第10話 周期の乱れと束の間の癒し

きょうだいと共に黒の森の中心へと足を踏み入れる。


「これは……」


きょうだいの言葉が途切れた。

目の前の現象はそれだけおかしな事なのだ。


「ここを静めたのはいつの事です?」

「半年前だ」

「数年は持つあなたの力をもってして、ですか」

「そうだ。天啓が下った後、少し気になって様子を見にきてみればすでにこの状態だった」


私達の目の前では黒い瘴気が勢いよく渦巻いていた。

不安定な土地の揺らぎを通り越して全ての生物を呑み込まんとして荒れ狂っている。


その状態には世界には滅多なことでは手を出さないきょうだいも流石に厳しい目を向ける。


「これはもう、手心を加えている場合ではないでしょう」

「やはり、そうなるか」


世界が安定へと向かい、私を除く御使いが手を離した今、私自身もこの世界の根幹に関わりそうな介入は避けている。


どんなものであれ、この世界を構成するもののひとつなのだから。

だから私はなるべく安定へと導く事はしてもその力を奪ったり、切り離したりはしない。この世界の成長と自浄作用に大きく関わってくるからだ。


しかし今、目の前で狂うそれは世界の成長を阻害し、膿んでしまう可能性が高い。

それもまた、世界が強く育つ為の糧のひとつとも言えなくもないが、今回のこれはそうならない気がするのだ。


きょうだいはこの目の前の状況を世界に及ぼす害悪と捉えた。

天に昇った御使いたちの役割はそれを果たす頻度が減ったというだけで、放棄してはいない。


「根こそぎいきますが、いいですね?」

「しばらくはヒトの都合の良い狩場となるが、仕方あるまい。どのみちこの地は瘴気を集めやすい。いずれは元の姿を取り戻すだろう」


遠回りな了承に形の良い手が私の頭に降りて来る。


ヒトが不用意に近づけぬ魔物たちの安息の地。

やっとここまで育ったのにと残念な気持ちが胸に広がる。

私はここまで諦めの悪い性分だっただろうか。


「あなたが世界を愛しているように、世界もまた、あなたを愛しています。あなたがそう望むなら、この地も元の姿を少しでも早く取り戻そうと躍起になるでしょう」

「そうだな、そうだと嬉しいな」


私が笑って返すときょうだいは荒れ狂うそれに目を向けて、ぱちん、と指を鳴らした。

その音が場に響いた瞬間、黒く渦巻く暴力的な瘴気が消し飛んだ。


そのエネルギーはこの世界のどこにもない。

きょうだいはこの世界が安定するまで世界の放つ余計なものを削ぎ落とす。

溢れる力を無理に取り込めば崩壊へと傾く。

この世界に必要ないときょうだいが判断すれば皇国という存在自体も削ぎ落される。プレイアブル化以前の問題であり、バランス調整が非常に難しいのではないかと思うのだ。


まあ、何にせよ、見方によっては鎮める手間が省けたのだ。

もし私がこれを一時的にでも無理やり抑え込み、そこから時間をかけて安定へと導く手段を講じていたなら、もっとこの地に負担をかけていたかもしれない。


力を削がれたこの森は放っておけば勝手にどこからか力を集めて元に戻るだろうが、近くには人の住む町がある。人の手が入ってしまえばその分時間もかかるだろう。


私は身をかがめ、その地面を撫でる。傷を負った鬼の子にそうしたように。


どうか、元の姿に戻りますようにと祈りを込めて。




§



拠点にしていた場所へ戻るとザイは小さな寝息をたてて眠っていた。


「これが?」

「そうだ」


私についてきたきょうだいがその顔を覗き込む。


「人と鬼の子ですか」

「ああ、人間の多い街では異端が受け入れられるのは難しかろうに」


そっと黒い癖のある髪に手を伸ばす。所々絡まっているのかごわつきと柔らかな感触が伝わってくる。

寝ぼけているのか、その手に頭を摺り寄せるような仕草に思わず嬉しくなり、その頭を撫でる。

時折額の小さな角が指を掠るが不快ではなさそうだ。


「それほど気に入っているなら連れて行ってはどうですか?」


