第52話 そうきたか
「随分とまあ、大人げない事を」
前を歩く三人の背中を見やりながらぽつりと零す。
隣を歩く男の顔を見ずとも分かるのは、いつになく苛立っているという事だ。
原因も見当がつく。
「ザイ」
「なんだ」
「じき、村だと言ったろう?」
「……それがどうした」
深紅の瞳がこちらへ向いた。
「村に着いたら少し、ゆっくり休ませてくれたらいい」
「…………」
ザイの腕を落ち着かせるように撫でる。
「私は大丈夫だ」
「いつもそう言って、姿を消しては泣いて戻り、攫われては神核を奪われ傷まで負わされたのはどこの誰だ」
「そう言われてしまっては返す言葉もないな」
憮然としたザイの言葉に小さく苦笑する。
「俺の手の届かない所でアンタが泣いたり、傷つけられたりするのはもう御免だ」
こちらをじっと見下ろすザイの目は今にも泣きそうに見える。
「そうだな。今後は気を付けることにしよう」
「…………」
ザイは無言を貫き、その後に小さく零した。絶対分かってない、と。
§
三人の先導で辿り着いたのは地図に載るかどうかも怪しい小さな村だった。
ザイの頭の中には目ぼしい場所は粗方入っているとゴウキは言っていたが、よくこんな村の存在も把握していたものだなと感心してしまう。
ザイによれば、おおまかな地理はヴェストで覚え、こういった細かな場所は旅の道中で集めた情報と頭の中の地理と照らし合わせ、書き込んでいく。
そうしてヴェストに戻れば刷新された地図を再び頭に叩き込み、己の情報と照らし合わせていくのだという。
正直、言っている意味がちょっとよくわからない。
小さな村ではあるが、宿屋はあるらしい。村長への依頼達成の報告に行くというので一応は軽く挨拶だけしておく事にした。
時折旅人が立ち寄ると言ってもやはり武器を持った余所者の存在は不安だろうと思う。
簡単な挨拶だけ済ませ、宿屋へと向かおうとしたところを案内するからとミーアとエランに手を引かれ、顔色を悪くしたマルスが慌てて止めに入った。
不満を零すエランとミーアの様子にザイの機嫌がどんどん下がっていき、マルスの顔色もどんどん悪くなる。
大丈夫だとザイを宥めるが、こちらを見るその目は懐疑的だ。
案内された宿屋は二階建てのこじんまりしたものだった。
一階が食堂で二階が寝泊まりする部屋があるようだ。今は食事時を過ぎているせいか、客の姿は一組だけだ。宿用のカウンターに一番近いテーブル席に並ぶように座るのは三角帽子を被り、眼鏡をかけた知的で妖艶な美女と、エランとよく似た風合いの旅装に身を包んだ少女だ。
美女は記憶にあるが、少女に関しては全く記憶にない。エランと同じ髪と瞳、顔立ちもよく似ている事からそれがエランとミーアの言っていた妹のマリーなのだろうと見当がついた。
「お兄ちゃんおっそい!!」
勢いよく椅子を蹴立てんばかりに立ち上がり、マリーはエランに向かって大声をあげた。
「マリーちゃん、落ち着いて、他のお客様もびっくりしているわ」
落ち着いた態度でマリーを宥めるのが魔女のエレノアだ。
腰まで伸びた青い真っすぐな髪に身体の線を出した煽情的な長衣をまとった美女は私の姿を認めると大きく目を瞠った。
静かに立ち上がると足早に私の前に進み出ると帽子が汚れるのも構わずに床に置き、その場に膝をついて頭を垂れた。
「エレノア!?」
素っ頓狂な声をあげたエランと何かを言いかけたマリーを手で制して遮ると魔女は私に向けて再び頭を下げ、静かに口を開いた。
「御前、失礼致します。巫女様」
「お前は?」
「暁の地平の魔女の里の末席に名を連ねる、エレノアにございます」
その言葉に思いだすものがあった。
「ああ、あそこの魔女か」
「今は里を離れ学びの為、里を離れた身ではありますが、この場にて、巫女様にこうしてお目にかかれました事、光栄至極に存じます」
「良い、楽にせよ。エレノアか……」
そう呟き、
「確かあのこまっしゃくれた小娘、セレーンの養い子がそんな名であったな?」
「然様にございます……! そのエレノアでございます」
先ほどまでの妖艶さが散り、エレノアが少女のように表情を輝かせる。
「あの小生意気な小娘は息災か?」
「あのバ……わが師は殺しても死にません。それにあの師を小娘呼ばわりするのは巫女様くらいなものですわ」
ほほほ、と上品に笑うエレノアのそれは迷いのない言葉だった。まるで一回殺してきたようにも取れるが、ただの冗談だろう。
「そうか、里の禁域に異常はないか?」
「と、申しますと?」
エレノアの表情が一気に引き締まる。
「ここ10年ほどになるか、私の鎮める地におかしな細工をする輩がおってな」
「我ら里の魔女一同、巫女様に心安くお過ごし頂くために万全の護りを施しております。どうぞご安心くださいませ」
「そうか」
その事実だけで肩の荷がひとつ降りた。
「巫女」
焦れたようにザイが耳元で囁く。
「ああ、そうだな」
ひとつ頷き踵を返す。
「あの……」
「巫女を早く休ませたい。まだ何かあるなら俺が聞こう」
エレノアの言葉にザイが代わりに答える。
「貴方は?」
「今は巫女の護衛と従者を務めている」
「そう」
エレノアが値踏みをするようにザイを見る。
「巫女を思うなら今は誰も部屋に近づけるな」
「わかったわ」
眼鏡の奥の知的な瞳をきらめかせ、エレノアが立ち上がった。
「巫女様、私達に安寧の時を与えてくださる唯一のお方、どうか心行くまでお休みくださいませ。同じだけのものは返しきれませんが、せめてものご恩に報いる為にも巫女様の安寧をお守りいたします」
「任せる」
深々と頭を下げるエレノアにザイが手短に返し、上へ続く会談へと誘導する。
「そう急かさずとも大丈夫だ、部屋はすぐそこだろう、ゼノン」
「ゼノン!?」
階段に足を掛けたところで素っ頓狂な少女の声がその場に響いた。
見れば、エランの妹がザイを凝視している。その口から「でも角か……」とか「こんなに細いっけ?」といった小さな呟きがぶつぶつと漏れている。
そしてその目が私を映した瞬間の事、
「あーーーーーーーーー!!!!!」
こちらを指さし少女は再び叫んだ。
「
(そうきたか)
少女の言葉に大まかな事情を察してしまった。
どうやら我が神は異界の魂をもひとつ巻き込んでしまったらしい。
静かに身を休めるまではもう少し時間がかかりそうだ。
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