第6話

「俺たちこれからその友人の家に行くところなんですよ」


 当初の目的地であるベーカリーに向かいながら森川先生と話をする。真由さんはスマホをチラチラと見ながらこちらを気にしている。


あれから聞いてみたら、

「私はネットで評判の焼きプリンを買いに来たんです。プリンが好きで」

というので真由さんがスマホを見せて同じ店かの確認。


「もしかしてここですか?」

「そうです!……あの、よろしければ一緒に行ってもらえませんか?この辺の土地勘がなくて、実は今も少し迷ってたんです」


 真由さんが快諾すると嬉しそうに笑う森川先生。その様子を見てほっとする俺。

 どうもかなりの方向音痴らしく、店の名前と住所だけは覚えていたものの辿り着けなくて困っていたそうだ。


 仕方なく交番に行って店を聞こうとしていたところに、偶然見覚えのある人間を見つけてほっとしたと。ものすごいタイミングだけど、先生にしてみたら何て運が良かったのでしょう!と言って微笑んでいた。


 道すがら仕事の話などをぽつぽつとする。


「それで、今度私の作品がアニメ化されることになって」


 照れながらも嬉しそうに最新情報を話す。他の人なら止めるが、真由さんになら大丈夫。それに来週には情報解禁だ。


「え、すごい!っていうか『クラッシュ』読んでますよ」


 真由さんが漫画を読むとは知らなかった。そういうと有希さんが漫画好きで、その影響だそうだ。読者だと聞いて森川先生の顔が綻ぶ。読者をとても大事にする方なので真由さんの好感度が爆上がりしたらしい。


「あんなにかっこいいアクションを描いていたのが、こんなに可愛らしい人なんですね」

「ありがとうございます。動きを描くのが好きで、まだまだなので長尾さんに注意されちゃうんですけど」


 なんだか二人で盛り上がっているので放っておいたら、話が俺のことにシフトしていた。

「長尾さん厳しいですか?」

「そうですね、厳しい時と優しい時がありますよ」


 二人で何やらコソコソと小声で話して内容が聞こえない。森川先生も真由さんも楽しそうだしまぁいいか。

なんのかんので店につき、少しだけ並んでプリンを購入した。


「ありがとうございました。あの、本当に良かったんですか?私の分まで」

プリンの箱を大事そうに抱える森川先生。

「いいんですよ、こうして完全にプライベートでお会いした記念だと思ってください」

 無事に評判のプリンを入手して、駅まで森川先生を送ってから別れる。あの様子だと一人で駅に戻れるかわからなかったからな。


「可愛い人でしたね。作家さんって皆さんああいう方なんですか?」

 プリンは俺が持つことにした。ガラスの瓶に入っているのでそこそこ重量があるからな。女の子には持たせられない。ああ、もちろん代金も俺が支払った。

森川先生の分もついでに。別れ際の礼はそういうことだ。

真由さんがさりげなく森川先生のことを聞いてくる。


「他の担当してる人は男ばかりですよ。女性は森川先生だけ」


 可愛いのところはスルーして答える。どう答えても地雷が待ってるような気がしたからな。


 駅の喧騒を抜け、住宅街の静けさ。駅からそれほど離れていないのにまるで日常から切り離されたように整然と美しい住宅が立ち並ぶ不思議な街並み。


 その一角に、街に溶け込むようにデザインされた配色と形の落ち着いたマンション。真由さんがエントランスでインターフォンに号室を打ち込み訪問を告げると重い扉が開く。

 広めのエレベーターホールを抜けて神戸宅の扉のチャイムを押すと、いつも変わらぬ明るい笑顔の有希さん。


「お姉ちゃんきたよ〜」

「いらっしゃい、真由、長尾さん。コウちゃんも待ってるわよ」

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