第18話 ヒトと御使いの領分

 ザイをゴウキに預け、私は案内に従って王の待つ別の客間へと向かった。

 そこには見知った男が二人。

 濃い茶の髪に緑の瞳の男。年の頃はそろそろ40に届く頃だったように思う。

 ここ数年で代替わりしたばかりの王だ。その隣には明るい茶の髪に白いものが混じり始めた壮年の男。先王の頃から仕え、現在は宰相の座についた男だ。


 扉が閉まり、三人だけの場になるとその二人が私の前ににひざまづいた。


「よい、楽にせよ」


 私の言葉に二人は立ち上がる。


「半年ぶりでございます、巫女様」


 宰相が恭しく頭を下げる。


「本日の急な来訪、お話をお伺いしたく存じます。先生」


 国王が身を起こし、私の手を取り、ソファへと誘う。

 この国王が若い時分に歴史書の誤りを正した事が切っ掛けで、非公式の場だとこの男は未だに私を先生と呼ぶ。


 私達が席に着くとノックと共に茶器と茶菓子が運ばれる。

 カップがそれぞれの前に置かれると使用人は一礼して下がっていった。


 私はカップを手に取り一口飲み、喉を潤す。


「黒の森の件、どこまでお前に届いている?」


 私の言葉に二人の表情が僅かに強張った。


「巫女様が地鎮の儀を執り行って間もないにも関わらず、森の様子がおかしいと報告は受けております。近隣の街から冒険者を出し、周辺の情報を集め、有事の際にはいつでも兵と騎士は出せるよう手配しておりました」

「そうか、他には?」

「他と言いますと?」

「森に手を出した不届き者がいただろう。近辺に怪しい動きはなかったか?」

「そういった報告は受けてはおりません」

「他に私がこの地を発って後、何か変わった事は?」

「先生?」

「あるならば答えよ」


 私の厳しい問いかけに王と宰相は訝し気に顔を見合わせた。

 無理もない。私がここまでヒト種の動向に意識を向けるなどなかった事だ。

 黒の森はヒトの手に余る。私の関係ないところで勝手に手を出し勝手に自滅するのは私の関与するところではない。今までがそうだった。しかし今回ばかりはワケが違う。


 ヒトが私に・・喧嘩を売ったのだ。己の身の程も弁えずに。


 宰相は私の様子を伺いながらも躊躇いがちに口を開いた。


「ノーザン皇国の使者が参りました」

「いつだ?」

「巫女様が去って程ない時に」

「他には?」

「サウス帝国の使者が皇国と入れ替わる形で参りました」

「北の皇国に南の帝国か、そのどちらかか、それとも両方か……」

「先生、何かご存じで?」


 王の緑の瞳が光る。

 私は無言で革袋をテーブルに置いた。


「これは?」

「開けてみよ、黒の森を狂わせた元凶だ」


 宰相が革袋の口を開き、中から出てきた4つの結晶を手に取る。


「これは……」

「森の瘴気を吸い上げ、溜め込み循環を狂わせる。詳細はお前たちヒトの子の魔術師や技師が詳しかろう。調べ上げよ。外には一切漏らすな。その詳細が分かったなら包み隠さず全て私に明かせ。隠す事は罷りならん。結晶それの様子見に黒の森に近づく輩が現れよう。捕らえるか追うかは任せる。出所を確かめよ。ついでに両国に探りを入れておけ」


「承りました」


 宰相が結晶を革袋に仕舞い直し、自身の元へと引き寄せる。


「その革袋には中身のそれが瘴気を吸い上げぬよう細工がしてある。

 必要ない時はその袋に放り込んでおけ。

 追加が欲しければ言え。それがあるのは黒の森だけに限らぬだろうからな。見つけたら拾ってきてやる」


「はっ、確かに」


 国を支える二人の男を前に内心そっと息をつく。

 これは私にとっても賭けでもある。彼らは結晶に刻まれた呪印に気づき、辿り着く。

 その呪印が私に害を与えうる存在だと。


 ヴェスト王国とはずっと良い関係を続けてきた。

 ヒトの持つ善良さと義理堅さ、信じる強さを知っている。

 だか、ヒトは裏切る。嘘をつき、騙し、質を盾にとり、親さえ殺す生き物であることも知っている。

 それでもその結晶がヒトの作ったものである以上、ヒトの領分だ。


 それは神がこの世界を去って後、きょうだいたちとの取り決めだった。


 守るばかりでは世界は育たぬ。


 長い時のなかで数と知恵を増やした人は放っておけば、都合の悪い事は忘れ、どこまでも勘違いしてつけ上がる。


 それを糧として世界が育つならば問題ない。


 ヒトのやらかした事をヒトが治めるならば我らが手を出すときではない。

 ヒトの手に余るものとなったその時は国の存亡と共に私達御使いの判断に委ねられる。


 だが、ヒトが私に欲に染まったその手を伸ばすなら話は別だ。

 

