第20話 何もせんかったんが問題ですな

「巫女様、鬼の扱いはお気をつけくださいませとあれほど申しましたに……」


 顔を合わせて席に着き、茶が届き、喉を潤す。


 真向まむかいで深いため息の後のゴウキの開口一番がそれだった。


 私の隣に座ろうとしたザイを引き止め、自身の隣に座らせたゴウキの笑顔が怖い。


 宙に視線を彷徨わせ、今までの事を思い返し、ぐるりと思考を巡らせる。


「特に、おかしな事はしてないと思うが?」

「そうですな、敢えて言わせて頂ければ、角に触れる事が大問題ですが、それは小僧の責任でもあります。

 あとは逆に何もせんかったんが問題ですな。この小僧も子供と言えど鬼の血を引いとります。何故今回ばかりは小僧が贈った名を受けとりました? 今までそんな事は一度もなかったでしょうに」


「名が気に入った」

「それだけですか?」

「それだけだが?」


 あとその時のザイが可愛かった。


 ゴウキはまだ尚いい足りないという目を向けて来るが、隣に座るザイを見て口をとざし、ため息を吐いた。


「まあ、この話に関しては追々いたしましょうぞ」

「? わかった」


 ザイには聞かせ辛い話なのだろう。


「では、巫女様、今回儂を訪ねて来られた件ですが、この小僧を儂に預けるとおっしゃいましたが、どの位の期間を考えておいでで?」

「そうだな」


 今後の巡る地を思い浮かべながら指折り数えてみる。


「巫女様」


 3本指を折り、4本目に指をかけたところでゴウキから待ったが掛かった。


「巫女様、小僧の顔をご覧ください」


 見ればザイはこちらを信じられないものでも見るような顔で見ている。


 私の眉間にぐっと皺が寄る。


「しかし、3年後はまだ18だぞ?」

「もう18にございます。18は立派な大人でございます。」

「ふむ……」


 そうだったか? そうだったように思う。

 人間に近いヒト種であれば、この世界においてそうおかしな事ではない。


 では子供という概念はどこから来たかと記憶を漁ればそれはあった。


 異世界のものだ。

 ゲームの気になるキャラクターの年齢をみて、『まだ18じゃないか』と思ったのだ。


 ゲームの中だからこそ受け入れられたそれは、彼女・・自身の常識に当てはめるとまだ若すぎる。


 どうにもゲームをきっかけに共有される知識や感覚と今の常識にズレがあって困る。


 悩む私にゴウキが何を思ったか声をかけた。


「巫女様、ではこう致しましょう、年に一度、様子見に来られませ。そうして巫女様が頃合いと判断した時に連れていかれればよろしいかと」

「年に一度でないと駄目か?」

「まあ……、半年、一年は巫女様の誤差の範囲である事も重々承知しております。巫女様の都合もありましょう。こちらができますのはお願いだけにございます」

「ふむ……」


 きっちり年に一度と言われも、こちらは黒の森の件を考えるとヒトの目につく蒸気機関や飛竜といった便利なものは積極的に使うべきではない。多少馬車の類は使うだろうが、ほぼ徒歩での移動となるだろう事を考えると、どうしても年に一度は難しい。


