第3話



「『クラッシュ』アニメ化始動ですか」


 朝、仕事場に出勤すると素晴らしい笑顔の編集長に呼ばれた。

どうやら俺が担当している作品のアニメ化が決定したらしい。

 窓際の一番大きな机の前の橋本編集長は、いつも高級スーツをバリっと決めている50代前半の男の目から見てもかっこいい人。

 渋めの表情が多い人なのだが今日は笑顔の大安売り状態だ。


「でだ、長尾って相模みなとっていうアーティスト知ってるか?」


編集長から友人の芸名が出てくる。まあまあよくあることなので、今更驚いたりわざわざリアクションを取ったりなんてこともない。


「はぁ、名前はよく」

本人もよく知ってるが。幸二と友人だと知られた後の方が面倒なので、周囲には特に何も言っていない。別に知られてもどうってこともないが。

「主題歌のオファーをしたいので、近いうちに作家と一緒に相模みなとの事務所に行ってくれないか」

「俺音楽のことなんてわからないですよ」

「はは、大丈夫、顔合わせをすることが君の仕事だよ。あとは制作側同士の話だ」


 昔、将来一緒に仕事ができたらなんてことを言ったこともあったが、どうやらそれは思ったよりも早く実現することとなりそうだ。

 幸二は驚くかな?いやあいつのことだからとっくに話は知っていて黙っていたのかもしれない。

 とりあえず、『クラッシュ』の作者である森川海先生に連絡を取りましょうか。


 二日後、車で森川先生の家に迎えに行き、そこから相模みなとの事務所が入っているビルに向かう。両方山手線内でよかったよ。


「あの〜、長尾さん、私の格好変じゃないですか?」

信号待ち、後部座席の森川先生はモスグリーンの落ち着いたワンピース姿で、黒髪ロングと相まってお淑やかな深層の令嬢感を出している。

「変じゃないですよ、よくお似合いです」

セクハラにならないように気をつけて答える。


 漫画家さんと結婚する編集者は結構いるが、俺は仕事相手としか見れないので、セクハラなどには特に注意をしていた。

 なのにこの方からはなんとなく好意を感じるんだよな。

迎えに行った時もナチュラルに助手席に座ろうとしたし。

 まぁ、俺の自惚れで済めば問題はないのだが。


 バリバリの少年漫画を描いている女性作家さんは多いけど、森川先生はまだ若い上にとても可愛らしい外見をしている。大きな二重の瞳、小さな鼻、ぷるんとした唇。年齢も今年25になったばかりで若い。

それでいて描いているものは近未来アクション。正統派少年漫画。

才能を潰さないように大事に育てている最中の作家さんだ。


「よぉ、長尾」

 幸二の所属する事務所に着いて、相模みなとのいる部屋に案内された途端に当の本人から声をかけられた。

ガラスのローテーブルに三人がけソファが対面で置かれている。

 ドアから遠い奥の方に幸二と30代前半くらいに見える青年実業家っぽい雰囲気のイケメン。きっとこの人がマネージャーさんだな。

「っ、……、」

 ちっ、面倒な。

心の中で舌打ちをする。外に出すような真似はしないが幸二にはきっと気付かれている。

そういえば、お互いに仕事場では友人であることを黙っておこうなんて話したことないなと思い当たった。


「おいこら、舌打ちすんな」

こっそりと囁かれ苦笑する。幸二、素が出ているけど良いのか?


「あ、失礼しました相模みなとさん」

俺も即座に仕事モードに切り替えた。ニコニコっと編集者スマイルで対応。幸二は笑いを堪えている。


「もしかしてお知り合いなんですか?」

俺たちの気安い態度でわかったんだろう、森川先生からの当然の疑問。

「中学からの親友です。いつも長尾がお世話になっています。えっと、森川海先生ですよね」

まるで俺の親のような紹介の仕方に少し笑ってしまう。普段とは違う仕事モードにお互い少しだけ浮かれているようだ。

「は、はい。私こそ、長尾さんにはデビューの時からお世話になっていて、こんなアニメ化まで育てていただいて」

 どうして二人してペコペコと頭を下げているのだろう。


俺は隣にいたマネージャーさんと挨拶と名刺交換をした。この人が幸二がよく話す向坂さんか、うん、良い人そうだ。中身もやり手そう。


「森川先生大袈裟ですよ、さぁ、打ち合わせしましょうか」


 俺が仕切らないと、話が進みそうにもなかった。

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