 私が愛しているのは世界であってヒトではない。


 厳しい顔で私を見つめる二人を見て思う。

 彼らが私を裏切らなければ良いと思う。


 我ながら矛盾していると思う。この世界が生み出したものはやはり私にとっては愛しいのだ。



 §



 ヴェスト王国の王をはじめとする重鎮たちは唐突な巫女の来訪に驚きはしたが完全に予想が外れたという訳ではなかった。


 根拠は最近怪しい動きを見せる黒の森である。


 巫女が地鎮を執り行い、一旦鎮まりはしたものの、巫女が去って間もなく動きが活発になり、周囲を警戒するように地元の兵にも伝えていた。


 そして調査の為に森に立ち入った冒険者が魔物の群に襲われ、一人の犠牲者を出しながらも情報を持って帰ったという報告を受け、その報告の内容にいよいよ騎士団を派遣するという段になって森が突然静まり返り、人が一切入れない状況になったと報告を受けたのが三日前の事だ。


 その状況を知る者はすぐに巫女の御業だと察した。

 数年に一度、巫女の来訪と共に森は閉ざされる。

 巫女は黒の森を由とした。というよりも、黒の森を受け入れたヴェストの存在を巫女は許したのだ。


 巫女はヒトの為に動いているわけではない。

 ただ黒の森の存続とヴェスト王国との利害が一致した。


 年々勢いをます黒の森の魔物はある意味ヴェストの財源の一つでもある。

 魔物は強力だが、討伐した際の見返りは大きい。瘴気に耐性を持つ魔物の素材は高値で取引される。


 今回の騒動は森が閉ざされる事によって巫女が戻る程の切羽詰まった状況であった事をヴェストは理解させられた。

 通常であれば一夜明ければ元に戻る森も今回は3日かかった。

 巫女の性質上、城を素通りしてまた旅に出る事も考えられたが、いつ巫女が城を訪れても良い様に王は予定を調整した。


 そうして訪れた巫女は以前とは雰囲気を異にしていた。

 いつも穏やかで怒った素振りなど一切見せる事のなかった巫女が、張り詰めた空気を纏って姿を見せた。


 言葉も硬く、無関心であった筈のこの国と関わった者らの情報を求めた。

 巫女とヒトの領分ははっきりしている。

 巫女の管理する黒の森と言えど、ヒトが何かをやらかしたならヒトの領分だ。

 それが原因で国が亡ぼうと巫女が口を挟む事も介入する事もない。


 なのに今回はヒトの領分に積極的に踏み込んで来た。


 これで何もないと思える程この国の王も重鎮もおめでたくはない。


 そうして預けられたのは黒い結晶の入った革袋。

 巫女の様子からは黒の森の異常の元凶というだけではない何かを感じた。

 ヒトの手によって作られた以上はヒトの手によって始末をつけなければならないと常々言い聞かされ、偶に恐ろしい手土産をこちらに丸投げしてあとは無関心であった巫女が今回初めてその詳細を調べ上げ、情報をこちらに上げろと言ってきたのだ。


 巫女の恩恵を受けて大国となった以上、全力で取り掛からねばならない事だった。


 一頻ひとしきりの話が終わり、

 張り詰めた空気をがらりと変えたのは、やはり巫女自身の言葉だった。


「ああ、そうだ、子供を一人ゴウキに預ける。いずれ迎えに来るつもりではいるが、もしその子供がここに残るというのであれば置いて行く。その時には本人の意思にもよるが、続けて城に残るようであれば好きにせよ」


 ガチャン


 茶器がけたたましい音をあげた。勿論、巫女ではない。

 宰相でもなかった。

 国王がカップを受け皿に戻し損ねた音だった。


「どうした?」


 巫女が不思議そうな顔で尋ねてくる。宰相は王の様子を伺い、ひとつ咳払いをしてから巫女に問いかけた。


「因みにその子供、先ほど報告に上がっておりました黒髪の少年で間違いはございませんか?」

「間違いないな」

「連れていくのはその子供だけで?」

「ああ」


 ガチャン


 再び立てた音に目をやれば、国王が引きつった笑顔で何故かぶるぶると震えている。

 宰相はちらりとその様子に目をやり、構わず巫女に質問を重ねた。


「因みにその子供の年頃は?」

「15かそこらの筈だが」

「では、迎えに来られる頃には連れ歩くには良い年頃でございましょう」

「ダメだ!」


 ばんっ、と国王がテーブルを叩いた。

 驚きに目を瞠る巫女の両手を身を乗り出した国王が、がっしと掴む。


「ダメです、先生! 男はみんなけだものです! 特に若い男なんて言語道断!! 絶対に許しませんんん!!!!」


 意気込む国王の言葉に巫女の目が据わる。


「何故お前の許しがいる?」

「ごもっともなご意見です。巫女様」

「お前は黙ってろ!! 先生、私なら今すぐにでもお供します。なんなら一個師団もつけます。お好きな騎士団でも構いません。どうですか?」

「いや、それこそ駄目だろう。妻も迎えず子も成さず、王としての役目も放棄する気か? 多少遅い気もするが、お前もいい歳なのだから、そろそろ身を固める頃合いであろう?」

「ぐぬぅっ!」

「巫女様、もっと言ってやってくださいませ」


 尚言い募る国王を横目に宰相はゆっくりと茶を飲み干した。

 国王もいい加減拗らせきった初恋を卒業する頃合いである。


















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