第1話 入学

 かつて世界には魔物が跋扈し、人々はその脅威から逃れるために街を頑丈な壁で囲い、その中で身を寄せ合い暮らしていた。魔物たちを討伐しようと、そしてダンジョンを攻略しようと、多くの冒険者達がその未知の空間に挑んでいた。そんな時代が長く続いた。


 やがて、そんな時代に終止符が打たれる。

 1人の天才召喚師により、当時ハイゴーレムと呼ばれていた、第2世代のゴーレムを発展させ、今でいう第3世代と呼ばれるゴーレムが生み出された。そのゴーレムは今までの物より格段に高い性能を発揮し、少しづつ魔物の世界を切り崩し、人々の生活圏は飛躍的に広がり始めた。

 その後もゴーレム技術は進化を続け、しだいに冒険者達がその身を危険に置いて戦う必要が無くなっていく。

 後に、それはゴーレム革命と呼ばれ。人類史の重要な変換期の1つとして捉えられている。


 それから千年の時が流れた。かつて人々を恐れさせた魔物たちの多くは絶滅し、ダンジョンは常に大量のゴーレムにより管理され、日々、魔石や魔力を生む魔力田としてその存在を固定されていた。


 人々は平和の中で、文明の基礎を築いたゴーレムを愛した。学生向けの教育と遊戯を兼ねた『ゴーレムコンテスト』には作業ゴーレム部門、飛行ゴーレム部門、戦闘ゴーレム部門が存在し、それぞれが全国で放送され常に高視聴率を叩き出す人気の大会としてその名を知られていた。



 ◇




「リュート。起きなさい。入学して1日目から遅刻なんてしたくないでしょっ!」


 母親に起こされ目を覚ます。時計を見るとすでに7時半を回っていた。

 しまった。昨日遅くまで作業をしてそのまま寝落ちしたのか。俺は慌てて布団から飛び出し、1階のリビングまで降りていく。


「もう、また遅くまで遊んでいたんでしょう。今日から高等院なんだからもっとシャンとして。トーストももう冷めちゃってるわよ」

「うん。ごめん」

「もうお母さん仕事行くからね、お弁当もそこに置いてあるから忘れないで」

「ありがと。でも高等院は学食があるから無理しなくて良いって言ったのに……」

「お弁当のほうが経済的なのよ。どうせ自分の分も作るんだから気にしないで。じゃあ行ってくるわよ。制服はそこにかかっているから。髪ボサボサだから少し整えていきなさい。歯も磨くのよっ。気をつけて言ってきなさい」

「あーい。いってらっしゃい」


 言いたいことを言って母親はドタバタと玄関から出ていく。ふう。寝癖なんて帽子をかぶって行けば学校につく頃には治ってるっていうのに。


 1人になったリビングで、俺は机の上にあるステータスプレートに手を触れる。しばらくすると真っ黒なモニターに数字が浮かび上がる。


 ――ヤバいな。昨夜は魔力を使いすぎた。まだ戻ってない。


 俺は冷蔵庫からマナポーションを1本取り出しグビッと一息に飲み切る。不味いがしょうがない。初日から魔力が減った状態で授業に挑むほどチャレンジャーじゃないんだ。


 食事を終えると、急いで着替え、家を出た。



 高等院になるとMボートに乗っての通学が許可されるようになる。Mボートは魔導回路を組み込まれた80cm程の板だ。片足をボードの前側に乗せ魔力を通すと10cmほど浮かび上がる。あとは後ろ足も乗せ、後ろ足から出す魔力の量でスピードを調節させるだけの物だ。方向のコントロールは体重移動だけでやるので機構もシンプルで子供の遊び道具にもなっている。それでも歩くよりは全然楽なのでスピーダー・バイクの免許を取る前の若者たちにとっては重要な移動手段となる。


 ――あと15分程か……飛ばせば間に合うな。――


 俺は学校まで全速力でMボートを滑らせた。




 公立ショパール州立高等院。地元ではそれなりに有名な高等院だ。普通科のみの学院で、大学院への進学校としてそれなりに歴史も古く多くの人材も排出している。この学院が有名なのはクラブ活動だ。特に飛行ゴーレムの強豪校として知られており、地区大会では優勝常連院であり、過去には全国大会の優勝まで成し遂げていた。




