第2話 班活オリエンテーション

 授業が終わると、一年生はぞろぞろと体育館に向かっていく。友達作りの為の付き合いなどもあるんだろう。殆どの生徒が出席するようだ。俺もシュウに誘われるまま、一緒に歩いていた。


 体育館では、上級生たちが会場を仕切り、一年生たちを誘導していく。


「はい、この線より後ろでお願いしまーす」


 俺とシュウは適当な所に座り、始まるのを待つ。どうやら班活のオリエンテーションは完全に生徒だけで行われるようだ。生徒会長の挨拶から始まり、順に班毎に活動の説明をしていく。体育会系の班活の中では訳のわからない替え歌を班員全員で歌って終わるものもある。この適当加減が中等院とは違った大人の世界を匂わす感じなのか、生徒たちも皆割と楽しんで見ていた。



「飛行ゴーレム班はショパール州立高等院の歴史の中で、輝かしい歴史を持っている――」


 やがて飛行ゴーレム班の発表が始まる。どの班より多くの班員が整然と並びその真中で、渋めのイケメンといえる班長らしき人が班の今までの歴史などを語っていた。その後、班長と数人の班員が並んで飛行ゴーレムを召喚するデモンストレーションを始めた。


 真ん中の班長が召喚師で、横の3人で補助式の構築かな?

 なんだかんだ言ってゴーレムの召喚を見るのは好きだ。なんとなく、術式の分析までしてしまう自分に内心ちょっと気をつけないとと思う。でも見ているとあまり複雑なプログラムは入れて無さそうだ。

 だけどコレは……鳥ゴーレムコンテストで使用する「バードゴーレム」と言うより、「ビーゴーレム」に近いのか?


 おおおお~


 恐らく皆、目の前で飛行ゴーレムを召喚するのを見るのは初めてなのだろう。体育館内にどよめきが走る。


 やがて召喚された飛行ゴーレムは30cm程の小型の物だったが、そのまま飛び立ち俺たちの周りを何周かグルグルと回ると再び班長の前に着陸し、消えていった。それと当時に会場内で拍手が広まる。


「うんうん。ずっと飛行ゴーレムをやってみたかったんだよなあ。見ただろ。あれ、第4世代の起動式だったよっ!」


 シュウは中学時代にゴーレム班だったと言っていただけあり、飛行班が第4世代の術式でゴーレムを起動していたのは解ったようだ。嬉しそうに話しかけてくる。


 ゴーレムの召喚には起動式と呼ばれる魔術式を使う。数行の魔術式のうち、最初の行に使われる物は『枕術式』と呼ばれる。その『枕』が召喚されるゴーレムの術式の核となる。古代からある第1世代と呼ばれるものから、近代に入り年代を追うごとに改良、進化を重ね、今では第7世代まである。

 現在では、第4世代以降を業務用のプロが使うものとして認知され、世代を重ねるごとに必要式数も増え、必要魔力も増える。高世代の術式はその複雑さゆえ一般人が使えないレベルの物となり、特に最新術式と言われる第7世代となると天才と呼ばれるような一流の召喚師しか起動させることは出来ない物となっている。


「すごいなあ。高等院の強豪だと第4世代まで使うんだなあ」


 シュウが興奮気味になっている。シュウもだいぶゴーレムが好きなんだろうな。


「シュウは中等院でゴーレム班だったんだろ?」

「うん、そう。俺は魔法適性がそこまで高くないから起動は得意じゃないんだけど、術式の理論構築とか好きだから」

「そっか……作業ゴーレムはやらないの?」

「違う学院だったらそうしたかもしれないけど……この学院じゃ飛行ゴーレム班に入れない人たちが集まるような……ちょっとレベルが低い班だって聞いてるからね」

「そう……なんだ」


 なんだか、俺は作業ゴーレムが下に見られる感じに少し……戸惑いを感じた。



 いろんな班活が紹介される中、最後にゴーレム班が出てきた。いわゆる作業ゴーレムの班活なのだが、最も基本的なゴーレムと言うことで班名は「ゴーレム班」となっている。


 それにしても、不人気とは言え3人しか居ないのか? 班員もオドオドした感じで、マイクの前で女性の班員が投げやりな感じでボソボソと班の紹介をしていた。

 しかし会場は雑談などでザワザワし、あまり聞こえない。そのまま喋り終わり班員たちが帰ろうとすると、見ていた上級生の1人が大声で叫んだ。


「おーい。お前らもゴーレムくらい召喚してみせろよ」


 帰ろうとした班員がその声にビクっとする。3人でなにか相談した後に、先程の女性が再びマイクのところまで行き「召喚師が体調不良で今日は休みなので……」と答え再び帰ろうとする。


「それでもさあ、ゴレ班だろ? なんか出来るんじゃねえの?」


 なんか感じ悪い奴だな。召喚師が居なければまともなゴーレムなんて召喚出来ないだろうに。そう言えばあの上級生、飛行ゴーレムの班員で並んでいたやつかもしれない。明らかに困っているゴーレム班の班員をからかっている感じだった。



 再び3人がなにか相談をし、やがて意を決したように3人で召喚の準備を始めた。


 召喚できるのか?

