第2話 ベッタベタの王道ファンタジー

  


 そんな事を思いながら、私は人間であった頃の記憶を探った。

 しかし、奇妙な事に、これだけ人間としての自我を持った私・・・・・・・・・・・・・は自覚できるのに、人間としてどう過ごしたのかはさっぱり出てこない。


 そこからこの状況の原因を引き出そうとしたのだが全くの徒労に終わった。


 一旦諦めアプローチのを変える事にした。

 たった今閃いたゲームの記憶に注意を払う。


(タイトルは、何だったか……)


 タイトルはやはり思い出せない。おそらくは『戦記』とか、『ストーリー』とかいったものが付くタイトルだったと思う。何せ、ストーリーの本筋はベッタベタの王道でタイトルも結構ベッタベタだった。


 そして肝心のゲームの開始時期はというと、全く記憶にない。

 恐らくオープニングにはナレーションなりテキストスクロールなりで流れていたのだと思うが、そこに注意を払いはしなかったのだ。その世界の背景たる歴史に興味がない限りはそんな数秒程度出てきたそれを記憶に留める者はないだろう。


 ただ、現状とゲーム知識をすり合わせるに、主人公とメインヒロインが出会うのはもう少し先の事、ゲームの世界の状況は、もっと濃厚に争いのキナ臭さに満ちていた。


 現状、皇国に勢いはあるものの、まだ脅威と言える段階には育ってないのだ。


(そうすると、始まりは今から10年、いや、20年ほど先くらいか)


 皇国の脅威の裏には魔導科学と呼ばれる魔導と科学の融合した技術の発展がある。

 時折見かける飛空艇を見るに、詳細までは思い出せないが、ゲーム基準で評するならば今の機体は野暮ったい。


 そしてという事は、これから物語が始まるのだろう。

 ゲーム開始前の10年、20年ならば誤差の範囲だ。むしろ、準備期間とも言える。


 念の為、主人公の生まれる村に行って確認をとっておく必要がある。


「確か、主人公の生まれ故郷は辺境の小さな島国だったか?」


 村の名前は憶えていないが、移動マップでの大まかな地形は思い出せる。ごくごく弱い魔物しか生息していない地域となれば、更に絞られる。


「集落も確か3つ程度、それならば、なんとかなるか」


 そう、確かチュートリアルだ。村人の依頼や近くの狩場の異変に気付き、クエストを進めていく仕様だった。

 そこでレベルを上げ、大陸に渡って仲間を増やして数々の冒険をこなしていくのだ。


 ゲームをプレイしていた頃は薄い板の中、可視化された数値を頼りに進退を見極め進めていったものだが、今、私の立つ世界にそんなものは存在しない。

 攻略サイトなんて便利なものも存在しないのだ。


 物語を観測できる立場であったなら、これほど気を揉む必要もなかっただろうが、この世界を創り、愛した神を真っ向から否定し、神に成り代わろうなどという身の程知らずであるなら放っておくわけにもいくまい。


 それに、と私は胸中に思いを馳せる。


 未だこの身の内は混乱の中にある。

 私であって私でない。どこからが私でどこまでが私かもわからない。


 それでも一致するひとつの意志。


 嘗て薄い板越しに夢中になった物語だ。

 全てとはいかないまでも、直接この目で見てみたいと、久しく忘れていた好奇心が強く疼いた。


 §




 私は一番近い港町から船を乗り継ぎ、小さな島国に降り立ち、目的地を探した。

 主人公の住む村はあっさりと見つかり、その両親と思われる男女の姿も確認した。


 主人公の父親は確か、島一番の強さを誇る元冒険者だった。

 旅の薬師を装い、治療や薬の処方を請け負い、世間話に花を咲かせ、外の世界の話を交え、娯楽の少ない村人にそれとなく水を向ければ、その居場所はあっさりと特定できた。


 聞けばまだ身も固めておらず、島に住む若い娘たちに狙われているという。

 けれども当の本人は誰とは明かさないまでも、心に決めた相手がいるようで、娘たちのアプローチには見向きもしないとのことだった。


(ふむ……)


 その話を聞いて私は考え込んだ。

 ゲームスタート時、主人公の年齢は15歳だったと記憶している。


 父親のビジュアルはほぼ記憶にないが、念のためその姿を遠目に確認したが、主人公の父親はその男で間違いないようだった。髪色やら、目の色やら、その立ち姿にも既視感を憶えたのだ。

 その隣に立つのは間違いなく母親になる娘だ。人目を避ける理由があるのだろう。随分と仲睦まじげに見えるが、互いの熱量に温度差が見られる。どこか決め手に欠けるようで、男が攻めあぐねているようにも見える。


 遠目から見た所感と村人の話の状況から考えれば身を固めるまでもう少しばかり時間がかかりそうだ。

 そこから母親が身籠る事を考えても早くとも15,6年、遅くとも20年前後と見積もっていればよいだろう。


 本番は主人公が大陸に渡ってから。皇国も本格的に動き出せば自ずと人の口にも上るだろう。

 そこから彼らの動向を追っても遅くはない。


 5,6年などそれこそ誤差の範囲だ。


 ゲームの性質上、主人公をはじめとする登場人物が年を重ねることはないが、ここは現実である。

 現実では確実に時間は流れる。ゲーム内のストーリーは膨大で移動に数日、仲間のケガで滞在に数週間、終盤近くには城に滞在し、中ボスの陰謀で国同士の戦争に巻き込まれた際にはひと月を超えたものもあった気がする。それを考慮に入れたとしてもヒロインが主人公と出会ってすぐ世界がどうこうなるわけでもない。


 鍵は主人公と行動を共にする少女なのだから。


 そう結論づけた私は本来の役割に戻る事にした。

 何にせよ、地固めは大事だ。多少の事ではこの世界が揺らぐ事のないように、私は世界を巡る事に決めた。

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