きょうだいの言葉に手が止まる。


「それは……」

「身寄りのない子供であれば問題はないのでは?」


その提案に提案に心が僅かに迷ったが、頭を緩く振った。


「死ぬと分かっていて連れて行けるものか」


私は世界を巡る。それはこの黒の森よりも危険な場所やヒトの立ち入れない場所もある。

ヒトの住めない清らかな場所や毒の泉なんてものもある。

私には飢えのや乾き、寒さや暑さは関係ないが、この子はそうもいかない。


特に今回はこの黒の森で確信したが、エネルギーバランスが普段のそれよりもおかしい。

そんな場所が他にも出て来るならば尚更連れては行けない。


「それに身寄りがないとは限らんだろう?」

「そうですね」


そう言ってきょうだいが興味をそそられたのか、ザイの頭に手を伸ばす。そうしやすいようにと手を引き、身を上げれば


パンっ


鋭い音と共にきょうだいの手が弾かれた。

驚いてザイへと目を向ければいつの間に身を起こしたのか、警戒に満ちた鋭い目できょうだいを睨んでいる。


「なんだお前」


聞いた事のない低い声できょうだいを威嚇する。


「おや、起きてたんですか」

「今目が覚めた」


張り詰めた空気の中どうすれば良いかわからずとりあえずは二人の間に入ろうとして気付けば細く筋張った手に地面に押さえつけれるように私の手がぎゅっと握られていた。

その手から伝わる警戒は見知らぬ人を連れてきた私に対してでなく、きょうだいに全て向けられている。普通は私も一緒に警戒するものではないだろうか。


私はこの子にそこまで信頼されるような何かをしたのだろうか?


ふと疑問が浮かぶが私がしたのはせいぜいが傷と毒の治療と軽い食事の提供だけだ。

きょうだいは手を弾かれた事に気を悪くした風もなくにこにこと笑っている。


「頭を触られるのは嫌ですか?」

「気安く触んな」

「彼女はいいのに?」


きょうだいの問いに私の手を握る手にさらに力が籠る。


「ザイ?」


はっとしたようにザイがこちらを見る。握った手が緩む。


「彼は私のき、……知り合いだ。今回この黒の森を静める為に力を貸してもらったのだよ」


そういって頭に手を伸ばしかけ、手を止めた。嫌がる事はしないに限る。手を降ろすとザイの視線がその手の動きを追う。


「そこまで警戒せずとも、嫌がる事はしない。ただ、身体の状態を確認する時だけ我慢してくれるか?」


降ろした手を未だ私の手を握るザイの手にそっと重ねる。

その手をじっと見つめ、やっと警戒を解いてくれたのか肩を落とし、ザイは小さく頷いた。


こういうところが本当にかわいい。思わずきょうだいを見た。


「な?」

「それが何に対しての同意を求めるものかは分かりかねますが、あなた自身の中で独特な嗜好の構築が為されつつある事は理解しましたよ」


そういって私の頭にきょうだいが手を伸ばしたとき、


パン


またきょうだいの手が弾かれた。


「気安く触んな」

「あなたには触ってませんが?」

「コイツにも触んな」


毛を逆立てた野犬の子犬を思わせる、全力の警戒を見せるザイにきょうだいはにこり笑い、私をぎゅっと抱き寄せた。


「……!!」

「私が彼女に触れるのは私の自由です。彼女がそれを私に許しているのだから」

「きょうだい」


ザイが何か驚き声にならない声をあげ、その様子を眺めながら私の頭をなでるきょうだい。

私は思わず声をあげ、きょうだいの顔をみてすぐ察した。


非常に面白がっている。


真剣に怒っている子犬を煽りその反応を見て楽しんでいる。


「きょうだい」


服の裾を引っ張ってこちらに注意を向けさせる。


「あまり子供をからかうものではない」


何故ザイがここまで怒っているのかの理由はわからないがとりあえず私が原因できょうだいに対して怒っているのは辛うじて理解した。























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