 天に昇ったきょうだいたちと違い、どこにでも移動できる訳ではない。

 この地に残っている以上、世界の安定を崩し得る力は僅かでも使うべきではない。


 まあ、ゴウキもこちらとの誤差は把握しているからそれで良いかと納得した。


「わかった」

「ありがとうございます」


 ゴウキがザイの頭を掴んで一緒に下げさせた。



 §



「悪い様にはしない。試しに私の行く先についてくるか?」


 森を出る際そんな事を言いだした彼女の言葉にザイは一も二もなく頷いた。


§



 それが一体どうした事だろうか。

 フェイはゴウキと呼んだ男に向かってこう言った。


「元々お前に預けるつもりで連れて来た。好きにせよ」と。


 騙された気分だった。彼女の行く先にどこまでも・・・・・付いて行くつもりだった。

 それがまさか、このゴウキというオーガの血を引く男の所まで、などと誰が思うだろうか。


 フェイに何かされたか、とういう質問には色々頭の中を巡った。

 角を撫でられたりとか角を撫でられたりとか、あと膝枕とか。ヤバい毒草を口に放り込まれたりとか。


 ゴウキは角以外の答えを求めているように感じた。膝枕はノーカンだろう。あと毒草に関しては……。フェイの顔をじっと見ると不思議そうに見つめ返された。


 ちょっとあどけない感じが良い。まあ、いいだろう。これもノーカンだ。毒草の事は忘れないけれども。

 ザイは素早く答えを出し、ないと答えた。


 それから彼女はこの国の王と話をする為にザイを置いていってしまった。

 彼女のいない間、落ち着かない時間の中、ゴウキに色々聞かれ、色々聞いた。


 いみなに関しては寝耳に水ではあったが、知り合いも限られ、名を呼ばれる事もあまりなかったので気付かなかった。

 ゴウキに名を聞かれた時、確かに答える事ができなかった。彼女以外でその名を呼ばれるのは嫌だった。

 恐らくは黒の森の前後あたりで15を迎えたのだろうなとなんとなく思った。

 冒険者に登録した際の名は死亡となった時点で登録は抹消されるだろうからある意味丁度良かったと言える。


 ゴウキの説明を聞く限り、鬼の血を持つ者の仕来りになぞらえるなら、彼女自身がどう思おうと、例え彼女がザイをいらないと言おうとも、諱を呼び、ザイが角に触れて欲しいと願い、それにフェイが応えた以上、ザイはフェイのものになったという事だ。


 ザイは己に都合よくそう解釈した。


 ならば、尚更彼女について行かないという選択肢はない。


 ザイがそう決心を固めた時、フェイが戻って来た。手に持っていた革袋がなくなっている事に少しだけほっとした。


 ゴウキとフェイの話し合いが始まる際、何故かフェイの側ではなく、ゴウキの隣に座らされた。

 ゴウキに不満をぶつけようとしたが、いいから黙っとけ、と目で促され、大人しくゴウキの隣に座った。


 ゴウキとフェイは鬼種に関しての話をしていたが、ゴウキにとってはザイが彼女をフェイと呼ぶ事に問題があるらしい事はわかった。そうしてフェイがザイをいずれ迎えにくる事も納得した。

 側を離れたくはないが、足手まといにはなりたくない。

 彼女が迎えにくるまでに腕を磨き、強さを得なければならない。


 話題がザイを預ける期間の段になっているゴウキの隣でそんな事を思っていると、ゴウキがぼそりと呟いた。


「いいか、小僧、巫女様の指の一本は一年と思え」


 フェイはこちらの様子に気をかけるでもなく、思案を巡らせ開いた指を折っていく。

 一本、二本。三本、だんだんザイの指を見る目が開かれていく。

 四本目の指が折り畳まれようとした時、


「巫女様」


 たまりかねたゴウキが声をかけた。

 しかし、不満げに眉を潜めるフェイにとっては18はまだ子供であるらしい。


 その事実に絶望した。


 己は一体いくつ歳を重ねれば大人として認められるのか。


「18は大人」というゴウキの言葉に曖昧ながら、一応の納得を見せはしたが、あの顔は絶対に納得していない。短い付き合いながら、ザイはそれを察した。

 なお考え込むフェイの様子にゴウキが畳みかけるようにゆっくりと身を乗り出す。


「巫女様、ではこう致しましょう、年に一度、様子見に来られませ。そうして巫女様が頃合いと判断した時に連れていかれればよろしいかと」

「年に一度でないと駄目か?」


 その言葉にザイは更に愕然とした。こちらはひと時として離れがたいというのに彼女は年に一度の様子見すら困った事のように言う。


「まあ……、半年、一年は巫女様の誤差の範囲である事も重々承知しております。巫女様の都合もありましょう。こちらができますのはお願いだけにございます」

「ふむ……」


 考え込んだ彼女は顔をあげた。


「わかった」

「ありがとうございます」


 頭を下げるゴウキに後頭部を押さえつけられ、フェイに向かって頭を下げる。


「本来なら5年、10年は軽く放置されるところだったんじゃ、感謝せえよ、小僧」


 ゴウキの言葉にザイはどうにか頷きを返した。

 御使いとヒトの時間の感覚の違いをまざまざと思い知らされたのだった。





























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