だが俺はこれを使い続けていた。

 引っ越しの日に、母親はこれを捨てるのだと思っていたのだが、「好きにしなさい」と何も言われなかったためそのまま新しい家に持ってきていた。


 おそらく千個以上の召喚石が詰まっていたであろうその箱も、そろそろ終わろうとしていた。


 俺は机の上を片付け、部屋の灯りを消した。



 ◇◇◇



 それから5日経っても、俺は班活を決められないでいた。


 数日前から、昼休みの一緒に弁当を食べるメンバーはもう1人増えていた。班活の見学でたまたま一緒になったPJが追加されている。PJもまだ班を決められずに悩んでいた。


「いっそゴレ班って選択肢もあると思うんだ」

「PJもゴーレムやった経験あるの?」

「全く無い。ただ聞いた話だとあそこは結構適当に所属していても良いらしいんだ。班員の数で班費が決まるみたいでさ、幽霊班員でも追い出されないって噂でな」

「動機が不純だなあ……」

「そりゃシュウみたいにやりたいのがあれば別だけどさ」


 2人のやり取りを他所に俺はバツ印の並ぶ班活リストとにらめっこをしてた。


「リュート。お前もそろそろ覚悟を決めようぜ。もう楽な所は定員いっぱいになってる所も出てきてるぜ」

「ううん……取り敢えず今日は図書班を見に行こうと思ってるんだよ。図書室のカウンター当番だけで許してもらえるかもしれない」

「む……お前は天才か! そうか。あそこは女子率が高いからな。あえてそこでハーレムを目指すか!」

「ちょっ! 人聞き悪いこと言うなよ!」


 図書班は実際女子率が高いようだ。男子班員が居ないわけじゃ無いのだが、主な活動として年に何冊かの小説や漫画などの発行をしており、創作活動が好きな学院生が集まっている。そして中等院や他の学校の、いわゆる図書委員の様な仕事も班活の一環として任されており、そういった図書室のカウンターの仕事を肩代わりすることで、他の班員の創作時間等を多く確保させる。そんな名目で、創作活動を免除してもらえないかという思惑があった。




 放課後、さっそく俺はPJと一緒に図書室へ向う。図書室は2棟ある学院舎のうち、片方の二階の隅に設置されていた。図書室の貸し出し窓口で入班についての話を聞きたいというと、係をしていた女性が奥の事務室の様なところから上級生の女性を呼んできてくれた。



「一応私達は、創作活動をメインとした班ですので、貸し出し業務のみでの入班は受け入れていないんです」

「そうですか……」

「それに、もう既に定員を上回る入班希望者が来ているので……申し訳ないけど……」


 俺たちは上級生の女子班員にすげなく断られる。PJはブツブツと「好きなことをやるのが班活じゃねえの? 定員ってなんだよ」なんて言っているが……お前はやりたいことじゃなくてほぼほぼ下心じゃねえか。なんて心のなかで突っ込む。


 それでも上級生らしく、図書室はいつでも開いてますので、いつでも本を読みに来てくださいねと笑顔で言われる。うん、対応が大人だなあ。


 PJは、まだちょっと不満だったのか「いや、でも文系女子は硬そうだからな。俺にはきっと向いていない」などとブツブツ呟いていた。



 ふう……今日も空振りか。PJはもう一つ他の班も見学に行くと誘われたが、俺は図書室にちょっと興味があったので1人で行ってもらった。


 きっと高等院の図書室は、中等院のそれと比べゴーレム関係の資料もより高度な物がそろっているんじゃないか? そんな期待があった。



「おお、さすがは高等院」


 図書室の本棚をゆっくりと見て歩いていると、ゴーレム関係の書籍が並んでいるコーナーがあった。校風のせいか、飛行ゴーレムの書籍が多いが、ちゃんと作業ゴーレムの書籍も並んでいる。置いてあるものも中等院時代のそれと比べかなり専門的なものも多い。


 俺はチラッと周りの様子をうかがい、誰も居ないのを確認すると気になる書籍を手に取り目を通し始めた。


 ……


 ……


「へえ。君はゴーレムに興味があるのかい?」


 本棚の前でしばらく本を読んでいると、突然後ろから声をかけられた。

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