 少し興味が出た俺はそれを食い入るように見つめる。雑談などをしていた一年の生徒たちもなにか揉め事が起こっているのに気がついたようで、会場も静かになり、事の成り行きを見守っていた。


 やがて、召喚式が起動し、一体のゴーレムが召喚される。


 高等院のレベルでこれはひどいな……召喚石も粗悪なのを使ってそうだ。俺は少しだけ持ち上がった期待感も崩れていく。しかし、召喚師が居ないなら、召喚できただけでも凄いことだよな。そう思い直す。


 それでもゴーレムの召喚を見た生徒は、飛行ゴーレムの時のように「おおお」と反応していた。それで終われば良かったのだが……先程の飛行班の上級生はその反応が気に入らなかったようだ。


「おいおい。ゴレ班がオリエンテーションで第2世代かよっ。そんなの中等院でも出せるじゃねえか」


 その男と一緒に居た飛行班の班員も馬鹿にしたように大笑いしている。それにつられて一年たちも召喚したゴーレムが大したこと無い物だと知ったのか、会場に乾いた笑いが広がる。


 ……正直見ていられなかった。なんとも言えない苛立ちを感じ、俺は立ち上がって体育館の出口に向かった。


「お、おいリュート?」


 シュウの声が聞こえたが、俺はそのまま体育館を出て家までMボートを飛ばした。




 

 誰も居ない自宅に帰り。俺はそのままベットに寝転ぶ。


 くそっ。

 

 なんで俺がこんなイライラしなくちゃいけないんだ。ゴレ班がどうだって俺には全く関係ない筈なのに……。




 気がつくと外は暗くなっていた。

 1階で母親が帰ってきた音で目が覚める。ん? そうか、そのまま寝てしまったのか……。


「リュート? 居るんでしょ?」


 階段の下から母親の声がする。

 ふう。俺は深くため息をつき、下に降りていった。



 リビングで夕食を食べていると、母親が高等院の事を聞いてくる。俺の中等院時代は友達も少なく、班活にも入ることもなかったため授業が終わるとすぐに帰って自室に籠もっていた。別に引きこもりのつもりは無いのだが、やはり母親としてはそういうのは気になるのだろう。


「ねえ……班活はどうするの? どこかに入ったほうが良いんじゃない?」

「うん。なんか班活は強制らしいんだよ。たぶんどこかには入ると思うけど」

「そうなのね。うん。良いと思うわよ。せっかくの高等院よ、ちゃんと青春しないと」

「班活に入る事だけが青春ってわけじゃないでしょ?」

「そうだけど……やっぱりねえ?」


 今日のオリエンテーションでは文化班の発表もあった。なにか適当に決めないといけないんだろうな。それにしても強制って、今時どうなんだ? って思うんだ。


「あそこって、昔から……飛行ゴーレム班が有名らしいじゃん? リュートは召喚師の適正があるんだし、どう? 面白そうじゃない?」


 少し言い難そうに母親が切り出してきた。


「……何言ってるんだよ。母さんだって本気でゴーレムなんてやって欲いなんて思って無いだろ?」

「そんな事ないわよ。班活でゴーコンに出場したって、お父さんとはまったく関係ないじゃない」

「だけど……」

「それに。お母さんとお父さんが別れたのだって、もう昔の話よ。気にするようなことじゃないわ。リュートも、もう高等院生なら解るでしょ? 学院の同級生同士だって付き合ったり別れたりってよくある話じゃない」

「……」

「リュートだって、好きな女の子とか居るんじゃないの?」

「居ないよ。そんなの……」

「ふーん。まだまだアナタも子供ね」

「かっ関係ないだろっ!」


 ふと、父親と出場したゴーコンの事を思い出してしまう。


 いや……俺は両親が離婚したときの、母親の狼狽え様、夜に1人で泣いている姿。どうしても忘れることが出来なかった。母親を泣かせた父親がゴーレム研究者である以上、俺はゴーコンなんて出るつもりは無いんだ。

 母親は、きっと俺のことを気遣って、そう言っているんだ。

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