第46話 見ぃつけた

「アーク!」


 吠えるように響いた声に顔をあげれば亜人の女がいた。

 灰色の髪に琥珀色の瞳、ピンと立った耳と苛立たし気に揺れるふさふさとした尻尾。筋肉質な引き締まった身体。狼人だ。

 初対面ではあるが、やはり記憶にはある。鬼将ゼノンの部下だった女だ。


 実力至上主義の狼人の彼女は皇国にではなく、あらゆる面でカンストしていたゼノンに忠誠を誓い、崇拝していた。


 彼女も十分強かったのだが、如何せんゼノンが強すぎた。この両者の難易度の落差に「茶番」、「前座の前座」、「スナック感覚」などと揶揄されていたような気がする。


 そんな彼女がずかずかとアークに向かってやってくる。


「いつまで待たせんだ」

「すみません、アリア。僕の用向きはとりあえず終わりました。そちらは?」

「とっくに準備はできてる。さっさと済ませんぞ」


 そういって上着を脱ぎ棄て、露わになった彼女の右腕に目が吸い寄せられた。

 肩口までびっしりと書き刻まれているのは呪印だ。その手に更に包帯でも巻くかのように呪帯を手際よく巻きながらこちらを見て嗤った。


 身体が震えた。


 アリアと呼ばれた女の目がニィっと歪む。

 その琥珀色の瞳には愉悦の色が滲む。


「さっさとバラして皇国へ持って帰ろうぜ」


 バラす、とはどういう事だろうか。

 その言葉の意味の理解を頭が拒否する。


 もう一人の私の記憶が次々と浮かんでは消える。


「悪いね、上にはアンタを分けて・・・運ぶように言われてるんだ」


 その言葉に怖気が走る。


「こうでもしないと無理だろう? アンタの身体を分けるの」

「ひっ」


 目の前に呪印が刻まれ、呪帯に蒔かれた右手を見せられ、喉から引き攣るような悲鳴が反射的に漏れた。


「女神様でも恐怖は感じるんですね」


 以外です。


 皮肉なのだろう、何処か感心したような声に怒りと恐怖が湧き上がる。


「いっ……!」


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだ!!!!!

 

