第16話エピローグ

倉敷みゆりの父は、彼女が10歳の時に交通事故で亡くなった


大好きだった父


その背中が大きかった事はよく覚えている


だから年上が好きだという根源はそこにあるのだろうと思っていた

本人は気づいていなかったが、太ってる人が好きというのも、そこからなのだろう



「イヤアアアアア!」


それを見たとき、走りにくい靴を脱ぎ捨てて


車のライトに照らされて横たわっている岡田さんに駆け寄る

もう顔は涙なのか鼻水なのかわからないくらい、いっぱい出てる


「おか、岡田さん!」


私はすぐに下向きに倒れている彼を起こそうと手を伸ばす

しかし、重すぎて動かない


ずっと、岡田さんと叫びながら引っ張っていると



「う、いってぇ…」



声!生きてる!?


むくりと起き上がって、車に向かってすみませんと言った岡田さん


あれ?どうして?



「痛い…こんな年で走って転ぶとか思わなかったよ…」



車が私たちを避けて走り出してどこかにいった


「あれ?大丈夫なんですか?」


「…いや、大丈夫じゃないかも。膝が痛い、手が痛い、お腹も打って痛い」


見れば手を擦りむいてる

痛そうだ


「あの、それで、ごめん、さっきの事だけど」


「え?」


「あの、付き合いたいとかさ、冗談だよね?」


「えっと、いや・・・ほんとです」


思い出した

そうか、さっき私フラれたとこだ


また目から涙があふれ出る


辛い、鼻がツーンとして痛い。めっちゃ痛い。

目は潤んで前は見えない


けど見る。じっと見る。


「そう…そっか…怖いな…」


怖いの!?いやいや今怖いのは私なんですけど!


「んと、じゃぁ、こんなんで良かったら、付き合いたいです」


そう言って彼は笑った

手から血を流しながら


んあ?


え?


いいの?


付き合ってくれるの?


気が抜けて、私はぺたりとへたり込んだ

地面が近い、でも…幸せだ


また、涙があふれる


「ふぐっ、ううっふうぐっ」


変な鳴き声だ


もういい、思う存分泣いてやれーーーーーー!







はぁ?今なんつった?


付き合ってください??


は?


なんでそうなるんだ?

馬鹿にしてんのか?

罰ゲームとかそういうことなのか?

からかってるのか?


でも、もし本当ならそれは俺が心から願う事だ

自分からなんて一生言うことのないセリフだろう


それにしても本気なんだろうか?

うう、応えたい、付き合いたい


けれど付き合うとなれば俺のダメなところがどんどんとばれて嫌われるんじゃないだろうか?


でもこの一週間は本当に楽しかった


ああ、どうしようか


そう思っているうちに、みゆさんがこちらを見て返事を待っているのに気が付いた


「あ、ごめん」


そう言った途端、彼女はドアをあけて車から駆け降りる

そして走り出した!?


「ちょ、なんで!?」


俺も慌てて車から降りて走り出す

彼女は今日はヒールの高い靴のせいか、そんなに速く走れない様だ


間に合う!


俺は思い切り駆け出すが、もう何年も走ったりなんてしていない

だから体がうまく動かせない


「はあっ、はあっ、はああっ!」


くそ、息苦しい!こりゃダイエットでもして体をもう少し動かせるようにしないとだめか!?

今までの怠惰な生活を恨む


「ま、まって、はあ、はぁっ」


大きな声すら出せない程にもう肺が限界だった


足がもつれる


その勢いのまま、前から転んでしまった


いてぇ…もうだめ、走れない…


キィーーーーーッ!!!


転んだ場所が道路だったため、車に轢かれかけた


ほんとに危ない‥


しかし起き上がる事も出来ない


ほんの少ししか走っていないのに、ここまで体が重く感じるなんて


すると、急に引っ張られる


「う、いってぇ」


なんとか起き上がって、車を見る

怒ってないかな?


「すみません」


頭を下げる


すると車のドライバーは手を振って、そのまま走り出した


見ると、みゆさんがそこに居る


そうか、轢かれたと思っちゃったかな?


「痛い…こんな年で走って転ぶとか思わなかったよ…」


言い訳というより、本気の言葉だ


「あれ?大丈夫なんですか?」


「…いや、大丈夫じゃないかも。膝が痛い、手が痛い、お腹も打って痛い」


ああ、そうだ、さっきの返事しなきゃ…


早く言わないと彼女が逃げてしまう、そんな気がした


「あの、それで、ごめん、さっきの事だけど」


「え?」


「あの、付き合いたいとかさ、冗談だよね?」


「えっと、いや・・・ほんとです」


ほんとか…じゃあ、ちゃんとしないと


でも‥‥


「そう…そっか…怖いな…」


付き合って、自分を知られて、嫌われるのが、怖い

でも、前に進まないとな…

なるようになれ、だ。


「んと、じゃぁ、こんなんで良かったら、付き合いたいです」


俺は勇気を出して、はっきりとそう言った


するとみゆさんは


「ふぐっ、ううっふうぐっ」


大粒の涙を、目にためて

耐えるように泣き出した


「ええ!?ちょ、どうしたの!?」


「あ、うわあああああああああああん」


大泣きじゃないか!?ちょっとぉ!!!?

思わず抱きしめようかと思うが、ダメだと気づく

今両手が血まみれだ、抱きしめたら血がついてしまう


どうしよう…


これ、結構つらいんですけど、あ。


思い出した…俺、手が…痛い…膝も…


俺も泣いていいだろうか?








あれから、3か月が経った


俺とみゆさんは今もまだ、付き合っている


思ったよりも彼女が積極的で、ふた月めですでに同棲を開始した。

彼女の意向だ


二人のアパートの近くにあった戸建ての家を借りた

家賃は少しだけ高くなったけど、みゆさんも出すと言ってくれたので以前より負担はない


部屋数が多いので、クレーンゲームで取った景品とかを置く部屋もある


休日には、二人で温泉に行ったりとか、クレーンゲームをしたりとか


結構上手く行ってる気がしてる



そういえば、今日は早く帰って来てとみゆさんからメッセージが入ってる


なんだろう?もしかして三か月記念とかする気なんだろうか?

一か月記念はあったからなぁ。



俺は仕事を終えて、寄り道も無しで帰った


家に帰ればみゆさんがいるから、今はゲーセンに寄って帰ることもあまりない


家に帰って、ドアを開け、居間に行くとそこにみゆさんがにこにこしてソファに座っていた


「あ!おかえりなさい!」


「あれ?みゆさん今日は早かったんだね?」


「うん、ちょっと早退しまして…」


「どうしたの?体調悪い?」


「ううん、えっと、その…」


「な、何かな」


真剣な顔をした彼女が言い淀んでいる

もしかして‥‥別れ話‥‥?


ああ、三か月か、良く持ったほうじゃないか?

はぁ、また明日から一人かな…


荷物、どうしようか。また引っ越しとかめんどくさいなぁ…



「あのね、実は…」


うん…


「赤ちゃんが出来ました!」


はい?えっと、それはつまり…


「妊娠した・・の?」


「うん、どうしよう?」


そんな、どうしようだなんて決まってる


「産んでくれるの?」


「産む」


「そう、じゃぁ順番があれだけどさ…こんな俺でよかったら、結婚してくれませんか?」



俺がそう言うと彼女はにこりと笑って、涙を流して


「ふぐっ!うう…はい、結婚、します」



そう、言ってくれた



どうやら、まだ別れたりとかしないで済みそうだ・・・

できることならば、一生、一緒に居たいと俺は思った

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おっさんはクレゲに恋を求めない ちょせ @chose

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