 ――よし、まだ正門が開いてる。


 かなり時間はギリギリだったようだ。登院時間が過ぎると正門は閉まり、学院の北側にある門から入って遅刻報告をしなくちゃいけなくなる。正門で当番の先生がまさに門に手をかけるタイミングで俺は院内に滑り込んだ。


「もっと余裕を持って登院しろよっ」

「すいませんっ!」


 本当は学院の敷地内でのMボートでの移動は禁止されているのだが、入学式の日に聞いた話しだと先輩たちは誰もそれを守っていないらしい。校則と言っても随分ゆるゆるな学風は居心地がいいかもしれないな。

 俺はそのまま下駄箱までMボートで乗り入れた。


 



 クラスの担任はクロイツ先生だ。見た所40歳位の少し疲れた感じのするおっさん教師だった。それでも先生は手慣れた感じで、受け持ったばかりのクラスを仕切っていく。


「今日から一緒のクラスでやっていく仲間たちだ、一人一人自己紹介でもしてもらおうか」


 なんとか一時限目の授業に間に合ったのだが、早速難問が待ち構えていた。今日は初日ということで授業も本格的には始まらず、ロングホームルームからのスタートだった。人前でしゃべるのは苦手な俺は俯きながらボソボソとしゃべる自分をイメージし、頭を抱える。


 クラスメイトが次々に自己紹介をしていくが、俺はパニックの中それも頭の中に入ってこない。そして何をしゃべるか必死に考えているうちに俺の番が回ってきた。


「えっと、リュート・ハヤカワです。2中出身です」


 それだけ言い、座ろうとすると先生が声を掛けてくる「それだけかあ? 趣味とか無いのか?」見慣れぬクラスメイトたちの視線の中。しぶしぶ立ち上がる。


「趣味は……特に無いです」


 先生も人前でしゃべるのが苦手な生徒なんていくらでも見てきているのだろう。苦笑いしながら番を次の生徒に回す。俺はやっとストレスから開放され、ほっと息をついた。




 午前に3限の授業があり、それからお昼休みになる。少しづつお互いに気の合いそうな友達を探しながら学食に向かう者や、教室で固まって弁当を開く者がいる。お互いに探り合うように仲間を探す空気がなんとなく俺には居心地が悪かった。


「リュート……君だっけ? よろしく。シュウって言うんだ分かる?」

「ああ……よろしく。2中だよね? 顔は分かるよ」


 シュウと名乗るのは、確か同じ中等院で学年トップを争ってるような秀才だった。もちろん一方的に名前は知ってる。クラスが違うから話はしたことがなかったが。そうか、同じクラスか。同じ高等院って言っても俺はなんとか入れたような感じだからな。


 シュウは「良い?」と聞きながら俺の隣の席に座り弁当を広げている。俺も「ああ、うん」と答えながら一緒に食事を取ることにした。


「放課後の班活のオリエンテーションは行くでしょ?」


 シュウは、さも参加が当たり前のように言う。今日は午後の授業を一限だけ行い、その後に班活の紹介をするオリエンテーションが予定されていた。先生は強制じゃないがなるべく出席するように言っていたが……。


「班活は考えてないんだよね」

「でも班活ってどこかには所属しないと駄目だったような……?」

「え? ほんと? 強制なの??? うぁぁ……シュウはどこか考えているの?」

「うん。飛行ゴーレム班にしようかなと思ってるんだ。ほら。うち全国大会の常連院でしょ? 中等院でゴレ班に入っていたし」


 飛行ゴーレムか。高等院からはゴーコンの飛行部門がある。『鳥ゴーレムコンテスト』と呼ばれるその大会は、規定の魔力量でどれだけの距離を飛ばすことができるか、ロークワット湖の対岸を目指してゴーレムを飛ばすという競技だ。

 毎年全国大会の模様がテレビ放映されるほど人気のある大会になっている。年々その距離は長くなり、大学院の部ではそろそろ対岸にたどり着く学院が出てくるのではと言われている。


 ただ。飛行ゴーレムは、ゴーレム術式というより、どちらかと言うと飛行関連の術式の方が重要になる。ゴーレムをやりたいという感覚から言うとちょっと違うと思うのだが。高等院に上がったら作業ゴーレムより、有名な飛行ゴーレムの方に惹かれるんだろうな。

 まあ、だけど俺はそれ以前にゴーレムは……。

 

「あまりゴーレムは興味ない?」

「え? いや……そんな事はないけど……」

「一緒に行ってみようよ。ゴーレムじゃなくても何か面白い班活もあるかもよ」

「そうだね……」




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