第8話

「森川先生って、長尾さんのこと好きみたいなんだよね……」


 ぽつりと呟く真由さんに慌てる俺。駅から店に向かうわずかな時間に、二人で一体何を話していたのか。


「気のせいだろう」


そこはかとなく好意を感じてはいるが、もしかして俺の勘違いや自意識過剰な思い込みということもあるのではないかとですね。

だがそんな俺の希望も、親友にあっさりと砕かれる。


「いや、俺もそう思う。真由ちゃん頑張れ、俺は君を応援するからな」


にっこりと微笑む幸二に、俺は質問を重ねる。


「ちょっと待て、何をしてそう思った。森川先生と幸二が会ったのはこの間の打ち合わせが最初で最後だろう?」


「打ち合わせ中の森川先生の目だよ、お前のことをすっかり信頼しちゃって、それ以上に好意を隠せてなかった。っていうか、長尾くんや、忘れてないかね?俺ラブソングの第一人者って言われてるんだぞ」


「幸二くんや、君の恋愛遍歴はよく知ってます。何が第一人者だ、有希さんにしか向いてないラブソングはなんの参考にもならないぞ」


 俺たちの言い合いを聞きながら、有希さんが幸二の隣で真っ赤になっていた。

それを見ながら嬉しそうにニヤニヤとする幸二というのもいつもの光景。


「う〜ん、長尾さんはどうなんですか?森川先生可愛いし、私困ります」


真由さんが俺の服の端っこをキュッと掴む。あざとい真似はおよしなさい。


「はっきり言うと、仕事相手を恋愛的な目で見ることはないな。そこは編集部内の不文律というかで編集と作家のそういう話は無しってことになっているんだ」


 実際は、担当から外れた途端に作家と結婚した同僚とかいるけどな。あれは担当していた頃から付き合っていたと見る。

 俺としては、作家とは仕事上だけの付き合いでお願いしたい。

友人になるのも遠慮したいくらいなんだ。というのも、以前からの友人の作品が同僚に誘われてうちの雑誌に掲載されたときに、俺はそれを客観視することができなかった。どうしても友人として贔屓目に見てしまい、愕然としたんだ。

 これでもプロの編集者としての自負があったから。


「真由ちゃん、もっと積極的にいきなよ。長尾は押しに弱いからいける」


無責任に囃し立てる幸二を軽く睨んでみる。全く効きやしないがな。


「ですって、そろそろちゃんとお付き合いしましょうね」


 俺を見上げる真由さんは、キラキラと大きな瞳を瞬かせていて、困ったことに可愛いと思ってしまう。ストレートに好意を伝えてくれる子を、無碍に扱うなんてできやしない。


「20歳になったら考えるって言ってるだろ」


以前、改めて告白された時にこう答えた。その時は時間を稼ぐための苦肉の策というか、無理矢理絞り出した言葉だったのだが、真由さんの誕生日はもうすぐで、稼いだ時間は思ったよりも短いものだった。


「ああ、そういう話になったのね。よかったね真由」


 どうやら、優柔不断な俺の気持ちもしっかりと見抜かれていて、この三人の中ではお付き合い確定らしい。

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