第17話 ツッコミが追いつかんのですが
「巫女様、鬼の扱いはお気をつけくださいませとあれほど申しましたに……」
私はゴウキの苦言に首を傾げた。
§
ザイの協力を得て私は無事、黒い結晶を全て回収する事ができた。
結晶には直接触れる事は難しい。無理やり掴む事も出来ない事はないが、ザイの目の前でそれをするのは躊躇われた。
女の手が爛れる様など子供に見せていい光景ではない事ぐらいは私も理解している。
ただでさえ良いとは言えない暮らしをしている子にトラウマで追い打ちをかけるような真似は躊躇われる。
結晶の入った革袋には瘴気をこれ以上吸わないように細工はしてある。
触れられないなら囲ってしまえばいいのだ。
森の気の循環具合を確認してみれば、正常に動き出している。
明日の朝には森を開き、出る事ができるだろう。
さて、夜ではあるが、折角安眠できる環境にあるのだし、今日で最後になるのだからゆっくり眠れと伝えるとザイは難色を示した。
火の番は交代だと言い張ったのだ。
「別に私は眠る必要がないのだから、睡眠が必要なお前が眠れば良かろう?」
森の獣も魔物も今は深い眠りについている。
警戒の必要はないが、今は少し肌寒い。火があった方が温かかろうという思いであったのだが、肝心のザイがなかなか首を縦に振らない。
「寝る子は育つ」という言葉があるように子供に睡眠は必要だ。鬼の血故か体力の回復や傷の治りは確かに常人よりは早いが、逆に言ってしまえばその為の栄養の摂取と休息は必要だ。
強靭な心身あってこその自己治癒能力だ。ここで与えた食事は果物や木の実程度のものだ。
特にザイ栄養が足りない。ならば休息でそれを補う必要がある。
何よりザイはまだ子供で普通に動いているが、怪我人なのである。
毒は抜けたようだがやはり心配だ。
私はふと、ある事を思いついた。
「わかった」
私の言葉に警戒を示す。そこから己の言葉は曲げないぞという意志の固さを感じる。
私は足を畳んで座り直し、自身の膝を叩く。
「一晩しっかり眠るなら、この膝を貸してやろう」
ザイが動きを止めた。
視線は今朝まで枕代わりにした膝に釘付けだ。
寝ぼけながらも気持ちよさそうに頭を摺り寄せていたくらいだ。予備の外套を丸めただけのものと比べれば寝心地は格段に違うだろう。
何より可愛い寝姿を見て頭を撫でると寝ぼけながらも甘えてくるので一晩中私は遠慮なく愛でていられる。
共にあるのは今夜で最後かもしれない。最低でもこの後しばらくはこういった事もないだろう。なのだから存分にその可愛らしさを堪能したい。
ザイは私の膝を凝視しながら葛藤しているように見えた。
(もう一押しか?)
目の前にある黒い頭に手を添え、私の膝に導くように力を加えれば、大して抵抗することなくぎこちない動きで私の膝に頭を載せた。
載せてなお葛藤しているその細い肩に毛布をかけてやり、頭をなでる。
ついでにと角へと指を這わせれば面白いくらいに肩が跳ねた。
「……嫌か?」
「…………いや、じゃない」
観念したのかようやく寝る態勢に入った。覗く赤い耳が可愛い。
叫びが口から飛び出しそうなのをぐっと腹に力を込めて堪える。
口を笑みの形に固く閉じ。長く静かに息を吸い、止める。ゆっくり数を50まで数えたところで落ち着いた。
そうしてしばらく撫でていれば、静かな寝息が聞こえてきた。
熱は下がったし傷ももう塞がりかけている。
日常にはすぐに戻れるだろう。しかし、この細い身体が気にかかる。
せっかく
「ふむ、」
私はザイの角を撫でながら思案に暮れた。
結局ザイは朝まで目を覚まさなかった。
§
翌朝私はザイに身寄りがない事を確認し、閉ざした空間を開きザイを連れて森を後にした。
森に一番近い街を拠点にして生活していたようだが、悪い様にはしないからと試しに私の行く先についてくるかと訊ねたら、ザイは迷いなく頷いた。
目的地はヴェスト王国の王城である。
黒の森とは然程離れてはいない。
乗合馬車を使えば1時間程度で着く距離だ。
そうして訪れた先で私はゴウキという男に会う事にした。
ゴウキは
普段の性質は人のものに近いが、いざ、戦となれば純血の
何も知らぬ者はよくゴウキを
案内された部屋で待っていれば程なくしてゴウキは現れた。
大きな体を屈め、小さな私の顎より下に角を下げる。
鬼種が敬意を表した相手に尽くす礼だ。
そうして早速ザイを紹介しようとザイの前髪をかき上げて、角と瞳を晒せばゴウキは動揺と困惑を見せた。
ゴウキはザイへと手を伸ばし、その手を叩き落とされ納得しながらもどこか納得しきれない様子で私を見た。
「今、この小僧の角に触れましたかな?」
ゴウキの問いに先ほどの髪をかき上げた手の感触を思いだす。
「…………触れたな」
ゴウキの笑顔が引きつり固まった。
「巫女様、いくつかよろしいか?」
「何か?」
「この小僧に何かなさいましたか?」
「傷の手当を」
「他には?」
「食事を与えたな」
「その間、角に触れましたかな?」
「触れたな」
ゴウキが何を言いたいのかがよく分からず、問われるままに正直に答える。
今度はゴウキの目がザイへと向いた。
「小僧、巫女様に何かされたか?」
「随分と人聞きの悪い」
「巫女様はお黙りくださいませ。で、小僧。何かされたか?」
ザイが私をじっと見上げる。
「?」
それが何を意味されてるのか分からず見つめ返すとザイはゴウキに向き直った。
「されてない」
ザイは簡潔に答えた。
「角に触れられるのは嫌か?」
「嫌だ」
「巫女様に触れられるのは?」
「…………嫌じゃない」
その答えにゴウキは目を丸くした。
私はと言えば、目を逸らしてぽつりと呟いたザイの様子をニコニコと笑顔で見守る。
最近この顔を作るのが上手くなった。
確か千年ほど前の文明に映像と音声両方を収められる記録媒体があった筈だ。
大気汚染や環境破壊が問題に上がり、やり過ぎて滅びたのだったか。ヒトの目に触れるのは厄介だと地中深くにきょうだいたちと丸ごと埋めてしまったが、あれは何処だっただろうか。
そもそも私はヒトではないのだし、私一人が楽しむ分にはちょっとくらい取り出してもきょうだい達も大目に見てくれるのではないだろうか。
ヒトの子一人の時間、特に今この貴重な瞬間は一瞬しかないのだ。
この可愛らしさを堪能できないのは世界もがっかりする事ではないだろうか。
よし、掛け合ってみよう。
一瞬、きょうだいたちの『何言ってんだこいつ』みたいな顔を幻視したが、きょうだいたちが私をそんな目で見るはずがない。
異世界の
そんな事に思いを馳せているとゴウキの顔が再びこちらに向いた。
「巫女様、少々この小僧をお借りしてもよろしいか?」
「元々お前に預けるつもりで連れて来た。好きにせよ」
「フェイ!?」
愕然とこちらを見るザイの様子に首を傾げる。何故そのように驚くのか。
「…………巫女様。儂もこの状況に
「わかった」
ゴウキの笑顔がなんとなく怖いもののように見えた。
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