おもしろカルト集団とその掟
FH高校サッカー部は、かつては高校サッカーの花形である冬の全国大会、通称「選手権」にも出場したことがある、県下屈指の「古豪」である。
「昔は強かったけど、今はねぇ」と口ごもりたくなる不都合な真実を、なんとなく強そうな雰囲気でムニャムニャと誤魔化す「古豪」という言葉が表す通り、近年のFH高校サッカー部は、くじ運に恵まれて県大会ベストエイトがやっと、うっかりすると県大会出場すら危うい「古豪」となって久しい。
それでも武士は食わねど高楊枝。たとえ全国が遠くなったとしても、偉大なる先人の名誉のため、「古豪」としてのプライドは保たなければならない。
そう考えたFH高校サッカー部は、「結果を出すためにも時代に合わせてやり方を改めよう」などとは一顧だにせず、厳しいことに意義を見いだす不合理な練習と、もはやシュルレアリスムの境地に達せんとする不可解な奇習を「伝統」として、後生大事に守り続けることにした。
要するに、会ったこともない昔のOBが作った「伝統」にしがみつくことで、たとえ勝てなくとも、なんとなく自分たちも「誇り」を持てた気分を味わっちゃおうという魂胆である。
結果、今や勝つことよりも伝統を守ることが部のレーゾンデートルと化したFH高校サッカー部は、その本末転倒な迷走ぶりに、地元では「古豪」というより怪しげな民間信仰を崇める「おもしろカルト集団」のような扱いを受け始め、近隣の有力選手たちからも進学を拒否される有様だった。
そんな密教集団には、「雨降れ」や「声出し」などなど、ヴォイニッチ手稿よりも不可解な伝統としきたりが多数存在する。そしてFH高校サッカー部の代名詞的教義として校内外に知れ渡っていたものが、「モテるためにサッカーをしてはならぬ」という掟である。
この「モテるためにサッカーをするな」というご法度は、FH高校サッカー部の第一ルールにも制定される、文字どおり「鉄の掟」となっている。
そのためこれを破った部員は、「一時間連続雨降れ」や「女子テニス部前での声出しぶっ通し一時間」「ドキドキ☆海パン神経衰弱」など、ムツカシイお年頃である男子高校生の羞恥心が爆発すること請け合いの厳罰に処されることとなる。
なお、「ドキドキ☆海パン神経衰弱」の言語に絶する淫靡で背徳的な内容については、お食事中の方が気分を害されたり、このご時世のコンプライアンス的ななんやかんやで問題となったりする可能性が高いため、その詳細は部外秘とすることを、あらかじめご了承ください。
☆ ☆ ☆
「だから、恋愛禁止だろ?」
トオルは、僕の説明に怪訝な顔をして聞き返してきた。
「違うっての。恋人作ってもいいの。だけど、部活動以外でサッカーするのがダメ。例えば、体育の時間とか昼休みに同級生に混じってサッカーするのは禁止」
「なんでよ」
「素人相手にサッカーでマウント取って、それでキャーキャーちやほやされようってのがダメなんだよ。そうしないと、エンジョイ勢に混じって、サッカーのうまさ自慢してモテようっていうお前みたいなクソ野郎が出てくるからな。だから、別に恋人作るなって話じゃない。サッカーを利用すんなってことだよ」
簡単に説明すると、FH高校サッカー部では部活動以外でサッカーすることを、「モテるためのサッカーうまさ自慢」につながる破廉恥行為だとして、全面的に禁止しているのだ。
FH高校サッカー部員たるもの、サッカー自慢をしたければ、ポジション争いをするチームメートや対戦校を相手に、部活動の中でやるべきである。これがこの掟の本筋となっている。
だからFH高校サッカー部員は、体育会系の花形イベント球技大会においても、サッカーの試合では主審や線審、ボール拾いを担当している。そして、中途半端なサッカースキルで女子生徒からキャーキャー言われる他の運動部員たちやサッカー経験者たちを、「武士は食わねど高楊枝」の心意気で、全ての歯が砕け散るほどの歯噛みをしながら、裏方として見守っているのが常だった。
しかし、そんな姿勢こそが「硬派」であると、意気に感じて自ら進んでFH高校サッカー部の門を叩く者も、毎年一定数いる。
もちろん、僕もその一人というわけだ。
サッカー部はモテない ゴカンジョ @katai_unko
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