 辛うじて飲み込んだ言葉が身の内で暴れまわる。

 ひたり、と女の掌が当てられ、肌がざわりと粟立った。探るように動いた手が胸の一点、ヒトの本来心臓のあるであろう箇所で止まった。


「ふうん、同じなんだ」


 言った瞬間、胸に衝撃が走った。


「かはっ」


 身体を貫かれたと思った。だが違う。女の手が私の中を無遠慮に探り、掴まれた・・・・


「あ、ああああああああ」


 アリアの口の端がにぃっと吊り上がる。


「見ぃつけた!」


 ずるり、と引きずり出された瞬間、混濁した意識の中、私の口は勝手に動いた。


『ザイ』




 §




「フェイ!!」


 地面に引きずり込まれる細い身体、伸ばした手が白い指先を掠って空を切った。

 その白い手を追ったがすんでの所で固い地面に阻まれ消えた。


「くそっ!!」


 ダンッ


 拳で地面を叩くがそこには小石のような結晶が散らばっているだけで何もない。


 背後に殺気を感じ、横に飛びのけば鋭い刃先が地面に当たり火花が散る。

 剣を突き立てた黒装束の男の首を刎ね様に身体を起こす。


「小僧!!」


 ゴウキが巨体に似合わぬ俊敏な動きで襲い掛かる襲撃者を斬り飛ばしザイの元に駆け寄った。


 ぎりりっ


 歯を食いしばり、ザイは天に向かって叫んだ。


「フェイが攫われた!!」


 周囲に僅かに動揺が走ったが、構わなかった。一刻の猶予も惜しかった。

 襲撃者はまだいる。

 なりふり構ってはいられないという思いと同時に彼女と御使いの関係を示唆する言葉は使うべきではないと冷静な部分が判断を下す。


 その呼びかけが正しいものであれば御使いは届くと言った。

 どれだけ言葉を偽ろうとヒトのダシにフェイを使う呼びかけには答えない。ならば、純粋にフェイの為だけの言葉であれば何であれ届く筈だ。


 御使いは姿を現さない。

 だが、声は確かに届いた筈だ。


 そう己に言い聞かせ、ザイは剣を振り上げた。



 §



 ヴェストの城内は騒然としていた。

 警備は万全だった。

 だが、突然姿を現した襲撃者の侵入経路は分かっていない。


 巫女の為に用意された部屋に続く庭には魔導の痕跡が見つかり魔導師たちが躍起になって調べている。

 恐らくは空間跳躍だろうという見立てではあるが、理論は確立しているが、実践レベルで使えるものではない。というのが魔導師たちの言だった。


 襲撃者たちも恐らくは空間跳躍で送り込まれたものだろうと予測が立てられている。

 その場には切り伏せられた襲撃者の死体の他に同様の襲撃者の物であろう手足や胴体が散らばっていた。だが、繋げてみれば手足と胴体の数が明らかに合わないのだ。


 そんな危険な代物で巫女が攫われたという事実は伏せられている。

 方々に追手と捜索隊が差し向けられたがその姿を捉える事はないだろう。


 ゴウキたちは他に怪しいものはないか城内をくまなく捜索している。

 ザイは単独行動と称して人気ひとけのない場所に腰を下ろし、ひたすら待った。


 痕跡を辿れる魔導師はいない。

 いるとすれば――


 ザイは目の前に散った銀の光に素早く立ち上がった。


「フェイは!」

「不自然に歪んだ場所があります。あの子は恐らくそこでしょう」

「恐らく?」


 要領を得ない言葉にザイの眉が顰められた。

 銀の御使いの瞼がそっと伏せられる。


「あの子の声が聞こえません」

「!!」


 ザイは鋭く息を呑んだ。


「俺をそこへ連れて行け!! 今すぐにだ!!」



 §



 嫌な予感にザイの背筋に冷たいものが走る。


 御使いとは存外万能ではないらしい。


 それはザイがフェイの側にいて薄々感じていた事だった。

 この世界の為に与えられた御使いの揮う力は膨大で、この世界を壊しかねないものらしい。

 だからこの世界を壊さない為に天の御使いたる彼らと地に残る彼女との間で多くの取り決めが為された。


 時が経ち、世界の形の変容に合わせて交わされ、積み重なったその取り決めは複雑なものに成り果てている。

 細々とした例外や詳細は省くが、天の御使いが大地に属するそれらに干渉するにはフェイの承認や要請が必要だという事だ。


 つまりは、フェイが御使いに助けを求めない限りは御使いたちは手が出せない状況にある。


 それは偏にこの世界が今、大事な成長の時を迎えているからに他ならない。


 今は静観の時だという。


 彼女自身、この世界の為にその存在を下げ、力を抑えている。

 だというのに空気を読まないヒトの国がこの世界を荒らして回ったが故のこの状況。


 さらに言えば、最後の御使いたるフェイに一番手を出しやすい今、彼女を狙う者らにとっては最高のタイミングだろう。


 フェイの鶴の一声さえあれば彼女を狙う国の一つや二つ、簡単に更地に変える準備はできているようだが、何故かフェイは首を縦に振ろうとはしなかった。


 そうして現状である。

 フェイはヒトの手によって攫われ、声の届かない場所に閉じ込められているか、又は声の出せない状況に置かれている。


 世界をくまなく探しても彼女の姿が見つからず、代わりに僅かに歪んだ場所がある。

 ならば間違いなくそこだろう。


 銀の御使いによって飛ばされた先は古い遺跡のようだった。

 周囲の気配を探るがそれらしい気配はない。

 とにかく動かなければ始まらない。ザイはその場から一歩踏み出した。



『ザイ』



 力ない鈴の鳴るような声が耳を打った。


「フェイ?」


 返事はない。だが、確かに聞こえたのだ。

 ザイは直感の導くまま、一気に駆けだした。













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